里中 実華(さとなか みか)
雛鳥のワルツ(ひなどりのワルツ)
第09巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
ひな子を巡り、対立する駿と瑞希。自分の答えを見つけたひな子は、瑞希を呼び出す。そして“ひな子と瑞希が会っている”とあずから聞いた駿は…!? 初めてだらけのひな子のピュア恋、完結! 【同時収録】<描きおろし>雛鳥のミニワルツ/<読みきり>失恋ゲームをしようか
簡潔完結感想文
- 期限を決めなければエンドレスワルツになってしまうので年内で三角関係 終了。
- 入学時には苦手だった異性に背中を押され、2人は それぞれ街中を駆け回る。
- たった1話の交際編。お雑煮を食べた後 ケーキを2つ平らげ、ひな子 幸せ太り確定★
雪の降る日に手袋を していない君の手を見て、君からの答えが分かってしまう 最終9巻。
最終巻だから当たり前だが三角関係決着である。
いきなりネタバレになるが、まぁ こうなるよね、という椎名(しいな)エンドという終わり方だった。それは冒頭の一文にも書いた通り、ヒロイン・ひな子が和久井(わくい)と会う際に、雪の日にもかかわらず彼から貰ったはずの手袋をしてこないことから明らかだった。
ただ本書に関しては和久井エンドも十分あり得る構成だったように思う。もし ひな子が椎名と交際した後に、和久井を選んだら読者もモヤモヤした気持ちを抱えただろうが、ひな子は交際の事実もないし、和久井はずっと ひな子のために生きてきた。だから「いつも頭の中に居座ってるやつ」という恋の条件に当てはまっているのも彼のような気がしていた。
そこに ひな子が椎名を指名ということは、和久井は徹底的に ひな子から恋愛対象として見られてなかったんだな、と彼に同情を禁じ得ない。結果論ではあるが、和久井は ひな子をずっと諦めなかったから三角関係の一角を担ってはいたが、和久井も薄々勘付いていたように、ひな子からの拒絶を和久井が受け入れなかっただけの話である。
ひな子が一度も恋心的には男性間をフラフラしなかったから恋愛の決着にカタルシスが生まれる(和久井の家に入り浸ったり、どうかと思う行動は多いが…)。だから この決着については文句はないが、そうなると和久井の役割の無さも露呈するような気がして長くなった物語への徒労も感じる。
また ひな子は ずっと強かったのも好印象。初めての恋愛感情に振り回された上、物語の必要上、結論を先送りにはしていたものの、男性にもたれかかることなく、ずっと自分の力で前へ進んでいた印象を受け、それが作品内に清涼な空気を送り込んでいた。
全体的な構成力や弱くないヒロイン像など、咲坂伊緒さん の『アオハライド』を連想させる部分が感じられた。月2回発売の「マーガレット」で毎号 波乱を起こしながら、自分の目指すゴールに しっかりと辿り着いた手腕は確かで、作者の今後の活躍が期待される。
最後まで気になるのは ひな子の家の経済事情。私立から公立に娘を転校させるほど切羽詰まった家計のはずなのに、ひな子はバイトをする訳でもなく平和に暮らしている。単に転校の理由のためなんだろうけど、少しは ひな子の家の苦労を匂わせて欲しかったなぁ。
ただ少女漫画的にはヒーローは椎名しかいないのも事実。何と言っても彼にはトラウマがある。以前も 2人の男性どちらが正ヒーローなのか分からない作品があったが、どちらがトラウマを持っているかで簡単にヒーローが判明した。それほどトラウマはヒーローにとって大切なものなのだ。
そしてトラウマがあるからこそ椎名は この恋愛が成就しなければならなかったように思う。椎名が和久井に劣っている所があるとすれば、根暗で粘着質な所だと思う(笑) だから、もし ひな子が椎名を選ばなかったら、彼は再度トラウマを爆発させ、今度こそ厭世的になり女性を恨みながら生きていくのではないか。
失恋後の立ち直りをイメージできるのは和久井で、椎名は尾を引きそうだから、椎名の今後の人生のためにも彼を救済したとも考えられる。もし和久井エンドだったら、椎名は二度と ひな子に笑いかけてはくれなそうだ。そういう2人のヒーローの気質の違いも結末に影響しているのではないか、と考えてしまう。
和久井は本当に当て馬だったなぁという感想ばかり浮かぶ。ひな子に対しては、彼女に ずっと話しかけることで彼女の中の男性恐怖症を緩和させ、そこで生まれた精神的余裕があったから ひな子は椎名の良さにも気づけた。ひな子の恋心を目覚めさせたのも和久井との交流があってこそだ。
そして ひな子の周囲に常に和久井の影があることが椎名の恋心を常に刺激した。最終巻においても ひな子の手を和久井が取ってしまうかもしれない という恐怖心が、女性が苦手で冷淡だった椎名を全速力で走らせるぐらい気持ちを駆り立てている。
和久井は当て馬としては優秀だったが、作中でも指摘されていたように相手が ひな子じゃなくても幸せになれそうな雰囲気が漂っていた。椎名に少し感じる陰湿さが和久井には無さ過ぎたか。きっと和久井の次の恋は自分を好きだと言ってくれた後輩を一生大事にするぐらいの勢いで交際するだろう。
ひな子にとって何も失わない結末、という意味でも友達に すぐに戻れる和久井がフラれるのは必然だったか。椎名をフッたら彼と友達に戻れる未来が見えないもの。色々と作品にとって好都合なキャラが和久井だったのかな と思う。
年末、ひな子は和久井と待ち合わせ、彼への返答を心に決めていた。
ひな子は和久井と待ち合わせの場所で合流するが、そこから一歩も動かない。そのことで ひな子の返答を察した和久井は、静かな公園で ひな子の言葉を聞く。
そこで ひな子は和久井にプレゼントを渡す。それは彼からのクリスマスプレゼントの お返しで、友達の証だった。実は ここでは叙述トリック(叙述じゃないが…)が使われており、この日は和久井と待ち合わせを決めていた12月31日ではなく前日の30日。約束の31日に和久井と待ち合わせると それがOKのサインになりかねないので、敢えて前日に呼び出し、和久井の気持ちには徹底的に応えられない自分を演出していた。
和久井は自分を拒絶するような返答を受け入れられないと一瞬 抵抗して見せるが、ひな子が嫌がることを しない/できない のが和久井の人の良さ。それは ひな子も理解していて、入学して男子生徒ばかりの教室で身を固くしていた自分を変えてくれたのは和久井である。
ひな子が和久井に選んだプレゼントは手袋。呼び出された日付といい、ひな子が してこなかった手袋といい、和久井は ひな子の姿を見た瞬間に全てを把握しただろう。これがクリスマス回で自分のあげたイヤーマフをしている ひな子を歓喜して眺めていた椎名と和久井の大きな違いとなる。思えば『8巻』のカラオケ回で和久井が ひな子と同じグラスを使ってしまい間接キスが成立したのも、今後ひな子とキスをすることのない和久井への せめてもの救済策だったのかもしれない。
別れ際、和久井は これからどうするのか ひな子に尋ねる。ひな子の気持ちを分かっている和久井は応援は出来ないが助言はする。
奇しくも時を同じくして、ひな子と椎名は それぞれアドバイスを受けていた。
ひな子が和久井と会っているという情報を知った女子生徒は、偽情報で椎名を呼び出し、彼が ひな子に本気であると判断した上で、彼に ひな子の情報を伝える。そして動揺が顔に出る椎名の背中を押す。
ひな子は和久井から突っ走ってみること、椎名は女子生徒から かっこ悪くなってみることを助言される。
こうして2人は自分の好きな人を探して街を走り回る…。
椎名は走りながら決意を固める。ひな子が半年以上 懸案事項だった和久井との答えを出したように、椎名も子供の頃 以来ずっと間に合わなかった彼女に手を伸ばすことを願う。もう二度と後悔しないように、椎名は ひたすら この街のどこかにいる ひな子を捜し出すために走る。
ちなみに2人が闇雲に走るのは、ひな子のスマホの充電が切れているから。きっと和久井とのことで頭がいっぱいで充電し忘れたのだ、と脳内補完しておきましょう。
ようやく椎名は、同じく走り回っている ひな子を見つける。そして椎名は ひな子を公園に連れて行き、彼女を後ろから抱きしめる。椎名は ひな子の耳元に、ずっと秘めていた自分の後悔や心の動き、和久井への嫉妬 ひな子への独占欲を伝える。そして初めて自分が ひな子を好きなことを伝える。これは過去のトラウマも、弱い自分も告白したから言える言葉。
椎名にとって自分は良くて友達レベルと思っていた ひな子には信じられない言葉が降ってきて、ひな子も もう一度 彼への気持ちを伝える。こうして初めて想いが通じた2人は、抱き合い、そしてキスをする。この咄嗟の行動は、椎名が自分の願望に「バカ正直」になった結果である。それぐらい全身で喜びを表現したかったのだろう。
こうして約8か月続いた三角関係は年内での決着を見せ、年明けからは2人の本格的な交際が始まる。
2人は冬休み中に初めてのデートをした。行き先は以前、2人で行った思い出のスイーツ店(『3巻』)。今回は本物のカップルとして限定メニューを頼めることに、ひな子は交際の実感を募らせる。
その他にも手を繋いだり、男性に絡まれてる ひな子を助けようと椎名が「ひな」と呼んで彼氏アピールをしたりと胸がキュンキュンすることが たくさん起きる。緊張することも暴走することも、自分でも予想外の自分に出会う交際模様となった。この日、椎名が屈託なく 心の底から笑えていることが幸せの象徴のように見える。
そして最終話では彼らは2年生に進級する。主要キャラたちは皆 同じクラスになり、和久井も冗談で「椎名が嫌になったら いつでも俺んとこ 来いよ」と言えるぐらいの距離感になっている。こうして大好きな彼氏と、一番の男友達と ひな子の青春は続いていく。
やはり このハッピーエンドのためには、フられるのは和久井、付き合うのは椎名でないとダメだろう。逆なら2人のカップルが椎名に過剰に気を遣う、しこりの残るエンディングになってしまったはず。その性格の大らかさが和久井の素的な所なのである。
「雛鳥のワルツ 番外編」…
交際から4か月、椎名の様子がおかしいことを察した ひな子も また交際を思い悩み始める…。
交際編特有の ちょっとすれ違いを描いており、2人が どうやって仲直りするかという お話がメイン。序盤は少々 俺様だった椎名だが、恋愛初心者で和久井以上にグイグイくる部分が少なく、2人の交際はスローペースで進みそうな予感がする。
「失恋ゲームをしようか」…
自分が好きな女の子の一番の男友達で、付き合うのも時間の問題だと自惚れていたら、その子に彼氏が出来てしまった遼平(りょうへい)の受難と最後の悪あがきを描いた読切。
内容的には男版『ヒロイン失格(幸田もも子さん)』といった感じでしょうか。
遼平のターゲットは好きな女の子の方ではなく、彼氏の方。男ライバルとして彼を貶め、そして欠点を探す。それを自分の安心材料にして、すぐに2人が別れるだろうと 高を括ろうとした。だが彼氏は知れば知るほど人間的に良く出来た人間で、遼平は次第に自分が追いこまれていく。
それに焦った遼平が彼女を傷つけるようなことをしてしまい、そのことが原因で2人は別れてしまう。自分の過失を深く悔いた遼平が2人の架け橋となることで彼らは復縁し、遼平もまた彼女への片想いを終えるのだった…。
遼平の役割としては娘の交際を認められない父親の空回り、と言った感じだが、やはり根本にあるのは恋心で、誰にも言えない秘密が物語にビターな余韻を残す。この話はヒーロー視点なのでアンハッピーエンドでも成立している。一方、ヒロインは遼平の嘘によって幸せを守られている。
きっと遼平は この失恋で自分の薄っぺらさを痛感し、中身を磨き始めるだろう。彼が真の意味で良い男になるのは これからだ。