縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
人工冬眠(コールドスリープ)で7歳上だった千遥が同級生になってドキドキの絃。ただの妹ポジションから一歩踏み出すために、「千遥くんが目覚めてから兄だと思ったことは一度もない」と伝えてから千遥の様子が変で……? 新たなコールドスリーパーも登場し、文化祭では2人の関係を変える大事件が!?
簡潔完結感想文
- 絃の手作り弁当を巡る千遥の狂気。弥太郎人気は千遥不人気もあるのでは…。
- 年の差のあった男女が同じ年になったのとは逆の、年の差が出来たパターン。
- 千遥の偏執的な調査によって鈍感な彼にも絃の好きな人が自明になったのが…。
どこか底知れない千遥のことが怖いから単純明快な弥太郎を応援しちゃう 3巻。
千遥(ちはる)サイコパス説が浮上する『3巻』。
少女漫画的に単純化すると本書は千遥と弥太郎(やたろう)という2人の男性のヒロイン・絃(いと)を巡る物語である。千遥という正ヒーローがいるにも関わらず弥太郎人気が高いのは彼が不憫な当て馬だからだけではない気がしてきた。
弥太郎は感情表現がストレートで共感しやす。だが不器用ながらも頑張る弥太郎に比べると、千遥は知能が高いがゆえに何もかもを自分の掌中に収めようとする部分が見え隠れする。そのためには平気で嘘をついたり、人を威圧したりと狡猾な部分も見え隠れする。それら全てが絃のためと変換できるものなら、絃が愛されていると思い読者も安心できるのだが、千遥の場合は利己的に見える。絃のことを知りたい、というよりも、絃のことを知らないことが許せない、という自分に向けた感情なのだ。
だから絃を罠にはめてまで彼女の隠そうとする真相を暴く。そこには彼女や周辺をコントロールしたいという支配欲に近いものを感じる。そして絃の気持ちを知った時、それが自分の予想外の出来事だった時、彼は逃亡する。自分にとって不測の事態だから、絃の気持ちなど考えることなく ただただ逃げて気持ちを落ち着かせる。全てが掌中にないことが受け入れられず、自分の気持ちを立て直し、その後 きっと何食わぬ顔で絃と対面するのだ。何もかも知っているのに、何も知らない無垢なふりをして。そんな人を読者も好きにはなれない。
そのような千遥の言動は読者に不信感を呼び起こし、その感情を持ちながら再読すると千遥の一挙手一投足がポーズに見える。
ただ千遥の混乱も分かる。描写不足は否めないが、彼にとっては この1年で「妹」的な存在の絃が同じ年になり、そして恋愛対象として見なければならなくなるのだ。1年前は10歳だった少女が、急に外見は17歳の同じ年になったからと言っても、千遥の心では11歳にしか見えないだろう。言い方は乱暴になるが、ロリコンであることを強制されているようなものであろう。千遥が倫理的であればあるこそ この恋愛には無理が生じるのも分かる気がする。
人工冬眠者(コールドスリーパー)にとっては恋愛対象は難しい問題な気がする。特に作中で扱われる10代の子供たちにとっては大きな問題であろう。千遥なら17歳として生きるのか24歳としての覚悟を持つのか自分の所属を決めなくては ならない。
もし千遥が眠る前に心から愛した同級生がいても、目が覚めた時に恋愛を再開するかは難しい。生き方を縛る訳にはいかないからその人の現状も分からない。交際するにしても年齢差の問題も出てくる。
そして絃の場合のように、年下だとばかり思っていた人と恋愛をするのも難しい。この状況が何かに似ていると思ったが、それは少女漫画における「兄妹モノ」に似ている。これまでも人工冬眠というよりも千遥は単なる転校生といった感じだったが、今回は禁断の兄妹愛の要素を強く感じた。
千遥と絃の場合ならば、溺愛する妹の好きな人が気になりすぎる兄。だが妹が本気で自分を好きだということが判明し、その気持ちを正面から受け止めることが出来ない、という兄妹モノの第1話といった感じだろう。
しかも この2人の場合、初めから血が繋がっていないことが判明している兄妹なのだ。そう考えると千遥には倫理観が働くのも無理はない。しかも千遥の場合、認識としては10歳ぐらいの妹に迫られている訳で、兄としては逃亡するのが正解だろう。
現実だけ見れば血縁はなく、同学年の女性。倫理的に何も問題はないが、頭が追い付かない。そんな彼が冷静になる時間が必要なのは当然のような気もする。
絃が告白の時が来たと『2巻』から話を引っ張ったのに、冒頭2ページで未遂に終わる。途中で邪魔が入った形だが絃は自分がまた先走らなくて済んだことに安心する。
逆に弥太郎は合宿での自分の行動を早まったと死ぬほど後悔していた。絃は内心の動揺は多少あるものの弥太郎と普通に接する。千遥がいつまでも絃の恋愛感情に気づかないように、絃も弥太郎の恋愛感情には気づかない。鈍感で人を傷つけているのは2人とも同じなのである。
ただ絃は千遥の自分に対する心境の変化を如実に察知しており、攻めの姿勢を崩さない。
その一環として彼にお弁当を作ることを計画する。それを知った弥太郎は自分も一品でいいから食べたいと縋りつく。サプライズで用意した お弁当だったが、初日は事故で階段から落としてしまい絃は渡さないまま。
弥太郎の一品だけは盛り付けも何もないから渡すが、それを千遥が目撃する。千遥は絃に問うが、お弁当作りをサプライズにする絃は言葉を濁す。不審に思った千遥は弥太郎に問いただすが、弥太郎は事実を自分に都合よく伝え、マウントを取る。
どうしても絃の行動が気になった千遥は下校しようとする彼女を呼び止め、弥太郎への手作りの真相を聞き出す。千遥の誤解を知り、絃は真相を白状し、千遥は絃の手作りが弥太郎だけじゃなかったことに安堵する。
そんな千遥に絃は「いつだって千遥くんのことを一番に考えてる」と津輝。すると千遥も「オレも同じだ」と答えた。真意はともかく言葉は嬉しい。少しずつ この恋愛に光が見えてくるような前進する感覚が楽しい。
こうして千遥は絃のお弁当を早速 食べるのだが、カラスが鳴くような時間帯で この お弁当は大丈夫なのだろうか…。絃も千遥のことが好きなら、この日は安全と健康を考えて処分した方が良かったのではないか。
絃は翌日も お弁当を作ることを約束する。これ以降 描写がないが絃の この習慣は長く続いたのだろうか。
ある日、1年生の後輩女性が千遥のことを教室の外から眺めているのを目撃した絃。その女子生徒・滝本 杏(たきもと あん)が いつも千遥を見ていることに気づき、ライバル出現と危機感を覚える。
絃は杏を牽制するため、千遥の彼女だと勘違いさせる作戦に出る。この時点で絃も なかなかに気が強いし負けず嫌いだし腹黒いような気がする…。千遥の袖口をつまむぐらいの勇気しかなかったが、千遥は手を繋いでくれる。もちろん千遥の方は今日は昔みたいに手を繋いでもいい日、ぐらいの認識なのだが。
自分でも不思議なほど強気な行動を絃が取ったことで杏は退散したかと思われた。だが ある日、杏と千遥が2人で会話をしている様子を目撃してしまう。杏がもし千遥に告白しても、千遥は告白を取り違えることはない。それは杏が一度も千遥の「妹」ではないから。これは絃側の「兄妹モノ」ならではの切なさに感じられる。
焦燥が絃を動かし、千遥と別れた後の杏に 彼のことが好きなのか問う。そして絃は、杏が答える前に自分がどれだけ千遥を好きかを まくしたて、杏に負けない気概を見せつける。
途中で杏は絃の言葉を制し、自分は千遥に対して恋愛感情ではなく人工冬眠者だから興味があると訂正する。杏には人工冬眠者で、3年前までは同じ年だった男子がいる、という。
2か月前に目を覚まして、現在は中学に通う周藤 澪(すとう みお)。人工冬眠者ということで学校で浮いていて、同じ立場なのに学校に馴染んでいる千遥を参考にしていたという。杏は絃の牽制で自分が絃に勘違いさせていることに気づいたという。本当に他意はない。
その後、絃は杏と一緒に、千遥が澪といるという病院に向かう。だが まだ13歳のままの澪は難しい年頃ということもあり、杏に対して反抗期に入っていた…。
澪は千遥を慕っているが、杏を拒絶する。千遥の方も、初めての人工冬眠者の知り合いということで澪と接するのは嬉しいらしい。
拒絶されている杏だが澪の態度が不安で、尾行を決行する。自分の前では見せない表情の数々に杏は衝撃を受け、そして激写。千遥に尾行に気づかれており、彼の見解からすると澪は年齢差が出来た現在の杏との接し方に戸惑っているだけ、というのが千遥の見立てとして話される。
それは千遥の絃に対する感情と似ているものだろう。だからこそ千遥は澪に共感し、そして他の者との相容れない価値観を覚える。
そんな彼の排他的な言動に同行していた絃はショックを受ける。
やがて澪が尾行に気づき、激おこモードになるが、絃は杏の気持ちを代弁し、拒絶だけはしないで、という人工冬眠者たちへのメッセージを届ける。自分の気持ちを言葉にできる絃は賢く強い。序盤の彼女は こういう人間だったはずなのだが…。
千遥は澪たちを置いて、先に その場を去る。その際、澪に「もう子供じゃない」という彼の杏への不満であろう言葉を残し、澪に冷静な行動を促した。澪の悩みを先輩の千遥が解きほぐすように、千遥も年長や、先に目覚めた人工冬眠者の話を参考にすれば2人の関係は こじれなかったかもしれない。物語の後半に やや唐突に人工冬眠者はカウンセリングを受けている描写が挿入される。先生は割と無能っぽくて あまり人工冬眠者の役には立ってはいない。作者としては徹頭徹尾10代の若者と人工冬眠というテーマにしたかったのだろうか。
そして千遥は拒絶されたと思った絃のフォローも忘れない。だが同時に千遥は自分の力不足を感じていた。その力量を比べるのは、本来の時間の流れなら24歳として生きている自分。戸籍上は24歳なのに17歳の見地でしか話せないことが千遥には もどかしいのだ。
それは澪も同じだろう。16歳の自分が13歳の「弟」のように杏から扱われるから苛立ってしまう。2組の年の差のあるはずの/ないはずの男女は、それぞれの問題を浮き彫りにしていく。2組が共鳴し合っている様子が分かり、澪&杏を出して世界が広がったように思う。
続いては文化祭回。
絃は、同じ高校の卒業生である弥太郎の姉に過去の文化祭の様子を参考にさせてもらいに弥太郎の家を訪れる。千遥も同行し弥太郎の動きを監視し、弥太郎は姉が勝手な言動をしないかを気にかける。
千遥は弥太郎に中学時代の卒業アルバムを見せてもらい、自分の知らない絃を堪能する。
その間、別室では絃は弥太郎の姉に恋愛について聞かれていた。絃が、弥太郎のことは友人として好き、側にいてくれてよかったという評価をしてくれたのを弥太郎は廊下で聞く。自分の印象がマイナスでないことに感動する当て馬は やはり面白い。
そして絃は、千遥には身動きが取れないという話から、10歳年上の弥太郎の姉の時代にはあった後夜祭のジンクスの話を聞く。それは後夜祭での「ライトアップの瞬間に好きな子に触れると結ばれる」というもの。これは10年後の絃たちの世代には伝わっていないジンクスだった。絃は そのジンクスを成功させることで、千遥への告白のステップにしようと考える。ずっと絃が告白という目標に動いているのが良い。
ただ このジンクスの話を廊下で聞いていたのは弥太郎だけじゃなかった。千遥も聞いており、絃に好きな人がいること、そして一度 失敗したという話が漏れてしまう。千遥は それが自分のことだとは考えず、絃が秘めた恋をしていると勘違いしてしまう。
千遥に問われても弥太郎は絃の好きな人を教えない。絃本人から口止めされているし、何より自分にメリットが何もない。簡単に口を割りそうな弥太郎が黙秘するため、千遥は後夜祭の絃の行動を監視することで好きな人を炙り出す計画を練る。そして計画を知る弥太郎に、絃へのジンクス中止の内通を禁止する。それだけ千遥は絃の好きな人に興味があるんだろうと思える場面ではあるが、一連の千遥の表情が怖い。なかなかサイコパス風味のヒーローだから、作者も持て余し、やがて弥太郎ばかりが動くことになるのではないかと思ってしまう。
絃も賢いから、7年前にも高校生だった千遥は このジンクスが健在だったのではないかと思い至り、千遥にジンクスを知っているか遠回しに聞く。ここでは7年前がどうであれ、今の千遥は立ち聞きしてジンクスの話を知っているはずなのに嘘をつく。やはりサイコパス。こうして絃は千遥の罠にはまろうとしている…。
当日の絃たちのクラスの出し物は執事&メイドカフェ。コスプレは少女漫画の文化祭の基本です。
千遥は絃を悲しませる ろくでもない男を敵視している。だからこそ炙り出す。この時、千遥は元同級生で現担任の樋口にもジンクスと自分の計画を話す。千遥はジンクスの経験者で、だからこそ それが効果がないことを知っている。だが それでも絃の好きな人を見極めようとする。そこに論理はない。あるのは私情だけだ。
この文化祭1日目では杏と澪の話もあり、他校の男性に絡まれる杏を澪が上手く助け出せなかったことから2人の対話が始まる。本来の同じ年のままだったら杏に男性を近づけたりしないのに13歳の身体では何も出来ない ただのガキだということを思い知らされる。だから杏に幻滅される前に自分から離れようとしても杏が離れない。そのもどかしさを澪は抱えていた。そんな彼の率直な言葉の中に自分への好意を感じた杏であった…。
文化祭2日目が始まり、絃は千遥と一緒に学校内を回る。
2人は弥太郎や周囲の者から見れば ただのカップルだが、まだまだ遠い片想い。絃の感覚では8年前にも一緒に回っているが、その時は兄妹にしか見えなかった。そこから千遥の感覚で1年でカップルに見えるようになった。その感覚の違いが2人の間に流れる川だろう。
後夜祭が始まる直前、千遥は絃を監視するために彼女から離れる。だが絃にしてみれば千遥がいなければジンクスが成立しない。そこで絃から後夜祭を一緒に見たいのは千遥だという言葉を聞いて、千遥は絃の好きな人に思い当たる。
だからこそライトアップの瞬間を迎える前に、絃から離れた。千遥の心境は上述の通り、混乱の中にいるのであろう。
千遥を探し回る絃だったが、その瞬間、彼女の腕は弥太郎に握られていた…。果たしてジンクスは本当に効果がないのか!?