里中 実華(さとなか みか)
雛鳥のワルツ(ひなどりのワルツ)
第08巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
クリスマスシーズン到来!! あずが皆でパーティーをしよう!と提案をする。だけど、ひな子は瑞希に「2人きりでいたい」と誘われて!? その時ひな子、そして駿は…… 恋が急展開する8巻! 【同時収録】<描きおろし>雛鳥のワルツ番外編2本
簡潔完結感想文
- まだまだ恋愛問題の結論を先延ばしにするために、友情問題を今更こじらせてみる。
- 自分は運がないと保険を用意する和久井に対し、椎名のシナリオ通りに話が進む。
- 男性たちは互いの ひな子に「黙っていたこと」は関知せず、傷口に塩を塗らない。
動き出すまで1巻かかる、腰が重いヒロイン、の 8巻。
『7巻』の流れでは、間もなくヒロイン・ひな子が動くかと思ったが、結局『8巻』のラストまで自発的な行動をせずに終わった。この三角関係は年内決着を目指すみたいだが、逆に そこまでの2週間余りはヒロイン側から積極的な解決に動かないで、残る日程の消化に充てられている。物語の決着に必要な椎名(しいな)のトラウマ問題はともかく、和久井(わくい)の家庭にトラブルを起こしたり、いまさら幼なじみの華(はな)との冷戦を勃発させたりと、ここのところスピード感が失われた展開が続く。
特に ひな子の幼なじみの華のエピソードは結論の先延ばしに利用しているように思えてならない。解決までの道のりも、結局ひな子が、和久井と椎名の2人のヒーローに勇気を貰って立ち上がっているので、男性に依存して生きる ひな子の姿が かえって悪目立ちしてしまった。三角関係に夢中になり過ぎて、周囲との関係性やバランスが欠如してしまったのは、恋愛初心者の ひな子と連載初心者の作者の未熟な部分が出てしまったからである。ずっと放置していたのに、今更 友情を語られても感情移入は出来ない。
更に物語も最終局面に入っているのに、ひな子に対し男性2人が入れ替わり立ち替わり、ちょっとした恋愛イベントを起こしていくという序盤から続く話の作りが継続しているのも いい加減 見飽きてきた。これもまた結論は年内最後、最終巻まで先延ばしにする決定が先にあり、そこまでは三角関係の維持にばかり注力しているから起きる弊害だろう。
三角関係の結末は最終巻まで分からない。ただ コマを細かく見てみると その結論が推理できる部分があるように思う。ネタバレになるが、それがラストの場面の ひな子の「手」である。年末で、しかも天気は雪。当然 寒い一日のはずだが、ひな子の手には何も装着されていない。彼女は その数日前に和久井から手袋をプレゼントされており、少なくとも1つは手袋を持っている。だが、敢えて ひな子が手袋をせず、寒い中を歩くことに彼女が出した結論が見えるのではないか。
リアルタイムで作品を読んでいて、誰よりも先に このことに気づきたかったなぁ。私は完結して数年後に読んでいるから三角関係が冗長に見える部分もあるが、雑誌掲載を毎月 楽しみにし、リアルやネットの読者たちと結末を予想しあうのは きっと楽しいことだったに違いない。
特に月2回発売の掲載誌「マーガレット」ではスピード感や先を知りたいと思わせることが重要で「結論出す出す詐欺」状態になってしまうのも致し方ないのかもしれない。
今回 面白かったのは、和久井と椎名は それぞれに ひな子に対して負い目があるのだが、男性同士は相手の失敗を知らないままという状況。
和久井は秦(はた)が暗躍していた時に、秦の流す情報がフェイクニュースだと知りながら、あたかも真実であるかのように ひな子に話し、自分の方に ひな子の気持ちを傾けようとした。
そして椎名は、幼い ひな子が額に怪我をした際に現場に居合わせた人で、彼女の男性恐怖症のトラウマの原因。同時に それは椎名のトラウマともなり、女性を傷つけることを恐れて女性が苦手になった。
今回、華が椎名の罪を知り その復讐に燃える場面があるが、男性同士は お互いの罪を知らない。きっと知ってしまうと、その過失への罵り合いになってしまうからだろう。特に和久井は椎名の罪を知ったら、あらゆる言葉で椎名を非難し、華以上に ひな子から離れろと吠えたに違いない。だが脛に傷を持つのは和久井も同じで、お前が言うな状態になるから、お互いの罪は封印されたのだろう。
だから椎名の事情を知らない和久井にとっては、椎名は ひな子に惹かれながら、ひな子をフッた理解不能な人間に映ったことだろう。そして和久井にとっては椎名とは違い、一度も ひな子への好意を途切れさせていないというのが自分のセールスポイントとなるだろう。
ひな子が愛を受ける側だけ見れば、和久井にも十分 勝機はある。そうやって2人の男性が互角である点が本書の面白さである。
相変わらず ひな子は椎名が自分に好意を持っているとは少しも思っていない。だからこそ足踏み状態が継続するし、もし恋愛が成就するなら望外の喜びになるのだろう。
クラスメイトとのカラオケ大会では和久井が ひな子のコップを使ってしまう。これは『5巻』でのソフトクリームでの間接キス以来の事件である(あの時は男同士の間接キスで終わったが…)。ネタバレになるが ここで和久井だけが間接キスを達成するのは、和久井への せめてもの救済措置なのだろうか。
その帰り道、街中にクリスマスツリーが飾られているのを見て、クラスメイトたちはクリスマスパーティーをすることを提案する。今回も これまでとは人格が変わった椎名も参加を表明する。
だが和久井は ひな子と2人きりでクリスマスを過ごすことを提案する。実質的に和久井への返答の期限が迫る。
和久井への返答に悩む ひな子だったが彼女を気にかける幼なじみの華には何も告げない。
更には、華に ひな子が子供の頃のケガに椎名が関与していることを初めて知った華は椎名への制裁を考える。ひな子は それを必死に阻止し、自分たちの中では消化したことだと告げる。
だが華は それが面白くない。ひな子が自分に何も教えてくれないこと、自分よりも大切な人がいることが華を悲しませ、そのエネルギーが怒りへと転換していく。更に華は ひな子の椎名への想いも代弁しそうになり、その越権行為には ひな子も華を たしなめ、2人の関係は悪化する。
ここで今更2人の幼なじみに亀裂が入る。確かに華って、ひな子に付き添って女子校から男子校状態の共学校へと進学先を変更してくれた割に、全く不必要な存在なんですよね。幼なじみの華じゃなくても、この学校で出会った人で ひな子の精神安定剤は十分だったし。
華の心配をよそに、ひな子は和久井がグイグイきてから、早くも この学校に馴染んだし、その後に恋というものを知ってからは どちらかの男と関わっていて、華を頼る描写もない。今更 華との話が出てくるのは、作者の中で華をフィーチャーしてあげなくては、という己の技量不足から放置したことへの罪滅ぼしのように思える。
華と冷戦状態になった ひな子を2人のヒーローが それぞれに慰める。こういう男子に頼ってしまう姿勢が華のイラっとするところではないか と思うが…。
和久井は ひな子を抱き上げ「高い高い」をすることで彼女の悩みを吹き飛ばそうとする。これは和久井の家庭的で朗らかな優しさが良く出ている。
そして入れ替わるように椎名が現れ、彼は自分のせいで幼なじみの仲がこじれたことを謝罪する。その後、敢えて完全に ひな子側の立場からの擁護を言うことで、ひな子に椎名の意見を反論させようとする。それが ひな子が華に伝えるべき言葉だと椎名は教える。
まさに2人の男性は北風と太陽である。和久井はストレートに ひな子だけを元気づけるが、椎名は頭脳戦で、ひな子自身に答えを出させるように彼女を導く。比較すると和久井が「脳筋」のようで哀れだなぁ…。
こうして ひな子は自分の混乱や悪かった所を正直に伝え、2人は腹を割って話すことが出来た。華が、2人では毎年恒例だったクリスマスパーティーを皆でしようという提案をして、和久井との約束との兼ね合いに悩む ひな子だったが、当の和久井がパーティーを優先する姿勢を見せることで、クリスマスのリミットは消える。
クリスマスに向けて男性陣はプレゼント交換が ひな子に当たることを願って買い物をする。
そして始まるクリスマス回。会場は椎名の家。和久井の家には何回も入っている ひな子だが、椎名の家は初めて(『2巻』の風邪回で玄関まではあるか)。
食事にゲームと一通り遊んだ後にプレゼント交換が始まる。和久井の品は華に当たり、椎名の品は ひな子に当たる。椎名が選んだ品は黄色のイヤーマフ。ひよこのチャームがついた、ザ・ひな子専用プレゼント。ひな子は椎名が こんなに可愛い品を真剣に選んでいる場面を想像し、心の底から感謝を述べる。そんな ひな子の言葉に椎名も不安から一転し、破顔一笑する。
一方、和久井は自分の品がプレゼント交換で ひな子に渡る可能性の低さを考え、それとは別に ひな子への品を用意していた。さすが当て馬気質の男である。自分の不幸をしっかりと理解して保険を用意しているなんて。椎名は そんなこと絶対に考えないだろうから ある意味で能天気な人だろう。
和久井のプレゼントは手袋。交換ではないプレゼントを遠慮する ひな子だったが、和久井は交換条件として、大晦日、その手袋をした ひな子と初詣に誘う。クリスマスでは順延になった2人きりで過ごす時間を望む。いよいよ年内がタイムリミットか。
和久井のターンが終われば椎名のターン。財布を忘れて買い物に出掛ける愉快な椎名さんを ひな子が追いかけるのだが、華の提案により、貰ったばかりのイヤーマフを装着して外出する。
椎名は自分が選んだ品を ひな子が身につけていることに幸福と満足感を覚えている様子。子供が買ってもらった おもちゃを何度も眺めるように、椎名も ひな子から一時も目を離せない。ひな子への気持ちがダダ漏れているが、鈍感ヒロインは気がつかない。
こうしてクリスマス回も終わるが、和久井は椎名の家に一人で引き返し、椎名との最終決戦前の最後の対話をする。
ここで和久井は椎名に ひな子のことが好きか尋ね、椎名は「そうだよ」と答える。もう彼の中に迷いはない。
それなのに以前 椎名が ひな子をフッたことに対して和久井は怒りが込み上げてくる。だから今更、それを言う権利は椎名にはないと牽制する。椎名も それは十分 理解している。彼は2度も ひな子を傷つけたのだ。でも椎名は弱かった自分やトラウマを克服した。その証拠として人格まで変わり始めている。
最後に和久井は椎名に ひな子との大晦日の約束の件を話し、そこに介入するのならしてみろ、と椎名を挑発する。
ひな子は2つのプレゼントを両手に抱えて帰る。2人の男性を選ぶ時は近い。帰り道、女子メンバーから聞いた「いつも頭の中に居座ってるやつ」がいることに「気付いちゃったら もう認めるしかない」という意見が頭から離れない。
その後も大晦日までの間、2つ並べたプレゼントを前に、どちらが頭の中にいるかを考える。
そういえば、クリスマスシーズンに2人の男性から2つのプレゼントを貰い、気持ちが揺れ動く、という流れは やまもり三香さん『ひるなかの流星』でも ありましたね。あちらも同じく「マーガレット」掲載作品だ。ちょっと展開が被っている。
そして年末に和久井を呼び出し、待ち合わせ場所に向かおうとする ひな子。彼女の中で結論は出ているようだが…。