佐藤 ざくり（さとう ざくり）
マイルノビッチ
第10巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★☆（7点）
どブスだったまいるが綺麗に変身して恋に挑戦する物語も最終章に突入！ いよいよあの天祐とまいるが急接近！ 一つのベッドで一泊！ …ドキドキの展開のハズが天祐はスヤスヤ寝息。全く女として見られていない事に、まいるは落ち込みます。さらに、天祐の謎の過去に関係する女性カメラマン百々や、そのアシスタントのチャラ系イケメン冬も登場！ この恋を更にかき回す!?
簡潔完結感想文
- まいる は片想いを自覚し始めたが、意地悪な作者は その前から障害を用意している。
- 最後の恋の、最後の当て馬が何でもペラペラを喋ってくれて恋のライバルが判明する。
- これまでの交際人数は4人。なのに最終章にして初めて片想いの時期の心境が描かれる。
恋愛指南手引き漫画から ただの少女漫画になっていく 10巻。
驚くことに『10巻』で初めて片想いの切なさが描かれる。これまで自分の審査基準を上回る外見をした男性と、秒で恋に落ちてきた主人公・まいる だが、最後の恋と称する元同級生・天佑（てんゆう）との恋には慎重になる。色々な条件を重ねることで、片想いが長くなるような工夫がされている。相変わらず作者は そういう状況設定が上手い。まいる が恋から目を背け、逆走しようという気持ちも読者には よく分かるような展開を用意していて、話が進まないからこそ切なさが増している。
これまでは少女漫画らしからぬ複数回の交際の内容と反省をメインに置いてきたが、ここからは少女漫画の通常営業となる。残念なのは、これまでの恋愛遍歴が まいる に経験値として積み重なり、恋愛スキルがレベルアップしている訳ではない点。見た目こそ変わったが中身は相変わらずネガティブキノコで、弱気になる自分を克服する手段を持っている訳でもなく、オロオロするばかり。人に傷つけられるだけでなく、自分の半端な行動で人を傷つける怖さも知った まいる なのだから、弱気を美徳としないで、背筋の伸びた行動を見せて欲しかった。
また『10巻』からの新キャラとして他校の男子高校生・冬（ふゆ）が登場するのだが、彼に何重にも役割を背負わせているのが気になった。一番 分かりやすいのが、まいる の最後の恋における最後の当て馬。実践的な恋愛描写がメインとはいえ、結局 まいる は これまで交際した4人に加え、ヒーロー・天佑と当て馬の冬、計6人に好かれる結果となった。全12巻で全6人というのは かなりのハイペースだ。冬との交流では まいる は これまで以上に素でいるように思え、結局 見た目が可愛くなればネガティブキノコでも男性から好かれることを証明している。読者に どブスが変身するとモテるという夢を見させているようで、現実的に男性にとっては女性は見た目が10割という悲しい お知らせで傷口に塩を塗り込んでいるようにも思える。少女漫画だから仕方ない部分もあるが結局、男性側も成太朗（なるたろう）以降の彼氏は外見が優れており、まいる が見た目しか判断基準にしていないように見えてしまう。後半は本当に、なぜかモテる魅力が分からない主人公。そして彼女を慕う男性たちのイケメン図鑑のような一面ばかりが悪目立ちしているような気がしてならない。
冬には、当て馬の他にも天佑以外の口から彼の過去を一から十まで語らせる説明キャラの役割があったり、天佑に恋をした まいる の恋の相談に乗るという天佑ポジションが引き継がれていたりと忙しい。また当て馬の役割と被る部分もあるが、まいる の前に2人の男性を用意することによって、彼女が辛い現実から目を背ける道の役割も任されている。冬の役割の多さの割に、彼は あからさまな新キャラで、そして確定された当て馬なのが惜しい。今回の話の中心人物・百々（もも）の登場が最終盤まで秘密にされているから仕方ないが、冬の登場が遅すぎて、天佑と対等なライバルキャラとして見られない。ネガティブキノコだが行動力がある まいる と、アグレッシブな言動をするが実は不器用な冬という対比は面白いのだが。冬は万能キャラだからこそ特徴がないように思えてしまう。
電車賃がないため、天佑と一緒のベッドで寝ることになった まいる。以前、幼なじみの未来（みらい）とは一緒の部屋で寝たし、天佑とも成太朗に失恋した際に同じベッドで寝ている。だが今回は平常心、いや恋心に気づきつつあるから心拍数は上がるばかり。
成太朗との破局など出会ってからの1年以上の思い出を全て振り返る2人。どうやら天佑は まいるの一喜一憂と感情が連動しているらしい。つまり2人は1年以上同じ気持ちを共有していると言える。
こうして まいる は徐々に天佑への気持ちに気づくが、天佑にとって大事な人・鳥谷 百々（とりたに もも）と天佑の再会が近づいていた。今回、天佑がまいると一緒に寝ても平気なのは、彼にとって百々こそが世界で唯一の女性だから。まいる は圧倒的に不利な立場であった。
天佑が、カメラマンの百々に会いたくないと彼女との仕事から逃げるなど精神的に不安定になっていることを察知した天佑の師匠は、精神安定剤として仕事現場に まいる を呼ぶ。これは師匠の天佑のためを思っての行動だが、結果的に まいる にとっては見たくないものを見させられることになる…。
まいる が百々の前に出会うのが彼女の助手男子高生の望月 冬（もちづき ふゆ）。彼の役割は上述の通り。冬もまた高校生ながら助手をしているのだが、ここは天佑を含めて非現実的か。決まった時間に仕事がある訳ではない この業界で、ちょくちょく学校に顔を出す必要がある高校生を雇うとは思えない。
冬が語る内容として回想される天佑と百々の出会い。15歳の夏、中学生だった天佑が出会った百々。その華やかな経歴の割に人間関係にはナイーブな一面を見せる百々。そんな彼女の様子を目で追うようになった天佑。
そこから1年間で天祐は百々の旦那が浮気性で苦しんでいる事を知る。16歳の夏、それは まいる と出会う少し前か。泣いている百々を見た天佑は、旦那と別れることを勧める。「ひとりになりたくない」という彼女に天佑は「俺がいる」と彼女を抱きしめる。こうして2人は心を通わせ、どこか遠くに行くことを決める。息子としか思えない年齢差の人間に簡単に心が傾くのは、それだけ百々が精神のバランスを欠いているということでもあるのだろう。要するに百々は誰かに支えて欲しかったのだ。だから簡単に寄り添うし、簡単に離れる。
天佑は両親に書き置きを残し、家を出る（これが父親から勘当される理由の一つなのだろう）。だが百々は天佑に無断で、旦那と田舎に引っ込んで休業してしまう。
こうして初恋の人に、大人の女性に手酷く裏切られた天佑。だから会いたくなかった。だが再会した百々は、何事もなかったかのように無邪気な笑顔を振りまく。その理由の一つは、彼女が旦那と離婚したからだった…。
百々という人の好き嫌いはともかく、最後に天佑のトラウマというべき出来事を用意し、まいる にとって最大のライバルを登場させるラストバトルの演出が上手い。冬はともかく、百々は その存在が少し前から ほのめかされていて、天佑にとって彼女が どれだけ大切かを思い知らされている。それは同時に まいる の恋愛成就の道の険しさとなる。これまで簡単に人を好きになっていた まいる が、簡単に好きになれない理由がしっかりあって、今回は交際前から上手くいかない描写がある。それは逆に考えれば天佑とは交際後には何の問題も起きないからなのだが、それを まいる が知る由もない。
天佑の過去を聞いて不安が胸に湧き上がる まいる だったが、百々と話す天佑は平常心に見え、1人の仕事仲間として接しているように感じられ安心する。だが その日、百々と天佑の距離感を見るたび、まいる の胸は痛むが、まいる は自分の気持ちを認めたくない。
なぜなら天佑は まいる のたった一人の友達だから、恋愛関係になったら その友人を失う可能性がある。これまでの恋愛経験が唯一 活きてくるのは この場面かもしれない。4つの交際で唯一導き出された共通の答えは、その破綻である。天佑にまで関係を断たれたら、いよいよ世界が終わってしまう。1年以上の交流があるからこそ、壊すのが怖いのだ（じゃあ10年以上 幼なじみだった未来はどうなんだ、という話でもあるが）。
自分の気持ちをチャートにして書き出す まいる。だが、2人の関係に恋愛を持ち込むと いずれにせよバッドエンドが待っている。そんな破滅フラグを回避するために、まいる は自分の気持ちを抑制・封印しようとする。
冬に休日に誘われて街に出る まいる。天佑を好きにならないために新しい恋を、と思っていたが、肝心の冬の目的は天佑と百々の尾行すること。百々の近くにいる彼には この日のことが漏れていた。
いよいよ話が核心に入る際、天佑は一度は百々に背を向ける。だが、百々が自分の卑劣な部分、加害者となったことを綺麗に認め、人目もはばからず天佑への気持ちを吐き出したことで天祐の気持ちは傾く。これは百々が大人の女性なのに裸になれる気概があるという話らしいが、大人ではないが、まいる も成太朗との件で何回も自分の心を一から十まで洗いざらい話していたような気がする。
劣勢を感じた まいる は どうにか百々を悪し様に言おうとして攻撃的な言葉を吐くが、それが単なる悪口で僻みであることを冬に見抜かれる。なんだかんだモテモテ人生を歩んできているヒロイン・まいる が いよいよ悪役令嬢に堕とされていく。まいる が どうやって天佑に異性として見てもらうアプローチをするのかが楽しみ。
冬は言葉はキツいが、不器用に人を傷つけてしまうだけと知り まいる は微笑ましくなる。そして冬の側も まいる という人を知っていき…。最後の恋の、最後の当て馬の誕生である。
