水波 風南（みなみ かなん）
今日、恋をはじめます（きょう、こいをはじめます）
第08巻評価：★★☆（5点）
総合評価：★★☆（5点）
京汰（きょうた）を信じきれなかったことを後悔したつばきは、その想いを京汰に伝え、再びつきあうことに！でも、親友・ハルを傷つけないよう、過去の誤解を解く必要はないという京汰。そんな彼を見ていられなくて、つばきがとった行動は…！？ドキドキ・南の島の修学旅行編もスタート！！
簡潔完結感想文
- 京汰と元の鞘に収まったので「彼女」として お節介を焼き始めるヒロイン気取り。
- 本来のパートナーではない人とカップル競技に挑む『蜜×蜜ドロップス』再放送。
- 巻跨ぎの お泊り回は「するする詐欺」の定石。致しても致さなくても読者は失望。
学校イベントはネタの枯渇から作者を救う、の 8巻。
『8巻』では学園祭、そして高校2年生の最大のイベント・修学旅行（前半）の模様が収められている。私は作者の長編（5巻以上）は3作品目ですが、こんなに学校イベントが普通に描かれているのは初めての体験である。これまでは学校イベントよりエロ描写、いつでも どこでもエロ描写だったが、時代の流れによりエロの封印を義務付けられた本書では作者が これまで描かなかったことを描いて連載を継続している。
ただし今回の学園祭のカップル対抗イベントは既視感があった。作者の前作『蜜×蜜ドロップス』ではカップルまたは男女が一組になって他のカップルと競争を繰り広げていたが、今回の学園祭は それに近い匂いがした。なぜヒロインが それに参加しなくてはいけないのか という理由が曖昧な点、本来のカップルとは違う相手と即席ペアで参加する点、この勝敗によって誰かの意思に従う賭けの要素がある点、そして その結果がどうであれ本物のカップルは無敵という点が似ていた。
どのエピソードも構造が似ていて再放送のように感じられる本書だが、いよいよ前作と似たようなイベントと展開が始まった。本書が長く続けば続くほど作家としての引き出しの少なさが露呈してしまうのではないか…。それでも本書はエロ描写が無いので白泉社作品の特殊な高校の とんでもイベントに近く、純粋にイベントを楽しむことが出来たけれど。
最後まで気になった問題は、やっぱり つばき のイベント参加理由と京汰（きょうた）が2年間守りたかった秘密が結局 発覚してしまうという結末。この入口と出口、2つの流れが私には不自然に思えて、今回の学園祭に興味が持てなかった。
おそらく作者の中では隠し事の一切ない関係の上に「本物」が成立するのだろう。これは ここまでの物語の全てで行われてきたこと。例えば つばき と京汰が本当に恋に落ちたのは つばき が京汰の女性不信のトラウマを全部知ったからだった。続いての深歩（みほ）との友情構築も、彼女の京汰への気持ちを全部 知って、初めて真の友情を構築している。
だから今回の京汰とハルの友情も そこに嘘が存在してはいけない。だからハルは元カノから全てを聞かされなくてはならないのだろう。これは京汰への恋心を隠し続けていた深歩が つばき と本当の友情を気づくために彼への思慕を断ち切ったのと同じで、ハルも完全に元カノに未練を残してはいけないのだろう。結局、つばき・深歩ペアと同じことを京汰・ハル ペアでしているだけとも言え、ここもまた再放送に思えてしまう。
そしてハルへの事実暴露を望んだ つばき が果たして正しいのかが分からなくて彼女の行動にモヤモヤした。どちらかと言えば自己満足かつ お節介に思えるので私は つばき の行動は好きじゃないのだろう。
ハルが元カノに幻滅することなく、今の京汰を信頼に値する人間だと思えるエピソードにすることは難しいけれど可能だっただろう。それが京汰の意思に沿い、そしてハルを悲しませない手法だろう。けれど つばき と作品は愚直な解決しか提示しない。もうちょっと大人の苦みの利いたエピソードにしても良かったのではないか。2人の友情が復活し、そしてハルは心のどこかで過去の自分の認識が間違っていること理解し始めるなどの全てを口に出せない男同士の意地と友情とした方が私の好みだった。
第三者の つばき が友情って大事だよね、2人の友情は本物だよ、と酔いしれているのが腹が立つ。つい前日まで京汰のことすら信じられなかったのに、その京汰を飛び越えて、自分で解決に動こうとするヒロイン的な思考が鼻につく。人間関係が不得意で不器用な つばき なのに、今回のトラブルが自分の手に余ることを理解していない。どこまでいっても頭でっかちである。後半の京汰への一方的な拒絶のシーンといい、可愛げがないことが彼女の特徴のように思えてしまう。
しかも つばき の行動の動機は2人の友情ではなく、結局 京汰の名誉のためだけだろう。京汰の汚名が濯（そそ）がれればハルは どうでもいい。そういう考えが滲み出ていてる おめでたい恋愛脳の彼女を好きになれない。
第三者からの情報で京汰を信じられなくなり、第三者の助言で再び京汰を信じられるようになった つばき。改めて京汰と向かい合うと一瞬で仲直り。そこから つばき は中学1年生の頃の京汰とハルの出会い、そして彼らの友情が深まり破綻していくまでの話を聞く。
ハルは初恋で自分が運命の恋に落ちたと思っていたが、その相手の女性・梨加（りか）はハルと交際しながら京汰に色目を使ってきた。京汰はトラウマから女性が「色」に目覚めることに敏感なこともあり、梨加の本性を一瞬で悟る。だからハルには梨加は合わないと思っていた。だが盲目的な恋をしているハルに京汰の声は届かず、その一方で梨加は京汰へのアプローチを加速させる。肉体的な快楽しか興味のない梨加は京汰にとって唾棄すべき存在。彼女がどれだけ色仕掛けをしても京汰は その浅はかさに彼女への嫌悪を増すばかり。だから狡猾な梨加は、自分が落とせなかった京汰を罠にはめ、ハルとの友情を破綻させる。
それが彼らの現在の状況を生む。何も知らなかったのはハルで、京汰はハルを無意味に苦しめないために言い訳をしなかった。大切な恋愛をしていたと思っているハルに何を言っても言い訳になってしまうと分かっていたからだろう。
京汰が動かないと知り、つばき は お節介ヒロインとして彼らの友情の復活を画策する。そのために梨加の通う高校に出向く。一体、どこで誰から梨加の高校を聞き出したかなどの経緯は割愛されている。京汰は つばき が梨加の所在を聞いたら、彼女の計画を全部 見抜くと思うし、ハルは梨加の進学先を知らない。他に つばき が頼れるとしたら親友・深歩か。彼らと同じ中学だった彼女なら知ってそうなので、1コマでいいから深歩を出してあげて欲しかった。深歩って友情を築いたところがピークで、名ばかりの親友で宙ぶらりんの存在だ。それは友情が復活したハルも同じで、作者は彼らに「トラブル」しか用意してあげられない。親友ポジションになったのなら彼らとのエピソードで時間の経過や友情の深化を出してあげて欲しかった。
梨加は人の心をもてあそんで楽しむタイプらしくトラブルが絶えない（以前の京汰と同じ種類か）。その場面を目撃した つばき が梨加を助けることで会話が始まり、つばき は梨加に、ハルに真相を伝えて欲しいと頭を下げる。女を使い自分に利益をもたらすことしか考えていない梨加に そんな殊勝な心がある訳ない。自分の罪を認め、ハルの怒りを受け止める理由がない。これは つばき の悪手だろう。だが つばき はハルに梨加の高校名を教えると彼女を脅して学園祭の来校を約束させる。それでも幾度もピンチを切り抜けてきた梨加は手練れで、つばき とある勝負を挑む。
それが学園祭でのカップルコンテストでの勝負。梨加は京汰と、そして つばき はハルとペアを組み、つばき に負けたらハルを説得するという。つばき も梨加の論理が分かっていないが、読者にも分からない。
学園祭当日に そのことを知った京汰は激怒。つばき が余計なことをして梨加の本性を知ってハルが傷つくのは京汰の本意ではない。京汰の乱暴な言動も嫌いだが、事前に京汰に根回しをしない つばき の迂闊さや自分が正しいと思い込む強情さも好きじゃない。というか やっぱり作品的に勝負イベントをしたいだけで、心の動きなど考えていないのだろう。
こちらも何も知らされていなかったハルは梨加が目の前に現れ驚愕する。そして彼女に愛の再開を申し込むが、それを避けたい梨加は京汰に脅迫されていると出まかせを言い、ハルは京汰への勝利を誓う。
つばき は京汰に友情を取り戻すために奮闘する。でも彼女が京汰とハルの仲直りに尽力する理由が やっぱり分からない。例えば つばき が深歩の立場で、中学時代の彼らの仲の良さを見ていて、それが壊れたことに胸を痛めているのなら修復したい気持ちも分かる。けれど つばき の場合、京汰から聞かされた友情物語しか動機がなく、しかも薄い内容なのに、真の友情だと思っているのが謎だ。
梨加が圧倒的に有利かと思われたが つばき の頑張りで勝負は最後まで分からなくなる。それに焦った梨加は つばき の衣装を切り裂き、彼女を貶める。もはやピンチでも何でもなく、文字通りヒロイン様に刃向かった女性に少女漫画は破滅を約束するだけなのに。
その衣装はクラスの出し物の借り物だったため つばき は激怒。梨加に詰め寄るが、つばき の剣幕に驚いた梨加はハルの名を呼び、つばき のヒステリーだと話をすり替え、ハルを味方につける。だが直後に梨加は緞帳の装置に髪を巻き込まれ身動きが取れなくなる。ハルは何とか梨加を助けようとするが埒が明かない。そこに現れた つばき は梨加が衣装を切り裂いたカッターを使い、梨加の髪を一刀両断し、その後 彼女の髪を綺麗にアレンジして舞台に上げる。つばき が迷いなく髪を切った1コマは冷徹さを感じさせ読者を驚かせる場面になっている。
しかし梨加は負けずに図太く、つばき のアレンジで優勝を手に出来ると意気揚々とステージに戻る。一方 つばき は衣装の破れのため棄権を選ぶ。彼女に絶望を与えるための棄権なんだろうけど、衣装一つで全てが決まる訳じゃないのだから、下着が見えるとかじゃないんだから出るだけ出てもいいような気がするけど。
その結果、優勝は京汰・梨加ペアになる。優勝者カップルには彼女へのキスが見世物として用意されていた。つばき は絶望するが、京汰はコンテストの優勝者として「彼女」である つばき にキスをして、ハルへの秘密の暴露も阻止する。ヒーローが格好良くて ヒロインは少し劣るという少女漫画らしい展開なのだろうが、つばき の一人負けに見える。賭けの対象である京汰に関しても、一般感覚と つばき はズレているから無効にしている。これじゃあ梨加の方が詐欺の被害者に見えるのだけど。前提を理解していないから無効、なんて展開を読ませられた読者は徒労しか感じない。
こうして京汰の頑張りによって秘密の保持が継続するのかと思ったが、ハルの勘違いした言動に業を煮やした梨加は これまでのことを全部 洗いざらい話してしまう。これは梨加のプライドが崩れ去ったから出来る暴露なのだろうが、結局 ハルが知ってしまうという本末転倒な結末に見える。真実を知ったハルは崩れ落ち、そして京汰への無意味な怒りを後悔する。謝罪の言葉を連呼するハルに京汰は、謝罪は つばき にすればいいと述べ、自分の愚行がハルの誤解を助長させたこともあり それで手打ちにする。
つばき は京汰が隠そうとしていた梨加の本性がバレて それで良かったと考えている。ハルは真実を知ることより京汰の裏切りが無かったことの方が嬉しいという確信があったから、今回 独断で賭けを始めた。うーん、つばき は京汰とハルの本当の仲なんて知らないと思うのだけど。
こうしてハルは再び京汰の親友に戻れる。だが本書の「親友枠」は 居ないも同然なんだけどね…。
続いては学校イベント・修学旅行。行き先は沖縄。そしてクラスの違う2人だが偶然にも沖縄の離島見学で同じ島を選ぶ。それは その離島・波照間島が天体観測で有名な島だったから。宇宙や星が好きな京汰の行動を つばき は読んでいた。
だが1日目の消灯後に抜け出そうと京汰が提案する規則違反を つばき は受け付けない。違反して教師の目に留まると学校推薦で「エリート大学」に行けなくなってしまう。どんなに勉強しても本番で実力が出しきれない つばき にとって推薦入学は自分の特性に合った方法だと考えていた。けれども その考えに固執するあまり、またもや頭でっかちになった つばき は、彼女と一緒にいたいという京汰の思い遣りに頭が回らず、自分のことばかり。仮想敵がいなくなると すぐに自爆するのは変わらない。そして京汰も拗ねてしまい、またもや冷たい言葉で2人に距離を生じさせる。またか、という展開である。
その失敗を痛感したから結局、つばき は京汰に会いに深夜に部屋を抜け出し、リスクを冒して彼のもとへ走る。だが そこで見たのは女子生徒を部屋に招き入れる京汰だった。そして つばき の姿を見つけた彼は早く帰れと門前払いをしたのだった…。
そのことにショックを受ける つばき だが、もう二度と京汰を疑わないと心に決めていた。だから京汰に対して物分かりの良い振りをするが、その一方で不安は消えず寝不足になるほど悩んでいた。ハル編の時のように疑わなかったため、そして京汰も早く真相を教えたため2人の間の わだかまりは無くなる。ハルの時と違って今回は京汰を信じられた、という実績作りなのだろうが、それを描くのが早すぎないか。もうちょっと大きな京汰に関わる事件で、今度こそ彼を信じる！と つばき が立ち上がれば感動的なのに、これでは つばき が過去のミスを取り戻したくて信じることが愛だと思い込んでいるように見える。
そして つばき は離島見学できた波照間島で京汰の前で初めて水着姿を見せて、彼の独占欲を燃え上がらせる。水着姿を見たヒーローの典型的な行動ですね。そして驚くことに京汰は このまま島に残り、星空を見ると言い出して…⁉
