《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

癒し系男子によって 俺がつけた傷が塞がれるのを防ぐのが、俺に出来る唯一のこと。

菜の花の彼―ナノカノカレ― 2 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ(とうもり ミヨシ・てっこつ サロ)
菜の花の彼(ーナノカノカレー)
第02巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

顔を見る前に告白した男の子、隼太と少しずつ距離を縮めてきた菜乃花。でも突然、中学時代の元カレ、鷹人と出会い、唇を奪われ…。恋に傷つき、恋に癒される、これは、そんな物語。

簡潔完結感想文

  • 登場直後にキスをする鷹人は、俺様なのか中二なのか判断が難しいところ。
  • 過去の恋もなかったことにしない菜乃花は良い子だが、配慮に欠ける部分も。
  • 自分が菜乃花を幸せにしたという実感がないから、鷹人は彼女に執着する。

濁の「濁」担当のダークな鷹人ですッ! の 2巻。

ヒロイン・菜乃花(なのか)が、彼女と同じように恋に傷ついている年下の隼太(はやた)との、魂の共振を感じて、相手の顔も年齢も知らないまま始まる恋を描く作品かと思ったが、物語は意外な方向性に進む。
物語は菜乃花が何も出来なかった、傷つくことばかりだったと悩む中学時代の鷹人(たかと)との交際を、鷹人の登場によって再びクローズアップする。作品において鷹人との交際は ただの過去の手痛い経験なのかと思いきや、『1巻』では顔のなかった鷹人が顔出ししたことで、それが彼の登場への前振りだったことに気づかされる。

『2巻』で登場早々に新たに菜乃花を傷つけている鷹人だが、その反面『2巻』で一番 傷ついているのは間違いなく鷹人ではないかと思うのが本書の妙味だと思う。今のところ鷹人は菜乃花と隼太の恋愛成就の障害でしかないように見えるが、彼の中にも純情が見え隠れするのが本書の絶妙なバランス感覚だ。隼太への感情で菜乃花が新しい自分を発見したように、鷹人は菜乃花との経験全てが新しい、そして情けない自分の再発見だっただろうと思われる。

鷹人に堂々と意見を言えるようになった菜乃花だが、今の幸せを見せつける形にもなった。

して鷹人に同情的な読み方をすれば、今回のヒロイン・菜乃花が色々と酷い言動をしていることが分かる。この辺は菜乃花が隼太にどれだけ夢中なのか とか、女性にとって恋愛は上書き保存されていくものという性差が感じられる部分である。

どちらかと言えば友人にも恋人にも八方美人だった菜乃花は、『1巻』の隼太との出会いにより心が強くなった。そんな菜乃花だから鷹人とも今度は対等に向き合えるようになったのだが、そんな彼女の言葉や変化に鷹人は戸惑う。言いたいことも言えないような菜乃花に苛立ち、イラつく鷹人だったが、それは彼の中で愛おしさに変換されていたはずだ。だが今回の再会で鷹人は何度も菜乃花に打ちのめされる。

そして何より菜乃花の表情が どんな言葉よりも雄弁に自分と隼太との与えられたものの大きさの差を表している。それが鷹人の男のプライドを傷つける。だから鷹人は その傷を隠したまま、菜乃花の中に残る自分の残滓を深く えぐる。その菜乃花の痛みだけが自分と彼女を結ぶものだから。

菜乃花は自分の「今」を進めたいから過去に決着をつける。それは分かるのだが そのために自分側の事情をペラペラ喋るのはミスだろう。絶縁状態だった鷹人に現状を伝えるために必要な浮かれ具合なのだろうが、交際していた相手に今の幸せを具体的に述べるのはマナー違反で、鷹人がストーカー化してしまう一因は菜乃花にもある。鷹人は臆病だからこそ露悪的な態度を取っているが、菜乃花は悪気なく鷹人に言動で血を流させている。

このような加害者と被害者、前述の清濁の部分がマーブル状に混在しているのが本書の秀逸な部分だと思う。


ラオケ店での菜乃花のピンチを助けたのは鷹人だった。駆けつけた優子(ゆうこ)と隼太は店員から もう菜乃花が退店したことを聞かされる。その説明をする店員は鷹人である。これは なかなかホラーな展開である。本格的なサスペンスならモブ店員になり切った鷹人は菜乃花を監禁したり惨殺している場面であろう。だが、隼太は鷹人の存在も顔も知らないので、この時が自分にとって重要な人物と初対面であることを まだ知らない。

隼太は電話をかけ続けるが、菜乃花は出ないまま。隼太は電話 > メール、もしくは直接 会えるなら会っておきたい人なので、何があったか分からない状態が続く。

菜乃花は部屋で一人、その日の日中に起きたことを回想していた。鷹人は持ち前の俺様っぷりで菜乃花のピンチを救う。そして菜乃花にも救世主の登場と再会は「運命っぽい」だろと同意を求めるが、菜乃花は それに反対の意思を示す。これは交際中の彼女とは明らかに違う反応で、鷹人は それに驚かされる。しかも菜乃花は自分に好きな人がいて、だから運命という言葉を拒絶したという。その言葉を聞いて鷹人は菜乃花を引き寄せキスをする。中学の時は振り切れたキスだったが、時間経過で力関係も変わり、今回はキスをされてしまう。そのことに対し涙と表情で強い嫌悪を示す菜乃花。態度も反論も全て菜乃花が あの頃とは違うことを鷹人は実感する。

隼太の声を聞いて心を落ち着かせたいが、隼太に話せないことがあると思い、菜乃花は何度も唇を擦り続ける。

鷹人は俺様キャラである。隼太は悪い人ではないが、だからこそ物語が平坦になってしまう。特に作者の場合、問題のない初々しい初交際の様子は『ハツカレ』で描いているので彼ら2人だけの恋愛を追い続けると重複になってしまうだろう。ある意味で鷹人は退屈や重複から読者を救う救世主なのかもしれない。

菜乃花のピンチに出現する鷹人のヒーロー的な行動は少しも菜乃花に「刺さって」いない。

夢を見た菜乃花は登校した後も何かを抱えた表情をしている。優子は それに気づくが、彼女が話さないので昨日のことについて何も追求しない。これまでのように自分の都合でイライラしたり突き放したりしなくなったのは優子の成長と変化である。誰もが学び、変わっていく、そんな10代の子の生きる速度の速さが よく表れている。
それは優子と恋人の関係にも同じ。優子は彼氏のしたことや嘘に対して怒るが、自分の態度も悪かったことを認める。彼氏に対しては昔の菜乃花のように言いたいことを言えなかった優子だが、その関係は今回の事件で終わる。

そうして自分の中で昨日のことに けり をつけた優子は、昨日 彼氏が偽りの情報で菜乃花を誘うのを聞きながら自分1人では何も出来なかったことを謝罪する。そんな彼女の態度に接して菜乃花は昨日 起きたことを優子に話せるようになる。

優子との会話の中で、菜乃花は交際の始まりの記憶はあるけれど、終わりの記憶がないことを自覚する。菜乃花は鷹人の友達への言葉で傷つき、そのまま鷹人を避けるようにしたが、自然消滅なようになっただけで、鷹人と向き合わないままであることを思い出す。そして鷹人の件で大事なのは しっかり振られてくることだと覚悟を決める。

カラオケ店での再会を試みる菜乃花だったが鷹人はバイトをやめていた。なんとなく鷹人がバイト、しかもカラオケ店と言うのは似合わない気がしていたが、作品的にも再会を果たしたら もう その設定はいらないのだろう。

その店で菜乃花は鷹人からの伝言として電話番号が描かれたメモを渡される。菜乃花は鷹人の番号を消去済みで、彼女は携帯電話会社(キャリア)を変更した際に番号が変わっているため、現在2人の間に連絡手段はない。もう1度、連絡を取れる環境に戻すかは菜乃花に託された。2014年発表の作品なので、MNP(携帯電話番号ポータビリティ)が一般的でなくキャリアの変更が番号の変更になっている時代の話である。


乃花は意を決して鷹人と連絡を取る。それまでは隼太と向き合うことが出来ない。その菜乃花の心境も分からなくはないが、着信拒否を続けて何も話さないことは隼太の不安を増幅させるだけである。この着拒は なかなか自己中な考え方だな、とも思う。

鷹人には「心にもないこと言うクセ」があることを中学時代から鷹人の友達を続ける、彼にとって一番 身近な人から明かされる。このことは鷹人という人間を理解する上で一番重要な情報であろう。

そして鷹人は その人に菜乃花との交際は終わっていないという認識を示す。鷹人は やっぱりホラーな人間である。しかし鷹人が菜乃花とヨリを戻すことを その友人は やめておけ、と忠告する。交際が捻じれたのは鷹人が一人でグダグダになったから。菜乃花は被害者になるばかりである。そして鷹人も菜乃花の気持ちを黒く塗り、ムカつくとかカンに触る(障る、が正解?)とか そういう言葉に変換してしまう。それが鷹人の「心にもないこと」であることを友人以外は気づいていない。


会はファミレス。菜乃花は時間通りに到着し、キス予防策としてマスクを装着する。遅れて現れた鷹人の態度は大きい。それは交際中から変わらない彼の悪癖だった。

そこで菜乃花は中学時代に「思ってたのと違った」という言葉を間接的に聞いたことを初めて鷹人に伝える。だが鷹人にとって それは菜乃花本人への言葉じゃない。だから その言葉を言わないことで決定的な破局が回避され続けていた。

そして鷹人は前へ進もうとする、別の男を選ぼうとする菜乃花に向かって苛立ちを ぶつける。厳しい言葉を言って自信を喪失させ、そして他の男のものになる未来を変えようとする。

鷹人が そうするのは彼の中で菜乃花だけが特別だったから。遅刻するのも先に菜乃花がいることを安堵したいから。自分が待って彼女が来ないという未来を避けたいから。菜乃花のことを軽視するような乱暴な態度に見えたが、その裏には臆病だから、弱いから虚勢を張り続ける鷹人がいた。菜乃花が話す隼太と出会って知る自分の意外な一面は、同様に中学時代から鷹人の中でも起こっていたことと言えよう。そして自分と言う人が分からなくなるほどの気持ちの乱高下、それこそが好きだと菜乃花は言う。それは鷹人にも通じる言葉である。鷹人が もう少し冷静に自分を客観視して、自分の戸惑いと向き合えたら彼の未来も変わっていただろう。


菜乃花が隼太で初めて理解したという その感情は、鷹人が与えられなかった感情であることを意味する。それは菜乃花が鷹人の存在を一切 無視するような発言なのである。

だから今度は鷹人が菜乃花への気持ちを断ち切ろうと菜乃花からの自分への恨みや後悔を聞き出そうとする。それが鷹人の恋の息の根を止めることだから。その儀式が終われば鷹人は死に、だからこそ次の恋に転生できた。
しかし菜乃花は それをしない。なぜなら傷つけられた そのトラウマが同じ境遇の隼太への理解になり、その魂の共振というべきものが顔も知らない隼太への最初の恋慕になったから。菜乃花にとっては「今」の恋愛が全て。全てを今に変換する菜乃花の姿勢は、鷹人の無力感と絶望を与えた。

こうして鷹人は自分から菜乃花の前を去る。それで全てが終わるはずだった。
菜乃花の方も ずっと鷹人と話せなかった内容を話して過去の清算が出来た。だから、これまでと違い隼太からの連絡を受けることが可能になった。


が鷹人は自分の意思を曲げ、鷹人は菜乃花が電話で隼太と話す表情を見てしまう。振り返ってはいけない、と言われたのに振り返る神話のようである。こういう弱さが鷹人自身を苦しめていく。彼もまた成長しなくてはならない存在なのだろう。

振り返ってみた菜乃花は鷹人との交際中には絶対に見せなかった表情をしていた。それは本物の恋をする者の顔。そして鷹人が与えられなかった感情。中学時代から鷹人が誤変換してしまった感情だが、菜乃花が一度でも その表情を見せれば鷹人だって正しく変換が出来たはずだ。それがあれば たとえ恋が終わっても満たされた気持ちは残っただろう。だが そうした恋の充実感がないから、鷹人は菜乃花に執着してしまう。

だから鷹人は自分が菜乃花に与えた傷をえぐる。それが彼女の中に残る自分の存在価値だから。その傷は菜乃花が隼太に伝えられていないキスの一件である。菜乃花が中学の件を清算しても、隼太との出会いの後に起きた一番 真新しい傷は まだ癒えていないはずだ。そういうドSの直感が鷹人にはあったのだろう。


れでも菜乃花の中ではキスは事故のようなもので、そして隼太とは交際している訳ではないから、彼に会えば話せる程度の内容だと思っていた。

だが偶然に再会した隼太と歩いている際、隼太が元カノと別れた原因が彼女の浮気、そして彼の潔癖さにあることを思い出す。だから菜乃花は自分が汚れていることを話せなくなる。
そんな菜乃花の逡巡を感じ取って隼太は菜乃花に勇気の出る言葉を贈る。でも彼を愛おしいと思えば思うほど、彼を失望させるかもしれない未来が怖い。だから菜乃花は事実を話せない。それが菜乃花の罪で、その罪は やがて自分に返ってくるだろう。自分と向き合わないまま綺麗でいようとすることを本書は許さない。