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少女漫画と小説の感想ブログです

メイクという魔法で変身する現代のシンデレラは、王子様を自力で見つけなければならない。

マイルノビッチ 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
佐藤 ざくり(さとう ざくり)
マイルノビッチ
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

まいるは、どブス。メイクやお洒落などもっての他とモッサリ髪に眼鏡の誰もが気味悪がる地味女。ブスに恋愛なんかちゃんちゃらオカシイ…と思っていたら、「サボらずに掃除してるの偉いと思って」と告白してくる男子が!?…これ、まいるが生まれ変わるきっかけの事件なんだけども…詳しくは読んでのお楽しみ。ゼロから始める美人入門スタート! 【収録作品】番外編フワリノビッチ

簡潔完結感想文

  • 現代のシンデレラにとって魔法=メイク。大事なのは最底辺にある自尊心の向上。
  • 魔法使い 兼 神様の天佑の力を借りながら、まいる の恋愛という未知の旅が始まる。
  • 黙っているだけじゃ幸せは転がり込んでこないから動く。アンチ愛されヒロイン漫画。

終回はともかく、中盤の展開が全く見えないから面白い作品の 1巻。

本書は完結後に読んでも面白いが、リアルタイムで雑誌連載を読んでいたら何倍もドキドキしたのではないかと思った。読者は日本のどこかで、同じ時間を過ごすヒロイン・まいる の恋を見守るドキュメンタリーを見ている気持ちになったのではないか。1組のカップルの恋愛を5年以上かけて描くことも珍しくない少女漫画界において、本書は1作品の中で何人もの男性と交流をして、恋愛経験と恋愛スキルを向上させるヒロイン・まいる の姿を描いている。少女漫画においてヒロインは当て馬に少し心が揺らぐだけで非難されるような宿命を背負うが、本書の場合は現実に即して様々なタイプの人間を見極めて、失敗を踏まえた上で自分がしたい恋愛の形を模索する。

作者の目標は「恋愛指南手引き漫画」。どういう場合に恋が成就して、どうして終わっていくのかを描く。ヒロインが失敗していくから痛々しくも映るが、ただただヒロインが愛されるだけで何もしないでいい少女漫画世界とは違う面白さが味わえる。ちゃんと失敗して ちゃんと立ち直るからヒロインを応援したくなるしカタルシスも感じられる。

少女漫画は内気か元気かの2択のような状況だったが、本書のヒロイン・木下(きのした)まいる は行動的な内気と言った感じだろうか。自分が知らない恋という分野に足を踏み入れる勇気があるし、人からの嫌がらせやライバルの妨害にも敢然と立ち向かう根性もある。
私が類似性を感じたのが2010年の幸田もも子さん『ヒロイン失格』で、本書は同じくマーガレット系列の2011年連載開始のが体当たり系主人公の空回りを描いている。特に本書は月2回発行の「マーガレット」連載ということもあり、そのスピード感が人気の秘訣なのではないか。

少女漫画的には愛されヒロインに辟易する層を取り込む物語の構造で、この後の悪役令嬢ブームへの過渡期なのだろうか。作者が自分の作品に「ビッチ」とつけるところに悪役令嬢と同じ匂いを感じる。ルッキズムが蔓延した世界の被害者だったからこそ、彼女はビッチを自覚するのか。周囲からの不可抗力でブスや悪役令嬢へと堕とされたヒロインが、自分の窮地を自分で救い行動する。そんなヒロインの能動性が現代女性に受け入れられているのだろうか。やはり本書は受動的に良きる愛されヒロインのアンチテーゼとも読める。本書の場合、まいる はヒロインというよりも主人公と呼びたくなる。

私の場合、この前に読んでいた「作品」が典型的な愛されヒロイン漫画だったので、同じ少女漫画のカテゴリながら こんなにも違う本書と差が新鮮だった。どちらも続けて読むと飽きるので、少女漫画世界の幅が広がることは喜ばしい。


初のモチーフはシンデレラだろうか。主人公の まいる は、シンデレラのように、周囲から除け者にされる。まいる は両親は祖母と同居するために福岡にいて、かなりの豪邸に兄妹2人暮らし。兄が理不尽に横暴なのは、意地悪な継母・義姉役だからでしょうか。物語的には両親とは死別していても構わないのだろうが、その設定を採用すると、金銭面や悲壮感など色々な問題が出て来てしまうので、生存ルートを取るのだろう。両親は最後まで出てこないが、オシャレに かなり投資できる まいる の生活などを見てみると相当なブルジョア階級だと思われる。

まいる の自己肯定感は周囲が抑圧した結果。まいる の変身は世界への静かな復讐にも思える。

学校内で まいる はブス扱いされ「毒キノコ」のニックネームで呼ばれる。1話では まいる の環境を徹底的に劣悪なものにする。

そんな序盤で まいる に唯一普通に話しかけるのが熊田 天佑(くまだ てんゆう)。1年生ながらミスターコンテスト1位の学園の王子様である。自分を卑下する自己肯定感の低い まいる に上を向くように魔法の言葉を掛ける魔法使いのおばあさん役でもある。天佑はメイクの技術があることもあって、まいる に魔法をかける(最初の変身は お隣に住む「オネエさん」ふわり によるものだけど)。

まいる が本当にブスなのかは微妙な所である。美形といっていい兄がいて、女性になるための努力を惜しまないニューハーフの ふわり からも素材の良さを褒められている。ただし自己肯定感を育むような存在が欠如しているから まいる は自分をブスだと思い込んでいる。自分が自分をどう思うか。これで世界は決まる。そして逆に言えば意識の変革で世界を書き換えることも出来るということだ。


子生徒から落とし穴に落とされる直接的な嫌がらせを受けたことで まいる は自分のブスを嫌悪する。そんな時、一部始終を見ていた天佑が「ブスをいいわけに使うな」と釘を刺す。僻まないで努力し、行動しろ。これが天佑の教え。

まいる は自分の不幸を先天性の「ブス」に押しつけることで何も努力をしなかった。その罪を神様は断罪する。

その教えの通り、まいる は ふわり の力を借りて出来る限りの自分磨きをして、見た目を変える。そして自分を落とし穴に落とした男子生徒に復讐し、彼女の成り上がり人生は始まろうとしていた。天佑の言葉は まさに世界を変えた。それは まいる にとって神にも等しい行いだったのだろう。

だが体育で汗をかき、メイクが崩れるが、自分では直し方が分からない。そこに その名の通り、天のたすけ、天佑が現れ、手作り弁当と引き換えにメイクを落としてもらう。この時点の まいる はシンデレラになれても、誰かが魔法を使ってくれないと上を向くことが出来ない半人前のシンデレラ。周囲の人に自分の可能性を引き出してもらった後は、自分で歩かなければならない。


佑に復讐の次を問われ、目標を探す。
そんな時、ふわり の弟で幼なじみの未来(みらい)が、クラスメイトの山川(やまかわ)という男子生徒から ふわり のメアドを聞かれていたから教えたという。その山川からメールが届くことで、ふわり はキレイになって恋をすることを決める。

ふわり は、まだ顔も知らない山川くんの勝手にイメージし、その日1日で何十回もメールのやり取りをする。これ、顔写真なしでマッチングアプリで知り合うみたいなことでしょうか。毒キノコだった自分に興味を持ってくれることだけで自己承認欲求は満たされ、幸福感が止まらない。ふわり は自分への賛美と、自分の想像で膨らむ山川の姿に浮かれる。

この気持ちを誰かに話したいが、この学校においての ふわり は毒キノコだったから友達がいない。そこで今度は天佑を恋愛相談役として迎える。報酬は お弁当。天佑はまいるにとって、人生を変えてくれる一言をくれた「神様」。毒キノコという蔑称時代の天佑なのである。


いる は自分のことを人として認めてくれる山川くんを「好き」だという。だが実際に会った山川の見た目は想像と かなり違った。そして喋り方や性格などメールでは分からない情報の数々もマイナスに働く。

…が、これを最初で最後のチャンスだと思った まいる は山川との交際の開始を決める。それに喜び、いきなりキスをしようとする山川。しかし山川が まいる を選んだのは、まいる を自分の同類だと思い、手の届く人間だと思ったからということが分かる。自分も含め、相手への気持ちが恋愛感情ではないことに気づいたまいるは別れる。交際期間は1分25秒。

まいる が欲しいのは恋愛経験ではなく、この人ではなくてはいけないという確信。

ここで相手の態度を糾弾するのではなく、自分の間違いを正すために別れる、という姿勢が良いですね。自分が ある種の「ビッチ」であることを認め、みっともなくても恋をしていくという根性が見える。本書が「恋愛指南手引き漫画」になるのは間違った例を見せてくれるからだ。人の振り見て我が振り直せ、まいる の失敗は読者の失敗を回避するかもしれない。そして失敗なくして成功無し。誰もが こうして恋愛スキルを磨いて、自分が傷つかない方法を模索していくしかない。


メールだけで浮かれていた まいる は天佑が言うまでもなく「愚か者」である。
だが まいる は1度の失敗で委縮しない。今度は自分でメイクの練習も重ね、本当の恋愛を考え始める。その出会いの手段として まいる が選んだのは合コン。これもまた能動的な彼女らしい。いるだけで自分が選ばれる少女漫画ヒロインの姿勢では一生 恋など出来ない。

ただし恋愛をするために合コンに行くのではない。合コンの先に恋愛があるかもしれないから参加をする。合コンは恋の第一歩であって、合コンの中から誰かを無理矢理 選ぶ訳ではない。そして恋こそ まいる にとって未知の世界であり、自分の小さな世界から抜け出すための第一歩でもある。

そこで出会ったのが工藤 成太朗(くどう なるたろう)。彼との会話は自然に弾むが、それに水を差すのが、まいる と同じ学校から参加する松丸 綾乃(まつまる あやの)。だが まいる が成太朗と話す様子を見ていた綾乃は まいる と一緒にトイレに行き、洗面所に溜めた水に まいる の顔を押しつける。目的な溺死ではなく、メイクを崩すこと、それによって まいる を再起不能にしようというのが綾乃の目的。


のピンチに まいる が助けを求めるのが天佑。少女漫画的にはヒロインのピンチを救った時点で天祐はヒーローの資格を得たように見えるが…。

なぜかプロ顔負けの化粧道具を携え、まいるを もう一度シンデレラにする天佑。実は天佑はコンビニでバイト中だったが、それを抜け出してきたことをまいるは知らない。天佑は1人で真面目に掃除する まいる の姿も見ているし、彼女のための行動も少なくない。この時点で天祐は まいる に人間として好感を持っているのは確かだろう。

天佑の力を借り、まいる は合コンという戦場に復帰する。だが綾乃の駆使する合コンテクニックに太刀打ちできない。そこで まいるは力技に出る。それが功を奏し…?

「番外編 フワリノビッチ」…
ダメ男に引っ掛かりながらも、強く生きていく ふわり の話。金銭面の問題とか、まいる では出来ない大人の、そして特殊な事情の彼女の恋が語られる。