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少女漫画と小説の感想ブログです

「後悔せんよう がんばる」ために、初恋も(短期)連載のチャンスも全力投球するのみ。

古屋先生は杏ちゃんのモノ 1 (りぼんマスコットコミックスDIGITAL)
香純 裕子(かすみ ゆうこ)
古屋先生は杏ちゃんのモノ(ふるやせんせいはあんちゃんのモノ)
第01巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★(6点)
 

カフェでプロポーズに玉砕し、人前で号泣…。しかもプロポーズ相手とはキスしたこともなく、彼氏とすら思われてなかった…。そんな残念教師・古屋先生(でも無駄にイケメン)の意外な一面を知り、恋に落ちてしまった杏! 積極的に迫るけど、残念な男のくせに先生のガードは予想以上に固く…!? 痛快★禁断コメディ!!

簡潔完結感想文

  • バイト先でのプロポーズ失敗男との再会は、教師と生徒という立場でだった!
  • 年の差カップルの話だけどヘタレ年上男が尻に敷かれる未来が確実に見える。
  • 3巻ではなく3話から登場する最強の当て馬。本書の功労者であり最大の邪魔者。

ぼんっ子の心を掴むために作者の全てを投入する 1巻。

「だからと言って お前のこと好きになったわけや ないんやからな!」。作品の舞台が京都のため、登場人物の多くが京都弁(?)で喋るのが本書の大きな特徴だろう。

24歳の京男のツンデレだぞ、ありがたく思え。そして こういう物言いの人、もうそれを認めてる説。

全12巻の作品で、中盤の凪展開(もしくは虚無)と比較すると この『1巻』は嵐が吹き荒れているような怒涛の展開の連続である。1話で必ず1回事件が起きるのは、当初は4回の短期連載だったことと、掲載誌「りぼん」の読者の心を鷲掴みにするための手法だろう。

例えば1話。初恋もまだのヒロイン・杏(あん)が出会って数日の古屋(ふるや)先生にキスをするのも、1話で どうしても一定以上の人気を獲得するためだろう。唐突で不自然に見える1話でのキスも、読者には効果があるらしく、この手法は いつまでも使われる。逆に言えば、1話でのキス展開は作者の自信の無さや、漫画家としての崖っぷちぶりが透けて見える。あわよくば長期連載に繋げたいという作者の切実な願いが、登場人物のキスを強制させる。

続いて2話で杏が古屋先生の自宅に押し掛けるのも、彼女の行動力と貞操の危機という読者の好奇心を刺激する展開のためだろう。この先生を尾行して部屋を特定した杏の行動を もしモブ生徒がやったら非難轟々を浴びるだろう。真のヒロインに、先生を困らせるような行動をする貴方が本当に先生を愛していると言えるの?と説教されかねない。ただ本書のヒロイン・杏は良い意味で脳内が お花畑なので、興味本位で こんなことをしそうと思える。それだけ幼稚なのだが、そうやって深く先生に関わろうとすることで物語が動いているのも事実。奥手でヘタレな所がある古屋先生には待っていては何も始まらないのだ。


して再読して驚いたのは、3話という予想外に早い最強の当て馬・君嶋(きみしま)の登場。少女漫画あるあるでは3巻から三角関係が始まるが、本書では3巻ではなく3話。

君嶋最大の不幸は3話から登場する当て馬なこと。1話登場の俺様ヒーローであれば幸せになれた。

これもまた作者の全力投球の結果だろう。完全に推測になるが、キスをぶっこんだ1話が好評で、3話を描く時には4話の短期連載から それ以上の長期連載が正式に決まっていたのだろう。
そこで投入されるのが「ぼくの考えた最強の当て馬」。作者は ここでツインヒーロー体制を確立することで人気を確実にしにかかった。

確かに君嶋は当て馬にするには惜しいキャラで、この3話を1話目にして新しい作品が始まるような印象すら受ける。古屋先生がヘタレな年上男という いわゆる少女漫画ヒーローとは かけ離れた設定だが、君嶋は少女漫画読者が大好きな俺様ヒーローの要素が色濃い。最初は悪意を持ってヒロインに近づくが、結果的にヒロインに夢中になってしまうという展開も王道である。

例えば最初から長期連載が決まっており、3巻辺りで君嶋という当て馬が登場するのならば、彼がヒロイン・杏に惹かれていく様子を もっとゆっくり描くだろう。だがスピード感を緩めると読者人気も落ちる可能性があるのだろう、作者は3話4話で早くも杏に君嶋を陥落させる。

こうして当初の短期連載分4話を自分の持てる能力の全てを注ぎ込んだからこそ、予想以上に読者に受け入れられる結果となった。作者の作戦は成功したと言えよう。

読者の好評を得るのも納得の画力と作風で、教師と生徒という禁断の関係ながら笑いの絶えない学校生活を送る彼らは微笑ましい。基本的にラブコメのスタンスを崩さない本書は、2人の関係が公になって学校や家族を揺るがす、という展開を用意していない。そこが教師モノの楽しみという人もいるだろうが、本書は基本的に笑って前向きに問題を解決するので安心して読める。ちなみに杏と古屋先生は資料室が逢引の場所。ここは他の教師は一切介入しない聖域となる。


だ問題だったのは、序盤が分かりやすいスタートダッシュだったため、中盤以降、関係性が膠着した後の展開が用意されていないのが丸分かりだった。

長編作品としては構成の粗が目立つ。ちょっと作者がヒロインの杏ちゃんを始め登場人物たちに過保護すぎる。作品への愛があるのは結構だが、作者がキャラを愛し始めると客観性が失われ、ヒロイン至上主義が始まってしまう。作者はオリジナル作品での長編が初めてだから仕方ないが、全体のバランスは良くない。

特に当て馬・君嶋への偏愛を感じずにはいられない。少女漫画は当て馬に優しいことが多いが、本書の場合、作者が君嶋を切り捨てられずに、グダグダと三角関係っぽいものを継続させ、明らかに中弛みしている。
これは作者の自信の無さの表れでもあると思う。君嶋が恋愛戦線から離脱すると中盤以降の作品の核が消失してしまうと考え、いつまでも君嶋を贔屓する結果となってしまった。当て馬・君嶋は便利なキャラだと思うが、古屋先生よりも大事にされている感には辟易とするばかり。

反対に女性ライバルは弱すぎた。当て馬の君嶋とは逆に作品に長居すると、それだけヒロイン・杏が苦しみ、作風が暗くなってしまう。あくまでラブコメであることを貫くために、女性ライバルの登場を最短にするため、結果、ちょっと邪魔をしては すぐに敗退していくという単調な展開が繰り返された。

当て馬・ライバルともに、いつまでも同じことを繰り返す構成は本書の大きな欠点だ。

そういう不満を抱えると、当初は見とれていたはずの高い画力も同じ顔ばかり並んでいるように見えてきてしまう。ストレスを感じると些細なことまで気になってしまうようだ。

逆に言えば、そのような構成など改善点は作者の伸びしろだと言える。作中の言葉通り「後悔せんよう がんば」った作者は、一躍 人気作家の道を歩き出した。次の作品が全4巻で終了というのは少し気になるところ。デビューして10年以上経過してますが伸びしろは まだまだあるよね…??


フェでバイトしている高校1年生の宇佐美 杏(うさみ あん)は、お客様のサプライズプロポーズ成功を祝してケーキを運ぶはずだった。
だが、知り合って4年の男女は そもそもカップルじゃないことが判明。女性側には彼氏がおり、男性は その人とキスもしていないのに、映画を見ただけで彼女だと信じ込み、プロポーズまでしたらしい。
その失敗の一部始終と、男性が号泣して帰っていく場面まで見届けた杏。

だが学校で杏は その残念男と再会する。産休に入った担任の代わりに2学期から登場するのが古屋(ふるや)先生だったのだ。

古屋先生のドジっ子属性は段々と消えていったなぁ。転んで保健室で杏に手当てされる場面が見たかった。

古屋先生は、杏を見つけると狼狽する。そして杏を資料室に呼び出すと、土下座をして口封じに走る。古屋先生は やることが小さい。生徒への余裕ある対応を見せたり、割と見栄っ張りなのかもしれない。

そんな絶体絶命の古屋先生を慰めるために、杏は思わせぶりな態度であっただろう彼女を非難する。だが古屋先生は、彼女は自分が好きになった女性なのだから悪く言わないでと杏を たしなめる。
杏は自分のプライドを守るより女性を守る古屋先生の態度に彼を見直し、そして古屋先生は秘密を厳守すると約束する杏に目を奪われる。


の後も杏は お人好しの古屋を見つけて、そんな彼を助ける。身の上話をする内に、古屋先生は彼女のことが好きだから手を出せなかったことが分かってくる。それが彼の大事にするということなのだろう。ん、…ということは、『古屋先生は杏ちゃんのモノ』になっても、なかなか2人の関係は進展しないということか。これは怖い予言である。

日が暮れるまで話し込んだ2人(古屋先生、暇すぎない?)。杏を古屋先生が送ることになるが、その道中、元カノ(でもない)女性と その彼氏に遭遇する。

どうやら古屋の情報は彼氏に伝わっているらしく、彼氏は古屋をイジる。笑って流そうとする古屋だったが、彼の その女性への真摯な気持ちを聞いてきた杏が怒り心頭に発する。そして怒りながら杏は古屋先生の無念を思い泣き始める。泣いた杏に追い打ちをかけようとする彼氏から杏を守るのは古屋先生だった。空手黒帯らしい先生は非暴力を貫いてヒロインのピンチを救うヒーローとなった。

反省した元カノは古屋に好きになってくれて ありがとう、うれしかった と告げる。こうして古屋の傷は少しは塞がったのか。大袈裟に言えばヒーロー最大のトラウマは杏の介入によって解消されたと言える。もう これで古屋先生は次の恋をしてもOKな状態になったか。

その後、河原に並んで座る2人だったが、杏は意表をついて古屋にキスをする。「好きな人ができたら後悔せんよう がんばる」、それは古屋先生が杏ちゃんに教えてくれたことだから。杏ちゃんは先生の言葉をよく聞く良い生徒である☆

下世話な人間としては24歳の先生にとって初キスなのか気になるところ。更には先生の性体験の有無も気になる所だが、それは本書では濁されている。杏が そこに突っ込まないのは彼女にとっては どうでもいい情報だからか。自分の恋に一生懸命で古屋先生側のことは目に入らない。そして どうやら杏は性知識は皆無の かまととヒロインみたいだから、性に関しては何も聞かない。


から不意打ちのキスをくらって、古屋先生は逃げ回る。大事なキスを奪われた古屋先生なら女性不信になりかねない。

距離が詰められない杏は、先生を尾行して家を突き止め、突撃する。玄関先で騒ぐことで中に侵入した杏。上述の通り、相手の迷惑を考えない自分勝手な行動だが、作品も杏も生き急いでいるから仕方ない。

こういう杏の行動も含めて、古屋先生は、杏の自分への気持ちが その年頃特有の年上男性への憧れに過ぎないと決めつける。

そして男性の部屋に上がることへの危機感の薄い杏に対して、古屋先生は課外授業を始める。それを拒絶した杏を見て、古屋先生は杏が「お子ちゃま」だということを分からせる。そんな自分の羞恥もあって、冷静に常識を語る古屋先生を杏は非難する。杏は帰りの電車で反省するが、杏だって自分の気持ちを別の誰かに否定されたくない。しかも自分を好きだと言っている相手に常識を盾にするのは古屋先生側もデリカシーがない。

こうして2人の間に生まれた距離を縮めるのは古屋先生の授業。自分の実体験として常識だと思っていたことが本当は間違っていることもあると、自分の見解の未熟さを杏に伝える。

放課後にも杏は古屋先生から教師と生徒と言う立場だけで杏の気持ちを否定したことは失礼だったと反省の言葉を聞く。古屋先生は「だからと言って お前のこと好きになったわけや ないんやからな!」とツンデレ京男みたいな台詞を言い出す。それでも杏の恋心は否定されずに、古屋に届いただけで進歩である。


3話から登場するのが最強の当て馬・君嶋 悠人(きみしま ゆうと)。古屋先生と反対に女性遍歴が華麗な俺様ヒーローポジション。

それにしても最初に登場する君嶋に構って欲しい女性が杏そっくりで混乱する。もうちょっと顔のバリエーションを持てないものか。画力は高いが、その幅が狭いのか。

杏は君嶋と体育祭の実行委員になったことから縁をが出来る。杏は俺様ヒーローらしく傲岸不遜な君嶋に最初は悪印象を持つ。しかも君嶋は杏の古屋先生への恋心を一発で見抜き、それを脅迫材料にして実行委員の仕事を全部 押し付ける。

君嶋は杏に教師と生徒という両方に破滅をもたらす恋の現実についても指摘するが、呑気な杏は、想像の中で先生との駆け落ちをエンジョイする。彼女に嫌味は通用しない。

そんなリアリストの君嶋に杏は本気で人を好きになったことがないと指摘する。この何気ない一言が君嶋の心には刺さったようだ。この言葉が長ーーーーい三角関係の発端ともいえる。


イトに委員会、負担の大きい杏は自分のミスで怪我をして、その治療を通して君嶋のズル休みを知った古屋先生は彼を注意する。

君嶋は杏と古屋の仲を指摘して切り抜けようとするが、古屋先生は簡単に動揺しない。それどころか君嶋が自分にヤキモチを焼いていると的外れな言動をする始末。合流した杏もまた君嶋は すねていると彼に不名誉な決めつけをする。君嶋は反撃に弱いのだろうか。自分が仕留めた、と油断した相手に返す刀で(見当外れの)意見を言われると それが気にかかってしまうようだ。

嫌味の通じない彼ら(杏と古屋)に触発されたのか、君嶋は遊びの恋愛を止める。翌日から君嶋は杏に優しくなり、仲良くするような素振りを見せるが、それには裏があった…。

君嶋は杏に近づき、自分に惚れさせてからバッサリ捨てるのが目的だった。それにより杏が自分の軽薄さに気づくことが、自分をバカにされた君嶋の復讐らしい。
そんな出発点から、ミイラ取りがミイラになるのは少女漫画の典型といえよう。最近読んだ作品では湯木のじん さん『これは愛じゃないので、よろしく』が そんなパターンだった。


嶋は杏の良き相談役として彼女に近づく。杏の不満を聞き出し、自分なら そんな悲しみや不安を抱かせないと口説きにかかる。ただし杏はアホの子なんで、そういう手法が効かない。嫌味や不安になることを言っても大丈夫な杏は ある意味、無敵のヒロイン。

逆に孤高の俺様ヒーロー・君嶋は、自分を「キミシマン」と呼ぶ幼稚なヒロインのことが段々 気になってしまう。自分の心にグイグイ入ってくる、いつも自然体で君嶋に接する杏の存在は これまで出会ってきた女性たちにはいないタイプなのだろう。杏が古屋先生以外を異性と認めないような そんな態度が、自分に好かれようと近づく色目を使う女性ばかりだった君嶋には目新しいのかも。

君嶋の悪意ある接近だが、その効果は杏ではなく古屋先生に及ぶ。さすがの当て馬仕事で、早くも古屋先生を刺激している。更には君嶋が杏のことを気になり始めていることを知り、古屋先生は困惑する。果たして先生は、自分からは手が出せない存在をどうやって守るのだろうか?

ヘタレで常識的な古屋先生の心を動かすのは積極的なヒロインと、最強の当て馬を用意しないと無理なのか。どうやら本書で一番 腰が重いのは、ご老体である古屋先生みたいだ。