水瀬 藍(みなせ あい)
きっと愛だから、いらない(きっとあいだから、いらない)
第06巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
新章開幕! 運命の歯車が大きく動き出す! 神様どうか1秒でも長く わたしを吉良くんのそばで生きさせてください。2人で病気と向き合っていく覚悟を決めた円花(まどか)と光汰(こうた)。もっと吉良くんにぴったりくっつきたい…そんな円花の気持ちを察するかのように光汰は円花をクリスマス旅行に誘って…? 忘れられない夜を過ごした2人…そんな時、ラズライトの映像が街頭ビジョンに流れ――!
簡潔完結感想文
- 吉良にとって円花は彼が望んだ「初めての彼女」という純愛の再設定。
- 母親公認の1泊デート。ここは過去作との違いを見せて欲しかったところ。
- 晩節を汚す第2部。円花にとって歌い、デビューすることの意義が全くない。
ヒーローは一途なのに、作者は移り気、の 6巻。
吉良(きら)が円花(まどか)の余命を知って、それでも彼女との交際を継続する意思を見せる。出会ってすぐに交際した2人だが、お互いの現状や過去を把握した この『6巻』からが本当の交際の始まりと言える。水瀬作品の定番の初恋の成就や、ヒロインが どれだけヒーローにとって特別であるかを再定義して その愛を純化させていく。
ここからが本当の恋愛だッ!ということで、改めて お泊りデート回を用意したり2人の恋愛は最高潮となる。吉良が円花に見せたい物や一緒に時間を過ごしたいという願望は尽きることがない。
さて ここからは普通なら いよいよ円花の余命のリミットと向き合うターンになるはずなのだが、作者は なぜか別方向に進路を取る。それが音楽活動だ。この音楽活動が第2部らしいが迷走しているとしか思えない。この時点で作者は円花の運命を決めているであろうから、あの結末ならば この蛇行は必要だったのか強く疑問に思う。
ここで再度 思い返されるのが前作『恋降るカラフル』の終盤である。『恋降る』でも作者は主人公カップルに一定の目途がついたら、いきなりサブキャラに病気設定を持ち出して物語に切なさを付与させようとしていた。
それは今回も同じ。完全なる両想いになって、彼らは水瀬作品の到達点に辿り着いてしまった。いよいよ やることがない。そこで作者が持ち出したのが音楽活動である。良く言えば読者を飽きさせないサービス精神の表れだけど、悪く言えば思いつきで描きたいことを描いているようにしか見えない。
それに本書では やることがない訳ではないのだ。上述の通り円花の病気は作中に巣食っている。その対処を読者は見たいのに、そこから目を逸らす。音楽モノが描きたいのであれば次の作品でやればいいのに、作者は前作と同じく自分の描きたいものを我慢できていないように見えてしまう。
本書で問題なのは、そこに行く必然性が見えないことだ。私には円花が どうして歌いたいのか、バンドをしたいのかが全く分からない。人生が長くはない彼女が恋をしたいという願望は理解できるが、最初の願いに歌いたいという気持ちはなかったので そこに共感できない。吉良と出会って、歌うことに目覚めたのであれば、その渇望を克明に描いて欲しい。それがないから円花が作者の既定路線に沿うだけの意思のない行動をしているように見えてしまう。
序盤では特異な出会いを描きたかったのだろうが、そのせいで とんとん拍子に進む恋愛に読者は戸惑い、そして終盤でも一躍 人気者になるバンドに読者は戸惑うばかり。作者の中で思うように読者人気が出なかった作品だと思われるが、その原因は作者にある。人気作家なのだから もう少し落ち着いた構成力で物語を展開できないものだろうか。スピード感を大切にしているが、そのせいで大事なものが振り落とされているような気がしてならない。
限りある円花との日々のために吉良は彼女の担当医から病気について学ぶ。
そして円花の母親にも交際の継続を宣言する。吉良の中で円花が美辞麗句で修飾されていくけど、本質的に自分勝手に描かれている気がしてならないので、私は寒々しく感じる。
これも若さなんだろうけど円花も吉良も(そして作品にも)自己陶酔感があって、本当に死を覚悟しているのか疑問に思ってしまう。吉良が繰り返し言う「円花を守る」ということも具体性がなくて、ここで母親が吉良に涙を流すのも演出が安っぽい。冷静に円花を頼みます とか頑張りなさいとか感情に流されない方向でいて欲しかった。
その後、クリスマスに1泊旅行を計画する吉良。余命があって生き急いでいるのは分かるが、出会って4か月で堂々と お泊りをする高校1年生の前のめりな感じが好きになれない。性描写を匂わせることで読者を釣っているようにも感じる。また その前のヒーロー行動のために瞬間移動する水瀬作品の悪癖も好きになれない。彼の移動速度なら全部の敵のパスをカット出来てしまうだろう…。
大事なクリスマスを前に、吉良を ずっと見てきた女子生徒の口から、吉良から手を伸ばしてくれる女性は これまで1人もいなかったという話が出る。だから円花は吉良にとって本当に特別で、大事にされている「初めての彼女」だと定義づけられる。結局、いつも通り水瀬作品は初恋賛美になるんですね。
そんな教室内の女性同士の恋バナを廊下で聞いていた吉良は円花を「最初で最後の彼女」という。この辺も夢を見過ぎている感じがする。ただ その分、円花は そこを冷静に受け止めていて、自分の死後の彼の人生の幸せを願っている。だからといって この言葉に嘘がないことも分かっている。そういう冷静な温度感が良い。
母親も公認の2人だけのクリスマス旅行が始まる。
旅行先は雪の舞う北国。随分 遠くまで足を延ばしたものだ。雪が降って足元が悪く、頭部へのダメージを避けたい円花には不適当な場所にも思えるが、ロマンティックさを重視する。かなり冷えるであろう夜のボートも単純に暗い湖面に出て行く恐怖もあるし、もし転落したら円花の体調は取り返しがつかない。せめて旅館の人が漕いでくれ とか思っちゃうが、ボートの上で世界で2人きりの空間を作らなきゃならないのだろう。
この日は円花の誕生日でもあり吉良は彼女にネックレスを贈る。それは吉良の手作りで、彼が身につけていたピアスの片割れを使ったラピスラズリのネックレス。これまでの吉良のパワーが宿った物を身につけて彼らは一心同体になったということか。これが彼らの愛の到達点だろう。
宿泊先のホテルのラウンジにはピアノがあり、ピアノが弾ける円花(ビックリ設定)は、吉良から自分の一番 好きな曲をリクエストされ、吉良の作曲した曲を奏でる。その曲を弾きながら、円花は それに自分で考えた歌詞を乗せて歌う。歌詞の内容は吉良への出会いで変わった自分の内面を反映したもので、やがて彼への感謝へと変わる。それを吉良は「ラブレター」だと評する。
夜、2人は同じベッドで眠り、合意の上で事を始めようとするが、結愛(ゆあ)からの連絡が入り中断する。これで盛り上がった空気が壊されたため何もないまま終わる。水瀬作品らしい、いつも通りの展開だが、挑戦的な作品なのであれば、ここで致しても良かったように思う。その翌日には結愛たちとクリスマスパーティーを催す約束をするが、円花の体力や疲労が心配だ。もう ちょっと彼女の体調に気を使えないものか。
都会に帰ってきた2人が見たのは、バンド「ラズライト」のデビューへの飛翔であった。大型ビジョンにラズライトが紹介される。ここからが第2部らしく、ラズライトの音楽活動がメインとなって話が進む。
プロデューサーの鮫島(さめじま)は吉良のファンクラブの女子生徒に動画を拡散させ、そして人気が出ても彼女を窓口としてラズライトへの取材を一切 断らせてきた。そして機を見て一気に売り出そうというのが彼の考えだった。
勝手に話が進んでいたが、円花は ここで初めて鮫島に自分のボーカルとしての活動期間が半年ぐらいであることを話す。余命という直接的な表現はしなかったが、ちゃんと義理を果たそうとした。もしかして円花の病気を完全に無視して音楽界で活躍させるのかと危惧していたから、ここは安心した(作者ならしかねない)。
円花の告白に対し、業界の革命児である鮫島は半年という短さに動揺しない。音楽活動の長さと評価は比例せず、1枚のアルバムで伝説になることもある。ならば太く短くても構わない、というのが彼の考えだった。
鮫島の許容は理解できるが、円花がバンドデビューしたいかという動機の薄弱さは いかんともしがたい。そういう方面への興味もない人だったのに。歌う=生きることなのかもしれないが、その描写も弱い。もうちょっと円花の中での歌う意義を強く印象付けて欲しかった。
また音楽活動が円花の独断で進むのも気になる。母親は文化祭ライブを見ているので、歌うことに対しては反対しないだろうが、デビューなど多くの人の目に晒されるような活動は望まないのではないか。どうも母親が存在感が安定しない。
動き出したラズライトはオリジナルメンバーである さくら に活躍を誓う。この場面は吉良を含めてメンバー全員が さくら の死を乗り越えた、という意味があるのだろう。そして この後、円花は初めて動画で動く さくら と彼女の歌を見る。
ただし鮫島が用意したラズライトのお披露目は、メジャーデビューする他バンド「シリウス」のライブ。シリウスは素人バンドが自分たちのライブに登場することを嫌がるが鮫島は強権を発動する。だがシリウスは納得がいかず…。