《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

連載も大学生活もモラトリアムが4年間あったのに、最後の数か月に色々と詰め込む。

ビーナスは片想い 11 (花とゆめコミックス)
なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第11巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

紗菜に告白し、気持ちにキリをつけた由樹。紗菜はその後も今まで通りに接してくれる由樹に感謝している。そんなある日、将来の進路を決めかねていた紗菜に短期の保育士見習いのバイトが…。英知の応援で、夢に一歩踏み出す紗菜は…!?

簡潔完結感想文

  • 失恋した男性ではなく女性たちが泣く。悲劇のヒロインの自己陶酔が苦手かな…。
  • 4年生の夏休みに就活を考える世間知らずヒロイン。不変のイケメンにイジられる役。
  • 保育園での体験で初めて努力と成長を感じ、その達成感が なぜか関係性を進ませる。

ロイン様をイジっていいのはイケメンだけ、の 11巻。

大学4年生の夏まで遊びに遊んでから、ようやく進路を決めるヒロイン・紗菜(すずな)。これは現代の2020年代から見れば相当のんびりしたスケジュールだろう。しかも資格が必要な保育士を(今更)目指すことになり、卒業後すぐに就職・社会に出るという訳にはいかないみたい。

今回、登場する紗菜の父親からしてみれば、彼氏・英知(えいち)と半同棲生活をしているし、いつまでも将来を決めず不安が尽きないだろう。今の専攻(日本文学)と保育士は関係がなく、わざわざ一人暮らしをさせた結果に父親は落胆する。ただし紗菜は なかじ作品のヒロインであるため、そのことに対して怒られたり、勘当されたりはしない。瞬間的に気まずい親子関係になるが、英知の機転もあり その日のうちに父と和解する。本当に男たちが紗菜に甘い世界である。

甘い世界と言えば夏休みに参加した保育園でのバイト・ボランティアでも紗菜は保育士の先輩女性から大らかに受け入れられる。紗菜は初日から決められた時間に登園しなかったりミスを重ねるのだが、そんな紗菜の舐めた態度を怒るのは、同じくボランティアの年下イケメン・鮫島(さめじま)の役割となる。
おそらく これは同性同士(特に女性同士)だとギスギス感が生まれてしまうためであろう。英知など大学のイケメンとも離れるため、作品内にイケメン成分を補給するためにも鮫島は必要だった。イケメンと あっという間に仲良くなるのはヒロインの特技で、紗菜は これまでの由樹(ゆき)と同じような立場の年下イケメン・鮫島に厳しく指導されながら成長していく。

深見に失恋後に由樹が、由樹撤退後には鮫島が登場し、常に紗菜の周囲にはイケメンが複数人用意される。

この保育士の お仕事体験で一人前の大人に近づいたことで、紗菜は英知との関係も大人の階段を上る。クライマックスに相応しい最後の恋愛イベントだが、ここまで引っ張ったイベントが そんなキッカケで起こるの!?と目を丸くしたのも確かだ。まさか紗菜の成功体験と性交体験というダジャレではあるまいし…。

9月の交際開始なのでクリスマス回では早いかもしれないが、バレンタイン回や3月末の英知の誕生日など他のイベントで それに至った方が気持ちの盛り上がりや覚悟の持ち方としては理解できる気がする。繰り返しになるが、告白のタイミング(紗菜と英知)や気持ちの移り変わり(特に由樹)など謎のタイミングが多々あって、それが共感や没入感を削いでいくことになった。

先が見えない連載作業とは言え、もう少し早い段階から成長の種を植えて、それが最後に結実するような展開は用意できなかったのだろうか。専門外だけど聖母っぽく見える保育士を紗菜が急に目指すなど首を傾げる点が多い。一般職だと読者はイメージしにくいからか、ヒロインの進路が保育士、調理師、教師に落ち着くのが少女漫画である。ただ良かったのは保育士を女性の仕事と限定していない点。ボランティアの鮫島の他にも正保育士として男性がいるという設定で、性差なく誰もが目指すべき素敵な仕事として描いているのは良かった。特に連載時の2003年前後に そういう設定にしたのは視野が広いように思う。保育園にイケメン・鮫島を無理なく登場させるためかもしれないが…。


菜は由樹からの思いがけない告白と、それに応えられない自分に悩むが、由樹は その後に紗菜と会っても これまでと少しも変わらない態度を取ってくれる。告白を断ったことに傷ついた自分を英知に慰めてもらい、どう接していいか分からない幼さを当の本人がフォローしてくれる。恋愛の三角関係は終焉したが、紗菜の お姫様ポジションは変わらないということか。少女漫画読者も(作者も)満足な結果なのではないか。

傷ついた男性の前で泣くのは これまで紗菜の お家芸だったが、由樹の失恋に紗菜が泣く訳にはいけず、それは洵(まこと)の役目となる。失恋直後の由樹の家に訪問し、彼の代わりに号泣し、彼を抱きしめることで由樹の心の傷を癒す。この手法は紗菜と同じである。作者が こういうシチュエーションが好きで憧れがあるのだろうか。そして これは女性は情に厚く泣くもの、男性は辛くても泣かない みたいな旧態依然とした男女観が根底にある気がして差別的に思えた。それにしても洵は由樹の家を知っていたっけ? 長年の片想いでリサーチ済みということなのか…?

恋愛の勝者と敗者になった英知と由樹はテニスで汗を流す。これは昭和の時代なら殴り合って これまでの しこり を水に流し、変わらない友情を確かめ合う儀式と同じことだろう。気まずくなる関係を補修して、作者の目指す平和な世界が完成していく。

恋愛の始まりは精神的に辛い男性を女性が抱擁した時という本書のルール(またはワンパターン)。

男女または男同士の友情継続の証なのか、紗菜は由樹の母親から自宅でのパーティーに招待され、大学の仲間たちと お呼ばれする。そういえば由樹の妹は なぜ入院していたのか。初登場のシスコン設定以外に病気は特に出てこない。何だか英知の姉の事故死と同じ浅はかな匂いがするなぁ…。こういう部分、作者が信用ならない。

この回で大事なのは洵が由樹の母親と対面し、気に入られるという点だろう。これは紗菜の英知の家族と同じ。そして洵が由樹の家の婚約者ポジションになったことで、由樹は紗菜への想いを過去のものにする。これにて三角関係に正式に幕が下ろされる。


うして「片想い」に けり をつけ、唐突に男女7人で海物語が始まる。久々に顔を見せた深見(ふかみ)の恋人・穂花(ほのか)と洵は初対面のはずだが、そこに緊張感や自己紹介・会話はない。誰もが仲良しのグループが出来れば作者は それでいいのだろう。

そうして大学時代最後の夏を満喫してから、紗菜は保育士を将来の目標にし、保育園での短期バイトを始めることになる。しかし説明を受けた翌日から保育士の1人が入院したため、紗菜はボランティアとして1日中 保育園を手伝うことになった。どうやら英知は この夏休みで旅行を計画し、あわよくば紗菜との関係を進めたかったみたいだが、それが ご破算となったようだ。もちろん紗菜は英知の計画や欲望を知らないまま。英知側は臨戦態勢に入っているということなのだろう。


張感のない紗菜は初日から遅れて登園する。それを同性の先生たちは怒らず、それを咎めるのは同じ大学の2年後輩の保育科の男性・鮫島だけ。彼も紗菜と同じくボランティアであり、若い男性がいることで女性だらけになる危機から作品を救う。

鮫島は基本的に由樹と同じポジション。年下だが、紗菜を年長者として扱わず、紗菜は彼にバカにされる日々となる。どんな環境でも紗菜は男性から こうやって扱われ、親しまれるのだろう。ただし物語も終盤なので鮫島は新しい当て馬にはならない。そのために彼は他の保育士の女性に恋をしている設定まで用意されている(1/4コーナーで先にネタバレされるが…)。

ミスの多い紗菜だが、彼女を怒るのは鮫島だけ。ここで紗菜に社会や労働の厳しさを教えて欲しいものだが、紗菜は本職の先生に怒られることなく、園児と同じように伸び伸びと保育園での生活に慣れていく。


うして紗菜が想定以上に長い時間・長い期間 保育園と関わったために一つ問題が起きる。
それが紗菜の父親の来訪。紗菜には事前に手紙で知らされていたが、タイミング悪く、英知が紗菜の部屋で料理をしている際に父親が部屋を訪ねてきてしまった。娘を愛する父親からしてみれば最悪の出会いとなる。
父親は就職先も決まらずフラフラしているとしか思えない娘の様子を見に来たらしい。確かに授業料など少なからず援助してもらっている紗菜が親に報告なくモラトリアムを続けるのは問題である。しかし英知の母親といい紗菜の父親といい、2年3年 子供を放置してから突然 現れるなぁ。子供たちが一人暮らしを満喫するためで、作品の都合なんだろうけど、謎の放置である。

彼氏と半同棲して将来も決まっていないことを、彼女なりに一歩を歩み出している時期に文句を言われて つい親に反発してしまう紗菜。宿題をやろうと思っている時に、叱責されるような状況だろう。そんな2人の様子を見て英知はバッティングセンターでガス抜きをさせる。そうして就寝となり父娘は話し合いを再開し、紗菜は父親に時間を下さいと頭を下げる。そんな娘の変化に英知が大きく関与していることを知った父親は英知のことも認め始める。

改めて3人で食事をして、酔い潰れた紗菜の横で、男性2人は男同士の会話をする。これで英知は紗菜の家の側に認められ、2人は双方の家で公認の仲になったということか。


島の他に紗菜に厳しいのは園児の愛(めぐむ・男の子)。母子家庭という環境が原因なのか彼は精神的に安定せず、紗菜だけでなく周囲にも反発して生きる。これ、基本的に強情な男の子という点で『10巻』で登場した海人(かいと)と似通ってしまっており、その後も既視感のある展開になってしまっている。

紗菜は英知・由樹、そして海人にも効果があった抱擁を愛にも試みるが、愛は それで洗脳されないようだ。これまでの どの男性よりも強い精神の持ち主と言えよう。そこで紗菜は挫けそうになるが英知に助言をもらい、これまで以上に積極的に愛と関わることにする。

その努力が認められたのか紗菜は保育園で、お絵かきの時間の1コマを一人で任される。園児のために事前に準備を重ね、本番でも及第点を貰う。この経験を通し(もしかして本書で初めて)紗菜が反省をすることで彼女は確実に成長する描写となっている。

そして愛にも話しかけられるようになり、紗菜は今回のボランティアでの充実感を味わう。
その夜、英知に感謝を伝え、紗菜は身体を預ける。んーー、紗菜の職業選択といいタイムリミットに追われて慌てて しているような気がしてならない。読者が4年間 待ちわびた瞬間の一つなのに、コレジャナイ感があるなぁ。次の巻も読んでね、というタイミングにしか思えない。