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本書3つ目の嘘は、人生(2歳)で初めて嘘をついた泰明さんの誤作動。

遙かなる時空の中で(10)
水野 十子(みずの とおこ)
遙かなる時空の中で(はるかなるときのなかで)
第10巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

鷹通(たかみち)と友雅(ともまさ)が協力し、「西の札(にしのふだ)」を得た八葉(はちよう)たち! 次なる「四方の札(しほうのふだ)」を求め、永泉(えいせん)は小天狗と船岡山を目指すが…⁉ 師匠・安倍晴明に作られた、心を持たぬ泰明(やすあき)。神子(みこ)を想う彼に訪れる不思議な葛藤(かっとう)とは…⁉ 大人気ゲームのクロスメディア漫画(コミック)、激震の第10巻登場!!

簡潔完結感想文

  • 鬼 VS 天狗。八葉は高みの見物。具現した神力が悲劇を呼んでしまい…。
  • 話を円滑に進めるために虚偽報告をするロボット。相手を想っての非合理。
  • 2つ目のお札と3つ目の嘘、3人目の失踪。最強キャラ不在で どうなる八葉⁉

しみの連鎖は神子にも起こり得る 10巻。

ネタバレを前提に感想を書きますが、
『10巻』では作品で初めての犠牲者が出る。

主人公側に優しい作品だと思っていたので意外な展開に驚く。
そして そうはいっても人外の者だし、幾らでも救済策はあるでしょ、
と思っていたのに、最後までフォローされることはありませんでした。

この件に関しては、最終回間際が駆け足になってしまったからなのか、
それともシビアな現実として事実を動かさないという強い決意なのか、
私には判別が付かないところです。

物語にとっても尊い犠牲であって、
このことから2つの物語が派生している。

あり得たかもしれない鬼(の一部勢力)との和平は立ち消え、
神子(みこ)と八葉(はちよう)は己の務めに邁進するしかなくなる。
個人的な憎しみが別の憎しみを呼んで、泥沼化してしまうのは人間の業だろうか。

そして『10巻』のメインキャラというべき陰陽師・泰明(やすあき)の一時退場へと繋がる。
彼は この犠牲を巡って自分が嘘をついたことに悩み、行方をくらます。

一つの命と釣り合うほど、泰明が嘘をつく という行為は意味を持つ。
本書で一番 内面を掘り下げられているのは泰明で間違いない。
そんな彼が変化していく過程の『10巻』。


のお告げに従って、夜間に「四方の札」のある場所へ向かう永泉(えいせん)。

ちなみに夢を見る「天」の八葉の中で、永泉の夢が一番弱いのではないか。
かといって同じ四神グループの相方を代理に仕立てることは出来ない。
なぜなら地の玄武は泰明だから。
泰明は夢をみないだろう。
(後半でもう一人夢を見ない人がいるが、それとは別の理由で)

現代人の天真(てんま)と詩紋(しもん)は夢のお告げが来ないだろうから除外され、
天地の白虎の鷹通(たかみち)と友雅(ともまさ)も役目を終えているから、
残りの候補は3人しかいない(しかも その内2人は夢を見る)。

永泉は他に候補者がいなかったから選ばれただけに思えてくるなぁ…。
個人的には友雅の夢に誰が現れるかなど、彼の内心を知りたかったが。

消去法的に夢見係になった永泉だが、彼には悲劇的な境遇も親類もいないので、
(架空に仕立てることも血筋的に畏れ多いだろうし)、
祖先の思念の集合体みたいな形でしか出せないのだろう。


数の護衛と小天狗で目的地に向かう永泉だったが、鬼のイクティダールが尾行していた。
(イクティダールが突発的な行動をしている永泉を尾行できるのが ご都合主義だが)

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初登場『4巻』から小天狗だったのが元の姿になったが…。半裸なのは読者サービスではない、はず。

そこで起こる衝突、そして一つの死。
それにより2つの種族の対立が広がってしまう…。

上述の通り、意外で、そして救いのない小天狗の死。

そこには2つの意味があるだろう。

1つは、鬼側の中での和平推進派であるイクティダールとの話し合いをスムーズにさせないため。

同じく和平派といえる龍神の神子・あかね とイクティダールの会談が進んでしまうと、
物語が軟着陸する可能性があった。
だから因縁をつけて、あかね とイクティダールを遠ざけなければならなかったのだろう。
物語のためにも、分かり合う未来は もう少し先でなければならない。


にしても小天狗の死は永泉のせいではないか、という疑念が拭えない。
なぜ具現した神力を小天狗ではなくイクティダールに使わなかったのか。
火を操るっぽいイクティダールに対し、
風の術だった小天狗は相性が悪かったが、
水である永泉だったら圧勝できたかもしれないのに。

確かにイクティダールを捕縛してしまうと、暴走した小天狗あらため天狗に彼の命は絶たれていただろう。
そして広い視野で見れば、イクティダールが ここで退場しなかったことは京や鬼にとって幸運だったはずだ。
でも、双方に技を使うとか、弁舌を駆使して争いを小休止させるとか方法はあったはず。
永泉が殺したようなもの、と罵られても言い訳は出来まい。


小天狗の犠牲も消去法的な選択肢に思える。
物語の必要上、八葉は誰も死なせられない。
それ以外だと あかね が鬼を憎むまでの交流があった者は小天狗か藤姫(ふじひめ)ぐらいに限られる。
後者が この場に立つことは難しいし、神子と八葉の後ろ盾に必要であるから退場も難しい。

そこで選ばれたのが小天狗だったのだろう。
そして少しでも彼に退場する理由を与えるために、天狗に戻り野生が暴走して、
その場にいる誰にも制御が不可能だったという仕方のない一面を見せている。


天狗の死がもたらす もう一つのもの。
それが泰明の人生初の嘘である。

これまで黒龍の神子・蘭(らん)と会っていないと八葉に告げた あかね、
あかね の来訪に居留守を使った永泉と2つの嘘が本書には登場しましたが、
3つ目の嘘は意外な人物がつくことになった。

そして そのことに最も動揺したのは泰明自身。
その嘘は咄嗟に出た言葉であり、非合理きわまりない。
自分の誤作動を自己分析するために、彼は消息を絶った。

ちなみに行方不明になるのも友雅・詩紋に続いて3人目である。
なにかと3に縁のある泰明がいないと、戦力的に不安だぞ 八葉(笑)


明は心を持たないため、神子・あかね の感情がダイレクトに伝わる。
小天狗が死んだかもしれないことに奔流となって泰明に伝わる彼女の悲しみ。

そして それは神子の気を乱す。
それを止めるために嘘をつく。

八葉として神子を最優先に考える泰明の論理的で飛躍した発想。
嘘をつく選択肢など これまでの自分には全く思いつかなかったことだから。

言霊を操る陰陽術と嘘は相性が悪い。
安易な嘘が理(ことわり)を乱したから、泰明の気が乱れる。

あかね を守るために自分の生き方すら曲げた自己犠牲と言えるだろう。

泰明の愛は自分を捧げる愛なのかもしれない。
ただし彼の場合は、インプリンティング(刷り込み)のように、
母や、主人に仕えることを使命だと思っている節がある。
彼が今後どのくらい情を感じるかが見物である。


嘘とは他人のためにも あることを知った泰明。
頭の中が、その人でいっぱいになることを、
人は恋と呼ぶんだよ、と彼に教えてあげたい。

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「嘘」は自分が相手を思い遣った結果。想いや考えが溢れ出し、それに溺れそうな泰明。

書は人の配置が上手いですよね。
大局から物語を考えているところが好きです。

話が流れるように進むし、伏線があちらこちらで張られている。
バトンが次々に渡されていくテンポの良さが魅力です。

特にイクティダールの恋愛の相手を薄布一枚隔てて隠す感じが好きですね。


※『コルダ』の漫画のネタバレを含みます。

そういえば同じ乙女ゲーム『金色のコルダ』でも、
小さい飛行体が途中で消滅していたなぁ(こちらは救済策あり)。
主人公をアシストしていた小さき者が途中退場するのは
このレーベルの様式美なのだろうか。

しかも どちらも全17巻中の10巻で それが起きている。
これは後発の『コルダ』は狙ったか。

これはヒロインが悲しみを乗り越えて独り立ちするイニシエーションの象徴的イベントだろう。