アサダニッキ
きみと青い春のはじまり（きみとあおいはるのはじまり）
第01巻評価：★★★☆（7点）
総合評価：★★★☆（7点）
入学式以来、友達０（ゼロ）で誰とも話さず静かに過ごしてきたぼっち女子・末広しろ。ある日クラス一の人気者・高砂に罰ゲームで告白され一気にクラス中の注目の的に！ すぐに飽きると思っていたけれど、高砂は意外と真剣に向き合ってくれて…。まさかの青春スタート！？
簡潔完結感想文
- 罰ゲームから始まる彼との交流で見えてきたのは 現状がさびしかったと自覚する私。
- 相手のことを知りたい、望むことをしてあげたい、その衝動に名前をつけるなら恋。
- 君が作ってくれた居場所に君がいなくても大丈夫なように私は自分で居場所を守る。
現代のシンデレラは、王子側の結婚詐欺も考慮して行動する、の 1巻。
高校1年生も終盤の3学期の ある日、本だけが友達のヒロインが学校の人気者であるイケメンから声を掛けられ世界が一変するという どこかで見たようなシンデレラストーリーだ。同じ掲載誌であれば タアモさん『地球のおわりは恋のはじまり』でも見られた いかにも少女漫画読者が好きな、ヒロインに都合の良い物語である。
ただ作者の作品が違うのは、そのシンデレラの魅力と内面をきちんと描いていることだと思う。最初は罰ゲームでヒロイン・末広（すえひろ）しろ に声を掛けてきたヒーロー・高砂 誉（たかさご ほまれ）だったが、彼女と初めて話すことで彼女の中に眠っていた魅力的な表情に気づく。それはヒロインが実は可愛かったとかではなく、ヒロインには自分の好きな確固たる世界があって、それを語る表情が高砂は魅力に感じ、そして羨望を覚えたのではないか。
秀逸なのはヒロイン・しろ の内面の描写だ。高砂の出現に戸惑い、思考が停止したまま彼のペースに乗せられてしまうのは この手のシンデレラストーリーで よく見られる展開だが、しろ は早い段階で浮足立つ自分の心に気づいている。誰とも話すことのなかった高校生活で高砂が手を差し伸べたことで、自分が本当は さびしかったことに気づくし、そして発端が罰ゲームだから いつの日か突然に高砂が その手を引っ込めることに恐怖している。
シンデレラで言えば魔法が解けることを しろ は誰よりも理解しているし、そもそもの身分・ヒエラルキーの差を自覚している。だからこそ高砂の優しさを信じたい思いと 疑う気持ちの両方に体重をかけ、自分の中でバランスを取っている。この早春から しろ が味わう青春は そんな不安定な気持ちの上に成立していた。
アサダニッキ作品の特徴は、登場人物たちの心の整理の速さではないか。上述の通り しろ は自分の気持ちの変化を つぶさに察知しているし、高砂も しろへの罪悪感や彼女の不安を自分の中で処理をし、しろ が信じ得る自分になろうとしている。
それは恋心に関しても同じで、彼らは自分の中に芽生えつつある気持ちに名前を付けるのが早い。それは展開の速さに直結していて、常に前に進んでいる感覚が小気味いい。ヒロイン・しろ も内気だけど、悩む描写は最小限で、1話の内に必ず1回は自己変革をしていて何かしらの行動を起こしている。全5巻であっても通常の漫画の2倍3倍ぐらいの内容が凝縮されている感覚がある。
ヒーロー側の心の問題も早くも提示され、ヒロインが救われ、青春を送るだけの話ではないことが分かる。テンポを失わず畳みかけるように新しい問題が起こり、シリアスの中に笑いが、笑いの中に感動を潜ませているのがアサダニッキ作品の面白だと思う。
ある日、突然クラスの人気者の男子生徒・高砂 誉から告白された末広 しろ。だが しろ は、それが高砂がクラスメイトに課せられた罰ゲームだということを知っていた。だから彼が「クラスで いちばん空気」の自分に告白してきても、しろ は舞い上がらず、その行動が罰ゲームであることを告発する。アサダニッキ作品は作中に悪意があっても、その悪意のベクトルを絶妙にずらすことで、誰かが一方的に悲しむような展開を回避するから安心だ。
だが高砂は、クラスメイトの自分に対する非難を回避するため、この告白が罰ゲームではないと言い張る。この時点で愛すべきバカである。引っ込みのつかない高砂は、取り敢えず場所を移動し、屋上で しろ と2人で話し合う。しろ は1年生の2月の段階で、クラスの人と喋るのは入学式ぶり、という状態。
確かに高砂は罰ゲームで誰かに告白することになったものの、その相手に しろを選んだのは高砂自身の選択。彼は しろ がいちばん空気でイジりがいがあるから選んだのではない。現に彼は、いつも本を読んでいる しろ の その本が いつも同じであることに気が付いている。高砂は クラスの「空気」的な存在にも しっかりと目を配っていることが分かる。こういう何気ない描写が作者の巧さだ。これだけで高砂を悪い人だと思えなくなっていく。
告白の翌日も高砂は しろ に対して、グイグイと近づく。そして しっかりと しろ の周辺に興味を抱く。まず彼が気になったのが しろ がいつも読んでいる本。その本が しろにとって どういう本なのかを高砂は訪ねる。
寿ミチル 著『流星の森』は、しろ が「めちゃくちゃ好きな」本。作者はまだ10代の学生と噂される覆面作家。しろ にとって この本は、全ての描写が自分の内側と共鳴する。そんな説明をしたところ、高砂は本を貸してほしいと頼んでくる。本好きだが友達のいない しろ にとって それは理想のシチュエーション。この夢は、もしかしたら高砂のようなイケメンが彼氏になることよりも切望する夢だったかもしれない。だから しろ は顔を輝かす。それは高砂が呆気にとられるほどの輝きだった。
本来は罰ゲームなのに和やかに会話する2人を見て、罰を提案したクラスメイトたちは、高砂にドッキリの終了を宣言するように告げる。しろ を小バカにする彼らは、高砂に話し掛けられて むしろ幸運だったと彼女を揶揄し、そして しろと同じように彼女の本を軽く扱う。
その蛮行に対し、高砂はしっかり怒ってくれた。しろ にとって自分より価値のある この本を大事にしてくれたことが きっと嬉しかったはず。
一方で、しろ にとってダメージは、告白が罰ゲームだったことより、高砂が自分の欲しい言葉や行動を与えてくれたことであった。
そのせいで しろ は、自分が本当はさびしかったことに気づいてしまった。本当は しろ は高校入学後、自分が好きな本の世界の知り合いを作るために文芸部に入部しようとしていた。だが、一歩が踏み出せないまま新入部員が入らなかった文芸部は廃部になってしまった。その後悔が しろの中にある。
そして久し振りに自分の好きな本について語った高砂も もうすぐ自分とは縁のない人へと戻っていく。それが しろ の中の恐怖となる。だから しろ は高砂を冷たく突き放す。傷つく前に自分が主導して楽しいことを忘れるために。
こうして再び世界の平穏を取り戻したはずの しろ だったが、罰ゲーム実行グループに大切な本を奪われてしまった。屋上のフェンスの外に放り投げられた本を見つけた しろ。
高砂に本を貸すという約束があることを思い出し、恐怖を克服して、しろ はフェンスを上る一歩を踏み出す。フェンスの端を見上げるために顔を上げると、そこには深い青の空が広がっていた。文芸部に入らなかった自分が、約1年ぶりに自分から動いた。彼女に そんな衝動を与えてくれたのは間違いなく高砂だった。
しろ の行動は一騒動になり、高砂も現場に走る。予想に反してフェンスを戻ってくる しろ に安堵する高砂だったが、しろ は高砂の姿を見てフェンスから ずり落ちる。それを助けるのはヒーロー・高砂。高砂のことを忘れないという彼女の思いごと しろ を受け止める。
そして しろを抱きしめたまま、高砂も しろを忘れないどころか、これから記憶に刻めるよう、再度 付き合うことを提案するのだった。
あまりの急展開に しろ は拾ったはずの本を屋上に忘れる。だが、それはクラス委員長に拾われ、しろ の机に戻ってくる。そこには作者のサインと しろの名前、そして「頑張れ！」というメッセージが新たに書き加えられていた…。こうして しろの生活は日々 新しいに物語が書き加えられていくことになる。
翌日から高砂は登校前に しろ を迎えに来るようになった。学校の人気者の高砂の彼女として注目を浴び、背中を丸めて歩く しろ を高砂はしつけ、教室までたどり着くと、しろの頭をわしゃわしゃと撫でて褒める。それはまるで飼い主と犬であった。
その日から しろの学校生活は一変した。学校中の人が しろに注目し、そして質問の嵐が吹き荒れる。耐えかねた しろ は昼休みには教室から退避し、1人になれる場所を探す。そんな彼女を高砂は探し、一緒にお弁当を食べる。
高砂は しろに興味を持ち始めている。彼女の もっといろんな顔を見てみたいという気持ちは好意と言っていいだろう。一緒にお弁当を食べ、おかずを交換し、そして身の上話をする。しろが部活に入っていないことを知った高砂は、放課後に部活見学を提案する。ただし文芸部が無い今、しろ は部活仲間という友達が欲しいだけ。部活の内容は問わない。
彼女は部活動に夢を見ていた。これまで独りだった しろからはたくさんの願望が溢れ出してくるのを高砂は温かく見つめる。この日 しろ は この学校で初めてたくさん喋る。
だが、しろ は教室で高砂が自分といることで正気を失っているとか偽善者などと言われていることを知り、高砂の名誉を守るために、彼を遠ざける。
更には高砂に面倒をかけないために、ほぼ興味のない天文部への入部を決め、彼の手を煩わせないようにする。一緒に登校する際にそれを高砂に話すと彼は不満げ。何と言っても天文部の部長は男で、高砂は しろ と彼を近づけたくないという考えがある。
高砂から離れようとする心を原動力にし、しろ は天文部を訪ねる。だが天文部は実質 活動していなかった。これでは しろ の望む部活仲間は獲得できない。それでも高砂のために入部をしようとするが、それを高砂が阻止。
そのまま しろ を拉致し、何もない部屋に案内する。
そして高砂は しろ のやりたいことを全部実現させる部活、末広部を始動する。手始めに しろのやりたかった買い食いを実行し、しろを笑顔にする。これからは高砂が しろの表情を引き出すという。春一番が吹き荒れる中、しろの新しい学校生活がはじまる。
そして部活が始まる。高砂は しろが耽溺する本を読むが、彼には面白さが分からない。それぐらい感性が違う。でも しろ は、違うことが嬉しい。自分だけの世界ではなく、違う価値観の人がいる世界になったのだから。
穏やかな日々が続くが、しろ は高砂が中学で野球をやっており、そんな彼が文芸部を復活させたことを知る。そんな彼の過去が しろを不安にさせる。やはり高砂は いつか自分の目の前から いなくなるんじゃないか、それが怖い。
だから しろ は自分で「文芸部」を守る努力を始める。高砂が作ってくれた場所を守ることが自分の責務だと思い、高砂なしでも成立する文芸部を目指す。つまるところ それは新入部員の獲得である。
しろにとってはそれが高砂への恩返しのための行動。だが高砂は しろと2人だけの世界を望んでいた。早くも2人の間にすれ違いが起こり、価値観の相違が如実になる。部活を巡る方針の違いではあるものの、これは交際や結婚後の男女の価値観の違いのようにも見える。
あの日、高砂の野球の才能を買っていた野球部の顧問が高砂に逆恨みのような説教を始める。だが途中で しろが割って入り、高砂は立派な文芸部員だと擁護する。そして文芸部を守ることが高砂が去った場合の自分の務めだ、と訴える。人と話すことに慣れない しろは、混乱から説得の途中から自分の本音が飛び出していた。
しろ の本当の気持ちは高砂がいなくなる部活を考えたくないこと、自分には高砂が必要であることであった。だから高砂には いなくならないでほしい。
その しろの本音は高砂の胸を打った。だから彼はしろを抱き寄せ、感謝を述べる。
そして本格的に文芸部を始動させる。2人だけじゃない、人に溢れた文芸部を作ることを目標に2人のビジョンは一致する。これからも互いに そばにいることを約束した指切りで、しろは高砂への新しい気持ちに気づく。言葉だけとはいえ交際してから恋に落ちていく2人であった。
彼のことを知りたい気持ちは しろを動かし、高砂が かつて野球で好成績を上げていたことを知る。そして今、野球をしない選択をした彼に何があったのかが気になる。
高砂が完読した『流星の森』の話から、しろ は高砂と流星を見ることを計画する。彼を知りたい、2人でやってみたい事がある、それは立派な恋の証である。
ここでも自分だけが浮かれているかもしれないという恥ずかしさを乗り越え、しろ はまた一歩踏み出す。しろ は連載1回につき1回はアクションを起こしていると言ってもいいだろう。
だから彼と流れ星が見たいという自分の願望をストレートに伝える。
高砂は しろから誘われたことが嬉しい。2人で学校に居残り、夜の校舎で星を見ることにする。
だが部室内で2人きりでいることを意識し、そして しろは自分に自信が無くなる。何でも持っている高砂が自分と何かいる意味を探してしまう。その不安を高砂に伝える しろ。
その後、流れ星を見た際に、しろが願うのは来年も再来年も彼と星を見たいということ。これは告白に近い気がする。
そして2人きりの星空の下、高砂は誰にも言っていない自分の秘密を話す。
それは彼が もう野球が出来ないということ。肩が壊れて、もう投げられない。その認めたくない事実を前に高砂は、この1年 しろが本ばかりに視線を落として生きてきたように、高砂も また空を見上げることなく生きてきた。彼は なんでも持ってるなんてことはない。彼の中にも光の届かない穴が あいている。
この夜、自分に この星空を見せたのは間違いなく しろの功績だと高砂は言う。そんな素直な言葉を受け、しろは星を見上げながら、自分が恋に落ちていくのを実感する。
自分の弱さも互いに見せられるようになった2人だが、文芸部に新たな動きがあって…⁉
