《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

マラソン大会の真の目的は恋の勝者を決めることにない。汗に濡れる男を描くことだ!

花にけだもの(8) (フラワーコミックス)
杉山 美和子(すぎやま みわこ)
花にけだもの(はなにけだもの)
第08巻評価:★★☆(5点)
  総合評価:★★(4点)
 

いよいよマラソン大会!千隼は、キューちゃんとのデートを賭けて1位を狙う。そして、竜生は、カンナへの思いを賭け1位を狙い、千隼とキューちゃんのデートを阻止したい豹も1位を狙う・・・。 恋を賭けた3人の男達の戦い。キューちゃんとカンナの運命やいかに!? それぞれの気持ちが交錯し、ほどけなくなった恋の糸。必死に自分の運命の赤い糸を探し出そうとする豹、千隼、竜生、カンナ、そしてキューちゃん。切なくて、もどかしい高校時代の恋を鮮やかに紡ぎ出す100万部突破大人気ラブストーリー「花けだ」第8巻!キューちゃんの恋の行方に目が離せません。

簡潔完結感想文

  • それぞれの決意を秘めたマラソン大会。素敵男子の三者三様のレース展開。
  • もう新しい恋は走り出しているから、ゴールできない初恋にサヨナラする。
  • 千隼との1日デート前半戦。逆に千隼を選ばない理由って何?出会いの順?

り余る恋のエネルギーを走力で発散して発汗する 8巻。

さて『7巻』で本書はキャラをずぶ濡れにしたい漫画だと断言しましたが、『8巻』も それに近い。
前半のマラソン大会では、汗で濡れた男たちが ずーーーっと描かれています。
作中が真冬じゃなかったら、ジャージを脱いで、全身 濡れた姿を描けたのにね(笑)
ただ男子のマラソン大会は20㎞の長距離なのに、常に短距離走のようなフォームで走っているのが気になった。

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水(汗)に濡れるイケメン3人で丸ごと1ページなんて、作者もさぞ喜んでいるのではないか。

物語としては、メインの5人がそれぞれに新たなスタートを切ったと言える。

久実(くみ)は、恋を頑なに固辞する姿勢を改め、視野を少し広げる。
豹(ひょう)は、男の戦いに参戦し、新しい自分を求めて走る。
千隼(ちはや)は、自分の好意を明らかにした上で、久実と1日を過ごす。
カンナは、封印していた思い出を開け、ケジメをつける。
竜生(たつき)は、卑怯な自分の企みを反省するが、ちゃんと落とし前をつけた。

5人とも今度こそ真摯な自分で、新しい恋を始めることになる…。
が、豹と別れた後の久実が言っていた
「私は今 恋じゃない形で みんなをしあわせにしたい」
という言葉が、どういうことなのか、彼女が何を目指しているのかは不明のまま。

『8巻』で登場人物たちが、不自然なほど一様に久実を褒め称えているけど、
もしかして、久実という存在がいるだけで、皆が しあわせ になれるんだよ、ということなのだろうか。
久実が自分で選んだ4人の仲間たちに自分を崇め奉らせる作品になっちゃうのかな…。


半は、マラソン大会編。

だが『1巻』以来の過剰な演出を感じた。
メインキャラと それ以外の差を まざまざと見せつけられただけであった。

最初から全校女子生徒201人のうち199人がモブだったように(今はクラスメイトの2人が浅めの友達になったから197人か)、
男子生徒も、久実が選んだ3人以外の200人弱はモブなんだろう。

竜生が何でも出来るキャラなのは まだ譲歩できるが、
明らかにヒョロいだけの千隼や豹まで 1位と拮抗できる能力を与えているのには興ざめ。
容姿・頭脳・体力、全てを兼ね備えた人たちだけが久実の周囲に群がれるという構図に、やはり厳しい選民思想を感じる。
全校生徒の中にいるであろう陸上部の長距離選手も、久実様に選ばれない時点でスタート地点にも立てないのだ。


分はスタートと同時に足を怪我した久実だが、
トップ通過で全身全霊で走る豹の姿に、久実は胸を射抜かれる。

豹は久実とすれ違った際、彼女の異変を察知していた。
脳内の映像を分析し、彼女が不調であることに気づいたから、彼は逆走する。
ラソン大会よりも大切なものが彼にはあるのだ。

でも これズルいですよね。
大変 意地の悪い見方をすれば、このまま勝負していても、
竜生には負けるのは必定だから、自分からレースを棄権して、
走者からヒロインを助けるヒーローへと立場を変えることで、勝負から逃げているようにも見える。

豹にも最後まで走り切って欲しかったなぁ。
何かをやり切る、ってことが彼にとって大事なことな気がする。
走り切ってから、逆走して久実を助けてあげればいい。
というか、明らかに怪我をしている人を走らせるのは人道的ではなく、有名校のスパルタが過ぎる(演出だろうが)。

そして なぜこれまで豹以上に久実の異変を つぶさに察知してフォローしてきた千隼が今回はスルーしているのかが謎。
千隼の時は久実が完全に立ち止まっていて、脚の異変に気付かなかったとか、そういう理由付けが欲しい。
(豹に対して「あんなに速く走ってるから私が見えるなんてことあるはず(ない)」との不可能状況の説明があるが)

せっかく横一線の三角関係の勝負をしているのに、明らかに豹ばかりに肩入れしているのが残念だ。


おんぶしてくれる豹の背中の上で、久実はこれまで以上に豹を意識している。

そして このマラソン大会の優勝者は なんと千隼。

だが豹と久実の距離は近づき、そして2人は棄権者と見なされ、後に罰掃除を受ける。
勝負に勝って試合に負けたのは全速力で走った千隼という皮肉で当て馬な結末であった。


実が怪我をして心配したカンナは病院に駆けつける。
病院の待ち合いで久実と豹に会ったカンナは、豹と2人きりで話す機会を設けてもらう。

そこでカンナは自然消滅して、不満も含めて口に出来なかった初恋を終わらせる。
これまで黒歴史のように封印していたけど、ちゃんと「大好きだった」と伝えて。

この時、豹はずっと久実との恋愛を「本当の恋」している。
相変わらず妄信している気がするが、カンナに対して笑顔で対応しているのは変化だろうか。
彼女を言葉で傷つけるという発想がないから少しは大人になったのかな。

こうやってカンナが前を進めたのは久実がいたからだと彼女は言う。
どうやっても久実とカンナの友情は絶対に崩れないようです。
お互いが良い影響を与えて、互いを応援し続ける関係。
でもカンナまで久実を崇め奉る始末なのは辟易した。
こういう主人公礼賛って冷める。

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全てが好転するのは久実のお陰、と作品全体が訴えかけている気がして居心地が悪い。

恋をちゃんと終わらせたカンナは、今の男のところへ向かう。
今の男=竜生とは ちゃんと恋愛になるのでしょうか。

序盤からのカンナの気持ちをトレースすると、
真っ直ぐな竜生の気持ちに最初から心は揺らいでいたが、
豹との交際を黒歴史として封印していたため、自分は恋をしないと思い込んでいたため拒否を続けていた。

ただ、豹と久実の交際を知り、自分を変える機会だとして竜生の交際を受け入れた。
でも心の奥底に封印した豹がいて、それを開放するまでは、竜生と向き合えなかった。
今、初恋にけりをつけたカンナは、竜生を心から受け入れることが出来た。
ということだろうか。

ちなみに竜生は腹痛を理由にリタイアした。

これは勝てる見込みのある賭けをしても、賭けに勝ったご褒美としてカンナからキスを貰っても、
そこに心がなければ意味がない と気付いたから。

そしてカンナはそんな竜生の心の動きを見通していた。
彼の心の動きが手に取るように、2人は分かり合っている。
これは久実と豹とは全く違う点だろう。

豹も竜生も、自分の一番大切な人を想って行動を変えたことで、
ただひたすら一直線に走っただけの千隼の優勝は、完全に漁夫の利になってしまった。

もちろん運動部より謎に速い千隼がもぎ取った優勝には違いないが、
一人だけ己の欲望に目がくらんでいると見られ、彼の優勝がくすんでしまったのは確かだ。
読者と編集者から愛されているが、作品として愛されない可哀想な当て馬である。


人の助言により肩の力を抜いた久実は千隼とのデートを受け入れる。

デートの前に千隼の価値を改めて高める描写がある。
千隼は街中での注目の的、芸能かモデル事務所からのオファーも受けている。
こうやって外側の評判で盛り立てることで、彼がどんなに良い男か強調していく。

そして本当に高めたいのは、そんな千隼に特別扱いされる久実の方だろう。

こういう手法も冷める。
ここまで付き合ってきた読者なら千隼の本質をしっかり理解しているだろう。
物語も終盤なのに、ブランドで身を固めていくような手法を使うのに辟易。
こうやって読者にキャラを好きになってもらっても、
それは『1巻』でモブ女生徒たちが豹を好きだと言っていた「好き」と同じではないか。
表層で騙すなんて、本書で否定される案件なのに。

そして千隼もまたカンナに続いて久実の長所を次々に挙げていく。
千隼から見た久実は、
「たったひとつの思い出の だいじなクマなのに 人の願い事 叶えるために あげて
 いつも人を優先して考えて 自分は我慢して いつだって笑おうとする」人。

なんだか登場人物が次々と辞世の句を述べていくようである。
神様、久実様、貴方のお陰で幸せになりました、とでも言いたいのだろうか。


そういえば、千隼が選んだ久実のためのデートコースは水族館。
千隼が出現するスポットは、またも水属性の場所である。さすが水の守り人。

でも水族館は修学旅行の沖縄の水族館を想起させるような気がする。
…と思ったら、久実は全くそのことを思い出さない。
もしかして豹の思い出を振り切った、という意味なのか…⁉

いや、単に作者が忘れているだけの可能性も高い。
私はそこまで作者のことを信じられない。

「番外編」…
作者の『オレら降臨!』の新装版出版記念で作られた2作品のコラボ漫画。
プロモーション丸出しで、しかも既読読者にしか分からない内容。

なぜ新規読者のために、そちらの作品を読みたいと思う取っ掛かりを作らないのか。
よく分からん複雑な人物関係で「オレら降参!」と言った感じ。