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少女漫画と小説の感想ブログです

悪魔の所業 その10。花火が咲き 落ち葉が舞い 雪は頬で涙に変わっても桜の木の下で永遠の愛を誓う。

花と悪魔 10 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
花と悪魔(はなとあくま)
第10巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

約束の3年を過ぎても人間界に戻ってこないビビ。それでもはなは、毎日ビビの城へ通って帰りを待ち続けていた。一方、“はなの為”を思い、魔界にとどまることにしたビビだったが、新魔王モーリッツの計らいで人間界へ戻ることに!

簡潔完結感想文

  • 最後まで読んでよかった。途中の4巻ぐらい無ければ もっとよかった(笑)
  • 勝手に別れたのにキスを拒否されたら拗ねる。203歳の お子様 大悪魔。
  • 3年の別離で子供から大人になり、ロリコンやグルーミング疑惑の払拭になる。

界への帰還はウンザリだったが、テーマの帰着には感動を覚える 最終10巻。

長編連載を通じて作者の得意・不得意分野が見えてきた気がする。
得意なのは情緒に触れる内容と描写だろう。序盤では その面を強く出していて、それが他作品との明確な差異になっていた。中盤はテーマから遠ざかったように思えたが、終盤に またそこに戻って、そのテーマから目を背けない結末を描き切った。そこに作家としての矜持と強さを見た。『1巻』から時間の流れを感じさせつつ、『1巻』の内容を盛り込んだ最終回近辺は本当に素晴らしかった。

主人公たち2人が人間と悪魔という種族の違いを乗り越えるのは、漫画だったら いくらでも可能なはずである。例えば これまでとは逆に人間が悪魔の血を飲むと、人の性質が変化するとかでもいいのだ。または成長を促進する薬で「弐號(にごう)」になれるなら、成長を止める薬が あってもいい。本書の中の行為や道具を使えば読者の納得も一層 増すだろう。

でも作者は そういう「逃げ道」を用意しなかった。これは作者にとっても心を擦り減らすような決断だったと思うが、そこから逃げない強さに称賛を送りたいと思った。
これはヒーロー・ビビの2つの願いを完遂するものでもあった。1つは はな に人間としての生涯を全うして欲しいという種族の差を重んじる願い。そして もう1つは それでも彼女と共に人生を歩みたいという自分の願い。
だから2人に流れる時間の長さが違っても、彼らは一緒にいることを選んだ。自分の生まれもった特質を否定せず、その ありのままの自分で心から愛する人との時間を慈しむ。それが全人生であっても、長い時間の中の一部であっても、そこにある愛の重さは2人の中で変わらない。作者と はなたちが辿り着いた この答えに感動を禁じ得ない。

3年の経過で はな はビビから見ても「女性」になった。時間が心理的ハードルを超越させた。

動にケチをつけるようでなんだが、作者の不得意なことはラブコメであろう。
飽くまで私にとってはだが、初魔界以降の魔王・ルシフェルのビビいじりは ちっとも面白くなかった。せめて地上と魔界を半々ぐらいにしてくれればよかったのだが、事あるごとに魔界に行って、内容的な重複が続くのには辟易した。これは やはり序盤・終盤にあった物語の核、時間の流れが作品内で停滞したからだろう。気の済むまで「サザエさん時空」に飛べるのが白泉社の長編作品だと思うが、本書との相性は最悪だった。全6巻ぐらいにまとめてくれれば、もっと素直に作品を評価できたのに。

そして もう一つ欠点を挙げるとしたらビビの性格だろうか。最後まで彼は優柔不断で自己中心的な悪魔に見えた。
自分が はな に与えた心の傷や、自分の都合で3か月もウダウダしたことに対しての反省が無いまま、彼は はな との再会後 キス問題ばかりに執着する。これは感動を半減させる。
本来、ビビは はな と悪魔の自分の間に流れる時間感覚の違いや人生の長さを理解しているから はな に触れることも恐れていた。それなのに彼女の人生の悲しみを長くしているし、流れた時間の経過を理解しないまま、自分だけ復縁を急ぐ。
これは はな が冷静にキスを拒否するのとは真逆である。作品側も しっかり はな がキスを受け入れるための時間と流れを用意していて賢明だ。それなのにビビだけが最初から一歩も成長していない。作品として最後までビビの格好良さをキチンと描けていないなというのが私の印象だった。容姿や悪魔という設定、俺様な言動を差し引いて冷静に見えてみると、かなりダメ悪魔なのである。

ヒーローが格好つけただけで中身が伴わないのが最後まで気になった。ここは連載で成長した作者の唯一 成長していない部分に思えた。次の作品では改善されることを祈る。そして次の作品は白泉社の連載パターンから脱した作者らしさを全面に出した作品であることを祈る。作者の真価は次で発揮される、と思う。


ビとの別れから3年以上が経ち、はな は かつて薬で成長を促進した「はな弐號(にごう)」の姿になっていた。桃(もも)も また然り。桃は もう背伸びをする必要は無いが、今更 当て馬になる様子もない。

初雪の日に別れたビビだったが、本来 ビビが帰還するはずだった3年に加えて3か月が経過し、桜の花が咲く時期になっていた。そして はな は進学した高等学校を もうすぐ卒業する。

魔界ではビビたちの働きにより平穏が戻り、新しい魔王が擁立され、もう彼が魔界にいる理由はない。だがビビは戻らない。そんなビビの態度に、本当に戻る気がないなら別れ際に はな の記憶を消すべきだった、とエリノアは責める。自分を忘れて欲しくない気持ちと、自分は帰らないという決意は はな を苦しめるばかりなのに。
その中途半端さは、いつものようにビビのエゴである。自分は仕事に没頭して はな を忘れようと懸命だが、はな の記憶は保持して彼女の記憶に自分のいる余地を残している。この203歳は最後まで精神的には幼かったなぁ…。

ビビを動かすのはエリノアと、そして新魔王となったモーリッツだった。彼はビビに地上への出向を命じる。地上から魔界へ出向くのは前魔王の命令だったが、魔界から地上に行くのも命令。すさまじきものは宮仕え、である。

だが そのお陰でビビと その周辺の者たちは地上に帰るキッカケをもらった。おそらくモーリッツとは前魔王以上に実力が伯仲していて、実力行使に出ればビビはモーリッツの命令を拒否できる。それをしないのは渡りに船だったからだ。ダメ人間ならぬダメ悪魔だなぁ。


束の3年が経過した頃から、はな はビビの屋敷に通じる道を毎日 訪れていた。結界の存在があって決して自分は近づけないと分かっていても、1日1時間と時間を決めてビビとの再会を夢見ていた。そこに彼女の ひたむきで痛切な努力が見える。ビビには想像力と自信が足りないから、無駄に はな を悲しませてしまうのだ。

はな が堪え切れず泣きそうになり うつむいた時、見たことのないほどの桜の大木から花びらが降り注いできた。『9巻』の後半から1話ずつ連続で続く、花火・初雪、そして桜の花びらと頭上から振ってくるという共通点が また美しい。終盤になって作者に作家性が見えてきた気がする。

こうして はな の目の前に屋敷への道が開かれた…。
ビビは帰還すると はな に会いたくて仕方がない。さっきまで あんだけ強がって はなを遠ざけていたのに。3か月も躊躇していた自分を反省しない悪魔である。しかしビビが敷地内から出ない内に、はなが向こうからやって来る。


うして彼らの3年ぶりの再会が叶う。
ビビが驚くのは はな の成長。彼は はな を「弐號」状態だと思っている。だが これが3年後の今の はな なのだと知り、ビビは赤面する。元々、ビビは「弐號」状態の はな は「アリ」だと思っていたので、これからはずっと はな を女性として意識することになった。もうすぐ高校も卒業するから、晴れて手を出せる状態と言えよう。3年の別離は はな に誰と生涯を共にするかを選ばせる期間でもあり、それを乗り越えたことで2人の愛は確定する。ロリコン疑惑やグルーミングといった批判を乗り越えるためにも、この別離は必要だったのかもしれない。そう考えると「弐號」は重要なキャラクタだったんだなぁ。

悪魔と人間の再会の宴が用意される。
一息つくとビビは はな が日ごとに女性として花開くのを傍で見られなかったことを後悔していた。高校在学中に手を出す訳にはいかないが、雪の日に戻れば彼が植え付けた はな のトラウマを払拭できたのに。よくよく考えるとビビは割に(かなり)人でなしである。悪魔だけどさ。


な は視界から一瞬でもビビが消えると、また彼が自分を置いて魔界に戻ってしまったのではないかと心配してしまうようになる。これは あんな捨てられ方をしたら当然だ。

ビビを探し回り、見つけた彼から すぐにキスをされそうになるけれど はな は それを拒む。予想外の はな の反応にビビが気に病む。ビビは自分が はな に与えたトラウマを過小評価している。これは逆に考えれば、勝手に捨てられたのに、再会で それを簡単にチャラには出来ないのは理解できる。キスを はな が受け入れてしまえば、それは自分の価値を彼が軽く考えていることに通じてしまう。ここは女性としてのプライドの問題である。ビビはキスや発情よりも先に誠実さを見せなくてはならないのだ。

だがビビは自分に原因があるとは思わず、この3年間で はな に別の好きな人が出来たのではないかと懊悩する。これが最後のすれ違いとなる。


会はしたが想いの通じ合わない2人に前魔王・ルシフェルから魔界への招待がある。ルシフェルは死なずに隠居状態。そしてルシフェルはビビを魔王に推していたが、ビビが固辞したという。これで魔王になれるような器のヒーローという美味しい部分だけが残る寸法だろう。

再会の日から、はな は屋敷に戻って暮らしているのだが、はな からの菖蒲(あやめ)への挨拶とか感謝とかあれば良かったのに。はな もビビも菖蒲に対する敬意が低すぎる気がしてならない。はな には姉(または母)として受け入れてくれた菖蒲に涙ながらに感謝してほしかった。どうも はな は自分の周囲にある環境を当然と思って、自分の幸運に対して ちょっと高慢なところが見え隠れする。

魔界行きの日、出発に間に合うように はな の学校に馬車の迎えが来る。ビビは そこに直接 出向き、校門で はな を待つ。女子生徒の歓声でビビの価値を高め、そして はな が交際宣言をすることで周囲から羨望の的になる。
またビビが はな を待つ、という状況が彼女にとって この上なく嬉しいことだと思われる。3年前に捨てられ、放置された自分をビビの方から迎えに来てくれる。それだけで傷ついた心は回復したのではないか。

学校から出てきた はな にビビは自分の悩みを正直に話す。思いを寄せる人間はいるのか、そして いないのなら自分を まだ好きでいてくれるか。だが その答えを前に桃たち男子生徒の冷やかしがあり、2人は まだ想いを重ねられない。
その すれ違いをビビはキスで強制的に埋めようとするが、再度はな が拒否する。ビビの気持ちを聞いていないのだから、これは当然だ。ビビの欲望が強すぎる。

ビビは完璧ではなく女心の分からない鈍感ヒーロー。欲望が先走る 203歳は永遠の思春期。

して魔界である。前魔王は魔界の異変が治まるとともに症状も回復しているという。ルシフェルの体調の悪化で魔界の治安が悪くなるのは分かるが、その逆もあるのは どういう仕組みなのか謎だ。彼自身が魔界を体現しているのか。

そこで始まるのはルシフェルの お誕生日会。彼は人間=はな という存在によって命や死という概念を改めて学び、自身の誕生を盛大に祝いたくなったらしい。そして誕生会ではあるが、同窓会でもある。これまで登場した悪魔たちが順に登場する。

そこでビビに近づく はな の知らない女性の悪魔の存在に はな の不安が噴出する。その相談相手に名乗り出たのはルシフェルだった。初対面の時に子供の姿のルシフェルに恋愛相談した時のように(『3巻』)、はな は彼に自分の抱える思いを語る。
はな にとって3年という歳月は当然ビビ以上に長いもので、それは相手が心変わりするのに十分な時間に思える。だから彼の気持ちが分からないし、そんな状態でキスをすることは出来ない。そして3年の月日は はな を臆病にもする。3年前は言えた告白やプロポーズも、今はまた怖くて言えなくなっている。これも一種の白泉社特有のリセット機能だが、時間経過の長さや別れの残酷さを考えれば はな が臆病になるのは理解できる。そしてビビの非道さが目に余る。


な の心情を知ったルシフェルは道化を演じてくれる。はな に ちょっかいを出し、彼女の本音を引き出し、不器用な彼女とビビの背中を間接的に押す。だが その中に ほんの少しルシフェルは本気を滲ませている。大悪魔だけでなく前魔王も虜にする人間という はな に最大級に栄誉が与えられることになる。さすが無自覚最強な白泉社ヒロイン。

前魔王という当て馬の後押しによってビビは再び動く。こうして ようやく2人は相手から欲しかった言葉を受け取る。それでもビビのキスは三度(みたび)拒まれる。なぜなら はな の最後のキスの記憶は、ビビからのお別れのキスだったから。
しかし そのトラウマの克服は、その時にビビが むしり取ったネックレスの返却でなされる。愛の象徴が戻って来たことで、はな は今度こそビビを全面的に信頼することが出来た。

こうして ずっと一緒であることを約束する。キスもバージョンアップしているように見える。

2人は誕生会を抜け出して、魔界のビビの屋敷に向かう。はな にとっては初訪問。彼の家に行ったり、部屋に入ったりするのは2人の距離感が近くなったことを意味する。ずっと同居していた2人だが まだまだ知らない部分はある。ビビの両親って存在するのだろうか。
この日は一緒に寝ることを決めるが、ビビが執事を遠ざけ、一人でシャワーを浴び準備万端になったのに はな は先に寝てしまう。寝ている彼女の左手の薬指にビビは渡し忘れた もう一つの贈り物をする…。


の1年後、2人は結婚式を催す。
この日は桜が咲いている満月の夜。それは はな にとって忘れられない14歳の頃の2つの思い出が詰まっている。その2つを同時に思い出すような日に合わせて彼女は結婚したかったようだ。

そして時は流れる。現実世界の日本ならば昭和初期ぐらいの時代設定だった物語は、一気に現代まで進む。

服装も街並みも変わるが、変わらないのは丘の上の洋館と、それにまつわる噂だった。そこに住むのは杏(あんず)と山吹(やまぶき)という2人の子供。フェルテンとエリノアとも顔見知りの この2人の兄妹の実年齢は70歳を超えていて、彼らは高校を転々としながら人間社会で生きているらしい。
この2人は はな とビビの子供。ハーフだが特性は ほぼ悪魔。一定以上 容姿が成長しないのは その影響だろう。だが彼らは唯一 純潔の悪魔では出来ないことが出来る。それが「花に触れること」。子供を産みたいというのは はな の願いだった。それは自分がビビに残してあげられるものだから。
そう、はな は この3年前に天寿を全うし、この世を去っているという。彼女は自分の幸福に感謝しながら旅立った。

ラストの1ページは凄い。これを描こうと思った作者も描き切った作者も尊敬する。