《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

トラウマに向き合うヒロインは、これまでの弱さが嘘のように一定時間 無敵。その後 元通り。

世界でいちばん大嫌い完全版 5 (花とゆめCOMICSスペシャル)
日高 万里(ひだか ばんり)
世界でいちばん大嫌い(せかいでいちばんだいきらい)
第05巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

沙紀(さき)、あづみ、そして真紀(まき)の過去がついに語られ始める。ただひたすらに真紀を嫌う異母兄・沙紀が仕組んだ真紀とあづみの悲しい事件とは? そして全てを知った万葉は、果たして真紀が負う心の傷を癒すことができるのか? 一方、ヘア&ファッションショーもついに本番を迎えて…☆

簡潔完結感想文

  • 過去編は視点を変えたり、現代パートの小休止を挿んだりして飽きさせない構成で◎。
  • 大人側の思考が、当時の作者が精一杯 背伸びして考えたものだからか現実感に乏しい。
  • トラウマは女性の存在で解消される。真紀と沙紀は相手の中に違う顔を見ていたのかも。

供世代のトラウマは解消されたが、気持ち悪い大人たちが爽快感を帳消しにする 5巻。

白泉社の作家さんはデビュー作が そのまま長編デビューに繋がり、実力次第で その作品が10数巻続くまでに化けることがある。これは他社に比べて顕著な特徴だろう。それはつまり、白泉社の作家さんは極めて若くして成功するということである。
そのことは奇想天外な学校生活を描いている分には気にならないが、トラウマ=多くは男性ヒーローの家庭問題を描く時に、経験不足から人間描写に浅さが目立つような気がする。

本書がまさにそうで、どうにも ここ2巻で語られるヒーロー・真紀(まき)のトラウマが「ぼくの かんがえた さいきょうのトラウマ」といった感じを受ける。頑張ってドラマを作ったのだが、作者自身も広い見識がないから、大人像が偏っていて、そこに気持ち悪さが生じる。真紀や沙紀(さき)の子供世代を不幸にするために、大人世代の人間関係が ぐちゃぐちゃなのだが、一番の悪と言っていい、彼らの父・紀一(きいち)が何の罰も受けないまま生きていることが理不尽に感じられ、それが子供世代のトラウマ解消のカタルシスを奪っている。『4巻』の感想文でも書いたが、本書における「父親」は子供世代に対して責任を果たさない人間である、といっても過言ではない(それはヒロイン・万葉(かずは)の父も同様)。子供に向き合う勇気を持たない弱い人間で、作品は それを肯定してしまっている。仕事が有能であったり、仕事に人生を捧げていれば不倫もネグレクトも許されるらしい。この辺はちょっと前世紀の価値観、もしくは作者の男性像の歪みを感じる。

そして彼らの妻たちは そんな夫を許容する。男性よりも女性の方が器が大きいという読み方も出来るが、ここも「ぼくが かんがえた さいきょうのじょせい」という印象を受け、私にはとても理解できない人物造形だった(特に真紀の母・カレン)。
夫の浮気も、彼への憎しみも愛情も全て受け止める器の大きい女性として描かれているのだが、格好つけることを優先していて、私には彼女の内面が分からなかった。こういう自立した女性なら、浮気相手と子供を作り、その養育に責任を持たない紀一に幻滅しはしないか。彼女が「だめんず」が好きで、紀一に女性が許してしまう魅力があるのだろうが、それをしっかりと描けていないから紀一が無罪放免される理不尽さだけが際立つ。全ての元凶なのだから、もう少し紀一の輪郭を補強して欲しかった。ニヤニヤして気持ち悪いばかりである。

深いようで浅い会話。いつか真紀と沙紀が2人で手を組み、父親という巨悪を倒して欲しい…。

真紀と沙紀の兄弟には、長兄に由紀(ゆき)がいるのだが彼の存在を ほぼ無視しているのも気になる。彼が弟たちに対し、また弟たちの反目について どう思っているかが知りたかった。本書は万葉の「秋吉(あきよし)家シリーズ」なのだが、真紀たちの「杉本(すぎもと)家」に対しても もう少し踏み込んだ設定や描写が必要だったのではないか。「ぼくのかんがえた さいきょうのトラウマ」に対して、真紀と沙紀以外の描写が貧弱で、一歩 視点を下げると、粗が目立つ。やはり杉本家のトラウマなのに、真紀と沙紀の部分しか解消していないように思えるのが大きなマイナスである。

ここで考えられるのは、杉本3兄弟は結婚するとトラウマが解消する説、である。兄の由紀は1話の時点で結婚しており、もうスッキリしている。だから何も思う所がなく真紀にも父の事にも遺恨も関心も無くなっているのか。ネタバレになるが今回、沙紀もラストで結婚する。ここで彼のトラウマも消失。更には真紀も1話開始前から万葉と結婚することが決定している。だから万葉と想いが通じ合った時点で真紀のトラウマも消えたと言えよう。いつだって男性のトラウマを消すのは、たった1人の運命の女性なのだろう。


上手いな、と思ったのは、一本調子になりそうな過去の回想編を、現在と過去の視点、そして真紀と沙紀との視点を入れることで退屈させないようにしている点だった。沙紀の孤独を沙紀に語らせることで、彼が何を願っているのかが分かりやすくなった。


んな過去編だが、真紀と両想いになって将来的に家族になるから、万葉に聞く権利が生まれた、ということなのだろうか。トラウマ解消前から両想いになって、重い話を聞きながらイチャコラしているのが不思議と言えば不思議。良い箸休めにはなっているが。

異母兄がいることを知った真紀は、嫌悪の対象の父と別居するために真紀は祖母と暮らすことを選んだ。それが今、万葉が暮らす街で、顔見知りの徹(とおる)との再会や、沙紀・あづみ との出会いが語られる。

荒れる真紀に対して、あづみ の実の父親は死別、そして継父はDVをして彼女を苦しめたことが語られる。実母は娘をかばわない絶望の世界の中、自死を選ぼうとしていた あづみ に声を掛けたのが真紀の父・紀一だった。これは真紀に紀一の別の面を見て欲しいから話したのだろうか。そして あづみ の件でも父親という存在はろくでもない ものとして語られている。やっぱり本書は父に問題があるらしい。
自殺を防いでくれたことから あづみ は紀一を慕い、それが恋情になっていく。そして紀一を好きすぎるから、彼から離れた場所で仕事をするために この土地に来たことを真紀は知らないでいる。

その話を紀一の正妻であるカレンにする あづみ。カレンは正直に申告する あづみ のことを気に入って 徹の一家が営む美容室を紹介した。ここの両者の心の動きも良く分からない。この話をする あづみ のメリットって何なんだろう。仕事先を斡旋してもらいたいの? 黙って自分で引っ込むことが出来ないだけじゃないか。新種の構ってちゃんか、メンタルが安定しないという表現なのか。カレンの反応といい、大人の世界の ちょっと格好いい美談として扱われているが、一連の出来事の、大人組(あづみも含め)の思考が全くトレース出来ないから、ストレスばかり感じる。

ただ一つ言えるのは、あづみ が沙紀の母親とは気持ちの持ち方が違ったということだろう。後で回想される沙紀の母親は、紀一の傍にカレンがいることを憎んでいた。それをしなかった分、あづみ は強い。もちろん この2人の女性は立場が違い過ぎるが。沙紀の母に対しての紀一の対応は冷淡すぎて悪魔のようだ。

真紀の母・カレンは、紀一の悪用に対し、思春期の真紀が傷つくのは理解できている。ただカレン自身は夫は とても弱い人だけど、嫌いになれない、という。なぜなら あの人のすばらしい所も知っているから。これは分かるような、分からない理論だ。現在から過去を振り返る紀一の責任を逃れるだけの発言など、気持ち悪い物語だなぁ、と思うばかり。沙紀が悪者で嫌われている感想文は散見されるが、紀一を悪し様に言う感想文は それに比べると少ない。私には よっぽど紀一の方が受け入れられない。


づみ との生活にも慣れ、真紀の あづみ への密かな恋心も上手く かわされた頃、真紀は自分が父親を憎みきれないことを教えられる。そうして新生活で真紀の精神が安定したかに見えた時、真紀の物語に沙紀が介入してくる。

沙紀の母は、モデルをしていた18歳の時に入った美容室で紀一と出会い、20歳で沙紀を生んだ。紀一は この頃、カレンと知り合っているはずだから、二股であることは確かであろう。しかも沙紀の母とは数年後には会わなくなっている。ここの経緯や理由は一切なく結果だけが語られる。いづれにせよ紀一は最悪なことは確かだが。

沙紀は子供モデルをし、そこで自分の母が憎悪を燃やすカレン、そして異母弟の真紀に会う。沙紀にとって真紀は何も知らずに幸福を享受する、もう一人の自分の可能性だったのだろう。だから真紀を壊そうとした。

こうして実母が病死した後、沙紀は真紀の杉本家で暮らすことになる。ここで、父親・紀一が沙紀に対して「ぎこちない」というのが卑怯だなぁ、と思う。自分の行動に対して責任を取ることなく逃げ回る、まさに「弱い人」だ。そして ここで言及される兄は、真紀ではなく長兄の由紀か。彼も相当に複雑な人生を歩んでいるが、それが語られることはない。やはり結婚するとトラウマは消失するのか。


学生になった真紀が、沙紀と電話をした際、真紀の周囲は明るく楽しいことが沙紀に伝わり、それが沙紀の再接近に繋がった。そして沙紀は、父にも真紀にも深く関わる「あづみ」を壊すことを目的に、自分に弱い父に申し出をして、彼らと同じ中学に入学することにした。

やがて沙紀は父を誘導し、あづみ と再会を果たさせる。そして あづみ が強い気持ちで紀一から離れようとし、紀一も彼女の幸福を願い抱擁するのを真紀が目撃し、彼は父が恋のライバルであることを悟る。そして あづみ が自分を少しも見ていない、自分が彼女にとって「恋愛対象外」だということを知る。

その上、沙紀は紀一と別の道を歩むことを決め、離れた あづみ に、彼と会えない人生を終わらせることを提案する。紀一と再会したことで目覚めようとする自分の気持ちを断ち切るかのように、あづみ は自分の手首を切った…。


紀は逡巡した末に、一命をとりとめた あづみ を見舞う。その際に あづみ が渡したのが、真紀がずっとつけていた赤いピアス。そして彼女は いつか真紀が穏やかな気持ちになれる時は青い青い海みたいになれると言った。だから万葉が青いピアスを渡した際に、真紀は涙したのだろう。自分のカラーが変化したことが万葉によって実感できたのだ。しかし あづみ は自殺未遂後には生まれ変わったように説教するなぁ…。

やがて あづみ は真紀の前から姿を消した。自分勝手な理由で、真紀は大事な人を目の前から失ったと言えよう。それもあり、真紀は自分の耳に赤いピアスをつける。それは決意の炎の色。父を越えるまでは絶対に逃げないという誓いを立てて、真紀には沙紀が視界に入らなくなった。自分の初恋を認め、その人が好きだった父を目標にする。

うーん、そういう割には現在も万葉から逃げ回っていたし、やはり父親と似ている気がするなぁ。


想いになって、真紀は万葉に会った際の最初の印象を話す。実は最初は真紀も万葉が嫌いだった。なぜなら水嶋(みずしま)には好きな人がいるのを知らず、その人を好きになった不毛な恋をする万葉は、かつての自分とダブるから。そして万葉の屈託のない笑顔は、自分が既に失ってしまった純粋さで、自分のトラウマを自覚させ胸に痛みを生じさせる。だから万葉が嫌いだったという。

当初 真紀が万葉に冷たかったのは、相手の好きな人も分からない愚かな過去の自分を見たからか。

しかし同時に気になる存在でもあることを自覚した真紀は、高校1年生の彼女に近づき、積極的なアプローチをし続ける(ロリコン)。

真紀には あづみ以降、ちゃんと付き合った人もいるが、あづみ以上の人はいなかった。だが、万葉と過ごす自分は心から笑っていることに気づき、いつしか万葉は本当に特別な人になった。そうしてトラウマを共有し、真紀は あづみ という初恋に別れを告げる。彼にとって大事な人は万葉だけになった。


いトラウマ編が終わり、以前から話が出ていたファッションショーへと展開する。
もう夏も近づき美容師志望の万葉は就職先を考えなくてはならないのだが、この話を万葉がするのは母だけ。やはり父親には話を通さない。父に存在価値がない作品である。

真紀がトラウマを乗り越えたら急に沙紀が大人しくなる。そして万葉はヒロインらしく、沙紀にも慈愛を注ぐ。

そしてトラウマを乗り越えた真紀は、父親に このショーを見てもらおうと手紙を出した。招待された真紀の両親はショーを訪れ、そして沙紀も彼らと対面する。真紀と万葉も その場に現れるが、父親は雲隠れという相変わらずの卑怯さを見せる。ここで万葉が母・カレンと対面を果たすことで、結婚フラグが立ったと言えよう。

そしてショーが始まるが、その前に沙紀は「杉本 沙紀」は今日でいなくなる、という予言を残したことが万葉は気になっていた。ショーの途中で沙紀は万葉へ真紀への手紙を渡し、会場を去る。


ショー終了後、その手紙を真紀に渡すと彼は血相を変える。そして沙紀からの手紙の場所へ車で向かう。
そこは沙紀の結婚式会場だった。彼は杉本の姓を捨てて、結婚相手の名字を名乗る。その相手は、沙紀が拾った巣から落ちた雛を育ててくれた人。その愛情深い女性が、沙紀を救ったのだろう。巣から落ちた雛 = 実の親と死別した沙紀になり、その雛が無事に育ったことで、沙紀は自分の人生も救済されたと感じたのではないか。

男性がトラウマから抜け出すその裏には、いつだって女性の存在がある。そして この女性は真紀の母・カレン(または真紀)にそっくり。真紀が あづみ に惹かれたように、沙紀は いつも自分を見捨てなかったカレンを追い求めていたのだろう。

そうか、この2人は お互いに相手の顔に、自分の一番 好きな/嫌いな相手の顔を見ていたのか。真紀は沙紀が父親そっくりだから、その存在を受け入れるのに時間がかかったのかもしれない。そして沙紀は真紀の中にカレンを見ていたのか。それは個人的には惹かれる相手で、しかし実母が死ぬまで憎んだ相手。だから真紀の顔が不幸で歪むことに歪んだ満足感を覚えるのか。

でも沙紀は悪意も含めてずっと「僕はここにいる」ということを訴えているように思えた。自分が杉本家に居たことを最後に確認したくて、彼ら一家と接点を持った。既に結婚相手と出会っていたから本当は もう真紀への恨みもないのだけれど、最後に結婚式に来てほしくて回り道をしたのかもしれない。

そして真紀には10年ぶりに あづみ からのメッセージが届く。結婚し、子供もいて幸せに暮らしているという彼女の現状を知り、真紀のトラウマは完全に解消する。もう最終回でもいいのに、と思うのは、作品に入り込めない私の気持ちであった。っこから一体どんな話があるというのだろうか。