里中 実華（さとなか みか）
雛鳥のワルツ（ひなどりのワルツ）
第06巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
女子校育ちで男子が苦手！ なのに男子だらけの高校に入ってしまった、ひな子。駿にどんどん惹かれていくが、文化祭の最中ふられてしまう。傷ついたひな子の手を取ったのは、瑞希だった。ひな子の涙も心も温かく包みこんでくれる。穏やかに癒されていく…かと思いきや、駿が意外な行動にでて…!? 甘酸っぱい青春ラブ！
簡潔完結感想文
- もう一度 彼女の意識に上るための2回目のデート。男を渡り歩くヒロインに見えるが…。
- 寝てる彼女にキス未遂で生じる自己嫌悪と、止める権利もないのに止める自己矛盾。
- 弟妹を引っ張り出して学校では見せない家庭での兄の顔を見せて好感度を上げてみる。
2回目の同じイベントを通して変わるもの、変わらないものを鮮明にする 6巻。
『6巻』では『1巻』や『2巻』の序盤でのイベントの2回目が2つ再放送される。
1つは和久井（わくい）との『1巻』以来となる2回目のデート。そして もう1つは『2巻』以来となる椎名（しいな）との相合傘での下校。作中時間で半年ほど前のイベントを もう一度 描くことによって、2人の男性へのヒロイン・ひな子の変わらない気持ちと、変化した状況を浮かび上がらせた。
この『6巻』は ほぼ和久井のターンである。彼は2回の同じイベントを通して ひな子の中で ずっと和久井が優しいという気持ちが保持されていることを思い出させる。最初に苦手だった「男性」への壁を壊してくれたのは和久井の優しさだったし、そこから恋愛面では敗色が濃厚でも、彼は一途に ひな子に想いを寄せてくれている。
和久井自身は秦（はた）の陰謀に間接的に加担したという負い目があるだろうが、それを ひな子は少しも非難しないし、彼の罪だとも思っていないだろう。以前も書いたが、この和久井の失敗は完璧に見える和久井と椎名の中にある瑕を両者に均等に持たせるための方策の一つである。椎名に瑕があるのに和久井が完璧人間だと和久井を選ばない理由がなくなってしまう（逆も然り）。長所も短所もあるから残るジャッジ方法は ひな子の胸のトキメキだけなのである。
そして和久井は これまで出さなかった自分の「兄」としての一面など、椎名にはない家庭的な面や器用なところなど自分の良さをアピールするのに余念がない。いよいよ一家総動員で ひな子を籠絡しに かかってきている。和久井は ひな子との水族館デートの出発前に ひな子の母親と、もしくは ひな子が家で夕食を食べた日に自分の母親と対面していれば、恋人になれる日も近づいたはず。少女漫画では親との対面は婚約にも等しい意味を持つ。双方の親に相手を認知され、交際していると勘違いされれば和久井の勝利の日も現実となっただろう。
それにしても和久井の一途さを描けば描くほど、ひな子が椎名にフラれたから和久井と一緒にいるように見えてしまう。後々に作品内でフォローするようなエピソードが出てくるが、これまでも ひな子は女性の友達といる場面が極端に少ない。『6巻』なんて和久井か椎名 どちらかの男性としか下校していないのではと錯覚するぐらい。友情描写がないは作者の技量不足なのだろうが、どんどん ひな子が男の間を渡り歩いている人間にしか見えない。一応、親友たちは用事があって一緒に帰れないなどのエクスキューズはあるが、ずっと男に依存して生きているようにも見える。今回、和久井と一緒にいるのも自分の心の傷を他の男で埋めようとする無意識の行動にも見えるし。
ただし ほぼ1巻分に亘る和久井のターンも巻末には終了する予兆がある。それが椎名の再復活である。ひな子を好きになるのが和久井より遅かったものの、椎名もまた一途なのは変わらない。男女2人の間にあるトラウマを忌避するあまり、椎名は ひな子の好意を受け入れられなかっただけだ。
だが自分との間に距離が生まれて以降、和久井が当て馬としての役割に覚醒し、ひな子と親しげなことに椎名は苛立ち、そして自分で封印した過去と向き合おうとしている。少女漫画のクライマックスには高確率で出てくる男性のトラウマ。椎名が自分の弱さを克服した時が、恋愛の決着となるのだろう。
そのトラウマを払拭できると信じられる根拠となるのが『2巻』での最初の相合傘の日の出来事になる。その時 ひな子が椎名の女性嫌い（苦手）を克服できるような言葉を掛けたことを椎名が思い出すことで、彼女のトラウマ、自分の過去と罪を ひな子に伝える決意に繋がっていく。そう考えると ひな子が椎名のトラウマを緩和させ、そのことが椎名に初めての恋愛感情を教える。だから ひな子は自分の行動で自分の将来を切り拓いていったとも言えるのか。こういうエピソードの拾い方は好きだなぁ。
ひな子が初期と変わらないのは、例え苦手でも男性の良い所を見つけられる能力と、そして彼らに自信を付けるような言葉を掛けられるところだろうか。男性側の不調や失敗を上手に処理してくれる良い人生の伴侶になりそうだ。
それにしても椎名は自分を好きだと言っていた ひな子が他の男と毎日 一緒にいることに幻滅しないのだろうか。椎名に怒る権利は なくとも、てめぇ この間まで男性が苦手とか俺を好きとか言ってたじゃねーかよ、と言いたくなる気持ちは分かる。
自分でも予期しない椎名への告白と、彼からの返答にショックを受ける ひな子。
そんな ひな子に手を差し伸べたのは、和久井だった。和久井は ひな子と週末に遊ぶ約束を やや強引に取り決め、当日、彼女の家まで迎えに行く（和久井って ひな子の家を知ってる設定だったっけ？？『1巻』のデートで自宅周辺まで送り届けているけど）。
和久井が連れて来たのは『1巻』で「次は水族館」と言っていた約束通り、水族館。せっかくの水族館を楽しむことで ひな子の心は少しずつ晴れる。これぞ和久井のパワーだろう。
しかし、ふとしたことで椎名を思い出し、ひな子の目に涙が溢れそうになる。それを和久井に見せまいと彼の前から立ち去ろうとする ひな子だったが、和久井は ひな子を引き寄せ、自分の胸で泣かせる。そうすることで周囲の人も和久井もひな子の涙は直接見えない。
ひな子は和久井に甘えてしまう自分を たしなめるが、和久井は それにつけ込んでいると自白する。両者とも こういう正直なところが好感を持てる。この所ずっと ひな子の恋心は椎名ばかりに向いていて、三角関係の中で和久井は目立った活躍が出来なかったが、悲しみの受け皿として機能し始めたのも嬉しい状況だ。
弱みに つけ込んではいるが、和久井は これまでと同じように、ひな子の心を尊重する。自分の方に強引に手を引っ張るのではなく、ひな子が手を伸ばした時に いつでも手を取れるように近くにいるのを自分のポジションとする。2回ともデートを強行するなどグイグイいく部分もあるけど、最終判断を ひな子にさせるところが大人である。
この頃、クラス内で初めて席替えがある。ひな子の席の後ろは、友人とくじを交換した和久井。そして前の席は椎名。この場面は2人の男性の立ち位置の違いが象徴的だ。自分から近づくために手を尽くす和久井に対し、どうしても運命的に離れられない椎名。
ここで ひな子は椎名と「友人」であろうとする自分の意志を示すため、自分から椎名に挨拶する。こういう配慮と勇気があるのが ひな子の良い所だろう。
ひな子は想いが通じずフラれた側なのだが、椎名にとっては自分の事情で彼女の気持ちを受け入れられないだけ。だから ひな子からの変わらない挨拶は嬉しかったはず。でも、ひな子は椎名への気持ちを消そうと努力し始める…。
だが それから2週間、椎名の姿は授業中に嫌でも目に入ってくる。
そして電撃的に発表された担任教師の結婚をクラスで祝おうと計画され、席が窓側の人たちは同じグループになる。ここは まだ文化祭が続いているような場面である。だが椎名はグループに参加せず、1人で図書室に向かっていた。ひな子は椎名が自分に気を遣って単独行動したのかと思い気持ちが塞ぐが、真実は、彼の不器用さからの行動だった。
どうやら彼は紙製の花飾りも上手く作れないほど不器用らしい。その意外な弱点に ひな子は屈託なく笑う。和久井はコツを椎名に教えようとするが、椎名は まるで勉強が出来ない子のように、分からないから上手く出来ない、と開き直る。だが努力は放棄しないから、和久井を先生役として、人並の出来になるまで絶対にあきらめない。彼もちゃんと先生の結婚を祝いたいのだ。誰もが優しい世界で安心する（窓側のグループは なぜか3人しかいないような描写が気になるが）。
一同は時間をかけて何とかノルマを達成するが、ひな子は男性たちに落ち込むような様子を見せないため、そして椎名への未練が表に出ないよう努めて精神的に疲弊したて、帰る前に寝てしまう。
そんな ひな子に和久井は、椎名とは逆で意識されていないから寝るのかと問いかける。今は椎名よりも心身ともに近くにいるはずなのに、まだ勝機が見い出せない和久井。彼は焦りのあまり、寝ている ひな子にキスをしようとする…。
その行為を目撃するのは、忘れ物を取りに来た椎名。彼は自分の荷物を投げ捨てて、全力で阻止に動く。この行動で椎名の焦燥を見抜いた和久井は、その動機を問うが、椎名は誤魔化して理由を話す。本当のことを話さない椎名に対し、和久井は事実とは違う誇大した表現で椎名を牽制する。そんな2人の会話でも ひな子は目を覚まさない。
椎名は、和久井に自分の中途半端さを指摘され、考えるところがあり、和久井は、椎名が駆け付けなければ人に乱暴していたかと思うと自己嫌悪に陥る。その際に発せられた和久井の声を机を叩く音で ひな子は目を覚ます（男性たちの会話は ひな子の覚醒基準デシベルより小さかったのだろう）。
こうして担任教師へのサプライズの祝福は大成功。そして担任は、自分は ふさわしくないと何度も思った人にも、想いを貫いてよかった。こうして祝福される自分が幸せだと言い切る。その言葉は椎名に深く刺さったようだ。彼の変革は少しずつ始まっている。
ある日の学校終わり、和久井は母親から買い物を頼まれているが、大量のため大変だと嘆いており、ひな子は一緒に買い物をすると申し出る。これは ひな子なりの恩返し。なんだか和久井は ひな子を誘導しているような独り言だなぁ、と思ってしまうが。その買い物メモは本当に母親の字なのであろうか…（笑）
購入した品を和久井の家まで届け、自然な流れで和久井の家に彼と2人きりになった ひな子。その事実に気が付き、和久井の行動に怯える ひな子に対し和久井のイジワルが久々に発動する。急いで帰宅しようとする ひな子に壁ドンをして包囲して、親が遅いから（どんなことでも し放題）と ひな子に迫る。
勿論、これはイジワルで、和久井は困惑する ひな子の表情を見れたら それだけで満足する。そこへ和久井の2人の弟妹が現れ、人懐っこい弟の誘いで、ひな子は夕食を一緒にすることになる。
フラれたから椎名とのイベントは発生しないので、和久井とのイベントが続く。
和久井はシングルマザーの母の負担を減らすため家事をしているので料理が上手い。不器用な椎名とは対照的だ。学校とは違う、家庭内の和久井の姿は ひな子に新鮮で、和久井の評価は うなぎのぼり。そして ひな子は和久井の弟妹との距離を近づけることで、彼女のヒロイン力を発揮する。2人が お互いをそれぞれ見直す1日になった。
この2人は結婚したら絶対 上手くいくだろう。和久井との生活は絶対楽しいし、ひな子は既に弟妹とも仲良く親族として上手くやっていける。だが、その前の恋愛時代に突入するかが和久井の最大の問題なのだが…。
翌日、顔を合わせた2人は昨日の話をする。それを後ろで聞いていた椎名は、ひな子が和久井の家に行き、そして食事までしたことに動けなくなるほど衝撃を受ける。
そんな椎名の異変を感じ取るのは幼なじみの秦。そして秦は幼なじみであり、元・片想いの相手でもある椎名に、苛立つのは身動きの取れない自分自身が原因ではと推理する。どうやら秦は自分が見聞きした情報と、椎名の態度などで、この恋愛問題とトラウマ問題の全容が見えているらしい。
だから椎名になぜ犯人だと正直に名乗り出ないのと聞くと、椎名は「今更 傷をえぐりたくない」と答える。自分の気持ちを押し通すことが、傷つける事に繋がるのが明白だからこそ椎名は動けない。だが秦は、ひな子は椎名が考えているより強いのではないか、と助言めいたことを ほのめかす。
そして ひな子も近頃の椎名の様子の変化を感じ取り始めていた。
そんな時、『2巻』と同じように雨予報の日に傘を忘れて立ちすくむ椎名に傘を渡す。さすがに今回は気まずくて一緒に入れないから、前回の雨の際に風邪を引いた椎名に傘を渡し、ひな子は濡れて帰ろうとする。
ひな子に そんなことを させる訳にはいかないので椎名が一緒に帰ることを提案する。この2回目の相合傘で椎名は ひな子に自分が女性嫌い（苦手の）トラウマを話した時のこと、そして ひな子が女性はそんなに脆くないと言った1回目のことを思い出す。
そして椎名は かつての彼女の言葉を信じ、自分側の真実を話そうとする…。
