小村 あゆみ(こむら あゆみ)
神様のえこひいき(かみさまのえこひいき)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
「お前を特別に生き返らせてやろうと思うのだ 全くの別個体としてお前の望む姿でな」 自分の覚悟を試すため、神社に百度参りをする弥白。その覚悟とは男友達(!)ケンタへの告白でした。あえなく振られるのだけど、その直後、車にひかれて死んでしまうのです。そこに現れたのが暇を持て余した神様。望む姿で生き返らせてやるという神様に向かって弥白は、ケンタの恋愛対象である「女子」に生まれ変わりたいと願い…。恋は性別も常識も超える!? 物語スタート!
簡潔完結感想文
- 同性がダメなら異性として 今度こそ お前と恋をする。同世界異性転生モノ、か?
- 彼好みの外見を手に入れたが、最大の問題は自分の内面。精神的に女子力がゼロ。
- 見た目は女性、頭脳は男性。両性の魅力を兼ね備えたヒロイン/ヒーローは無敵。
性別の壁が、全ての壁を越えるのか? の 1巻。
自分の見た目にコンプレックスを持つ人は少なくないだろう。
ある日、神様が 想っている相手の好みばっちりに姿を変えてくれると提案したら、一体どれくらいの人が乗るだろうか。
本書は、不幸に見舞われた人間が、神様の計らいで、好きな男性の1000%好みの女性の外見を手に入れることから始まる。
後は彼が自分を惚れるように仕向けるのを待つだけ、というハニートラップのような内容である。
だが たった一つの大きな問題は、その外見を手に入れた人間が男性であること。
幼なじみでもある彼の好みは熟知しているが、その好みに自分の言動を合わせることが出来ない。
性別や容姿は変わっても、精神は男のままで、そこに混乱が生じる。
異性に転生して一番 困るのは、異性の肉体の取り扱いではなく、精神と肉体の不一致。
この、後天的な性同一性障害のような悩みが本書の肝と言える。
序盤の主人公の行動は恋愛脳と言ってもいい。
事故に遭って別人として生きることも恋愛の成就の前では些細な問題。
異性として生きる難しさも、残された家族のことも優先順位は低い。
取り敢えず、好きな人に好きになってもらう、それが転生の意味。
そんな彼に最も大きく立ちはだかるのが、性の不一致なのだ。
恋愛の事前準備は整ったが、彼好みの女子になるためには自分を曲げなければならない。
彼に好かれるために肉体に続いて、心さえも捨ててしまうのか。
いつの間にか問題はアイデンティティーに差し替わる。
男性が女性の肉体を手に入れる、ある意味では男子高校生の夢ともいうべき状況なのに、
肉体的変化はさしたる問題ではなく、精神的な齟齬に焦点を当てている状況が面白い。
人を好きになるのも、自分が自分であり続けるのも外側の問題ではない。
その人の心を好きになる。
これは本書の大きなテーマではないだろうか。
1話は ↑ の あらすじの通り。
それ以上のことは特に何も起こらない。
覚えておくべきは天野 弥白(あまの やしろ)は、生来の同性愛者ではないということ。
女性との交際経験も、性経験もある。
それでも17年来の幼なじみ・七原(ななはら)ケンタへの気持ちは、恋であることに気づいた。
自問自答の意味でも「神様」が祀られる神社に百度参りをしていた。
自分でも「本気じゃなかったら そんな面倒なこと すぐに やめる」と思っていたが、遂に百回達成してしまった。
彼にとって百度参りは神頼みなのではなく、自己の戸惑いを受けとめ、そして相手に伝える準備段階であった。
そこが後に神様に えこひいき される、彼の長所となる。
だが、弥白の長い逡巡の末の告白も、ケンタはムリだと即座に断る。
「オレは女を好きになるし 多分 男をそういう風に見ることはない」。
これがケンタの正直な気持ちなのだろうが、一縷の望みも与えない残酷な言葉である。
この正直さ・気兼ねの無さが、ケンタと弥白の距離の近さの証明なんだろうけど。
幼なじみとして弥白も望みが薄いと分かっていたが、その現実に涙する。
自分の返答で幼なじみがショックを受けたことをケンタは心配する。
それに空元気で対応しようとして、道路に飛び出たら、弥白はトラックに轢かれてしまった。
弥白が百度参りをした神社の神様は、彼の本質が気に入り、彼に新しい肉体を与える。
その姿は全く別個体として、弥白の望む姿で、というもの。
だから、弥白はケンタの「恋愛対象になれる、あいつ好みの女の子に」なることを願う。
これは男であり続けてもケンタに愛されないことが分かったからこその迷いのない決断。
そうして弥白は、同じ年の女子高生の天堂 神楽(てんどう かぐら)として生きる。
この神楽は、神様が新たに こしらえた存在で、元から この世界にいた人の肉体を拝借している訳ではない。
神様をもってしても、人一人を新たに創るのには時間がかかるのか、
告白の時は雪が降っていた空には、今は桜が降っている。
神楽=弥白は高校3年生に進級し、転校生として学校生活を再開する。
ここで重要なのは、弥白は神楽として生きるが、弥白の存在の痕跡が消えている訳ではないこと。
ケンタも、クラスメイトも今は学校にいない弥白との思い出を抱えて生きている。
弥白は、自分と多くの時を過ごしたケンタが好きだから その現状を喜ぶ。
3年生の新しいクラスはケンタも同じだった。
転校初日から、ケンタの隣の席に座り、彼に近づく弥白。
ケンタは、彼には見えない神様と喋っている神楽を見て警戒心を持っている。
しかし神楽=弥白には幼なじみとしての17年間の記憶があり、
あとはケンタの好きな女性像を演じて惚れさせるだけの楽なお仕事である。
だが神楽=弥白が最初に躓いたのは、「女の子っぽく ふるまう」ことへの恥ずかしさだった。
弥白は演技は苦手だし、男の自分が女になる楽しさなど微塵も感じない人であった。
自分の中に ケンタが抱く女性の理想像はあるけれど、それを自分で表現することは苦痛になる。
これは広義の性別の入れ替わりである本書の大きなオリジナリティだろう。
例えば男女の入れ替わりなら、その性別・肉体的な差異に戸惑いを覚えるのが定石だが、弥白はそこには早く順応する。
数々の理由は後で明かされるが、まず彼は女体に触れてきているので、その経験から肉体の変化を許容できたらしい。
弥白の中では、胸を揉むとか、あるとかないとかリアクションするのは、実際に見たことない人がやることらしい。
彼は そういうウブな反応を見せない。
ケンタへの想いや恋愛が、決して弥白の初めてではないことも本書の大きな特徴。
幼なじみという要素の比重は大きいが、最初で最後の一度きりの恋ではないのだ。
また本来なら残してきた家族のことなどを、いの一番に心配するのが普通だが、
作者は最適なタイミングで語る時までは 作中で言及しないことにしている。
事前に承諾した異性への転生なので、性別変更にまつわる お約束の騒動は割愛。
読者の想像の範囲内の騒動は起こさず、思わぬところに落とし穴を設けているのが面白い。
これによって物語にテンポが生じて、先へ先へ進んでいく快感が味わえる。
弥白は神楽になることで、ケンタでの周辺に新たな発見が続く。
転生前後の大きな違いとして、身長差がある。
以前は、ケンタ(174cm)よりも背が高かった弥白(186cm)だが、今の神楽の身長は158cm。
30㎝近く身長が低くなることで、ケンタを見上げる形になって、視線の違いにドキドキする。
この落差は、自分が女性になったことを大きく実感するものではないか。
転生前に彼とキスや抱擁をしたわけじゃないから、そこの違いは味わえないだろうが。
また、弥白ではない立場から、クラスメイトの女子たちから自分たちのことを聞くのも新鮮な行為。
そして彼女たちは事故を起こした弥白を思ってくれていた。
それに心が温かくなる弥白だが、ケンタが その女子生徒にナチュラルに優しいことに嫉妬の炎を燃やす。
これは叶わぬ恋から、叶うかもしれない恋になったことで、
これまで気にならなかったケンタと女子生徒との会話にも負けん気が生じたのだろう。
肉体的に弥白が戸惑うのは、ブラジャーを装着する時。
どうしてもメンズブラを弥白が着用している気になるし、
鏡を見せられると、女性の着替えを覗いているようで罪悪感が湧く。
どうにも弥白には男性の意識が消えないらしい。
しかし つけた香水をケンタが好んでくれたことで、
神楽=弥白は、もっと綺麗な、最高の自分であろうとする。
こういう恋する女性の喜びをしっかりと描けるのは、
女性であることが初めての弥白を使うメリットですよね。
女子力を高め綺麗になる第一歩が化粧。
だがメイク道具の良し悪しなど分からない神楽=弥白。
そこに声を掛けてきたのが、3年生で同じクラスになった鳥居 鈴(とりい りん)。
彼女は、ケンタの元カノで、そして弥白が好きだった相手でもある。
現時点では、ケンタを巡る恋敵とも言えるが、
弥白は鈴に相変わらず好感を持っているので、知り合いになれて嬉しいという感覚もある。
神楽にならなければ、叶わなかった交流で、男性としての満足感を得る。
そうして女性になって嬉しいのは、女性に抱きつかれること、という奇妙な現象が生まれる。
自宅で化粧を指南してくれる鈴は、弥白の想像とは違い、本性は あけっぴろげな性格。
彼女は男性をハントすることに命がけであることを知る。
そして、弥白は ここでもケンタの新たな面を鈴から聞く。
元カノの鈴いわく、ケンタはかっこいいしやさしいし気もきくけど
絶っ対オンナより幼なじみの弥白くんのこと優先する。
ケンタが鈴と別れたのも、
鈴が自分か弥白の二択を迫ったら、ケンタがアッサリと別れを選んだからだった。
それほどまでにケンタにとって弥白はかけがえのない存在らしい。
これは今の神楽=弥白には複雑な情報である。
かつてないほど自分がケンタにとって大切にされていることを知るが、
今度はその自分が、弥白以上の存在にならないと、彼とずっと一緒にはいられない。
自分の敵は自分という状況になりかねない。
ケンタに大事な弥白=自分を忘れさせて、
新しい自分=神楽に夢中になってもらう、これは大変 難しいミッションだ。
神楽=弥白は鈴の前では、女性らしくしなくてもいい。
ケンタの前とは違い、好かれるための演技をしなくていいから気も楽だ。
どうしても自分を「オレ」と言ってしまうのは、中学まで男として育てられた、
という変な設定を盛ってしまったが、そのお陰で、より弥白に近い言動が取れるようになる。
だが、そんな神楽に潜む男性性に、鈴の男性ハンターの能力が正しく反応しているようで…。
この時の鈴も、外見上などの性別ではなく、心に惹かれていると言える。
人物配置は単純だけど、単純には割り切れない思いばかりが膨らんでいく。