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少女漫画と小説の感想ブログです

「君の孤独な窓辺にも星は降るし 朝は来る」。そして充足したオレの窓辺には虹が かかる。

きみと青い春のはじまり(3) (デザートコミックス)
アサダニッキ
きみと青い春のはじまり(きみとあおいはるのはじまり)
第03巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

好きな人に キス されましたーー。
ぼっち女子・末広しろはある日クラス一の人気者・高砂に罰ゲームで告白され、本気のお付き合いがスタート! 高砂の優しさを知るうちに本気で好きになってしまい、対等に付き合うために2人はお友達に戻ることに。なのに、高砂が寝ているしろに突然のキス!!! さらに、文芸部の八千代もしろに急接近してきて!? 大波乱の三角関係、幕開けです。

簡潔完結感想文

  • デコチュー事件でモヤモヤしたのも1話だけ。そんなことより新入部員希望。
  • 見上げた空には、青、星、虹。それが人が変革する はじめの一歩となる。
  • 小説は 自分だけが知っている ありのままの その人を評価・表現する手段。

眼鏡を取らなくてもイケメンだが、眼鏡を取ったら小説家になる、の 3巻。

『2巻』のラストでデコチュー事件が起きるのだが、その後の話は通常の少女漫画では考えられないぐらいの規模の小ささ。極端な少女漫画だと その一軒だけで1巻分を消費したりするのに(それを成立させるのも作者の手腕だが)。

そんなことよりも大事なのは新入部員である。意外にも本書は真面目な部活モノという一面もある。この文芸部の成立の過程こそ、ヒーロー・高砂(たかさご)がヒロイン・しろ のために立ち上げた(復活させた)部なのだが、作中の天文部のように名ばかりの存在ではなく、部員の出席率は高い。そして平部員ながら部の方向性を決定している八千代(やちよ)の指導の下、文芸部は本格始動する。

当初の動機こそ不純に見えるが真面目、というのは高砂そのもののようである。ノリで生きているように見え、しろ との接点も罰ゲームという最低のものであったが、彼と一緒に過ごすと、彼は ちゃんと しろ に対する敬意があることが分かる。
高砂は自分が中学まで続けていた野球を辞めた理由を しろ以外には話していないため、高校の野球部の顧問や かつてのチームメイトの後輩から いい加減な人間に見られているが、彼らが文芸部に参加することで、今の高砂のことを知ってもらう良い機会となることが予想される。

文芸部が前面に出るのは、単純に恋の決着を付けないためではあるが、それが恋愛の混迷へと自然に繋がっていくのも面白い。少女漫画あるある では、3巻は三角関係のはじまりだが、本書の場合は三角関係は もっと早い段階で成立しており、今回は それが可視化され周知の事実になったに過ぎない。

どこまで行っても違う世界にいるような高砂と、実は自分と同じ地平に立ってくれていた八千代。しろが選ぶのは どちらか。キャラクタたちの魅力も もちろんだが、構図として面白い三角関係である。

その男性が本当は聞きたかった言葉を言ってくれるから、しろ は三角関係のヒロインになるのだろう。

書では それまで見ようとしなかった景色や真実が見えてくる場面が多い。きっと野球部関係の登場人物たちも、いつか高砂のことが分かる日が来るだろう。

そしてメインの登場人物たちが それに気づく象徴的な場面が、彼らが空を見上げる場面。『1巻』では しろ が自分の大好きな本を高砂に貸すために空を見上げるような高さのフェンスを乗り越えた。この行動が しろ に視線を上げさせ、自分の世界を乗り越えさせた。
高砂は しろ と夜空を見上げることで、誰にも話さなかった自分の秘密を彼女に話す。これを可能にしたのは屋上で2人で寝ころび、全く同じ視点の高さを獲得したからだろう。3人の内、彼だけが夜空を見上げているのは彼だけ心境が違うからか。夜空を否定するわけではないが、いつか晴れ渡った青空を彼も見る日が来るのだろうか。今回のタイトルで使用した寿ミチル先生の文章に従えば、高砂の心に「朝が来る」ことが大事なのか。

八千代は覆面作家として活動し、しろ への遠回しなアプローチが成功していることの充足感で空を見上げる。そこには虹がかかっていて、その感動が公私に亘っての彼の行動を変革させる。虹を橋と例えるならば、作家としては想定した たった1人の読者である しろ に思いが届いたから嬉しくて、その反面 一介の男子高校生としては しろ への気持ちが届いていないという後悔が彼の中にあった。

だから今回のラストで八千代は しろ に想いを届けるために虹の橋を渡る。


よいよ新入生が入学する。この学校では部員5人が部の成立ラインなので最低あと2人は必要。天体観測などで お世話になった天文部部長の妹が まず入部を希望してくれ、残りは1人。

だが しろ は新入部員の獲得よりも、部室で寝たふりをしていた際の高砂からのデコチューが気になって仕方ない。その意味を自分なりに考える しろだが、妄想と希望 そして人間関係の経験値の違いから想像力の限界の壁に阻止され考えがまとまらない。
高砂の心理を探ろうと「犬にキス」で検索した画像を当の本人に見られてしまい、しろ はデコチューのことを白状する。こういう部分がアサダニッキ作品の良いところである。デコチューなんて いかにも少女漫画的な恋愛イベントなのに、あっという間に作者は手放す。作者の場合は隠し事が隠し事として成立しないケースが多い。登場人物がバカ正直だったり、察しが良かったりして心の内側は あっという間に覗かれてしまう。

あの日のデコチューが気づかれていたことに高砂は羞恥するが、まず しろ が犬ではなく人間であることを理解させる。高砂は罰ゲームから ずっと しろ の人格を尊重している。その上で自分の勝手な行動を謝罪する。こういう誠実さも好き。

なぜキスをしたのか知りたい しろ だったが、それこそ高砂の恥ずかしいところである。自分の好意を素直に表現できるほど彼は真っ直ぐな人間ではない。だから高砂は言葉を濁し、しろ が恋愛小説を読めば理解できるという話で決着する。「恋愛」という言葉だけで、もう本を読まなくても全てが理解できる気がするが…。登場人物たちが察しが良いのは本人以外のことに限定される。

また、八千代の もう一つの顔も本筋ではないところで明かされるのも贅沢な謎の使い方である。八千代=寿ミチルということが明確になった。


入生で、高砂と中学で野球をやっていた1年生の男子生徒・松島 頌春(まつしま のぶはる)が、文芸部部室にやってきて高砂に激高する。彼は高砂が野球を辞めた理由を、飽きたという彼の言葉通りに受け取っている人。

しろ は高砂が誤解されたままなことが嫌で 松島を追いかける しろ だったが、もちろん高砂の秘密を暴露するわけにはいかないので、松島を文芸部に誘う。文芸部員として今の高砂に接したときに見えてるものがあるというのが しろの考え。もしかしたら部員確保の側面もあるかもしれないが…。
論理性のない提案だったが、後日、彼は反応する。

こうして5人の部員が確保できた文芸部。高砂は因縁のある野球部顧問を文芸部の顧問にも擁立する。松島と同じく、自分に反発する人たちに自分の姿を見てもらうためだろうか。


が、しろ は当面の目標であった自作の小説が頓挫していた。高砂をモデルにしようとしていたが、彼から拒否された。

しろ は高砂を信奉するからこそ同じ世界の人でないと考える。それでは高砂側は いつまでも同じ地平に立てない。

これまで しろ のために文芸部を復活させたり、モノ欲しそうにしていたドーナツを買ってきたり、彼女のやりたいことを全て実行してきた彼からの初めての拒否に高砂の心理を測りかねる しろ。恋愛問題も、そして高砂個人も謎は深まるばかり。

高砂自身は自分が野球を辞めた理由も言いたくないらしく、黙秘によって生じる周囲の誤解も厭わない。これは彼の中でも折り合いがついていないからだろうか。

そんな自分を彼をドーナツと例える。八千代の分析では「自分には核がない」という表現だろうとのこと。もしかしたら空っぽである自分を周囲に知られたくないのかもしれない。
だが八千代は しろの書く小説は、そのドーナツのまんなかを描くかもしれない という。キャラクタを深く掘り下げることが作品に厚みを与える。しろ が高砂の核に触れたとき、彼らの前に新しい空が広がるのだろうか。


ろ は自分を主人公にはしない。なぜなら自分の話は寿ミチル著『流星の森』に書いてあるから。
高砂をモデルにすることは、彼のことを知ること。それは彼へ近づきたいという しろ の意思。

松島は高砂に割り切れない思いを抱えたままだが、彼らは間違いなく同じ釜の飯を食った仲間で、互いのことも良く分かっている部分もある。
高砂は松島が一度 文芸部に入ったのなら部活を勝手に休むような人ではないと思っている。そんな信頼できる松島にだから話せる話もある。

その会話の中で高砂は しろ からの友達リセット発言も納得できなくても、彼女の出した答えなら それを遵守するという発言をしている。それが高砂の彼女への気持ち。そして高砂をよく知る松島には、それは友達に対する気持ちではないことが見えている。

しろ の愛読書『流星の森』は、しろ が購入したのではなく、1年前の ある日、自宅に送られてきたもの。経緯は不明のまま、しろ はその本を読み、そして自分のことだと思えるほど作品に没入した。

しろが作者に会いたいと思い始めていることを知り、高砂は動く。


んな作者探しの騒動の中、八千代は、しろ が「寿ミチル」に会いたい気持ちを聞き出す。まごうことなき自演である。

八千代がわざと 寿ミチルは1冊きりの作者で新作も期待できない消えていく作家だというネガティブ発言をしても、しろ は消えないという。作品が存在し、思いが届いている限り、作者のことは消えない。そして「ありがとう がんばります」というのが しろ の作者への素直な気持ち。
ここで八千代がメガネを外して、しろ に満面の笑みを浮かべるのは寿ミチルとしての笑顔だからか。

そんな しろ の寿ミチル=八千代の言葉は、八千代の心に虹をかける。『1巻』で しろが青空を、高砂が満天の星空を見上げたように、八千代も久しぶりに空を見る。そして彼もまた新しい小説を書くために一歩を踏み出す。1作目が読者=しろに確実に届いていたことが分かったから、欲が出たという。書きたい題材があるから小説は生まれる。1作目が応援歌なら今度はラブレターだろうか。

実は高砂は、寿ミチルに対して やきもちを焼いていた。しろ の心に定位置がある人間が男である可能性が高砂は嫌なのだ。
だが高砂は、街中で編集者と打ち合わせをしている八千代=寿ミチルを発見し、その正体を知る…。


こから回想される2年以上前の話。

中学2年生で引っ越してきた しろ は周囲と馴染めないまま学校生活を送っていた。その頃の八千代は小説を書くのを趣味にしているが1本も満足に書き上げたことはない。それは彼の中に書くべき題材がないから。
小説を書き上げられない男性といえば、同じデザート連載だった ろびこ さん『僕と君の大切な話』の東 司朗(あずま しろう)くんと八千代は少し似ている。

そんな時、見返りを求めない しろ の心の美しさに触れて、彼は それから しろ に注目し始める。それは彼女の意外な表情を知ってから しろ に興味を持った高砂と似ている。2人が当初から気が合わないのは、1つしかない同じ宝物を愛でているからだろう。

そんな彼女をモデルに八千代は小説を書き始める。悪戦苦闘しながらも、それすらを楽しく思い、彼は作品を書き上げ、それが小さな賞を受賞した。
だが しろ が自分の手柄を周囲に漏らさないように、八千代も小説家としての自分を周囲に話さない。友人でもないから しろ本人にもモデルにしたことを話せずにいた。

だが中学の卒業式の日、しろ に自分の全てを話そうとするが、間に合わなかった。そして書籍だけを送った。

だが高校1年生の最後から高砂と交流をし始める しろ を見て、彼女から引き出される表情を見て、彼らとは違う、一歩も動かなかったを自覚した。後悔の苦みも伴って。
勇気を出さなかった八千代は、自分こそが森の中にいることを知る。


そして高校2年生の今、高砂に事実を知られたこともあり、八千代は自分の正体を しろに伝える。そして その勢いで秘めていた自分の しろ への好意も伝える。『3巻』のラストぎりぎりで三角関係が成立した。

空にかかる虹を見た彼もまた、一歩を踏み出すことにしたのだ。