水野 十子(みずの とおこ)
遙かなる時空の中で(はるかなるときのなかで)
第09巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
京の結界を司る聖獣(せいじゅう)・四神(ししん)を制御するために必要な「四方の札(しほうのふだ)」を探し求める あかね と八葉(はちよう)。一方、鬼の側も札の在処(ありか)を探るため、あかね の姿に化けたシリンが永泉(えいせん)に近づき…⁉ 大人気ゲームのクロスメディア漫画(コミック)、ますますヒートUPの第9巻、ついに登場!!
簡潔完結感想文
胸キュンはセルフサービスとなっております、の 9巻。
本書は8人の男性から ほぼ総モテ状態の主人公・あかね の物語である。
公平を期すためなのか、それともヒロインに無邪気でいてもらうためなのか、
あかね に恋愛的なトキメキは生まれない。
『1巻』で早くも天真(てんま)から告白はされているが、
その後、なし崩し的になかったように振る舞い、表向きは友人関係を続けている。
物語の性質上、好意を示せない あかね の代わりに、あかねを慕う8人の男たちが、
彼女に惚れ直すことで、読者に胸キュンを誘発させている。
男性側の恋心を深く掘り下げ、彼らの純情をつまびらかに描いている。
男性の仕草に思わずキュンとする女性を描かずに、
女性を慕う男性の気持ちにキュンとして下さいという間接的な手法が採られる。
んー、少女漫画として面白いかね、この構成。
確かに最初から八葉 目当てに読んでいる方々は、絶対に楽しいだろう。
個人回があって、彼らの中には強さと弱さがあって こんなに男性心理を描く漫画も珍しい。
だけど単純に恋愛漫画として読んだ時に、やっぱりイベントが少ない。
男性側からの「攻め」が圧倒的に足りていない。
ドSは決して好きじゃない私ですが、
ここまで温厚な人々の、横一線の恋愛を見せられてもキュンともスンとも しないことを痛いほど理解した。
多少、あからさまであっても、
誰か一人のルートを確保して、その人との恋愛イベントを中心に、
周囲の人は嫉妬と焦燥でヒロインに猛アタックするという展開でも良かったかも。
京を守るアドベンチャーとしては面白いが、
恋愛アドベンチャーとしては物足りない。
読んでいて説明不足や ご都合主義を感じるが鬼側の動き。
あかね に化けたシリンが永泉(えいせん)を狙ったのは、
現・最高権力者である帝の弟であり、
それだけ彼女が狙う「四方の札(しほうのふだ)」の機密情報にも近いと考えてのこと。
シリンと永泉の直接対面はないはずだが、シリンは彼に一直線に近づけるのは、
怨霊の力を借りて、八葉の姿を鏡に映しているかららしい。
大体のことにおいて鬼が先回りできる説明を先にしてほしいものだ。
邪魔者が介入しなきゃ物語の展開にドラマ性が生まれないのは分かるが、
『9巻』ラストの、永泉の住まう寺の周辺に都合よくいるイクティダールの行動といい、
彼らのピンポイント行動に疑問ばかりが先行してしまう。
あかね に化けたシリンは3人の八葉にちょっかいを出すのだが、
その各人の反応がバラエティに富んでいて面白い。
まず最初の餌食となった永泉は あかね(シリン)に抱きつかれて硬直。
自分では何もできないまま、第三者の介入でようやく身も心も解放された。
永泉は緊張し騙された自分を恥じるが、
そのことがキッカケとなって、これまで以上に あかね と会話が出来ている。
これは怪我の功名かもしれない。
でも他の2人は普段の あかね との言動の違いから、
彼女が偽物だと気づいた一方で、
永泉は自分の願望を含めて現実だと思い込んでいるところが残念である。
読者の反応も可愛いと情けないの半々でしょうか。
八葉の中で最もチョロい男の次は最も難攻不落な男を歩き渡るシリン。
次は友雅。
友雅が あかね ではないことに気づく場面は笑いを禁じえない。
職人のように経験から指先の感触が研ぎ澄まされているのだろう。
相性の問題でいえば、シリンと友雅は最悪だろう。
八葉も鬼側の苦手を盾にして作戦を練ればいい。
シリンには友雅、イクティダールには攻撃を躊躇うであろう子供組の詩紋(しもん)とイノリを当てればいい。
セフルには2戦2勝の陰陽師・泰明(やすあき)が捕縛すればいい。
残る4人と神子・あかね でアクラムをどうにかすれば何とかなる、はずだ…。
友雅から敗走したシリンが選ぶ次なるターゲットは鷹通(たかみち)。
シリンと鷹通は互いの初登場から因縁がある仲。
個人的執着もあって、鷹通を騙すことに喜びを感じるシリン。
清廉潔白な男の負の感情を見たいというのがシリンの欲望だ。
だが傷を負ったことへの恨み節を聞き出そうと水を向けても、
彼の口から出たのは 今のあかね への不信感、そして正体を示す名前だった。
ここは『8巻』でシリンに傷を負わされたこと、そしてその際に眼鏡が壊されたことで、
視覚に頼らず人の本質を見抜く力が引き上げられたことが関連していた。
この話の流れはとても上手いですね。
眼鏡がトレードマークの鷹通ですが、眼鏡が無い方が強いのかもしれません。
鷹通はマザコン属性もあるんでしょうか。
女性に優しい公明正大な男のようでいて、
彼の中の女性とは母(義母)であって、
女性とは清浄なるもの、そして守らなければならないという信念が根本にあるように思われる。
あかね に惹かれるのは、彼女が守るべきもので聖なるものだからだろう。
けれど意思をもって自立・行動しようという彼女に
自分の中の女性像との齟齬も感じているはず。
この点では天真と同じく旧態依然とした男女観を持っていると思われる。
考え方に古さが出ている時点で鷹通エンドは期待できません。
あかね に自分が義母から授かった知性を与えようという考えもマザコンが過ぎる。
紫の上、とまではいかないが、自分色に染めようという意図が見える。
自分色、というか義母色に染めて母ではない理想の女性を作り上げようとしているのか。
相手が既に亡くなっているから より理想化されている点が恐怖。
鷹通エンドでは、好きだよ あかねママ!とか言いそうである(時代考証は無視)
鷹通は公私の間で揺れる。
八葉の務めを果たすためには、義母が怨霊となるリスクを取らなくてはならないのだ。
ここは彼の公務員気質、お役人っぽさが出ている場面です。
融通が利かないというか、合理的にしか物を考えない。
それを諭すのは理想主義者の あかねで、
彼女の強さを示されて、鷹通は胸キュンするのであった…。
にしても鬼が怨霊を操れるのは良いが、善良な霊魂まで手玉に取るのはズルい。
(色々と理を無視しているようで、報いもあるみたいだが)
今回、シリンが鬼の力を失ったのは、
もう あかね の替え玉として働くことは出来ないという、
あかね の唯一性の回復でもあるのでしょう。
こうしないと今後、あかね が出てくるたびに、偽物かも⁉と身構えてしまいますからね。
しかし鬼のしたいことがいまいち分からないので、隔靴掻痒が続く。
八葉にしても お札探しのクエストに出る訳ではなく、
自分を お札に導いてくれる相手を座して、どころか、眠って待つ日々が続く。
夢のお告げから八葉の個人的事情や背景が語られることを期待してのことでしょう。
これは白泉社が得意とする内面世界の話なんだけど、物語が一気に地味になった。
あかね もまた隔靴掻痒を感じており、それが葛藤の一つになる。
自分の知らないところで動き出す世界。
能力はあるけど、それを未然に防ぐことも出来ず、必要に応じて呼ばれるだけ。
そんな自分の現状に不満を抱き、打破したいと考えているから思慮よりも行動を優先する。
ここは女性の生き方・仕事の方法と結びつくような話である。
四方の札の存在によって、八葉の四神グループが明かされる。
天と地にそれぞれ1人で各2人の計グループいるらしい。
天である鷹通とペアになるのは、地の白虎・友雅。
今回は友雅の神力が具現化して技を発動させています。
ちなみに鷹通は通算2回目の技の披露。
複数回というのは本書で珍しいのではないか。
技だけは優遇されています。
そして永泉で始まり、永泉で終わる『9巻』。
警備がいるとはいえ八葉が単独行動をするのは、ピンチの予兆でしょうか…。