《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

悪魔の所業 その9。涙を流す彼女を慰める抱擁は出来るが、出来ない約束はしない冷徹さ。

花と悪魔 9 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
花と悪魔(はなとあくま)
第09巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

突然、人間界へやって来た魔王ルシフェルが、ビビに伝えた事実。それは“地底の穴から噴き出る瘴気は、いずれ人間界へと届く”というものだった! そして魔王はビビに、再度の魔界帰還命令と、はなとの別れを半年以内に済ませておくように伝えて去っていったのだが――。

簡潔完結感想文

  • 彼女を守るために彼女から離れる、本書の美学の最終形。定番の遠距離恋愛
  • プロポーズをリセットしてしまったのは、その答えに悲しみの予感がするから。
  • 地上から彼女の心から自分の痕跡を一切消して、また雪は彼女を独りにする…。

れを選ぶ男はいつも身勝手でなければならない、の 9巻。

少女漫画のクライマックスに必要なもの、それは遠距離恋愛と、それを選ぶ身勝手な男の存在である。悪魔や魔界といった題材を扱う本書も例外に漏れず、ビビは遠距離恋愛、いや それ以上の自分勝手な決心を独断で決める。

展開としてはビビ側が身勝手な部分も多いが私は『9巻』が好きである。序盤に繰り返されていた人生の歩むスピードの違いの時のように、同じ世界で生きられない2人の悲しみや葛藤が 良く描かれていた。作者は切ない描写が上手いと思う。その反面、コメディの連載作品としては やや力強さに欠けたから、中盤がダレてしまったか。

『9巻』後半は切なさのオンパレードである。そして道具立てや印象的な場面の作り方など好きだなぁと思う部分が多かった。ネックレスの使い方もビビの横暴さが よく出ていたし、花火と雪という彼らの頭上から降り注ぐものが、切なさや悲しみの象徴に見えた。

そしてネタバレになるが、雪の使い方には唸らされた。雪の日に捨てられていた はな を拾ったビビが、彼女の幸せを願うためであったとはいえ、偶然にも また雪の日に彼女を捨てるような形になった。最初は無意識的に雪を忌避していた はな だったが、これから雪の日ごとに涙を流すと思うと こちらまで胸が痛くなる。残酷だけど美しい場面だった。

ビビが有能だから大事業に抜擢される会社員、もしくは母国の平和のため戦地に赴く兵士に見える。

女漫画の 御多分に漏れず、本書でもコミュニケーション不全が原因でヒロインが被害者になることで、クライマックスの切なさが演出される。本書では何度も相手のために相手を遠ざけることが描かれてきたが、今回は その最終形態と言える。しかし こういう展開で毎回 思うのが、ヒロインの絶望のためにヒーロー側が完全に格好悪くなっているバランスの悪さである。最後には しれっと元の鞘に納まっても、毎回 ヒーローの名誉や愚行が回復しないままなのが気になるところである。
特に本書の場合、ビビが186歳年上で どんな人間よりも遥かに多い人生経験をしてきているのに、ヒロイン・はな と同年代の男子みたいな いっぱいいっぱいの選択をしているのが気になる。恋人としてというよりも親として彼女に新しい人生を期待している節があるので、それを言わないビビの弱さが悪目立ちしている。最後まで偉そうにしている以外は全然 格好のつかないヒーローだったなぁ…。


書において、はな が誰かに花を渡すという行為は無敵である。人であれ悪魔であれ彼女が花を あげると誰でも懐柔されてしまうのが本書のルールとなっている。それは魔王であっても例外がないことが今回 分かる。花の咲く地上に悪魔を招待するのは、自分の有利なテリトリーに誘い込むことなのかもしれない。ヒーローの祖先とも言える最高権力者も手懐けてしまうのは さすが白泉社ヒロインである。

しかし気になるのは、はな が その花を育てていないこと。だから その一連の行為が、花を勝手に詰んで悪魔に渡して即座に枯らす、というのは傲慢な行動に見えてしまう。どうせなら はな は小さい頃から花を育てるのが好きで、「緑の手」のような神の祝福を受けていて、見事に咲いた花を彼女は愛おしい者たちに渡す、という流れにして欲しかった。それなら はな の才能と日々の手入れがあって、それが相手に伝わることに意味が出来る。

トーニなど誰かが手入れしたものを我がもの顔で引っこ抜き続けるからワガママに育った印象を受ける。


な からの実質的なプロポーズで相手を想う気持ちを自覚した2人。だが そこへ魔王が初めて地上に やって来る。そこで はな はビビとの地上での暮らしを魔王に教える。だが魔王は はな の前で病気の発作に苦しむ。はな は自分の血を与えて苦痛を軽減させようと試みる。自己犠牲はヒロインを聖女にする。

魔王は自分の意思とビビの介入で血を呑まなかった。この地上での邂逅で はな の心の美しさに改めて触れ、ビビの心情を理解することになる。地上に来た意味もあるというものだろう。
だから魔王はビビへの邪魔をしないことを宣言する。数々の嫌がらせという名の試練を乗り越えた2人を認めたということか。

しかし魔王はビビに自発的な「別れ」を決断させる。魔王の力の減衰によって引き起こされる魔界の秩序の崩壊、そして それは地上への悪影響を避けられない。自分が15年間、過ごし、そこで出会った大切な者のいる地上を守るために、ビビは魔界に赴かなければならない。地上に残れる猶予は半年。


王からの打診にフェルテンは納得する。現実主義者の彼は人間は人間の社会の中で生きるべきだと常々考えていた。だから これを良い機会と考える。
そしてビビも はな を人間社会で暮らすことを考え始める。現実的な常識的な考えをする男性たちに対し、エリノアは感情面から反対する。しかし魔界の崩壊は待ってくれない。大悪魔としてビビには果たすべき責務があり、それは はな の不幸の回避に繋がる。
こうして「運命」に翻弄される2人に対し、エリノアは涙を流す。

フェルテンの意見は常識で考えたもの。だが彼もまた悪魔と人間が愛を貫く様子を見届けたい気持ちもある。そのぐらいビビにも はな にも好意を持っている。作品的には敢えて冷たい意見を言う人がいるからこそ、その後のビビの決断が価値のあるものに映るのだろう。


界の内情を薄々と勘づいている はな は自分はプロポーズを撤回する。正確には保留で、今の はな ではなく成長した はな がもう一度プロポーズすることを提案する。
その保留はビビの口から返事を聞くのが怖い、という後ろ向きな理由もあった。今、聞いたら彼から辛いことを言われそうで先に撤回した。だから「いつか」の約束をすることで返事を先送りしたのだ。

はな が学校の夏休みに突入し、今回も学友の別荘に旅行に行く。それにビビも同行する。ビビが魔界の穴を塞ぐために3年は地上を離れなくてはならないから、最後の思い出と、はな の地上での暮らしを見届るために来た。これは恋人というよりも兄や父的観点が強いように思える。お話的には全然 広がりを見せていない はな の通学だったが、これは連載の展開ではなく、最後に円満に別れるために はな に もう一つの社会を用意したのかな。

どうでもいいが、作者の描く男性の お腹が苦手だ。中心ではなくお腹の片側に描く線がどういう意図なのか分からない。そのせいで痩せているけど お腹だけ少し出ている高齢男性の お腹に見える。おそらく鎖骨の下の凹みと、腹筋の盛り上がりを描いているのかな、と思うが内臓の無い人に見えるなぁ…。

温泉シーンなどでも脇腹や骨盤が妙に広くて胴が長く見える。こんな切ないシーンで何だけど…。

回はお泊り回であり夏祭り回にもなる。はな もビビも本編では初めて浴衣を着ている。

お祭りや花火を楽しんだ後、ビビは はな を連れ出して、半年以内に魔界に帰ることを告げる。そして期間は約3年になることも告げる。それは遠距離恋愛の はじまりを告げる言葉だった。

はな は涙を見せまいと必死に彼を送り出そうとするが、ビビに涙を見られてしまう。そしてビビに待っていると、大好きを告げる。

ここで重要なのはビビは はな を抱きしめる優しさを持っているが、一方で気休めになるような約束をしないことだろう。そこにビビの誠実さを感じるし、現実の残酷さを感じる。はな は再会のための我慢を考えているが、ビビは今生の別れを考えている。その対比が美しいと思った。夏の花火、そして冬の雪、彼らの頭上に降り注ぐものが切ない。


して別れの冬の日。
ビビは屋敷を無人にする。そのために悪魔たちを魔界の自分の屋敷に引きあげさせる。それは はな を完全に人間社会の中に溶け込ませるためであった。そしてフェルテンたちにも はな に会うことを禁ずる。悪魔は はな の前から消えなくてはならない。

はな は菖蒲(あやめ)に託される。
ビビは一度 別れた後、はな のもとへ駆け、彼女にキスをして、そして はな の中に咲く一輪の花であるネックレスを むしり取る。ネックレスはビビから贈られた愛の象徴で、それがあれば はな は遠距離恋愛に耐えられるはずだった。だが それを無情にビビは取り上げ、彼女に別れを告げる。希望を奪い、悪魔を憎み、やがて忘れ、人としての人生を全うしてもらうためだろう。

こうして はな は絶望へと突き落とされる。
初雪の舞う中、はな は屋敷に向かって走る。だが結界が発動し、既に はな は その屋敷に入ることを許されないことを痛感した。雪の日に拾われた はな は、雪の日に捨てられた。その悲しい一致に胸が痛くなる。