《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

お前に好きになってもらうために異性転生したけど、今度は お前がヒロイン役に転生⁉

神様のえこひいき 4 (マーガレットコミックスDIGITAL)
小村 あゆみ(こむら あゆみ)
神様のえこひいき(かみさまのえこひいき)
第04巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

あたしに塩送っておとなしくしてると思ったら大間違いなんだから 元の体に戻る方法が分かったのに、お互いの愛し方が分からない弥白とケンタは仲違い。悩むケンタが神様に願ったのは、「弥白が自分を好きになる前の世界を夢でいいから体験したい」。でもその夢の中で、弥白が自分に恋しないように振舞ったのに、いざ弥白の気持ちが自分と違う人に向かうと、涙があふれて…。やっと、自分の気持ちに気づいたケンタは、夢から覚めた瞬間、あの人のもとへ向かい…!?

簡潔完結感想文

  • 三角関係で全員が一度は失恋。転校生は性転生。本書は転校生が他人の運命を変える⁉
  • 誰かを選ぶってことは それ以外の一切を切り捨てるってこと。お前を失うなら性衝動を捨てる。
  • 夢の中で変更した世界線が遅れて現実を侵食し始める。俺は三度もお前を失うことになるのか。

事な人が消えてしまう恐怖と戦い続ける 4巻。

早くもハッピーエンドの様相を見せる『4巻』。
だが考えてみれば本書は大事な人を失うことの連続である。

まず主人公の弥白(やしろ)が、幼なじみのケンタに告白した『1巻』で、弥白は恋を失った。
その上、弥白は車に撥ねられ、自分の本来の性別を失う(彼自身が望んだことではあるが)。
この事故により、ケンタの方も元気な弥白を失ったといえる。
更には『3巻』では、神様が創った夢の世界ではあるが、ケンタが弥白を失う。

そして『4巻』では弥白の女性の身体・神楽(かぐら)が消失することで、
神楽に好意を寄せていたクラスメイト・鈴(りん)は恋を失う。

また人は、神様の力を借りなくても、医学の力で性別を超える力を持った。
性別も、性的な対象も、好きな人も目まぐるしく変わる可能性を秘める人間の恋。
誰にもその変化を縛ることは出来ない。
その自由は守られるべき権利であるが、同時に人を失う恐怖をもたらす。

主人公の弥白とケンタは、自分たちも性を超越した側であるからこそ、
自分の望むカタチに相手を縛ることを出来ないことを知っている。

多用な性のあり方の中で、自分が相手と どのような関係でいたいか、それが今回、試される。
ハッピーエンドの その先にも多くの分岐点が待っている。

失うかもしれない恐怖は、失いたくない自分の願望が反射したもの。
失わないようにするために努力と、そして時には冷静な判断が必要。

愚直で一直線だった弥白が、
ラストで自分の中で折り合いをつけながら、愛を貫く姿は清々しかった。


た、ハッピーエンドのその先で、
これまでのヒーローがヒロインになるという一種の転生が見られることが楽しかった

その性格から自分の欲望に素直に生きられる弥生と違って、
相手を思い遣るあまり、自分の願望を呑みこんでしまうケンタ。

そのケンタが弥白を失う恐怖のあまり、彼を束縛しようとする場面、
そして自分の感情を抑えきれなくなる場面に胸が痛くなった。

後述の鈴もそうだが、本書では相手に何かを強要したりしない。
性別を固定してとか、自分だけを好きでいろとか、女性に手を差し出すなとは決して言わない。

彼らは自分の願望で、相手の自由を奪ったりしない。
そうしないだけの理性と賢さが彼らには備わっている。
そして それは、自分たちの過去の経験も影響している。
彼らもまた性の越境者で、マジョリティの性愛も、マイノリティの恋愛も経験している。
自分自身が揺れ動いてきた中で、相手に特定の場所で止まることを望むのはエゴだということが分かっている。

登場人物みんなが お利口さんなのもいいですね。
恋愛観も常識にとらわれないし、自分の中に生まれた気持ちを否定しない。
神様が彼らの前に姿を現すのは、その人の人柄を見込んでいるところが大きいのではないか。


様の「えこひいき」による夢から覚めて現実に戻ってきたケンタ。
夢の世界とは違って、腕に犬にかまれた傷跡が残っているケンタの肉体。
そして これは弥白がケンタを好きだという証拠でもある。
その肉体をもって、今度はケンタが弥白に自分の中に生じる思いを伝えに行く…。

だが その前に、ケンタはフェアな戦いをするため鈴に会う。
ケンタは鈴に、自分が弥白を好きになったこと伝え、
そして それによって神楽が消失することを暗に知らせる。

それを受けて鈴は、神楽と女の子同士の一日を満喫する。
最後に、神楽のままでいさせようと説得しかかるが、それは弥白の自由意志を阻害するもの。
鈴にそれを縛る権利はない。

鈴は最後のお節介として、ケンタの心境の変化を神楽=弥白に伝える。
自分から伝えることでケンタへの嫌がらせになるし、
そうすることで自分の気持ちに けりをつける意味合いもあるだろう。
鈴の2.5次元恋愛みたいなものは、こうして終わる。
だが、彼女に生じた気持ちは紛れもなく本物である。

神様は「えこひいき」が原因で生まれた恋心は散ろうとしていることに対して、
公平性を重視しようとして、鈴の願いを叶えようとするが、鈴は神頼みはしない。
このサッパリとした性格が彼女の魅力ですね。
それに鈴は百度参りしてないしね。
その事前準備は やっぱり必要でしょう。


ンタは告白の仕方に迷っていた。
夢の中の告白は、現実の弥白からの告白を鏡写しにしただけ。
今回は断られることはないだろうし、成功が確約している告白となる。

だが自分なりの告白に迷い、自分から告白することが人生で初めてなので緊張が高まる。

女性経験豊富な博愛主義者が見つけた、唯一の自分発の恋心。
この辺は ちょっとBLっぽいですね。
これまでを偽物とまではいわないが 受動態の恋愛とすることで、男性同士の恋愛を一層 高みで尊ぶ風潮が見られる気がする。

といっても、弥白は愚直に女性と恋愛してきたから、これまでを否定することはないんですが。
この恋愛に対する純愛度が高いのも、ヒロインがケンタっぽい理由の一つですよね。
多くの恋を経験した弥白と、初めての恋に戸惑うケンタ。
『1巻』からは考えられない乙女度の反転も、本書の楽しいところ。

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示し合わせず重なる恋愛観。この境地に至るためにも、2人がモテて性体験を経ている必要があったのだろう。

悩んだ末の告白だったが、これは弥白にとって一番 嬉しい言葉の連続だったのではないか。
その中でも「弥白を失うなら オレは もう一生 女の子と どうこうしなくてもいいって思った」という言葉は、
弥白の この恋愛への価値観そのもので、期せずして同調することは無上の喜びではないか。

ケンタにとって、弥白を通した世界が自分の全て。
彼にとって弥白を失う恐怖は、その他の世界の事象全てと釣り合うことらしい。

2人の想いは お互いを失いたくないという精神的な繋がりだけで重なる。
究極のプラトニックであり、まさに愛だけが存在している。
ただし、同性の性愛の可能性を全て打ち消している訳ではない。
飽くまで2人の恋愛の入り口が理念であることの証明である。


想いになった後での、現実こそが試練であると神様は言う。
弥白の半年近い空白や、学校・進路、それら全ては2人のこととなった。
ちなみに弥白が目覚めても、家族との感動の再会のシーンは割愛。
飽くまでもケンタとの関係がメインで、家族のことは今は脇に置いておく事柄なのだろう。

弥白の復活で消失した神楽は再び転校していったという話になっているらしい。
神様にそれが出来るか分からないが、鈴以外の関係者から記憶を消してもよかったのでは?

鈴の失恋のケアとして用意されるのが、鈴が少し前に合コンで会った男。
この男・柏原 由紀彦(かしわばら ゆきひこ)は、いわゆるバイセクシャル
由紀彦の別れた恋人は元男性の現女性。
バイセクシャルだけれど、恋人の性別がいきなり変わったら頭がついていかなかった。
どうやら人は、心と身体と一体となった存在を好きになるものらしい。

ただ、好きな人は消えてしまったけれど、もう誰のものにもならない、
という由紀彦の考え方が、鈴が自分の気持ちのモヤモヤを消化する手助けとなる。

ってか、由紀彦も高校生なんでしょ?
性転換した相手の年齢は分からないが、稀な人生を歩んでるなぁ。
早くも こんな心境に到達するとは。
ちょっと人の性にまつわる話を全方向に広げ過ぎている感もある。

ちなみに由紀彦が鈴を好きになったのは、鈴は「今の自分が好きで自身があって絶対に変わらなそうって思ったから」。
確かに、鈴は神様の公平な願い事も拒否するし、由紀彦の見立ては正しいだろう。

そして、同じ喪失の体験を持つ者同士の共感は、やがて好意に変わる予感がする…。


覚めて以降、衰えていた肉体のリハビリに励んでいた弥白は、
半袖の季節の内に学校に復学する。
ただし留年して、2年生として。

これは2年生の出席日数が足りなかったのか(といっても3学期の日数分だとおもうが)、
それとも今から3年生として復学しても、進路や勉強面でのデメリットの方が多いから、2年生から戻したのかな。
これは弥白の成績が いまいち というのも関係してるのか…?

弥白との恋愛に不満を抱えるヒロイン・ケンタの相談役として、神様が再降臨。
再びケンタには姿が見られるようにしたみたい。
それでいて弥白には見えないまま。
神様はステルス機能のオン/オフが自由らしい。

互いに肉体的欲求はないし、精神的な繋がりのみで、2人の関係は何も変わらないが、
交際している2人の前に現れたのは、転校が原因で別れた弥白の元カノ。

かつてケンタが願った夢の中(『3巻』)で、弥白が彼女の転校先への移住を考え、
ケンタが弥白を失う恐怖から、弥白への特別な想いを自覚する原因となった女性である。
夢という自覚があるとはいえ、一度 彼女が原因でケンタは弥白にフラれている。
そして、その時とは違って、今度は弥白の「普通の」幸せを願えない。

ある意味で自分にとってバッドエンドになった夢の世界をリセットしてきたケンタだが、
それが今度は現実に侵食し始める。
ここら辺は、世界を少し改変しても、世界は壮大な復元力で同じ未来にするという時間移動モノの作品のようだ。

弥白は愚直だから、ケンタが一番大事でも、目の前で困っている人がいたら その人を助ける道を選ぶ。
それが幼なじみのケンタには痛いほど分かっている。
ケンタとの関係を続けるため、彼女とは恋愛関係にはならないかもしれない。
だけど彼女を支えるために、弥白はケンタの夢の中で、そうしたように再び自分の人生を捧げるかもしれない。

二度も大事な人を女性に取られるかもしれない。
弥白を再度、そして今度は現実で失うかもしれない恐怖がケンタにはある。
ケンタは弥白には神様の「えこひいき」の内容を語っていないだろうから、2回目の恐怖と一人戦っている。

最初は弥白がケンタを好きになったのに、いつの間にかに立場逆転してますね。
多くの試練が与えられるのはケンタの方になっている。

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紆余曲折を経て得られた穏やかな日々と心境。だが世界の分岐点は未来にも待ち受けている。

んな嫉妬の対象である弥白の元カノと町で偶然会って、彼女の事情を知るケンタ。
高校生ながら実家の都合でお見合いをすることになった彼女。
そんな彼女を助けたいと弥白が思うのは当然。
ケンタもまた、彼女が弥白を好きになった時点で良い子認定している。

ここでも誰も悪い人はいない。
あるのは、弥白を失いたくない自分のエゴだけ。


弥白は その性格から目の前の子を助けたい。
だから助ける。
けれど もう全力で自分ごと ぶつかったりしない。

なぜなら自分が求める人は別にいるから。
結局、弥白を目覚めさせる王子からのキスは必要なく、弥白は自分の身体に戻った。
だが、キスは思わぬ場面で生まれる。

弥白の中では その彼女との本物の恋愛だった。
けれど弥白には今、一番大事な人がいる。
ケンタの腕に傷が残る限り、弥白は夢の中のような世界線に戻ることはない。
そして その傷跡は2人の恋の証のように消えることはないのだろう…。

ここで完結かな? いや もう1巻あるらしい。