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少女漫画と小説の感想ブログです

弥白は 自分にしか出来ないことがあるって わかったら それをやろうとする、ところが大好き☆

神様のえこひいき 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)
小村 あゆみ(こむら あゆみ)
神様のえこひいき(かみさまのえこひいき)
第05巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

私はいつもお前と一緒にいるよ 最初は、弥白がケンタに叶わない恋をするところから始まった物語。神様のえこひいきで弥白が女の子になったり、「弥白がケンタを好きにならなかった、もしもの未来」をケンタが体験したり。すれ違いながらも、やっと元の姿でカップルになった2人。その姿を一番見たかったのは神様で!? 「好き」は、性別も種族も(!?)超える!! 恋する全ての人に贈る最終巻! 【同時収録】アリス/右近ちゃんと神様のすず

簡潔完結感想文

  • 恋愛のあとしまつ。交際の公表、親バレなど恋愛が発展した その先をお届け。
  • 神様のエトセトラ。えこひいきはエゴでもあったことが明かされる神様の来歴。
  • 神様におんがえし。登場人物の配置に一切の無駄がないことが分かるラスト。

生したのは、お前だったのか⁉、の 最終5巻。

当初は主人公の弥白(やしろ)の異性転生モノかと思いきや、
この『5巻』で本当に転生していた人がいてビックリ。

本書は否定しない。
同性を好きであること。
これまで好きになった人のこと。
幾つかの恋を経て今の自分があること。

神様の力を借りれば事実の改変も可能であるが、誰もそれをしない。
2回の「えこひいき」で その人が願ったのは、位相の転換だけ(ケンタは夢であることが条件だったし)。

だから きっと「えこひいき」がなくても、物事は収まるところに収まったはず。
事故で昏睡状態になった弥白が目を覚ました時、
元カノ問題や進路で2人が違う道を進む手前にある時、彼らは人生の伴走者の存在に気づいたかもしれない。

神様のしたことは、ちょっとしたキッカケに過ぎない。
時代は流れ、社会は変わる。
その変化が、今回の恋愛の成就の要因と言える。
そして更に時代が流れたら、生物的・医学的な性別の問題を人間は乗り越えるかもしれない。

その時にあるのは、純粋にその人が好きだという気持ち。
誰でも好きになれるし、誰からも好きになる可能性を秘めた広い世界。
多様性が認められた これからの世界を、あの神様はきっと見守ってくれるはず。


小限の登場人物で、様々な性のあり方を描いてきた本書。
それに加えて最後の最後まで意外な真相が用意されていて、
作者が連載にあたって事前準備を万端に整えていたことが分かる。
決して長くない連載の中で、これだけの恋愛の形を描き出した手腕に感心する。
展開が早いし、全5巻なので中弛みせずに大団円を迎えたことも好感触。

ただ この巻で弥白とケンタのカップルの恋を運命的なものにしてしまったのが少しだけ残念。
本書においての同性愛は、異性愛と同じくらいに当たり前で、
たまたま好きな人が同性だったというぐらいのスタンスでいて欲しかった。
最後の最後で「尊さ」をプラスしてしまって、マイナスの印象を受けた。
まぁ、これで全ての事象が繋がって一つの輪が出来たとも言えるのですが。

実質的に、やはり恋愛の精神面では『4巻』のラストでハッピーエンドを迎えて、
この『5巻』の内容は、彼らの恋愛の後日談と前日譚になっている。
しかも本書の1/3は読切短編が収録されているから弥白たちの出番は思った以上に少ない。

あと本編のラストの台詞はちょっと苦手。
重くなり過ぎず、その人らしい台詞と言えばそうなんだけど、最後で そういう用語は聞きたくなかったなぁ。
(これは後述する新時代の表現でもあるのかなぁ…)


命の分岐点を乗り越えた2人の関係は順調で、学校内でも他生徒に交際を公表する。
『4巻』でケンタがサラッと公表した時は、男子生徒に冗談だとしか受け入れられなかったが、
今回は、嘘のつけない弥白が言ったことで、全員が信じるというのが面白い。
弥白は とことん人に誠実に向き合っているんだろう。

そうして彼らは周囲から祝福される。
元々、学校での人気が高く交友関係も広いこともあるだろうが、総じて優しい世界である。
作者も この状況を「世界名作劇場」だと弥白に言わせている。

まぁ ここで同性カップルの息苦しさを描いてもしょうがないし。
弥白やケンタにおいても、これまでの恋愛(異性愛)とは違うという自分の中の戸惑いが生まれただけで、
同性愛自体を否定的に考えてはいない。
「誰が誰を好きになろうが どうでもいい」
そういう作者の良い意味での寛大さが作風に徹底されている。


2人の恋愛は互いに性的な興味はないという究極のプラトニックな関係から始まったが、
好きな人に触れたくなるのは当然の推移である。
「どうせなら お前と出来る きもちいいコト 突き詰めたい」というのも人の本音。
これも同性愛も恋愛の形の一つでしかない、という彼らの考え方によるものだろう。
そして異性との性体験も多くあるし、触れあう喜びを知っている彼らだから考え方が柔軟なのだろう。

そんな2人の愛撫に割って入ってきたのが彼らの母親たち。
息子の部屋にノックもせずに入ってくるが、幼なじみ同士の男子高校生が部屋にいて、
そんな彼らが そこで性行為に及んでるなんて神様じゃなきゃ分からないだろう。
ましてや息子たちは それぞれに彼女がずっといて、そちらの兆しは なかったのだから。

そこで開催される母親たちとの家族会議。
弥白の母親は、長い間 昏睡していた息子に甘いので、弥白たちが本気なら それでいいと告げる。

だがケンタの母は現実を受け入れられず、承諾はできないと出て行ってしまう。

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世界名作劇場のような模範的な態度が続いた本書の中で唯一 ピリつく場面。でも そこには理由が…。

そこに奮起するのは弥白。
認めてもらうために頑張る。
なぜならケンタを諦めるのはムリだから。
前半では、女性化した弥白=神楽(かぐら)がケンタの何気ない言葉にトキめいていたが、
両想いになってからは、弥白のストレートな言葉にケンタが参っている描写が多い。
そして それにいちいち照れるケンタが可愛い。


ンタの母が向かったのは、神様がいる神社。
町中を走り回った末に彼女を探し出した弥白は、2人だけで話をする。

弥白たちは生まれてからの幼なじみ。
だから 互いの母は、もう一人の母といって良い存在。

約半年の昏睡から目が覚め、自分を抱えられるまでに回復した弥白を慈しむケンタの母。
そんな彼女の優しさに弥白の涙腺は緩み、自分たちの関係によって母を悲しませたことを詫びる。

だが、ケンタの母は2人の関係を拒絶したわけではなかった。
ケンタの母は弥白の母のことが恋愛として好きだったため、
自分たちの子が自分が出来なかった関係になっていることを羨ましく思ったのだった。

大好きな人の、大好きな子供が、自分の子供を愛してくれた。
これもまた当事者ではない人の幸せの形ではないか。


んな母親たちの因縁を神様は知っていた。
そこから始まる神様の私の履歴書

神様は元人間の男性だった。
最初の場面は弥生時代ぐらいだろうか。
神様(人間)は男性に恋をしていたが、叶うことなく家庭を持った。
その人生を否定はしないが、叶わなかった恋は胸に残る。

そして転生する度に同じ男性に恋をする神様(人間)。
神様が弥白を記憶を持ったまま違う肉体に魂を移管できるのは、この自分の特殊な能力が理由なのだろうか。
なぜ神様(人間)が前世の記憶を保持しているのかは謎。

だが、何度 生まれ変わっても叶わぬ恋に絶望した神様(人間)は、自死を選ぶ。
最初の人生から1500年ぐらい経っているのだろうか。

そして現世に残った積もり積もった神様(人間)の無念は、やがて災厄を生む存在になった。
それを治めようと、地域の人間が その男を神として祀り、今の神様が誕生した。

だが神様(人間)の現実世界での遺伝子は脈々と受け継がれて、そして呪われた運命が、叶わない恋をくり返す。
それが受け継がれたのが、ケンタの母の想いであり、そしてケンタに繋がる。

神様としても子孫の悲しい恋を見続けているため、またも その胸には無念が積もっているようだ。
それはきっと、再びこの地に災いを招くものとなろう。

だが今回、そうなるまえに神様は弥白と関わったことで子孫の恋の成就が見られた。
それは神様と この世を繋ぐ鎖が解き放れることでもあった…。

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自分が進む道には当然のように彼も一緒に歩くことを想定している。17年の幼なじみは、未来永劫の恋人へ…。

は移ろい、留年した弥白の卒業式の日。
ケンタは1年早くイタリアンシェフの見習いとして社会に出た。
2人は、弥白の在学中から実質 同棲しているという設定。
何の伏線もないイタリアンシェフ(料理人)だが、これは作者の趣味か。

卒業後の弥白の目標・進路は、神主資格を取ること。
そして この神社の神主として戻ってくること。
ケンタが弥白を評して「自分にしか出来ないことがあるって わかったら それをやろうとする」と言っていたが、
神主になることが、弥白の神様への恩返しで、自分にしか出来ないことを やりたいということなのだろう。

思えば『1巻』百度参りで、お参りの作法を学び、神社のことを知っていったことが伏線なのかも。
失恋という自分の無念を掬ってくれて、稀有な異性体験もさせてくれた神への感謝を形に表したのだろう。


して ここまで感想文で一度も触れることのなかった
キツネの右近(うこん)の存在も重要であることが分かる。

子孫たちの悲恋を見ることに絶望しかけた神様は、再び その心身を黒く焦げつかせかねなかった。
そんな時に右近が現れ、神様の精神を安定させ、周辺の災厄を阻止していたと言える。

そして いつの日か成就する子孫の恋を見届けた後の、2代目神様として右近を傍に置いたのではないか。
神様の後継者にならなかったら、神様不在の神社となってしまう。
それは最早、神社ではない。

『1巻』から弥白はケンタを失い、
そして鈴(りん)は神楽を失い、ケンタは弥白を失ってきた、悲しみが繰り返される本書。
そして最後の最後まで、誰かが消失してしまう悲しみがあった。

だが、それは新たな始まりでもある。
新しい神様に、新人の神主。
この神社の新しい100年の歴史が始まろうとしている。


もそも神様の子孫であるケンタが弥白に恋をするのではなく、
弥白がまずケンタに恋をしたことから今回の恋は、ケンタの母までの代とは根本から違ったのだろうか。

神様が人間だった頃から2000年の悲恋の歴史の中で、初めて起こった逆方向からの恋心。
弥白に「えこひいき」したのは、この辺の事情もあるのだろうか(本当に面白半分だろうが)。

千載一遇の機会だから弥白を助けて、ケンタの恋心が芽吹くのを待つ。
神様にしてみれば、弥白の家系が好きになってくれたのならば、かなり勝率は高いと踏んだのではないか。
子孫の方は放っておいても、弥白の血統を好きになるし。

ただ、神様~ケンタの家系が いずれも同性を好きになるという点は、
同性愛には遺伝子的な要因があるという誤解を生じかねない描写になってしまっているのが気になる。


人の恋愛の多様性をある程度、周囲が容認できるまで社会が成熟してきた。
それには2000年という、人が怨霊にも神様にもなる膨大な時間を要した。
弥白たちの恋愛をはじめ、いかなる恋愛も本書の中で否定されないのは社会の寛容さの表現でもあるからだろう。

そうか、そういう意味では、神様は旧弊な価値観と言うべき存在なのか。
そして腐近(ふこん)ちゃんでもある右近は、最初から人の多様性を認めている新時代の神なのである。

だから社会の寛容さの逆行を防ぐためにも、これまでの神様は消滅しなくてはならない。
神様の消失によって初めて、旧来の鎖を断ち切られ、新時代の幕が開く。


「アリス」…
女子が嫌いな女子高生・浅倉 遙夏(あさくら はるか)は、
転校による編入試験の結果、女子校に通う羽目になってしまう。
当然のように周囲に馴染めない中、学校の生徒の憧れの女子生徒・1年生の藤原 奏多(ふじわら かなた)と出会う。
仲良くなるが、当然、学校の王子様と親しくなると やっかみが生まれ…。

ここでも異性愛者が同性の人物にドキドキする恋愛の多様性が見える。
王子様と評される人物が、同級生やお姉さまでなく、主人公よりも年下なのが珍しく映った。

ただし内容は、性別を別にすれば どっかで見たような凡庸な内容に見えた。
周辺の人間の知性や考え方を劣らすことで、2人の関係が高みにあるように見せ方も嫌だ。
基本的に本編と同じテーマのはずだが、何だか好きになれない。