《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

出会う前は違った身分も種族も記憶も同じになって、星と黒伯爵は共に生きる

黒伯爵は星を愛でる 12 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第12巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

ついに双子の兄・アルジャーノンとの再会を果たしたエスター。しかし、病を抱えていた彼は、一度死に、そして吸血鬼として蘇生していたのだった。「死んだら吸血鬼として蘇る」半吸血鬼の理を知り、エスターは自身の、そしてレオンとの未来に、覚悟を…。そんな折の、突然の襲撃――エスターは昏睡状態に。走馬灯のようなものの中で、彼女が辿り着いたのは…?堂々のフィナーレ! ハーフ吸血鬼(ダンピール)のシンデレラストーリー、完結巻★

簡潔完結感想文

  • エスターの危機にレオンやクリスは自分の理想像と向き合う。アルに迷いはない。
  • 刺されると走馬灯という回想が始まる本書。出会いの記憶とブローチを手に復活。
  • 予定より早く妹に内蔵のセンサーが壊れたので、兄のストーカー天国はじまる(笑)

が ふたりを分かつまで、共にあることを一方的に誓うからね…、の 最終12巻。

過去作『花と悪魔』の感想文のタイトルに「流れる時間の速さや長さが違っても、大切な人を想う愛の価値は同じ」という文章を作ったが、本書も最後は その要素が出てきた。ただし その関係はエスターとレオンではなく、エスターと双子の兄・アルに於いて である。レオンとはアルの お陰で同じ時間の流れの中で終生 過ごすことが出来るようになった。『花と悪魔』と同じ異種族婚だけど、過去作とは大きく違うエンディングを迎えている。今回のタイトルにある通り、エスターはレオンと結婚し伯爵夫人となり、人間となり、最後にレオンとの出会いも思い出した。これで何もかもレオンと同列になって、彼の隣を歩く人生が始まる。そのパーフェクトな感じは正真正銘のハッピーエンドに繋がる。

これがアルの望む最高の妹の幸福なのだろう。ただしエスターはアルとは流れる時間の早さが違う。アルが望んだエンディングで悔いはないだろうが、ほろ苦さは残る(後述)。

アルは いつも現実主義者。そして重度のシスコン。レオンより早い、第一の溺愛者

本書は『10巻』までのエスターとレオンの出会いから結婚までが第一部だろう。以前も書いたけれどアルという存在や、人間と吸血鬼の混血であるダンピールの設定がなければ ここで完結していたはずだ。
しかし作者はダンピールの、混血ならではの両者の特性を持つ設定を膨らませた。それがダンピールの「再誕」について考察を深めた第二部となる。ダンピールは第一の人生では人間としての特性が強く出て、吸血鬼センサーが働くことぐらいしか人間との違いはない。だが第一の人生が終わると完全に吸血鬼になって復活し、第二の人生が始まる。死に瀕して初めてダンピールの中で吸血鬼の血が作動し始めるのだろうか。
だからダンピールの特性を知っていたアルはエスターが吸血鬼化しないように心血を注いだ。そのアルの行動が明らかになるのが第二部だ。


の第二部によってエスターの人生はレオンよりも先にアルによって守られていることが分かる。第一部を内包する形で第二部があるので、レオンの愛よりもアルの愛が大きいように錯覚してしまう。較べるものではないしレオンが負けているはずないのだが、構造的に入れ子になっているので そう見えてしまう。ダンピール編と言えるのは たった2巻分だし、それ以前の10巻分はレオンが ちゃんとヒーローしているのに どうしても最後の印象が大きくなってしまう。

物語を一番 外側から覆うのは兄からの溺愛。最初はレオンがストーカーだった物語だが、最後は兄が それになって終わる。エスターは吸血鬼化しなかったが男性たちはストーカーに堕落する運命のようだ。

そういえばアルはレオンの記憶があり、調べればレオンの家が復活していることは分かるだろう。それにアルはレオンの、花売り時代のエスターへのストーカー行為が始まっているのに気が付いていたのかもしれない。だからエスターをレオンに任せることにして自分はエスターの未来(吸血鬼化の阻止)を救いに動く。アルが姿を消してレオンが出現するまで1か月。この間、エスターは孤独だったが2人の男は ずっと彼女を じっとりと見つめ続けていた…。

主役を奪われる形となったレオンだが、このダンピール編も悪いことばかりではなく、エスターの刺傷事件からの復活は、レオンにとって母が吸血鬼に刺されて死亡した最悪の経験の再来ではなく回避になったことで、レオンのトラウマが癒える一助になったのではないか。だからこそラストでレオンは吸血鬼(クリスら)との交流の場である晩餐会を復活させている。
10数年前のレオンのウィンターソン家の襲撃事件以来、止まっていた時間が動き出す。それがレオンの完全回復であり、その上 2つの派閥に分かれていた吸血鬼側は一つに纏まりつつあり、以前よりも人間との関係は改善の兆しを見せている。人間側にはレオンの星であるエスターがいて、そして吸血鬼側には1人の王の血を引く、もう1人の王の養子のアルがいる。双子による2つの世界の支配、が本書の最終目的だったのだろうか…(笑)


る意味で最後の最後で主役を掻っ攫っていったアル。
双子が完全に二種族に分かれたことはアルに良いこと尽くめなのではないかと思う。なぜなら人間となったエスターには「吸血鬼センサー」が搭載されていないから。これで吸血鬼となったアルはエスターに接近を感知されない。そうツンデレシスコン兄さんはストーカーし放題なのである!!

もしかするとラストシーンのエスターの中のセンサーが作動したのはアルが近くに居る証拠かもしれない。今回の海への旅行にアルが後ろから追尾していても気づかれることはない。

でもラストでエスターはセンサーの作動を確認している。あの吸血鬼の王であるクリスにすら反応しなかったのに。もしかしたら それは吸血鬼センサーではなく、同じ血が流れる者(アル)にしか反応しないのかもしれない。この後、エスターは自分のダンピール特性の出現を不思議に思いつつ、耳鳴りのような音を聞くたびに安心感を覚えるのではないか。もうエスターにとって吸血鬼は幽霊として恐れる存在ではなくて、兄が近くで見守ってくれているという警備会社のような頼もしさであるように思う。きっと いつかレオンとの間に子供が生まれた時も そのセンサーは吸血鬼の接近を感知するに違いない。
エスターの吸血鬼に対する恐怖や偏見の克服というのも、レオンの憎悪の克服と同じく作品全体で乗り越えたことである。

エスターにダンピール特性が残るのは、吸血鬼となった後のアルの血液を大量に輸血したから。ただ それは吸血鬼化への道が残るという不穏なものとして描かれているのではない。完全な人間化は、父親の存在の否定にもなってしまう。だから限りなく人間に近いダンピールという両親を否定しないままアルの望む形に落ち着いているのではないか。

それにしても想像を膨らませ続けるとアルに待ち受ける未来は悲しい。彼は妹の死を絶対に見届ける覚悟があるが、それは どんなに悲しいことか。エスターとレオンは同じ時間に生きるが、アルはそうではない。老いていく妹、死んでいく妹を見なければならない。
もしかしたら危惧した通り、死後に吸血鬼化が始まるかもしれない。その時、レオンが存命とは限らず、エスターの首を刎(は)ねるのはアルの役目かもしれない。『花と悪魔』と同様の、種族の違いによる人生の長さの違いはアルが引き受けている。それが切ない。

クリスがレオンの生き方を外側から、時に彼に恨まれながらも支え続けたように、アルもエスターを遠巻きに眺める。本書の男性は全員ストーカー気質があるのだろうか…。レオンとアルの2種類の溺愛をはじめとして、様々な大きな愛を感じられた作品だった。そこが読後の幸福感に繋がっている。


血のダンピールから吸血鬼になる第二の人生を肯定する者によって、エスターが刺され、吸血鬼に強制転属させられる危機に見舞われる。
レオンは出血するエスターを運び、元外科医の研究者に手術を懇願する。この時、表情が描かれていないがアルもまた必死な表情をしていたはずだ。なぜなら現状はアルが絶対に回避したかった未来だから。

処置は終わったがエスターは昏睡状態が続く。その病床でレオンは ずっと手を握り付き添う。『3巻』でレオンが刺された時と逆の構図だ。その部屋の外ではアルとクリスが加害者の処遇を巡って意見を戦わせていた。クリスは今回の行動が暴力や搾取ではないと考え加害者を粛清しない。だがアルはクリスの論理に納得しない。クリスが王として情を見せた時、法が作用しないというアルの現実的な意見だろう。


ルは病室に入り、エスターの持ち物から以前 自分が渡した「媚薬」を取り出す。それは媚薬ではなく吸血鬼化を抑制する薬だった。
しかし それによってレオンは難しい命題に直面する。薬を使わなければエスターがダンピールとしての生を終えても吸血鬼として一緒に生きられる。一方で薬を使えば第二の人生はなく、エスターが死んでしまえば今生の別れとなる。エスターが どの人生を望むか、レオンが どのエスターと生きるか、それを決めなければならない。

アルが この薬を開発したのは、エスターの吸血鬼としての人生が、凶暴化してレオンに殺してもらうか、それともレオンと同じ速さで生きられず夫を看取るという二択の人生が到来して欲しくないから。アルはエスターに人間としての人生を全うして欲しい。だから研究を続けてきた。
レオンは、熟考の末、薬の開発に心血を注いだアルほどの覚悟が出来ない。でもレオンには時間がない。それでもエスターの生命力を信じて薬を投与する。


エスターの鼓動が止まる。その走馬灯の中で時間を行き来するエスターは「ジョン」と名乗った黒髪の男の子に会ったことを思い出し、その子の本当の名前はレオンだと認識する。
そして あの世で母とレオンの両親に会う。優しく迎え入れられてレオンの母親からブローチを貰ったエスターだったが、母親たちの誘いを断り愛する人のもとに向かうことを伝える。死んでしまった大切な人の傍ではなく、生きている大切な人を選んだエスター。それは もう二度とレオンに家族を失わせる孤独を味わわせないための行動でもあった。一生を共にすること、それをエスターは結婚式で誓ったことなのだ。

現実ではレオンが心臓マッサージを行っており、それによりエスターは蘇生する。吸血鬼としてではなく人間のままで。彼女の手には夢の中でレオンの母親から贈られたブローチが握られていた。後にレオンから このブローチは母親の お気に入りの品で、それをエスターに託したということでエスターが既に他界しているレオンの両親から嫁として認められた という意味合いが出てくる。

そしてエスターは幼い頃にレオンに出会っていた記憶も こちら側に持ってきた。ある意味で、あの別れの日にレオンと交わした約束が初めて果たされたのが この瞬間ではないか。家を再興しエスターを捜し出したレオンの苦労が完全に報われた。


か月後、エスターとレオンは旅行に向かう。今のエスターはダンピールではなく吸血鬼でもない。ダンピールのエスターは一度 死んで、アルの薬によって人間として生き返ったらしい。

王であるクリスにも働かないセンサーが働くのは双子という特性が共鳴しているからか!?

エスターを刺した研究者の妻は、他者との交流を断つことで思想的な暴走を抑制しようという処置が取られた。最後までアルは反対したが、クリスは悪意がない限り吸血鬼を粛清しない方針のようだ。そのアルはエスターの完全な復活を見届けて、吸血鬼になることと引き換えに得た健康な身体で旅に出る。結婚式といい湿っぽくなる展開は嫌いなんだろう(エスターの旅行に後ろから同行している可能性は否定できない)。

この旅行にはレベッカとゲイリーも同行していた。この旅行を前に2人は愛する男性との距離感に悩んでいた。レベッカはゲイリーを意識するあまりに彼と一緒にいる自分が怖くなり、エスターは怪我後のレオンが過保護すぎることに悩んでいた。レオンはエスターの身体を気遣うあまり性生活も自粛しているという。しかしエスターは刺傷事件について思い返し、有限の人生で幸福に生き得ることを決めたことを思い出す。尻込みするのは時間の無駄。死者の国から崖を飛び越えたように、勇気を出して自分の手で幸福を掴む重要性を思い出す。

男性たちも覚悟を決め、それぞれのカップルが本音を伝え合うことで隔たりを乗り越える。エスターが夫婦として性生活のない日々を終わらせるよう動くのが印象的。女性側も受け身ではないという姿勢が良い。そしてレオンからすれば鴨が葱を背負って来た というところか。


オンは人間と吸血鬼の交流を目的とした晩餐会の復活に動く。その10数年前の晩餐会の夜にレオンの両親は吸血鬼に惨殺された。それはレオンのトラウマそのものだが それを乗り越え、再び より良い関係を模索するために復活を考えた。
今回の晩餐会はクリスだけでなくギルモア侯爵も招かれる。2人の王が揃うことは人間だけでなく吸血鬼側にも一つのメッセージになるだろう。

レオンはクリスにビリヤード勝負を挑み惨敗するのだが、この光景を見たエスターは、いつかレオンと自分たちの子供とクリスの3人がビリヤードをすることを夢見る。これはレオンと父親とクリスの3人の、今は失われてしまった光景の再来である。その未来が到来する日まで有効的な関係を永続的に維持することが当主としてのレオンの目標になったはずだ。未来に希望を持つこと、それはレオンが長らく忘れていたことだろう。

この日、アルも邸に来ていた。だが妹にも父親にも会わない。それでも来たのは、あの日 刺されたエスターが、吸血鬼となった以降のアルの血を大量に輸血していることが気掛かりだったから。もしかしたらエスターはダンピールや吸血鬼となるかもしれない。だからアルは彼女が人間としての生を全うできるように再び監視を続ける。

そしてアルがクリスの養子になった経緯が初めて語られる。母の死後、アルはクリスの住居を苦労して捜し出し、ダンピールの自分がクリスの研究サンプルになる代わりに、エスターに手を出さないことと自分の研究環境の確保を望んだ。そうしてアルはダンピールを吸血鬼化させない薬を完成させたが、1つだけの薬をエスターに渡した。薬は完成しても患っていた心臓は治療できないことを悟ったアルは自分は吸血鬼化するしかエスターを見守る手段が無かった。

アルには もうクリスの養子である必要性はなく、ギルモア侯爵の息子に戻ることも出来るが現状維持を望む。エスターはギルモア侯爵の娘に、アルはクリスの息子となって双子は2人の吸血鬼の王の子供となった。そしてダンピールである双子の兄妹は1人は吸血鬼に、そして1人は人間となり生きていく。