香純 裕子(かすみ ゆうこ)
古屋先生は杏ちゃんのモノ(ふるやせんせいはあんちゃんのモノ)
第11巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
お正月に古屋先生と初詣に出かけた杏。受験生なのに新年早々、不運続きでどうしよう!? そして運命の日、大学受験の合格発表でまさかの展開に――!? 大声援にお応えして大学生編に突入★ 離ればなれになってしまった杏たちの前に、先生の元カノ(?)登場で波乱の予感…!! 大学生になってオトナなきゅんもお届け。
簡潔完結感想文
- 初詣回は先生からの最後の授業。卒業式よりも思い出散歩した総集回想編になる。
- 「りぼん」ヒロインに大学受験を失敗させるのは、君嶋の価値を下げないため!?
- 杏にとってのラスボスは意外な人物。でも それより杏が浮気しないか心配だった。
1巻に登場した人物たちが また同じポジションで活躍する 11巻。
色々と意外な展開が待ち受けていた『11巻』。高校卒業後も(ダラダラと)続く少女漫画には あまりいい印象がなのですが、本書に関しては しっかり意味があった。こうして1度 先生と離れることで杏が人間的な自立を果たし、先生に依存するだけではない自分の人生を切り開いていく。高校卒業後、即 結婚するのではなく、ヒロインの生き方を描くのが21世紀・令和流のエンディングと言えよう。
そのために必要なのは先生との距離。大学4年間という時間と、いつでも会えない状況を用意して、杏の古屋(ふるや)先生への想いが思い込みや洗脳ではなく、人生でたった1回の純愛であることを示す。
それにしても先生と距離を置くために、ヒロイン・杏が志望校に落ちたのには驚いた。困難に挑戦し予定調和の幸せを獲得するのが「りぼん」だと舐めていたので、こういうシビアな展開を用意するとは思わなかった。でも結果を知ってから再読すると、合格発表の1話前の初詣回から杏の不合格を匂わせているように思える。数々の不吉な前触れもそうだが、古屋先生の金言「結果はどうあれ 努力してきたことは全部 自分の人生の糧になるから」という言葉は未来の杏に向けて言っている言葉だろう。高い目標を持ったからこそ辿り着ける場所があって、第一志望に合格する順風満帆な人生にだけ価値がある訳ではない。出来れば大学生になった杏に、受験で身についた勉強の仕方など「人生の糧」になった実例を見せて欲しかったが。
そして杏と先生の遠距離恋愛の始まりは、ネバーエンディングな君嶋(きみしま)との関係を意味していた。本来の志望校通りならば、杏は京都、君嶋は東京の大学に進学し、2人の交流は1度は途絶えるはずだった。しかし杏も東京の滑り止めの大学に通うことになり、君嶋は いつでも杏に会える距離になった。
作者の君嶋への偏愛を疑っている私としては、作品が君嶋を離さないために杏を東京に向かわせたのではないか、と疑ってしまうが…。
少女漫画あるある だから仕方ないが、あれだけ友達に戻れないことを覚悟して杏との友人関係を終わらせた君嶋は すっかり親友ポジションに戻っている。杏の方も君嶋に少なからず気持ちが揺れた過去など なかったかのように、彼と自然に接している。
これは東京生活で杏が過去最低に気持ちが落ち込んだ時に、君嶋を寄り添わせて、それでも動じない杏を描くことで彼女の真の/芯の強さを表現するために必要だったのだろう。君嶋を便利に利用しないことが大事なのだ。
ただ君嶋の杏への行動原理は もちろん友情ではない。それにしても杏の不安とリンクして姿を現す君嶋には恐怖と執念を感じる(笑) 今回のタイトルにもしたように、杏の持ち物や彼女の部屋に盗聴器を仕掛けて、彼女の会話を全て把握して、彼女が落ち込んでいる時に学校やバイト先に顔を出しているのではないか。もはやストーカーとしか思えない。『10巻』で別れの儀式を済ませたのに、全然 区切りがついていない。
いや、もしかしたらキミシマンに杏の色相が濁ったことが分かる特殊能力があるのではなく、君嶋の存在は杏の色相が濁った時だけ見える存在なのかもしれない。「シックスセンス」的な。どこまでも杏に都合の良い物語は、君嶋がイマジナリーフレンド&当て馬だったからだ(嘘)
出会ってから3年も彼女を作らず杏一筋に生きる作品史上最高のイケメンという設定が読者の承認欲求を満たす。そういう意味では結局、あれだけの紆余曲折があったにも関わらず、杏と君嶋の 無自覚な溺愛という関係は『1巻』の頃と何も変わっていないのである。そう考えると壮絶な徒労に感じられてしまう(それが少女漫画の良いところなのだろうが)。
そして『1巻』といえば、当て馬も女性ライバルも1番最初に出てきた人がラスボスだった、という点が面白かった。
物語も最終盤の今更、新しい女性ライバルを登場させても仕方がないという合理的な考えからなのだろうが、1話で登場した人物が再登場するのは面白い試みだった。一方的な思い込みだったが先生にとっても忘れ難い女性なのは間違いない。彼女が登場した時には古屋先生の杏ちゃんへの気持ちが強すぎて少しもライバル的な動きが出来てなかったが(せいぜいが匂わせ・嫌がらせだけだった)。
ただ先生のピュアが故の粘着質な性格からすると、そうも簡単に元カノ(イマジナリー)の存在を忘れられるとは思えない。物語がブレるから割愛したのだろうが、先生側の心境や動揺なども描いてほしかった。
何が驚いたって、先生の元カノが教師となって再登場したことだ。全く教師になるとは思えない容姿(偏見か)なのに、いつの間にかに教師になっていたらしい。先生も大学時代は教育学部の学生だったのだろうか。そういえば先生を好きになった歴代の女性は、元カノ(同じ大学→教師)、後輩(同じ大学→教育実習生)、教え子(我妻(あづま))と大学か学校関係者かの狭い世界だ。これまで お気楽な生徒だった杏には見えていなかったということもあるだろうが、『11巻』では古屋先生が激務を こなしていることが分かる。出会いもなく学校に縛られる教師というのは大変な職業なのだろう。
ただし世界が狭いことが悪いことではない。学校生活での濃密な人間関係が一生の友人を、最愛の人に出会わせてくれて、忘れられない青春が ここに生まれた。
新年あけて、いよいよ受験間近。最後は神頼みということで杏は初詣を兼ねて古屋先生と行った神社で全員集合となる。少し早いけれど お別れ前の最後の思い出となる。先生が皆に御守りを買ってきてくれたことで、先生からの最後の授業と、生徒からの先生への感謝を述べる場が設けられる。
君嶋は、クリスマスイヴ(『10巻』)に別れの儀式を終えていることもあり、今回は杏と接触しない。その一方で我妻とのフラグを立てているように見えるが、その処理については次巻の感想で。
そして合格発表。具体的な学校名まで出しておいて、杏は不合格。少女漫画で、しかも「りぼん」で受験に落ちることが描かれるとは思わなかった。杏は浪人してでも、古屋の母親の母校に合格することを誓うが、そんな彼女に古屋先生は結婚を提案する。
杏が がむしゃらに頑張ってしまうのは、大学合格が自分との結婚の一歩だと考えているから。その頑張りは古屋にとって嬉しいが、彼女の人生を歩んで欲しいという彼の願いとは重ならない部分もある。だから古屋先生が母親を説得し、結婚をすることで杏を近視眼的な考えから解放しようとする。
だが杏は滑り止めで受けた東京の大学に合格する。母を説得できず、杏の東京行きが急遽 決定する。まさかヒロインを不合格にしたのは、君嶋ゾンビ復活のためだったりして…!?
杏の大学進学が決まったということは、結婚は一旦 保留される。まさかの遠距離恋愛決定である。
君嶋は別れの儀式を早まったと後悔する。もう完全に望みは絶たれているのに彼の当て馬人生は これからも続きそうだ。
杏は大学が決まって一安心だが、ここからも自分の道を模索する。古屋の母親や我妻が言う通り、先生のために生きて幸せにしてもらうのではなく、自分の生き方を確立して先生と一緒に人生を歩むべきなのだろう。だから杏は、大学入学前の高校の卒業式で教師になることを決める。どうやら杏は東京の大学は教育学部を受験していたのだ。古屋を異性としてだけでなく、古屋「先生」としても尊敬しているから、杏は自分の人生の進路にする。
こうして杏は先生との性急な結婚を選ぶのではなく、逆に杏が教師になるまで先生に待ってもらう。サラサーの先生にとっては長い春。これで杏が君嶋などを好きになって結婚破棄などされたら先生は立ち直れないだろう。
思い出の詰まった資料室でイチャついていると、古屋先生は杏に指輪を はめていた。左手の薬指に はめられた指輪は杏を彼女から婚約者にレベルアップさせたのだった!
杏が遠距離恋愛になると知って、君嶋は卒業式後に古屋先生と接触の機会を得る。君嶋は当て馬にカムバックすることを匂わすが、古屋先生には君嶋が杏を泣かせるようなことは しないことはお見通し。だから安心して杏の東京生活を君嶋に託す。2人はライバルだが、年の差のある友人でもあると思う。これから教師と生徒ではなく、2人は杏を基点に交流の機会があるのではないか。その時の2人の関係は対等だ。
同級生5人で校門を一斉にくぐり、未来へと飛翔する。
高校生編 終わり。
でも考えてみるに、もし杏が関西圏の大学に合格していれば、君嶋の側(関東)には我妻しかおらず、彼らの恋、というか我妻の言葉にしない想いが成就した可能性は、杏が近くにいる時より格段に高くなっただろう。そういう意味では、君嶋を解放しきれなかった杏は罪深いのかもしれない。杏の東京進出を知り我妻が内心どう思ったのか知りたい。
そして新年度、古屋先生のもとに元カノ(?)が再来する。どうやら彼女も教師になった(だった?)らしく、古屋先生と同僚になった。あまり教師になるようなタイプには見えなかったが、先生の狭い世界で出会うには こういう形しかなかったのだろう。
それを知らない杏は東京生活が始まっていた。当面の問題は、毎日 電話をしている古屋先生との関係ではなく、これまでとは文化の違う新生活。どうしても関西ノリで物を言ってしまう杏は周囲に溶け込めない。
そんな杏の孤立を見抜いたのか君嶋が杏の大学に顔を出す。君嶋の容姿に惹かれた女性たちと会話をすることで杏の孤独感が薄まる。だが彼女たちは君嶋目当てであり、杏と本当に友達になりたい訳ではない。
その異変を察した君嶋が その女性たちを蹴散らす。杏は君嶋に肯定されたことで違和感を持ちながら友達ごっこをすることを辞める。こうして杏は自分の世界を無理に広げるのを止める。これは今更 新キャラを登場させても馴染まないまま終わるからという判断もあるんでしょうね(おまけ の4コマ漫画で友達が出来たみたいだが)。高校時代の人間関係が優先される。
自分の問題が解決する頃、杏は古屋の周囲に女性の影があることに気づく。しかも それが1話の元カノだという。いないはずの元カノ問題が こんなところで顔を出す。君嶋と同じくゾンビの類であろうか。
このモヤモヤを晴らすために杏は古屋から直接 話を聞きに京都に向かおうとする。彼に会うためにバイトを始めて資金を用意する。月末を目標に設定する。
少し形は違うけれど少女漫画の誕生日のサプライズ回と同じ構図だ。古屋には事前に連絡しているのでサプライズではないが。相手を喜ばすために目標を設定しバイトを始めるのだけど、すれ違いの原因となり、かえって距離が開いてしまう結果になる。勿論、最後は すれ違いが解消され、その距離を一気に縮めることが胸キュンになるのだけど。
だが先生は多忙で会えないとの連絡が入る。高校生編では杏は気づかなかったが、こうして毎日 連絡してみると教師の業務の多さに、教師志望の杏が気づく という内容も織り込めたら良かったかもしれない。
杏の心が折れそうな時に現れる精神安定剤は君嶋。古屋と会えなくなったことを知った君嶋は、杏に自分の胸を貸し、涙を流させようとする。
だが杏は彼の優しさに甘えない。そこに甘えた瞬間に、自分たちは再び男女になってしまうから。古屋との関係をちゃんと優先するのが「婚約者」となった杏の強さだろう。同じ失敗を繰り返さないのが良い。逆に君嶋は同じことを繰り返しすぎて哀れだ。作品人気を支えるアイドルだから彼女を作ることも許されない。
ただ家に帰って独りになった時に、その悲しみから崩れ落ちてしまう。そこへ現れるのがヒーロー古屋。忙しい時間を縫って彼の方からサプライズで会いに来てくれた。
そうして直接 元カノ問題を問いただすと、全ては元カノの匂わせに過ぎなかったことが判明する。それだけ今は古屋先生の心には杏ちゃんしか いないのだろう。だけど古屋の性格を考えたら元カノとの思い出は後生 大事に持っている気がする。この辺の古屋側の心境を少しは描いてほしかったなぁ。でも少しでも元カノの容姿に見惚れたり、ドキドキしただけで浮気と取られてしまうから全カットが正しい選択か。今更 鼻の下を伸ばす古屋先生など見たくない。
急いで杏に会いに来た古屋は近くにとったホテルに帰ろうとする。そんな彼を杏は呼び止める。「うちら もう 先生と生徒じゃないですよね…?」は なかなかの爆弾だ。「りぼん」だから割愛されているけど、先生の我慢してきた欲望が顔を出すのか。卒業までは手を出さない杏の母親との約束も守ったわけだし。性行為を匂わせて、最終巻へ。