鈴木 ジュリエッタ(すずき ジュリエッタ)
カラクリオデット
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★(6点)
天才科学者・吉沢博士に創られたアンドロイド・オデットは、見た目は普通の女の子。自分と人間との違いを知りたくて高校に通い始めたけど、アンドロイドであることは学校の皆には内緒。友達が出来たオデットは「普通の人間と同じようになりたい」と、博士に身体を改造するよう求めるが…!?
簡潔完結感想文
- 生後半月の好奇心旺盛なアンドロイドが人間、または同類を通して感情を学ぶ。
- 一見 怖いけど優しい彼や、一見 人間らしいが人間ではない彼女など様々なサンプル。
- アンドロイドだけが幽霊を見る!? その正体と結末が素晴らしい切れ味で感動した。
可能であれば不定期連載の連作短編集にして欲しかった作品、の 1巻。
天才・吉沢(よしざわ)博士に作られたアンドロイド・吉沢オデットを主人公に据えた作品。生後半年のオデットは好奇心が旺盛で何でも自分でしたがる。そんな彼女(?)の要求を面倒臭がりながらも ちゃんと叶えてあげる吉沢博士との親子にも似た関係性は読んでいて安心感があった。
オデットが好感を持つ人間の配置が考えられており、彼女が世界を広げ、そして人間の機微を学ぶエピソードが秀逸だった。また逆に彼女が同類であるはずのアンドロイドに恐怖心や嫌悪感を覚えるエピソードもあり、彼女が学ぶ感情のバリエーションの幅が広く用意されている。一般的な少女漫画とは違うが、こういうジャンルも少女漫画にはあることを再発見した。白泉社はこういうSF風の作品も本来は得意なはずで、もっともっと こういう作品を描ける作家さんを発掘して欲しい。
本書は読切短編が好評で、その後に続編、そして3回の短期連載、その後 定期連載した白泉社的な出世街道を通った作品。白泉社らしくない特権階級イケメンが出てこないのに、こういう作品を支持して、そして連載化まで実現した当時の読者の慧眼と編集者の頑張りに感謝を申し上げたい気分である。作者の才能や作品の可能性を見極めて読者が作品を育てる雑誌連載の良いサイクルを感じる。
この『1巻』は定期連載前の短期連載部分までの5話が収録されている。私が忘れられないのは1話の完成度、そして5話の意外な真相。この2話は どこに出しても恥ずかしくない、手塚治虫や藤子不二雄のエッセンスを感じられるものであった。
本書はオデットが人またはアンドロイドとの交流によって新しい感情や人間の機微を学び取るという作風になっており、1話完結型の内容が多い。特に『1巻』収録分はアンドロイドだから出来ること起こることを追求しており切れ味が鋭い。この長所は定期連載になると少し薄れてしまった。作者が十分にプロットを練る前に締め切りが来てしまうからだろう。
なので非現実的なワガママを申せば、不定期連載で作者の納得いく内容が用意できたら雑誌掲載するぐらいの待遇で高品質を保ってほしかった。ただ まだまだ新人作家に そんな破格の待遇など用意できる訳もなく、定期連載に恵まれただけで本書は幸せだろう。でも中盤から作品の方向性が分かりにくくなり、迷走している感じが否めないのは残念だった。
作品発表から15年以上が経った2023年はAIが加速的に進化した年となった。これから ますます人間と機械との関係性が重要になってくることが予測されるから、この後の作品が人気作となった作者は不定期連載でオデットの物語を続けてくれないだろうか。出版社側も今なら そんなワガママも許してはくれないか。こんなにも続編を強く希望するのは赤瓦もどむ さん『ラブ・ミー・ぽんぽこ!』以来である。どうか復活しますように…。
天才・吉沢博士が作ったアンドロイド・オデットが学校への入学を所望する。創られて半月のオデットは人間を社会を学んでいる途上であり、人間と自分の違いを思索する日々を送る。
クラスメイトと お昼ご飯を一緒に食べてもオデットは食事をする必要もないので 美味しいが分からない。その違いを発見すれば、博士にバージョンアップを望む。また体育の授業では人外のパワーを発揮してしまう可能性があるので見学となる。そんな事態になるなら必要以上の力は必要ないと、オデットは周囲に合わせた平均の筋力を望む。こうして普通の人間に近づくことがオデットの目標になる。ちなみに学校側や教師陣にはオデットがアンドロイドであることは伝わっており、彼女の学校生活での不便などは彼らによってフォローされている。この辺もオデットは高校生ではあるものの、周囲が彼女のことを気にかけ、育ててくれているような人間社会の温かさを感じる部分である。
そんなオデットに寄り添うのが最初に声を掛けてくれたクラスメイトの洋子(ようこ)。彼女には持病があって薬を飲む必要のあり、そのせいで体育の授業も見学している。優しく、そして出来ないことも多い洋子が側にいることでオデットは必要以上に疎外感を覚えないようになっている。
そしてオデットは洋子が異性に恋をしていることを知り、恋愛感情を学んでいく。だが洋子が その男子生徒・岡田(おかだ)に告白した際に持病の発作が起き、彼から返事を聞かずに終わってしまう。洋子は彼が自分を気持ち悪がって引いていたと泣きはらす。
それ以後 洋子は学校に足が向かなくて裏山でサボっている。オデットは2日目にそれを発見し、彼女に付き添う。それはオデットが洋子を友達だと認識しているからこその選択である。学校に行きたいという自分の意思と、今は洋子に付き添うべきという状況判断という考えの違いを統合できるオデットからは相当な知性を感じられる。そもそも人間らしくありたいという欲求そのものが彼女特有の意識であろう。
だが2人は廃工場の穴に落ちてしまう。その上、洋子が発作を起こし、オデットは彼女に薬を渡したいが、現在のオデットは筋力を落としたため、その穴から出ることも叶わなくなる。人間らしさを求めたが故に友達を助けられない。その矛盾はオデットを苦しめる。この事件以後、オデットが筋力を戻すのは、自分のパワーも一つの個性として認められたからではないだろうか。社会の中で多様性を、自分の位置を知る、それこそが学校に通った意味なのだろう。
そこで彼女は洋子を助けるために、ある手段を講じる。このラストシーンは ちょっと忘れられない衝撃だ。冒頭に伏線は張られているし、オデットが洋子を助けるための最適解でもある。それでいてグロテスクさと恐怖を感じる。2話もそうだが、なかなか怖いのが本書である。でもスマホが万能な2023年に読むと携帯電話を欲しがるオデットとか、通信手段への価値やハードルの高さは さすがに古さを感じる。
こうしてオデットと洋子たちの楽しい学校生活と恋愛を予感させて短編は終わる。この才能を支持する読者と編集側の気持ちは分かる。1話の中で色々な感情が湧き上がってきたもの。
続編となる2話も読切短編。クリスマスを前に吉沢博士は お出掛け。1人で留守を守るオデットのもとに自分以外のアンドロイドの少年・クリスがやってくる。
オデットからの連絡でそれを知った吉沢博士だったが、同窓会の中で、アンドロイドを使った科学者を狙う自爆テロの噂を聞く。点と点が結ばれ、クリスがテロリストであることに気づく。
オデットは そのことを知らず、初めてのアンドロイド同士の交流を楽しむ(この話でも通信の途絶が大きな問題になっている)。目的遂行のために動くクリスと、自分の願いを幾つも思いつくオデットは種類が違う。この後の話といい、もしかしたらオデットは世界最高峰のアンドロイドであるからこそ探求心があり、そしてアンドロイドの中でも浮き、人間にもなり切れない苦悩を抱くのかもしれない。
博士はオデット救出のために同窓会を抜け出し、その際に爆弾の専門家から解除システムを譲り受ける。博士の行動は子供を守りたい親そのものである。まぁ1話ではオデットの破壊よりデータの損失の危機を重要視していたような気がするが…。
一方、クリスはオデットを壊さず、博士だけを破壊するためにオデットを自分から引き離す。この行動はアンドロイド同士の連帯感なのか。
帰宅した吉沢博士はクリスが自爆する危険もある中でも恐れない。この時、クリスの起爆信号が作動しなかったのは、クリスの中に混乱が生じたから。解除システムもまた不発だったことを吉沢博士は遅れて知る。それ以前のオデットとの交流が無ければ博士は この世に無かった。オデットが中途半端な性質だったら、また筋力を落としたままだったら、博士は一巻の終わりだった。博士は自分の才能に助けられた形か。
こうしてオデット・クリスは それぞれアンドロイドの友達が出来る。ちなみにクリスマスの話だからか学校の人々は登場しない。
3話目からは3話連続の短期連載となり、ここから再び舞台は学校に戻る。この頃のオデットは内臓電池の消耗が激しいという問題を抱える。運動量というよりは処理能力の問題であろう。その問題に触れられるのは、この短期連載の後の回で、短期連載では電池問題は宙ぶらりんである。
そして3話から登場するのが黒瀬 朝生(くろせ あさお)。彼は いわゆる不良である。そして彼は学校の生徒の中で初めてオデットがアンドロイドだということを知る人間である。
自分を守って鉄パイプで殴られたオデットを心配して保健室に連れて来てくれた優しい面のある朝生。だが養護教諭は殴られたのがオデットであることを知り、治療をしない。その判断に疑問を持った朝生だったが、彼は養護教諭からオデットの正体を聞かされる。学校の教師陣がオデットの秘密を知っているのは描かれていたが、今回 初めて教師が口を滑らす。生徒のプライバシーを強制カミングアウトしてしまうとは養護教諭失格である。
この短期連載から、洋子と彼女の想い人である岡田の距離が縮まっていく。本書で恋愛的な変化が描かれる貴重な人材たちである。
そして朝生は洋子が好きだということがオデットは彼の心拍数などから導き出す。だが養護教諭と同じようにオデットは そんな朝生に洋子の岡田への恋心を話してしまう。そういうデリカシーの無さが朝生の逆鱗に触れ、彼はアンドロイドを見下す発言をする。ちなみに朝生が洋子のことを好きになったのは喧嘩で倒れた自分を恐れずに怪我の心配をしてくれたから。洋子はヒロイン属性である。最近 読んだ作品だと優しいヒロインと不必要に暴力沙汰になってしまう展開は目黒あむ さん『ハニー』が そんな始まりだった。
朝生が誘いを断った仲間たちにオデットは同行し、彼女は家に帰らない。それを知った朝生はオデットを探しに行く。朝生がオデットを心配するのは2回目だ。優しい。だがオデットを発見すると朝生はオデットに「ロボットのくせに人間様とカラオケなんかするな」と差別してしまう。心配した分、怒ってしまう不器用な朝生なのである。
オデットと朝生の交流を知った洋子はオデットを心配し、彼を悪く言ってしまう。それに対し朝生の恋心を知るオデットは、洋子だけは彼を悪く言ってあげるな、と諭す。これが朝生がオデットのことを再評価するキッカケなのは分かるが、せっかく聖母のようだった洋子を悪く描く必要があったのかは疑問だ。不必要に洋子の性格が悪く描かれている気がする。
その場面を見た朝生は反省し、オデットをカラオケに誘い、自分の偏見を撤回するのであった。
4話では本書3体目のアンドロイド・アーシアが登場する。知人の博士がオデットの通学を知り、同じく体験入学させてもらうために空輸されてきた女性型アンドロイドである。
この回では2話のクリスとオデットの関係と反対に、アーシアはオデットよりも人間らしく見える。だが朝生からすれば、アーシアがアンドロイドであることは明白だという。同じ対象を見ても、違う印象を受けることがオデットには不思議となる。これはアーシアがアンドロイドであるからだけでなく、優等生の演技や八方美人の嘘くささに近くて、それに朝生は気づいたということだろう。もちろんオデットと人間との思考の違いではあるが、単純にサンプル数の違いでもあるだろう。
しかしオデットはアーシアのリアクションが一定である事実を目の当たりにし、不快感を覚える。AIのディープラーニングでもAIは猫を猫と認識する能力は手に入れられるが、本物であっても絵であっても猫だ、という認識で終わるのだろう。その個体に対する感情はない。
その意味ではオデットの方が人間的だということが判明する。そして朝生にはオデットから感情が読み取れる。やっぱりオデットは世界最高峰の存在なのだろうか。
5話は ちょっと凄い。これを読むだけでも本書に価値がある。
ある日、雨の中うずくまる男の子・久太郎(ひさたろう)を発見したオデット。しかし朝生や博士には久太郎が見えない。なぜアンドロイドが幽霊を見るのか、というのが命題になる。
久太郎の正体は何なのかが合理的な答えを持って導かれる。そしてオデットが一緒に過ごす内に久太郎にも異常が起きる。なんと幽霊であるはずの彼は成長したのだ。
そんな時、博士が久太郎という名前から彼の正体に気づく。この真相は意外性があり、かつ誰もが すぐに納得できるものなのが凄い。イメージとしては小説家の森博嗣さんとか、萩尾望都さんとかが既に使用しているアイデアっぽくも感じられるが、この作品ならではの謎と真相のミステリであり大変 楽しめた。オデットを人間らしくさせてあげたいという思いもあるが、やっぱりアンドロイドである特徴を活かして欲しいという気持ちもある。
博士は ソレ に対して抹消を試みるが、オデットは久太郎を殺される場面を見たくない。そこで可能な限り逃げてみるが、やがてオデットは停止寸前になり、久太郎は成長し続ける。だが成長した久太郎が選んだ道は、オデットをいじめる自分の消去だった。消滅したが、オデットは自分の中に久太郎の存在を感じる。久太郎が進化の終着点としてオデットとの共生を選んだという結末はテレビ版『エヴァンゲリオン』の13話のように感じられた。