香純 裕子（かすみ ゆうこ）
古屋先生は杏ちゃんのモノ（ふるやせんせいはあんちゃんのモノ）
第06巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
担任の古屋先生とこっそりお付き合い中の杏ちゃん。とうとう新婚旅行…ではなく修学旅行へ行くことに！ 沖縄へ向かうグループはいつもの仲良しメンバー♪ そんな中、先生がいつもなるるを見つめてることに気付いた杏。問い詰めたら「元カノに似てる」って…どういうこと!? さらに事情を聞いたキミシマンが先生に宣戦布告!! 修学旅行は波乱の予感!! 実は禁断なラブコメ。 【同時収録】古屋先生は杏ちゃんのモノ 番外編
簡潔完結感想文
- 1巻丸ごと修学旅行回、いや巻。新キャラは修旅の班のために登場させたのか!?
- 先生には元カノが絶対にいないが、元カノの亡霊が現れ、修旅の序盤は険悪に。
- 君嶋という お釈迦様の手の上で遊ぶ教師…。先生の威厳が どんどん消滅してる。
旅行の準備は『5巻』から始まっていた、の 6巻。
2年生に進級した『5巻』から成瀬（なるせ）、城ケ崎（じょうがさき）と新キャラが2人も登場したが、この2人は その後の修学旅行のために用意されたのではないか。
どうにも学校に お友達がいないヒロイン・杏（あん）。彼女が君嶋（きみしま）以外の人間といる場面は皆無と言ってよく、修学旅行の班決めでは危うく「ぼっち」が露呈するところだった。
ヒロインに そんな惨めな思いをさせたくない、と用意されたのが上記の2人に加え、我妻（あづま）という かつて先生を好きだった女性。通常、少女漫画は女性ライバルに厳しく、ヒーローに恋した者は国外追放されるのが定石。そうしないと女性ライバルがヒーローにフラれた後でも作品内に い続けてしまい、それでは読者が いつまでも安心できない。
我妻は奇跡のカムバックをしたが、もしかしたら本来なら このまま再登場はなく、存在が自然消滅する運命だったのかもしれない。私はヒロインの気分を害した罪で我妻は一定期間の謹慎をして、2年生になる頃に謹慎を終え戻ってきたのだと考えていた。だが彼女が復活したのは謹慎が明けたからではなく、もしかしたら彼女もまた修学旅行のグループ成立のために必要に迫られ、数少ない過去に登場した生徒だから召喚されただけなのかもしれない。
修学旅行という大きなイベントを描くことが決定しなければ新キャラの2人と成瀬は登場しなかったかもしれない。友達だから同じグループになるのではなく、同じグループの人が友達になる。即席のメンバーで関係性も薄い彼らだが、一緒に特別な時間を過ごすことが友達への第一歩となる。
人の配置として面白かったのは成瀬。かつてラーメン屋のバイト少女として出たのが成瀬の初登場。その頃の成瀬はメガネをかけていたが、メガネを取ったら美少女になる という少女漫画的に進化を見せる。
今回、メガネを取った時の成瀬の顔が元カノ（だと勘違いしていた女性）に似ていると古屋（ふるや）先生は言う。確かに読み返してみると『1巻』1話で出てきた その女性と成瀬は似ている。
本来、メガネを取った成瀬の顔は何でも良かったはず。それを敢えて元カノに寄せることで一騒動 起こすところに工夫を感じた。これによって恋愛経験ゼロの古屋先生に「元カノ問題」が浮上し、2人の仲が険悪になる。我妻の次のライバル女性を いたずらに出さないまま、2人の間に波風が立つという展開は かなり面白い。これで古屋先生の呑気さが伝わるし、実は この古屋先生の言動には ある事実を隠そうとしたという真相が用意されているのも良い。問題は先生の株が ちょっと下がり、当て馬・君嶋（きみしま）の株がグンと上がってしまうことだろう。
少女漫画的には すれ違いや喧嘩は、仲直りとの感情の高低差が生まれ、その読者の心の動きが胸をドキドキさせ満足感が発生する。成瀬の容姿だけで新しい問題を作っているのが面白い。そして追い詰められた杏が成瀬に八つ当たりしてしまうことで、彼らの友情が構築していく様子も描く。ここでも感情の高低差が生まれている。
決して 作者が似たような顔しか描けないという画力が生んだ偶然の産物ではない、決してない。
作品は相変わらず君嶋に依存し過ぎている。いよいよ古屋先生が君嶋と同レベル、いや それ以下に なり果てた。頭の回転・恋愛経験値など全て君嶋の方が上位存在である。杏は古屋先生にベタ惚れだから どんな先生も好きと胸を張っているが、先生がヘタレであることをツッコめる、気づく人が必要なのだろう。確かに先生はイジられて光るタイプだろう。人の弱みや行動原理を的確に見抜くのは、その人のしていることが手に取るように分かる人でなければならない。古屋先生の地位をこれ以上 下げないためにも君嶋くんには転校してもらった方が いいのかもしれない…。
当て馬や悪魔なキューピッドなど本当に様々な役割を果たしている君嶋だが、ここにきて作品全体を見通し、コントロールする お釈迦様になっていった。杏と古屋が上手くいっているのは、彼の導きがあってこそだ。
更には お釈迦様は物語に起伏を生むためには自らが現世で2人の関係を かき乱す。
ただ お釈迦様となった君嶋が煮え切らないのも事実。今回で杏側の意識が少し変わって、長期的には何かが動き出しそうな気配がする。だが『1巻』で登場した君嶋が この半年以上 何のアクションも起こさず、自分の立ち位置がブレブレなのは気になる。彼ほどの人ならば 自分の身の振り方ぐらい すぐに理解するだろう。
これは三角関係の終焉が作品の終焉だと分かっている作品側（作者や編集者）の強い要望で君嶋に何もしないで いてもらっている。杏の幸せを優先する自己犠牲や不憫であることが君嶋らしさになってきているが、お釈迦様である彼もまた作品の神の言いなりである。
修学旅行の出発に必要なのは、グループを作れるだけの人数。杏は新キャラたちに加えて、我妻とも友達なる。
先生との交際をカミングアウトした新キャラ2人と違い、我妻は先生に片想いしていた。それだけに交際発表はハードルが高い。更に先生の助言で我妻が素直にグループに入ったことで、杏は我妻の未練を感じ取る。
杏は一度 我妻に先生との関係を隠そうとするが、勇気を持って告白。すると我妻は それを承知済みだった。曰く 見てたら分かる、と。
我妻が杏と仲良くなるのは、君嶋が杏に惚れるのと ほぼ同じ展開。何事にも一生懸命な杏に少しずつ心を奪われていく。我妻と君嶋は少し体温が低めなところが似ている気がする。
この後、すれ違いからの仲直りは、杏と古屋先生に起こる。
班が決まり、我妻とも関係を築き、全てが順調かと思ったら、古屋先生が成瀬に見つめていることが判明。どうやら元カノに似ているから見ていたという。我妻といい成瀬といい、先生は新しいＪＫが出てくるたびにデレデレしているぞ…。
杏は それにショックを受けるが、杏から話を聞き古屋の態度を知った君嶋が激おこ。浮気者の古屋に代わって、一途な君嶋が いよいよ宣戦布告する。
旅行の行き先は沖縄。杏は先生に怒りが収まらず、先生との距離が出来ている間に君嶋り杏とのスキンシップを古屋に見せつける。そんな高校生カップルを青ざめるのは先生。古屋先生から距離を縮めようと努力するも、そこに成瀬が登場すると杏は、先生の態度の一つ一つが気に食わなくなってしまう。
更には全く悪くない成瀬にも八つ当たりしてしまって、杏は自己嫌悪に陥る。落ち込む杏を見かねた我妻の助言もあり、杏は成瀬に謝る。成瀬もマイペース人間なので、そのことはカラッと忘れて、すぐに自分の興味のある話題に移行する。怪我の功名、ちょっとした衝突が結果的には仲を深めることになった。
修学旅行2日目はシーカヤック体験。杏と君嶋が海に出た後にスコールが到来し、2人は鍾乳洞に避難する。自然の中にいると毎度おなじみ遭難回が始まる。少女漫画は自然の恐ろしさを伝えてくれようとしているのか。
2人きりの時間、君嶋は自分の好きな人が杏だと 遂に告げるが、予想外に早く先生が救出に現れたため、冗談だと 誤魔化す。これも少女漫画で おなじみの告白撤回方法ですが、君嶋の場合、いつまで態度をハッキリしないんだと隔靴掻痒とする。
君嶋が告白しない理由が あまり分からない。幼なじみでもないから杏と友達として ずっと一緒にいたい訳でもないだろう。杏を困らせたくないというのなら自制するか その気持ちを捨てるかしないと。中途半端なことをずっと続ける君嶋もヘタレに見えてくる。
ただ告白を冗談にしたが、杏は君嶋を異性として意識する。もちろん すぐに恋心を抱いたりしないが、君嶋に抱かれキスされそうになると顔は赤くなる。先生もだが、恋愛経験値が低すぎて他の異性の行動や香りに心が簡単に揺らいでいる。
それに杏だって君嶋の表情を近くで見続けているから、そこに恋心が入っているかは分かる。杏は君嶋の自分への気持ちを気づきつつある。
先生の必死さを見て君嶋は2人の仲を取り持つ。先生には言わなくていいキス未遂を告げ、彼の嫉妬と本音を引き出す。そして先生が成瀬ばかり見る浮気疑惑の真相まで見抜く。
なんと古屋先生は恥ずかしくて杏を直接 見られないから、杏の側にいる成瀬ばかり見ていたのだ。元カノに似ているというのも彼の言い訳だったのか。自分のプライドを守ることで杏が傷つくことが分かってないし、言い訳にデリカシーがない。杏は先生が自分を見るのさえ恥ずかしいことに喜んでいるが、先生の器の小ささは100年の恋も冷めかねない。
そして今回の遭難すらも君嶋の計画だった。確かにカヤックは君嶋が主導権を握って動かしていたという杏の供述がある。我妻だけは君嶋と頭脳レベルが一緒だからか、その真相に辿り着いたようだ。
先生の誕生日サプライズの時もそうだったが（『4巻』）、こういう君嶋の先読みが出来るからこその 人への過剰な気遣いは楽しい。君嶋が格好良く見えるような回では、作者の構成力が上がっている気がする。
それにしても事件を計画する犯人・君嶋、その動機を見抜く探偵・我妻は いいとして、君嶋の配慮に気づかない杏と、9歳年上の先生という頭脳の上下関係が悲しい。先生もまた杏と同じ おバカグループ。ヘタレヒーローという特殊ジャンルが成立するのも先生だからだと思うし、それも立派な人徳だと思うが全てにおいて君嶋の下位互換な感じが少女漫画としては いかがなものか。君嶋 有能すぎんのよ。
夜に先生とビーチを散歩する約束をした杏。そのことを知った君嶋は、恋愛初心者の古屋先生に助言をするふりをしてイジる・イジメる。9歳ほど年は離れているが、お互い良いお友達が出来て良かったね☆
だが好事魔多し。城ケ崎が腹痛を起こし、会える時間が遅くなる。杏は先生なら いつか来てくれることを信じてホテルを出ようとするが、教師の巡回に遭遇。そこで身を挺して助けるのは君嶋。本当 この恋愛、君嶋なくしては成立しないんじゃないか。
先生がホテルから出るのは日付が変わる頃になってしまったが、杏は待っている時間、先生のことを考えていたらあっという間だと答える。こういう純粋で古屋先生だけを見つめている杏は素敵だ。恋人から こういう一途な好きを見せつけられたら そりゃ嬉しいよなぁ。
星空の下、沖縄のビーチで2人はキスをする。
この時、先生が沖縄の方言を使う。これは またもやイジメっ子の君嶋くんに騙されたから。先生の言葉の意味は「愛してる」。
ただ、ここで沖縄弁で言うのは、好きとか愛してるとかの言葉は、本当に言うべき時まで先生には言わせないという作者の意思だろう。それがいつなのか楽しみに待とう。
そんな演出のために、先生は敢えて確かな言葉を使わない。全ては敢えて、である。だから お試し交際をしたり、本当に交際が始まった時も自分のプライドを優先するヘタレな器の小さい男だとか思ってはいけない。
もしかして本書には、古屋先生と君嶋、どちらが好きと先に言うことが出来るかという裏レースがあるのだろうか。自分から気持ちを伝えるのが恋愛のスタートだとすれば、2人の男性は どちらも本当の恋愛を まだ知らない。先生でも君嶋に勝てる可能性は（少しだけ）ある。間違っても君嶋が告白したから焦って好きとか言わないで欲しいものだ。
「番外編 修学旅行の夜」…
本編に続いて我妻と君嶋フラグが立っている気がする。それでいて我妻は先生にも動きそうな気配を見せる。杏も君嶋とのキス未遂でドキドキしているし、みんな気持ちが揺れすぎだなぁ。
