
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第14巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
カイルはユーリを正妃にしようと心に決める。しかし、ナキアの謀略により、カイルの後宮に大勢の正妃候補が集められてしまう。そして、ユーリに嫉妬した候補の姫君たちは…!?
簡潔完結感想文
- 単行本 全28巻中の14巻という まさにターニングポイントタイトルで回収する構成に感動を覚える。
- ユーリ自身が決め、相手の意志を確認したことで性行為は暴力ではなく同意のもとの愛の営みになる。
- 戦場でカイルの戦死を望みながら、王宮に正妃・側室候補を100余名集めるナキアの矛盾した行動。
異邦人から この土地に生きる邦人に転生する 14巻。
『14巻』は様々な意味でのターニングポイントとなる。全28巻の作品の丁度半分に この節目を持ってこれる作者の構成力には舌を巻く。ユーリが この土地に生きることを決めた節目であり、そして その決意は恋愛や性行為の最後の障害の消滅を意味してカイルとの関係が一つ進む大きな節目になっている。それはユーリが自分を いつか日本に還る異邦人ではなく、カイルと共に生きる この国の人間と定める不可逆の一種の転生とも言える。現代日本の中学生だった夕梨(ゆうり)は『2巻』で仮死状態になることでイシュタルのユーリに転生し、そして今回はヒッタイト帝国に生きる者に転生したことで、カイルの愛を受け入れる本当の寵姫・ユーリへと変化する。
性行為が完遂され少女漫画的にも一山越えたけれど、そこからも話が流れるように進む。それがカイルの正妃問題。もはや障害発生装置になりかけているナキア皇太后によってカイルが正妃を選ばざるを得ない状況が生まれる。これは この国の住人になったことでユーリが新たに悩まされる問題。しかも今回はカイルと情を交えたことで、過去のカイルの恋に嫉妬するという新たな感情も湧き上がる。カイルの元カノ問題は『9巻』の隠し子騒動でも起きたことだけど、あの時はユーリ側がカイルを受け入れられない心理的障壁があったため嫉妬する権利が無かったと言える。けれど情を交わしたからこそカイルに過去があることが気になり、そして自分に過去がないことを気に病む。ユーリは この国で生きることを選択したが、それは彼女に この国での空っぽな自分を痛感させる。女性として幸福の絶頂を味わったからこそ これまで気にならなかった問題が気になるのは現実的な心の動きだ。


後宮の女性同士のマウンティング合戦は少女漫画読者の多くが好きな内容。それでいて安全装置が働いているから読者は安心してユーリの覚醒を待てる。その安全装置とはカイルの心が先に描かれているという点。カイルはユーリを正妃にしたいと願っており、それを臣下たちも了承する。しかしナキアを始め前例のない地位を持たない正妃にユーリを就かせるのは苦難が多い。それにはユーリ自身が覚悟を持ち、己の才覚によって女性たちを束ねなければならないことがカイルには分かっている。今回はナキアの企みを理解しつつ利用したカイルによる正妃テストとも言える。今回の放置はカイルが本当にユーリを正妃に願っているから起きるし、そもそもナキア皇太后という悪役がいなければ悩む必要のない問題。ナキアは少女漫画的な盛り上げに一役買ってくれている。
気になったのはツッコミどころの多いナキア皇太后の行動。
今回わざわざナキア皇太后は「あの男(カイル)は忘れているようだが もともとユーリは いけにえ にするために わたくしが呼びよせた娘」と自分の立ち位置を読者に再確認させているけど、忘れていたのは作品とナキア自身のような気がしてならない…。しかも上述の通り、ナキアの企みはユーリのレベルアップのための試練としか思えない。もはやナキアにユーリをビシバシ鍛える愛情すら感じる!?
今回のナキアは参謀・ウルヒとのコンビが復活したから冴えている。ユーリとカイルを別々の戦場に向かわせ、カイルがユーリのために兵を分けることも読んでいた。そして首都に帰ってきたカイルに妃選びをさせることでユーリへの注意を散漫にさせようとする。
一見、流れるような計画なのだけど、カイルが戦場で兵を分け そこで戦死してもらう計画と首都での妃選びは矛盾しているのが気になった。いや、最初からカイルの無事を念頭に置いて計画してるじゃん!と言いたくなる。そもそもユーリを籠の中の鳥にするまでに2年かかってる…。作品の展開のためなのだろうけど、そこに思い至らないことで間抜けさが増す。
ナキアは もう愛すべき憎まれ役な気もしてきた。少女漫画史に残るヴィラン(悪役)に最後までユーリを しごいて欲しいと願っている自分がいる。
日本帰還のためには今すぐ首都に戻らなければならないユーリだが、カイルが自分のために軍を二分してエジプト軍と戦っていることを知る。この時、自分の前に示された2つの選択肢でユーリは恋に生きることに決める。この時のユーリの心情が本書の題名になっていて、そこに感動を覚えた。
ユーリの霊感の通り、カイルはラムセスの矢に射抜かれ負傷していた。けれど心臓を貫かれなかったのはユーリからの粘土板が矢の威力を弱めてくれたから。それがカイルに運を感じさせる。ただ兵の士気に関わるためカイルは負傷を隠して軍を指示する。そしてカイルを追い詰めたはずのラムセスは指揮権を持たないため上官から行動を制限され千載一遇のチャンスを逃す。
苦戦のカイルは いよいよ打開策もなくなったところにイシュタル・ユーリが救世主として登場する。ラムセスはヒッタイトの援軍を確認して敗北を確信する。その通りになり、カイルの腹心の部下たちが集結したヒッタイト軍はエジプト軍との初戦に圧勝する。
衝突が終わりユーリはカイルを探す。しかし2人は再会を喜び合う前に それぞれの確認事項を確かめる。ユーリはカイルの負傷を認め、カイルはユーリに還らなかった真意を問う。それは この時代に生きること、そしてカイルと共に生きることの確認だった。
平和が戻ると性行為の話題が持ち上がる。カイルは再会した時に事前にユーリの意思確認をしているため性暴力ではないし我慢をする必要もないという判断で待望の完遂をして、そこから愛に溺れる。
そして正妃問題も再び俎上(そじょう)に載る。ナキア皇太后に対抗するためにも近隣の姫君を迎えて後見を持つことがカイル皇帝には大切なこと。だからユーリは正妃は仕方ないが側室は自分だけにしてとカイルに願う。それが彼の愛を信じる道なのだろう。
その切なるユーリの願いに対してカイルは本格的にユーリ自身を正妃にしようと動き出す。臣下にも その意思を伝え、ナキアと元老院という他2つの権力の反対があることを承知で苦難の多い道を選ぶ。ユーリの知らないところで正妃、そしてタワナアンナへの道が作られようとしていた。


ナキア皇太后はカイルの正妃問題を利用しようとする。カイルの遠征中に正妃候補を7名、側室候補を100名余り集め、カイルに正妃・側室を作らせることでユーリへの注意を分散させようとする。
カイルは宿願の達成に ご機嫌。しかし首都に戻ってみると「国の威信にかかわる」とナキアが用意した女性たちと対面することになる。正妃候補の7人の中には『13巻』で登場したアルザワのアレキサンドラ王女(本命はユーリ(笑))、ナキアの姪であるバビロニア王女・サウラ、アッシリア王女、そしてカイルと顔なじみのセルトという女性がいた。セルトと他3人の女性は歴代皇帝の血筋を持つ。
カイルは政治に没頭する振りをして妃選びを やんわりと拒否。だがセルトはカイルと関係があったことをユーリの前で匂わす。『9巻』の隠し子騒動の時と同じで、ユーリが召喚されるギリギリまで関係があった人らしい。セルトは側室候補の中にも既にカイルの「お手付き」の者がいることも発表。ユーリに言葉と肉体で強く当たり火花を散らす。
後宮問題によってユーリはカイルの過去の恋に嫉妬し、後ろ盾のない自分の境遇に悩まされる。そして候補者たちに嫌味と身分の差を浴びせられ続ける。これは正妃一人だけを想定していたカイルの想定外の女の戦い。それでもタワナアンナになるためには この後宮を治める手腕が欲しいのでカイルはユーリの手助けを敢えてしない。手助けをしてしまえばユーリは側室どまりになってしまう。自力で後宮に起こる諍いを収めなくては周囲が納得しない。
そのカイルの我慢を知らず、ユーリのためにルサファがカイルに具申している。性行為も達成して恋愛問題でも平和すぎるからか、唐突に部隊長のルサファのユーリへの秘めた想いが明かされる。ザナンザと同様、敵わぬ想いがナキアに利用されるのだろうか。
