日高 万里(ひだか ばんり)
世界でいちばん大嫌い(せかいでいちばんだいきらい)
第04巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
新任講師・杉本沙紀先生が、万葉たちの西宮女子高に着任!! 物静かで美形の先先生は、万葉にちょっかいを掛けてくる。心配する扇子は徹に相談するけど、沙紀の秘めた真意とは…!? そんな中、真紀、徹、服飾科の大学生・詠子らは美容師&デザイナーのイベントを計画中で…☆
大ヒット★LOVEロマンス、雑誌掲載時のカラー扉絵を全点収録した完全版!「日高万里の日常天国。」、4コマ「せかキラ迷作劇場」、雑誌掲載時の空きスペースなど描き下ろしも充実★ 2012年3月刊。
簡潔完結感想文
- 万葉が選んだピアスの色が、真紀のトラウマと深く関わっていた。トラウマ編 開始。
- 真紀に続き、異母兄弟の沙紀にも上手く丸め込まれる万葉に危うさを覚えるばかり。
- ヒーロー最大のピンチにヒロインが遂に動く。いつだって作品内で最強なのは女の子。
作者は「父親」というものに何か恨みがあるのだろうか、の 4巻。
ふと考えてみれば、本書には まともな父親がいない。
ヒロイン・万葉(かずは)の父親は子供を6人設けたあとで、仕事一辺倒になり、下の子たちは基本的に放置する。そして仕事を理由にして親子問題から逃げる一方で、子供を自分の思い通りにしようとする独裁者にも読める。母は そんな父親のことを困った人だと受け入れるが、母が父を許すことで害は子供たちに及び、家庭内の治安や家事は子供が自治しなければならない状態となった。万葉が自分の将来=美容師になるという夢を母親には語るが、父親に語らないところを見ると、万葉も父と距離を置いているように見える。仕事で家に帰らないのは、驚くほど容量が悪いか、それとも仕事と嘘をついて別の女性のもとに走っているのではないか、と思えてくる。
そしてヒーロー・真紀(まき)の父親は、今回 明らかになるが下半身のコントロールが出来ないタイプ。仕事は優秀だが、自分を求める女性に対して すぐに心と身体を許してしまうみたいだ。自分から不倫するのではなく来る者拒まずタイプか。良く言えば愛の容量が人よりも多いのだろう。だから1人ではなく、いろんな人に愛を注いでしまう。そこに倫理観は発動しない。中学時代の真紀は隠し子=異母兄弟の存在を知り、真紀は父親に嫌悪感を持った。そして その異母兄弟である沙紀(さき)が今回、真紀に牙を剥く。この2人の問題の根底には父親の奔放さがある。
後々 判明するが この家庭も真紀の母が父の性格も含めて許容している節がある。こうして生き方を否定されないので、反省もせず、思うがままに父は生きる。そのせいで息子たちは いがみ合い、複雑な人間関係が生まれていく。
ただ、この家庭で分からないのは長兄・由紀の存在。彼もまた真紀とは異母兄弟らしいが、由紀に対する真紀の考えや わだかまり は感じられない。年が離れているから、ということだが、由紀にしてみれば ただ1人の息子だった自分の下に弟たちが出来たことは少なからず衝撃だったはず。そして彼の母親は死別または離婚しているみたいだが、由紀の父への感情や新しい家庭・弟への感情が見えない。最初から由紀は いるだけだったが、いつの間に異母兄弟設定が付加されたが、彼の心の内は何も明かされない。ここが何だかスッキリしない。なぜ下の2人だけが問題になるのか。
そして徹(とおる)と新(あらた)の兄弟がいる本庄(ほんじょう)家には父親がいない。この両親は離婚しているという設定だ。この親子関係には問題がなく、子供たちも のびのび育っている。離婚した父親と子供たちとの交流は一切 描かれない。このことから家庭には「父」というものがいない方が子供は真っ直ぐに強く育つ、というのが本書の結論に思えてしまう。
他の家庭(扇子(せんこ)など)でも父親は一切 登場しない。つまり本書においては父親は不在か性格に難ありの人しかいないということだ。
そして気になるのが作者の日常報告においても母親は登場するが父親は登場しない。死別や離婚をされているのかもしれないが、ここに闇を感じてしまう。本書には大人の男に対する深い不信感があるように思え、そして父親は決して良いものとして描かれていない。万葉の父も真紀の父も、輪郭が茫洋として、掴み所が無く、ただただ不気味なもののように描かれる。私は父親たちにはリアリティが欠けているように感じたのだが、もしかしたら作者も父親というものに対して どういう感情を持てばいいのか分からないのかもしれない。
なんて、作者がとっても平和な家庭に育っていたら、見当違いも甚だしい推理だけど…。
内容としては白泉社名物のヒーローのトラウマを出すことによって ようやく物語が動いた。万葉が覚醒したのはいいけど、真紀が相変わらず弱いのが気になる。父親という男性ほどではないが、真紀の造形も結構あやしい。オネエ口調の真紀は完全に思考まで女性化しているように見える。いかにも女性が描いた男性像と言った感じがする。作者にとって異性の、自分よりも年上の人を作り上げるのが難しいのだろうが、真紀がヒーローとして機能しないままなのが気になるばかりだ。
万葉の学校に新しい講師・杉本 沙紀(すぎもと さき)が来たことで話題騒然。果たして彼は万葉の好きな杉本 真紀の血縁者なのか。当初、万葉は沙紀の目に苦手意識を感じていた。だが真紀の時と同じように、万葉は沙紀と接している内に彼に思考を乗っ取られていく…。
その夜、万葉は久しぶりに真紀と会い、彼とのデートで彼のために買っておいたピアスを渡す。いつも真紀がつけていたのは赤い石のピアス。それが万葉の中の真紀のイメージ、静かな、出会った頃とは比じゃないくらい穏やかな真紀の「青」だった。
どうやら赤いピアスには真紀のトラウマが絡んでいるらしく、彼は自分のイメージが青になったことに涙を流す。万葉は真紀が その涙の訳を話してくれるまで待つ。何も聞かないし、何もしない。それが万葉である。
自分のプレゼントが上手くいった万葉は、その嬉しさを行動力に変換する。沙紀に真紀との血縁関係について直接 問うたのだ。沙紀の答えは、真紀は すぐ下の弟。家庭が少し複雑で、彼らは兄弟3人共 母親が違うという。真紀に聞く前に彼の家族関係を知ってしまったことに罪悪感を覚える万葉。そこにつけ込んで、沙紀は自分の存在を真紀から隠すように万葉に言い、彼女は それに従う。うーん、爽快感がないなぁ。
この頃、沙紀が学校の敷地内で、巣から落ちた鳥の雛を発見し、彼は「友人」の家で それを育ててもらう。この鳥が無事に空を羽ばたくことが、彼の中の わだかまりの解消のメタファーなのだろう。親から捨てられた子にもう一度 自由を与える、それが自己回復に繋がっていく。
『3巻』とは打って変わって、『4巻』は万葉と真紀の交流が多い。ファンには嬉しい内容だろうが、万葉は真紀への告白を保留するばかりなのは変わらない。
恋愛が動かない時はイベントで繋ぐのが本書。万葉は短大の服飾科の2年生の藤沢 詠子(ふじさわ えいこ)が自分で企画した8月のヘアー&ファッションショーでのカットモデルとしての参加を打診された。万葉はクリエイターたちの熱量や仕事に対して敬意を持つようになる。オシャレに興味はないし、常識人で独創性のない万葉が本当に美容師として成功できるかは怪しいところだ。ヒロイン補正で いつか覚醒するのだろうか。
真紀と詠子の関係性を少し疑う万葉だったが、詠子は真紀は観賞用だと割り切っていた。
そしてショーの準備のために、万葉は初めて真紀の家を訪れる。その人の家に行く、部屋の中に入るというのは相手が自分にそれだけ心を許していることを意味する。これがトラウマ編の準備となる。
万葉は真紀の家の中に興味津々。それだけ彼に関心があるということだ。そうして心の中に入ったことで、いつもより真紀と踏み込んだ話を冷静に出来る万葉。彼の来歴を知り、そして いつもよりも心も身体も距離を近づける。
一方、扇子は徹と、彼の実家でもある家で距離を縮めていた。そこで扇子は沙紀が自分たちの学校にいることを徹に伝えた。すると徹の顔色は豹変し、沙紀が真紀を憎んでいると告げる。
沙紀接近の事実を徹経由で真紀は知る。自分を執拗に狙う沙紀は、今回も意思をもって真紀や万葉に近づいていることを確信する。ここで徹や真紀が沙紀のことを一刀両断にするのは、それだけの嫌な思い出があるからなのだろうが、「アレ(=沙紀)の頭の中が あれから成長しているとは思わないわね」という真紀の言葉は鋭すぎる。そう思うのは私が真紀に好感を抱いていないからだろうか。相手から嫌われているのは仕方ないが、真紀が沙紀を下に見るような発言をしたのが残念だ。
そして真紀の過去を知る徹から「あづみ」という1人の女性の名が初めてかたられる。
万葉は洗脳されやすいから、沙紀が語る彼の人生に肩入れしてしまい、初めて真紀と沙紀について話す時も、真紀が異様に沙紀を嫌うことに反発してしまう。(頭の回転が遅い)ヒロインがヒール役のいいように使われる描写は読んでられないですね。あっという間に沙紀派になっている万葉は目も当てられない。その直前まで苦手だと言っていたのに、その感情を全て水に流す態度で、真紀との認識の齟齬を広げるばかり。万葉の良い所ってどこなんでしょうか。いつまでも伝わってこない。
前回の車内では、青いピアスが真紀のトラウマを少し解消し、2人の仲は急接近したのに、今回の車内は とても険悪な空気が流れているのが対照的な光景である。
そして真紀も どうしても沙紀のことが絡むと感情的になっていまい、万葉は真紀が初めて会った時みたいな冷たい目をしていることに万葉は涙を流したらしい。でも その責任の一端は、事情も知らず沙紀擁護をする万葉にもあるだろう。分かって欲しい人に分かってもらえないから真紀も感情的になったのだ。でも ここで簡単に感情的になる真紀には大人の包容力をまるで感じない。同じ年の男性のヒステリーならいいが、7歳も年上で感情を荒げる真紀には幻滅である。
沙紀は真紀の誕生日に、彼の前に姿を現し、真紀のトラウマを発動させた。
その日から1か月、万葉は真紀と連絡が取れないまま。真紀は自分のことで手一杯になって万葉を放置しがち。彼のどこが大人なのか、本当に万葉を思っているのか疑問符がつく。真紀が感情的に動いては、反省も含めて距離を置く、それが万葉の不安を増大させるというのが本書のパターンで、諸悪の根源は真紀のような気がする。本当に大事なら、自分よりも彼女の不安を取り除く努力をして欲しいが、真紀には それが見えない。
そして万葉も連絡が取れないなら彼に会いに行くなど万策を講じればいいのに、ただただ待ちの姿勢を貫く。2人に切実さが感じられない。動かない理由ばかり仕立て上げ、自発的な動きがないのが本書の残念な所である。
沙紀に万葉の安全を脅かされていることや、自分が幸せになることへの後ろめたさなどが背景にあるにしても、それと万葉と距離を取ることとは少し別問題だろう。過去のトラウマがあって、彼は身動きが取れないと説明することは出来よう。だが、連絡一つ入れないことは やはり不誠実で、自分の無力を再び証明することになるだろう。真紀が自分が あの頃とは違うというのなら、違うことを証明するべきなのに、口ばかりで行動に繋がらない。
トラウマの再発動を徹に相談しに行った真紀だったが、その会話を万葉に聞かれてしまう。そこで万葉は真紀のピアスが以前の赤に戻っていることを知り、そして「もう会わない方がいいのかもしれない」と言われ、その場に崩れ落ちる。真紀の説明不足は犯罪的である。
万葉に何も話さない身勝手な真紀に代わって、万葉は徹から、10年前の真紀に起きたこと、彼のトラウマの全てを知る。
「あづみ」という女性は真紀の初恋の人に位置づく人らしい。だが あづみ は真紀の父親のことが好きだった。それを知らずに真紀は あづみ に惹かれていった。そこに真紀の父親への嫌悪を倍増させる地雷があった。
そして その頃、父親が同じ年の異母兄弟を作っていたことを知って真紀は自分の根幹が揺らいでいた。父を嫌悪すると同時に、自分の中に父親と同じ血が流れることを憎んでいた。だから周囲の人を信じず、敵対心も強かった。
だが あづみ との交流だけが真紀に体温を与えたという。けれど途中で沙紀が現れ、沙紀の悪意によって あづみ は自殺未遂を起こしてしまった。その悲しみと恐怖が真紀のトラウマになり、同じことを繰り返さないために万葉を遠ざけている理由になる。
真紀の過去を知った万葉は頭が混乱する。だが その夜、弟の千鶴(ちづる)から沙紀の居場所を知った万葉は、彼のいる場所に乗り込む。そして そこで沙紀から初めて剥き出しの悪意を受ける。
それに対し反撃するのは、千鶴から連絡を受けた徹だった。沙紀に一撃を食らわせ、万葉を救出する。徹の有能さは遙かに真紀を上回っている。そりゃ真紀は読者人気も出ないはずだわ。
そして再び徹との話の中で、万葉は真紀が、一度失敗して以降、ずっと万葉の気持ちを大事にし間違えないように臆病なほどになっていたことを知る。これは ちょっと後付けの補足説明の においがしますね。性急に気持ちを押しつけた真紀の汚名返上を狙った描写に見えてしまう。そもそも真紀は それほど人間が出来ている訳ではないし。そもそも真紀には未成年に恋をするための心構えが足りない。決して大人の男性に思えないのが最大の弱点であろう。
徹は、身動きが取れなくなった真紀を救うだけでなく、「あづみ」に囚われてしまいそうになる万葉の心まで軽くした。
それでも真紀に拒絶されるかもしれない、真紀のトラウマを軽く出来ないかもしれないと考えてしまう万葉だったが、その恐怖よりも動きたいという気持ちが勝った。トラウマはいつだって少女漫画の恋を動かすものだ。
真紀の最大のピンチになって ようやく万葉は動く。ヒロインはヒーローのトラウマを解消するためには、自分がヒーローにだってなれるのだ。そうして万葉は微熱で仕事を休んでいた真紀の自宅に向かう。この訪問のために真紀の家を事前に知っておく必要があったから、事前に家に招かれていたのかも。
そこで万葉は初めて真紀への気持ちを告げる。それが彼のトラウマを解消する鍵だということを本能的に分かるのだろう。ここまで万葉が動かなかったのは真紀のトラウマが明らかになるまで待つ必要があったからか。意外だったのはトラウマを解消して恋愛解禁が通常の展開だが、本書の場合はトラウマが引き金で万葉が動いた点だった。
もしかしたら「あづみ」とは違い、沙紀の魔の手を前にして、彼女とは果たせなかった両想いとなることが、新しい未来を拓く鍵なのかもしれない。これで真紀が自信を回復して、無双状態になったら彼を見直すのだけれど。果たして恋人となった彼らは沙紀に どう立ち向かっていくのだろうか。