里中 実華（さとなか みか）
雛鳥のワルツ（ひなどりのワルツ）
第07巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
駿に告白し、ふられてしまったひな子。そんな駿に「話がある」と呼び出されるが、瑞希に弟妹が事故に遭ったと連絡が入る。動揺する瑞希を見たひな子は…!? この三角関係から目が離せないっ！
簡潔完結感想文
- 弟妹という最後のカードを使って ひな子との交流を持続させようとする和久井。
- 互いのトラウマの震源地に無理矢理ひな子を連れて行き、罰されようとする椎名。
- 和久井の問題も、椎名のトラウマも片付いて、いよいよ答えを出そうとする ひな子。
2人のヒーローによる最終アピールタイムが終了する 7巻。
『7巻』は それぞれのヒーローの良い所が とても出ていた。和久井（わくい）は『6巻』に引き続き弟妹の面倒をよく見る お兄ちゃん としての一面をヒロイン・ひな子にアピールする。そうして ひな子が ついつい無理をしてしまう和久井の優しさを実感し「心配で ほっとけない」という所まで自分を売り込むことが出来た。もちろん これは和久井の素であり、ひな子の前だけで演じている優しさではない。和久井は弱い所を見せまいとしているけど、見えてしまう ひな子だから気づけた彼の素顔である。
そして椎名（しいな）は例え ひな子から嫌われる可能性があっても、自分のトラウマを発表する勇気を示した。ひな子を好きになってしまったからこそ、その人に嫌われることは一番の恐怖になる。その恐怖に負けたからこそ、椎名は ひな子からの告白を一度 断った。だが自分が手放した手が和久井へと伸ばされる恐怖もあり、椎名は自分の弱さと向き合う。
改めて面白いのは、ヒーローのトラウマの克服がクライマックスになることの多い少女漫画で、椎名はトラウマを持ちながら、その上、ヒロインのトラウマの原因でもあるという構図である。通常ならヒロインがヒーローのトラウマの原因を見つけ出し、対峙するのだが、本書の場合は椎名が過去を告白しない限り、ひな子には椎名のトラウマの解消方法が分からない。先手を打つのはヒーローで、ヒロインは その後処理を任される、というのが他の作品では見ない話の流れだった。
そして椎名がトラウマと向き合うことは、ひな子のトラウマの除去にも繋がる。それぞれに椎名は女性が苦手になり、ひな子は男性が怖くなったトラウマ。この2人を加害者と被害者の立場にした この事故を乗り越えることで、2人の恋心が もう一度 動き出す。
ひな子のヒロイン力で椎名のトラウマは除去されつつある。その証拠に『7巻』ラストの椎名は、序盤での冷たさとは一変し、生まれ変わったように人格が丸くなっている。本来の彼の人格が戻ってきて、やっと素顔の彼に出会えた。
そして ひな子は椎名を許すことで男性への恐怖心が薄くなっただろう。椎名のトラウマを許すことは自分の変化にも繋がる。3者3様に新しい一面を見せて、いよいよ物語は最終局面に突入する。
『7巻』は そのための準備であると言えよう。和久井の弟妹のネタで1巻分 引っ張ったら冗長に感じただろうが、意外にも早く椎名に勇気が宿り、彼のトラウマも含めて この巻で終了したことで『7巻』に まとまりを感じられた。改めて男性たちの良さを実感した ひな子が どちらを選ぶのか、いよいよ その答えが出るだろう。
どちらに転んでもおかしくない、その均等な関係が成立していて、三角関係モノの面白さが十分に感じられた。
椎名から明日、大事な話があると予告された ひな子。思い詰めた椎名の表情から、ひな子は椎名が自分と友情関係すらも続けられないと告げるのでは と思い込んで落ち込む。
だが椎名は「過去を隠したままじゃ だめ」だと思って、「嫌われるかもしれない覚悟ができただけ」であった。
待ち合わせの放課後のゲタ箱で ひな子が椎名を待っていると和久井から話しかけられる。ひな子は和久井や彼の弟妹の誘いを断って椎名を優先しようとするのだが、和久井の弟妹が交通事故で病院に運ばれたという連絡が入る。激しく動揺する和久井を見て、ひな子は彼と一緒に病院へ行くことを決意する。この時、ひな子が椎名に断らず、椎名からの連絡にも応答しないことで、すれ違いが生じる。
病院に到着し、弟妹の容態を聞くと、2人とも命に別状は無いが、弟の方は骨折と検査でが必要で入院するという。病室で気丈に振る舞う弟妹を見て、和久井もまた兄として泣き言を言わないように誓ったであろう。今後は和久井が弟の検査に付き添うので、ひな子は妹の下校と通院をサポートすると申し出る。
こうして下校から3時間余りが経過して、初めて ひな子は椎名からの連絡に気づく。翌日、ひな子は椎名に謝罪するが椎名は 話はまた時間がある時でいいと先延ばしにする。
それから急いで学校を出て、和久井の妹を迎えに行く日々が続き、椎名とは話し合う時間が持てない。それよりも ひな子は忙しい母に代わって保護者役の役目も責任も負おうとする和久井のサポートに徹する。
更に弟が肺炎を起こし入院期間が伸びたことで、和久井の心労は溜まる一方。彼が息抜きに教室を抜け出したのを見て、ひな子は彼の身を案ずる。和久井は座って気を抜いた瞬間に爆睡し、彼の身体を支えるために ひな子が隣に座る。その場面を椎名が目撃し、思わず大きな声で ひな子を呼ぶ。
夢のような時間を椎名に壊された形になった和久井だが、和久井は反論する元気もなく、さすがに椎名も和久井の異変を感じ取ったようだ。
この和久井の弟妹の事故は、椎名と ひな子が話を出来ない状況を生み出すために必要で、交通事故自体が恋愛の決着を先延ばしにするためだけに起きたとも言える。こうして いかにも連載継続のためだけに すれ違いが起き続けていたら辟易しただろうが、椎名の行動は意外にも早くて安心した。それだけ椎名も和久井の脅威に焦っており、そして早く楽になりたかったのだろう。
ひな子が妹を病院に送った帰り、椎名と遭遇する。しばらく2人で並んで歩き、椎名が近道をした際に、ひな子は その道にデジャヴを覚える。それは ひな子が子供の頃にジャングルジムから男の子たちに落とされた公園へと繋がる道だったからだ。
トラウマが発動し、道を変えようとする ひな子だったが、椎名は ひな子を強引に公園へと連れていく。そして公園へと到着した瞬間、椎名は ひな子に頭を下げ謝罪の言葉を述べる。ここで初めて ひな子に、怪我をした際にいた3人の男の子の内の1人が自分だと告げる。助けようと思って届かなかったこと、血を流した ひな子が ぐったり していたことなど、ひな子の記憶が欠落している部分を話す。そして それが ひな子のトラウマになり、男性への苦手意識となった。こうして ひな子の人生を変えてしまったことを椎名は ずっと後悔していた。
椎名が事実を知っていたけど話せなかったというのは、和久井が秦（はた）の件を知りながら黙っていたことに通じる罪だろう。
そして謝罪では許されないし、傷も消えない。だから椎名は罰せられることを願っていた。その願いを聞き入れるため、ひな子は手を振りかざす。そして彼の額にデコピンをすることで、この話を手打ちにしようとした。
それでは罰が軽すぎると思う椎名に対し、ひな子は今の自分が元気であるから それでいい、と椎名が囚われているトラウマを除去する。ヒーローのトラウマを上手に取り除けるのはヒロインの聖母力だけである。和久井・椎名と2人の誠実さや正直さが よく出ている巻だが、ひな子もまた和久井の弟妹の件、トラウマと意外な真実、そしてテスト勉強と目まぐるしい日々の中を生きている。その上で誰に対しても優しく、相手を思い遣れる ひな子は強いことが分かる。
こうして2人の間に、トラウマも過去の因縁も無くなった。
ただトラウマが消えても2人はすぐには恋愛方面に話を振らない。並んでブランコに座りながら、テストの話、和久井の兄妹の事故の話をして笑って別れる。
しかし椎名は ひな子の強さに触れ、恋愛感情が積もっていっただろうし、ひな子は椎名と自分の過去を知り、それが自分たちの恋愛に影響を与えている可能性を考え始める。不器用な彼のことだから過去を話さないまま付き合うという選択肢を絶対に選ばない。ならば それに決着が付けば…、という一縷の希望が湧き始める。
翌日、会った椎名は まだ気に病んでいる雰囲気もあったが、段々と表情は明るくなる。そして和久井も弟の退院が決まり、非日常のイベント続きだった日々は終わり、いつも通りの雰囲気に戻りつつある。
椎名が再び自分に恋愛を許可するようなエピソードとして、女性を下の名前で呼ぶ、という話が出てくる。椎名が幼なじみの秦にすら名字で呼ぶことから、女子生徒を下の名前で呼んでみろ、という無茶ブリでイジられる。その要求に応えられなかった椎名だが、その後1人で廊下を歩いている際に、誰にも気づかれない音量で「ひな子」と呼ぶ。
そして呼んだ瞬間、彼は羞恥のあまり赤面し、その場で うずくまってしまう。それだけ ひな子という名前だけが特別であることが分かる。
ひな子は和久井の弟の退院を祝って、再び和久井家に お邪魔する。一緒に食事をして楽しい時間を過ごし、もはや家族のような仲である。唯一 ひな子に冷たかった妹も ひな子に懐き始め、この家で ひな子を邪険にする人はいなくなった。これもまた ひな子が和久井家に対し介入し続けた努力の証であろう。
そしてテスト明け、クラスの皆でカラオケに行くことになり、珍しく椎名も参加するという。これは和久井と ひな子が揃って参加するのを見てからの和久井への対抗心であろう。
トラウマ告白後の椎名は様々な部分が丸くなっており、人に親切にしたり、しっかりと その人のことを見ていたり、女子生徒にも意地悪ではない軽口まで叩けるように成長している。利己的だったし、他人に興味なかったし、女性を遠ざけていた序盤の彼とは全てが違っている。
そして ひな子は、そろそろ和久井への返答、椎名への気持ちを もう1回 整理しなければならない。物語的にもトラウマを克服し、和久井の弟妹という手段も使い果たしたところで、そろそろ決着だろう。最後まで本命・椎名、大穴・和久井という立場は変わらないが、どちらの結末も あり得る。今の この状態が三角関係モノの一番 楽しい部分である。
