《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

決して恋人ではないので「友達」には違いないが 性別を言わないのは無駄な諍いを回避する大人のテクニック。

PとJK(6) (別冊フレンドコミックス)
三次 マキ(みよし まき)
PとJK(ピーとジェイケー)
第06巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★(6点)
 

夏休み、功太の実家に帰省したカコと功太。そこで功太は高校時代の同級生・西倉と再会する。孤独だったと思っていた高校生活だけど、西倉と出会って気持ちに変化が!? 一方、功太に放置されたカコ。でも、ついに功太と2人きり海に泊まりがけで行くことになって……!!

簡潔完結感想文

  • カコと功太が同級生だった場合の模擬世界。同時にカコが功太に出会わない世界での大神との恋!?
  • 同じヘッドフォンを装着してても、周囲の排除と、雑音を遮断して目標に進む姿勢の違いがある。
  • 精神的にも物理的にも近づくことになった夏休み。神の居ぬ間のイチャラブだったが、大神 復活!!

回ばかりは功太の知らなくていい過去だから、カコが部外者なのも納得、の 6巻。

さて『5巻』に続く、過去回想編である。
『5巻』の感想でも書いたが、この回想編は、もしカコが 7歳年上の功太(こうた)と同級生であったら、という模擬シミュレーションになっていると思われる。なので ここで登場する功太の高校の同級生・西倉(にしくら)さん はカコと同じ立場として考えても良いだろう。当初は周囲を威圧するような功太に見えたが、彼と交流するうちに西倉には功太の素顔が見えてきて、そして惹かれていく。
この関係に既視感があるのは、これがカコと大神(おおかみ)の関係に酷似しているからであろう。つまり過去編は、カコと功太の同級生シミュレーションでありながら、カコが功太と結婚しなかった「if」の世界線での話とも考えられるのだ。出会う順番こそ違っていれば、カコは大神に恋をし、そして大神も本編通りにカコを好きになれば2人は恋愛関係になっていた、という可能性を示すものだろう。

そして もう一歩 考えを進めるのなら、大神が、かつての功太と二重写しならば、過去回想編における功太は西倉に好意を持っていた、持ち始めていたと考えるのが自然なのではないか。間接的とはいえ自分が原因で女性を危険な目に遭わせてしまったことで彼女が気になっていくのも大神と同じ流れ。西倉がツーショットを撮ってもらい、告白同然の卒業式で制服のボタンが欲しいという お願い の時には、功太が当時の彼女と別れているのも功太が自分の気持ちの変化に気づいたからかもしれない。この時点で恋愛フラグは成立しており、遅くとも卒業前後、何事も無ければ在学中から2人は交際を始めたかもしれない。
だが、高校2年生の冬の悲劇によって、2人の視線は交わらなくなってしまった。成立したはずの恋愛フラグは効力を発揮しないまま、時の流れに取り残されることになった。

功太がカコの前で敢えて西倉のことを「友達」というのは、ほんの少しだけ後ろめたい部分があるからではないか、と深読みしてしまう。もちろん、彼女を実家に放っておいて女性と会っていたなんて言うと要らぬ騒動を巻き起こすだけだし、作品的にも ここでカコが嫉妬するとピュアな物語の中でカコだけが荒れていて悪目立ちしてしまう。でも やはり、功太の中では「友達」という響きの中に、かすかな苦みを感じる部分があるように思える。今回の再会で その苦みも自分のそばにあった、自分が気づかない幸福の一部に変わっていくのだろうけれど…。


太を助けるべく彼の喧嘩に自ら参戦した西倉だったが、西倉の両親は功太に憤慨し、そして功太の父親は何度も謝罪に訪問する。功太の父がそうするのは もちろん相手への誠意もあるだろうけど、これだけ足を運ぶのは息子のことを親として愛しているからに他ならない。
そんな功太の父親に西倉は話し掛け、功太だけが悪い訳ではない、責めないでと訴える。西倉が功太の味方になってくれていることに功太の父親は満足そうに口角を上げる。
これは西倉の「ヒロイン力」によって、彼の家庭の問題に介入する第一歩。男性側の親子問題を解決することが、功太の生き方・考え方を変えるというのは多くの少女漫画で見られる展開。だから この後も何事もなく高校生活が送れていれば、いつかは功太との恋愛も現実になったかもしれない。

…だが高校2年生の冬に事件は起きる。

西倉が功太と再会したのは事件現場。しかし、ただの女子高生の西倉に功太にかける言葉は出てこなかった。この時、何か声を掛ければ2人の関係は変わったのかもしれないが、功太に真正面から、世間の悪評を受けたとしてもぶつかっていく勇気の持たない彼女には重荷だったのだろう。
ここで印象的なのは、この時の功太がヘッドフォンをしていないこと。そして防寒対策とはいえ西倉が耳当てをしていることだ。
功太は もう二度と言葉を聞き逃さないようにしていた。だから西倉が声を掛ければ、それは功太に一直線に届いた可能性が高い。だけど今は西倉の方が耳を塞いでいる。どちらかが声を発さない/声を聞かないというタイミングの悪さが、西倉の恋の未成就の原因だろう。

功太が事件現場に来るのは悔恨と、そこから一歩も動けない自分がいるからだろう。彼こそ地縛霊である。

ばらくして復学した功太は勉強に没頭する。
この時はヘッドフォンを付け、周囲の自分に対する声を遮断している。少なくとも周囲を拒絶するというポーズは自分から取ることで、雑念を追い払い、目標に向かって ひたすら努力していく。
2人のクラスが別になった3年生になっても功太への噂は止まらない。功太の味方でいるものの、その心無い声を自分の声で非難することのできない西倉は自分の弱さを認める。

弱い自分だから真正面から彼と向き合えない。これは功太と父親の関係にも似ているかもしれない。
西倉は、弱さを利用し、自分勝手だと思いながらも相手が聞こえていないと知りつつ、バス停でヘッドフォンをした功太の背中に告白する。大好きだということ、大事だということ、何も出来ないことへの謝罪、そして届く声にはならないけれど応援していること、味方でいることを語り掛ける。それは切実な告白ではなく、相手の反応がないと分かっている卑怯な告白だった。ここも、もし回り込んでヘッドフォンを奪い取り、功太の目を見て告白できていたら、未来は違ったかもしれない。


こから卒業式後まで接点は無く、西倉が新聞配達の手伝いをしている朝、功太は彼女の前に現れる。彼は大学に合格したこと、そして約束していた制服のボタンを西倉に渡す。そして西倉が功太のためにしてくれたことに感謝する。
バス停での告白も、音楽の音量を下げていた功太には届いていた。それは周囲を遮断した音のせいで取り返しのつかない失敗したため、今度こそ西倉の忠告通りに、大事な言葉を聞き逃さないようにしたからであった。

卒業式を前に髪を切った功太は(そのせいで風邪を引いて式は病欠)、心機一転。モラトリアムの終了を宣言する。今度こそ胸を張って憧れている人たちに近づけるように、なりたい自分になるための4年間を過ごす。

それが今日までの西倉と功太の交流の全てであった。2人は一緒に同じ立場になれなかった。それは2人が互いの声を届けない/届かない状況にしていたからだし、どんな困難も真正面から向き合うような勇気や覚悟がなかったから。西倉=カコとして読む回想編だが、カコなら西倉が逃げてしまったことを やり切るような気がしてならない。それがヒロインというものだ。


太にとって、カコに過去の全てを話したことが転機になったようだ。苦しみを2人で分け合った、いや、分け合える人を見つけた安心感か。
それにカコと知り合い、結婚したことで功太が一度、後悔で塗りつぶしてしまった高校時代を、カコの高校生活を垣間見ることが出来、改めて見直す契機となった。読書で再読した際に これまで気づかなかった点に気づくように、カコと一緒に過ごし高校生活を追体験することで、功太にも見えるものがあったらしい。功太にとってカコは自分の過去の過ちを直接 知らないことも、程よい距離を感じるところなのではないか。

それは功太の現時点の到達点なのだろう。必死で努力して、想像できない4年後の自分になり、目標を叶えたからこそ、これまで登ってきた道を振り返ることが出来た、と西倉は分析する。
別れ際に2人は、今度こそ同じ視点で時を共有する。ここで西倉が既婚者で妊娠中というのは、恋愛関係にならないようにするストッパーの意味もあるのだろう。作品の史実としては徹頭徹尾、西倉は「友達」なのである。

功太が実家の前に立ち、振り返ると、これまで彼が歩いてきた長い道、そして その反対からカコという現在、そして未来を共に歩いていく存在が顔を出すのが印象的。大学進学前には4年後に想像の出来ない自分になるために努力した功太だが、その道は父親の背中を追い続ける道でもあった。そして警察官という夢と目標が叶った功太が自分で切り拓いた未来がカコという存在。これは父の呪縛でも功太の後悔でもなく、明るい選択なのである。

そして前述の通り、カコは功太が会っていた「友達」が女性だとは知らないのだろう。でも今回は それでいい。西倉が妊娠中だから恋愛フラグが消滅するのと同じく、カコが嫉妬して事を荒立てることは本筋からブレることだから。功太の青春は功太だけのもので良い。2人には未来が待っているから。

振り返れば これまで歩んできた人生がある。そして暗かった過去は カコという光によって薄くなっていく。

うして また一つ功太の心の整理がついたところで、実家への帰省は終わる。明日からは2人きりでの旅行の始まりである。

…と思いきや、旅行先に選んだはずの海には嫌というほど顔を合わせている三門(みかど)とジロウがいる。彼ら、そして学校のみんなも近くの民宿に泊まることが分かり、2人きりのお泊り回は幻と消える。まっ、キスもしてないんだから いきなり お泊りなんて ある訳がない と私には分かっていましたけどね(苦笑)

この海で初登場となるのが後のキーパーソン・仙道 唯(せんどう ゆい)である。まさか まさか あんなに物語の中心に、そして長期間 居座るとは思いませんでしたが…。

どうやら警察の厄介になったことがある唯のことを功太は把握していて、彼女を始め生徒たちの監視に熱意を燃やしてしまい、カコは功太と一緒にいられない(この状況で一緒に遊んでも、ただならない空気を周囲が察してしまうと思われるから かえってセーフだろう)。

夜になり ようやくカコは民宿を脱出し、功太と合流する。これは修学旅行の夜に抜け出すスリルと似ている。まぁ抜け出す相手が先生でインモラルな感じがプンプンしますが。2人だけの時間を少しだけ味わって、地元に戻る。


8月21日は、この町の花火大会であり、そしてカコの誕生日。
だが誕生回だが功太は警備の仕事などで一時も一緒にいられない。2人に動きがない中で動き出すのは「友人の恋」。『2巻』収録の短編と時間軸が重なり始め、ジロウの恋が動き出す予感がする。そのことに穏やかでいられないのは彼を想う三門であった。「友人の恋」は苦手なパターン…。

帰宅して横になって眠ってしまったカコだが、23時50分 仕事終わりの功太に起こされる。寝ぼけたカコが功太に倒れ込んだのを合図に2人は顔を近づけ、『1巻』で即 結婚したにもかかわらず『6巻』で ようやく初キスとなりました。長かった。ここまで保留したからには誕生回ぐらいしか打破するキッカケはなかっただろう。恋愛・年間イベント的には、ここを逃すと次の機会はクリスマスまで巡ってこなかったのではないか。

そして2人の関係が精神的にも物理的にも接近したところで再登場するのが大神である。彼は主役カップルから主役を奪っていく、バランスブレイカーである…。