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少女漫画と小説の感想ブログです

冷たい涙が 空で凍てついて 『冬のはなし』

僕等がいた(10) (フラワーコミックス)
小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第10巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

矢野(やの)が消息を絶って4年。七美(ななみ)は今も矢野を待ち、そして想い続けていた。そんな彼女を見守ってきた竹内(たけうち)は、同棲(どうせい)を切りだし、迷った末に七美はその想いを受け入れる。そんな時、竹内が3年前に矢野と会っていたことを告白する。東京に行った矢野に何があったのか、徐々に明らかになっていき…。

簡潔完結感想文

  • 離れた恋人に会うためバイトに励む矢野。だがバイトの目的が段々と変質していき…。
  • 矢野のもとを訪れる2人の女性が鉢合わせる。奇妙な連帯感と反発心、自重と攻勢。
  • 作中の少しの説教くささと設定への違和感、その原因が分かった気がする検索結果。

ロイン不在中に 2人の女性が2番目の女ポジションを争う 10巻。

『9巻』から続く、矢野(やの)が東京(正確には神奈川)に引っ越してからの
高校生活や遠距離恋愛の様子が描かれる。

こちらでの矢野の生活が中心なので、ヒロインの七美(ななみ)は姿を現わさず、
電話やメールでの出演となっております。
ドラマなど映像作品なら、この巻の七美役はアフレコだけで出番が終わったことでしょう。

もう矢野の記憶の中 以外ではもう七美の制服姿とはお別れですかね。
矢野は学ランからブレザーに制服が変わって新しい生活を始めている。


ちらでの矢野の生活はバイト中心の生活とも言える。

最初の動機は純粋に遠距離恋愛中の彼女に会いに行くためだった。

遠距離恋愛は何かとお金がかかる。
目標はゴールデンウィークまでに旅費を稼ぐこと。
そして電話代にプレゼント代、交際に掛かる諸々の費用を工面するのが目的。

節約しようと思えばできるプレゼント代もそこそこお金をかけるのが矢野の流儀。
もちろん予算があって買えないものもあるんだけど。

バイトのことは七美には内緒。
七美には会いに行く計画をサプライズとして発表したいらしい。


しかし母の つけていた家計簿の数字を見てからは、
バイトの目的が自分の学業など生活にかかるお金を捻出するためとなっていく。

そうして「体もつまで」バイト漬けになっていく矢野。

この頃の矢野はもちろん大変で、寂しいけれど、
目標や目的がある充実した毎日だったでしょう。


んな矢野の新しい高校生活で彼の側にいるのが、
後に七美と一緒の会社で働くことになる女性・千見寺 亜希子(せんげんじ あきこ)。

彼女もまた矢野の独特な雰囲気に惹かれる人物である。

なので普通に考えれば千見寺は、読者の多くの七美 矢野カップル応援団からすると 邪魔な存在。

だけど、そうならないのは、彼女が、矢野の恋人「高橋」に対して対抗心を燃やさないから。
むしろ無軌道になりかける矢野個人を応援してくれている。

彼女の中にある諦念が読者を安心させ、
そして その切ない片想いに少なからず共感するところである。

更に千見寺に肩入れしたくなる仕掛けが施されていて、
矢野の東京生活に もっとウザい人が闖入してくるのであった…。


れが、かつてのクラスメイトで矢野と因縁のある山本(やまもと)。

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彼女ではない女性と、彼女ではない女性が鉢合わせ。3人模様の絶体絶命?

彼女は千見寺とは違い、諦めない人である。

静岡の親戚の法事のついでに東京に立ち寄った山本。
その機会に矢野の住むアパートを訪問するのだった。

東京での彼女の行動は見事なほど憎たらしい。

お金と宿泊先がないと暗に矢野宅での一泊を要求し、
帰れと突き放されれば泣きそうな顔をする。

矢野との再会に偶然 居合わせた千見寺が見かねて助け舟を出し、
彼女の家での宿泊と、3人での東京観光を約束してしまう。

宿泊するお金はないが、矢野が目を付けたバッグを購入するためには お金を使う山本。

どれもこれも彼女らしい抜け目なさというか、
陰湿な矢野との繋がりの保ち方ですよね。

そのバッグが自分に似合うかとかは関係ない。
矢野が目を付けたから彼女の中に価値が生まれたのだ。
もはや宗教じみてます。

このバッグを同じ理由で欲しがり、そして それを浅ましいと思い自分の煩悩を断(た)った千見寺との違いが如実に出ています。

そしてバッグの一件により、恋愛へのファイティングスタイルの違いと、
その持ち前の才色兼備が あだとなり、矢野と山本の過去を探り当ててしまった千見寺は先に帰宅する。

もしや山本は、千見寺が怒りあきれ果てることまでも狙っていたのかもしれません。

矢野を東京観光に引っ張り出してくれたことで、山本の中で千見寺の役割は終わっていた。
あとは彼女の機嫌を損ねさせ、矢野と2人きりになるのが山本の陰謀だったのではないか。


東京の矢野を訪ねる初めての北海道の人が山本というのは意外でしたね。
山本は静岡の親戚(本当にいるのかな?)に感謝したでしょうね。

矢野が七美と再会する前に仕掛けてくるところも策士ですよね。
春休みの最初の週、というのも奸計があるように思えてしまう。

まず先に手紙を出すことで春休みの矢野の行動を封じることが出来る(矢野は読まなかったが…)。
矢野が自分を無下にすることはないと踏んでいるので、
彼を東京に停留させ、北海道には向かわせない。
また たとえ七美が来ることになっても、最初の週は自分が死守できる。

そうして自分が東京の矢野に一番最初に会いに行くという目的を果たせるよう仕向けていそうだ。

でも、七美や竹内はともかく、彼女は矢野の東京の住所はどこで知ったんですかね。
矢野から直接聞いたんですかねぇ。

それもこれも矢野の過去の弱みを握っているからでしょうか。

彼女にとってのあの出来事は生きていて一番 嬉しく、
そして彼のこれからも巧みに操ることのできる 一挙両得の出来事なのかもしれない。


学期が始まり、3年生になった矢野。

その新しい季節に家に迎え入れたのは飼い犬・ララ美。

北海道を離れる際に、ララ美は祖母宅に預けたのだが、
祖母が十分に世話をしていないことを危惧した矢野が、
住宅・経済事情を無視して呼び寄せたのだった。

矢野にとってメスのララ美も自分の「女」なんですかね。

今の家はララ美にとって決して恵まれた環境とは言えないが、
目の届くところに置いておくことが愛情と考えたのだろうか。

しかしララ美は一時的とはいえ別れたことで「捨てられた」と思って矢野に以前のように懐かなくなる。

これは将来、矢野と再会した場合の七美の心境になったりするんですかね。
でもそうすると、100%のハッピーエンドにはならないから割愛か。

でも現実の交際であれば女性側に不安は残りますよね。

ララ美と違って理性で乗り越えようとするのが人間だけど、
感情的には どんな事情があれ、私を捨てたんだこの人は、と思ってしまいそう。
彼の前で無邪気に笑うことが出来なくなりそうだ…。

が、ララ美を家に招き入れたその晩、帰宅した母の顔は暗く沈んでいた…。

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ララ美を迎え入れ、事後承諾で母に許しを請おうと顔色をうかがった母の顔色は優れなくて…。

野の母に癌が見つかり入院することになった。
そして連休中に七美に会いに行くはずの予定もなくなってしまった矢野。

当初の予定ではそのためのバイトと、秘密の計画だったのだが…。

そして希望に膨らんでいた計画が潰えてしまったからか、
この出来事をキッカケに、それなりに順調だった七美との遠距離恋愛にも影が差す。

まず無理な生活がたたり、電話の頻度が段々と低下していく。
そして隠しごとをしながら、自分の苦労を吐露できないまま孤独な闘いを続ける矢野。

母がつけていた家計簿を盗み見ていた頃からそう遠くはないのに、
今度は自分で家計を管理する役割になっていく。

どんどんと2人の今 抱える悩みの種類や、見つめる未来が違っていく。
それは成績が急上昇する七美と、急降下する矢野として現れる。
1年後に向けて自分を奮い立たせる七美と、
今、現実に押しつぶされないよう、辛うじて自分を奮い立たせている矢野。


んな中、学校の人間とトラブルになり暴行され、身も心もボロボロになる矢野。
帰宅した矢野は独り部屋でタバコをふかす。

本書ではタバコは、その人のストレス ゲージが上昇しているサインなんですかね。

恋愛が上手くいかなかった高校生の竹内や、
大学生になって七美に再告白する前に神経質になった竹内、
そして今回の矢野。

どれも精神的な不調がタバコに手を伸ばす原因のようだ。

まぁサインはいいとして、
東京に引っ越したストレスをタバコと酒で解消しようとする矢野(というか作者の描写)には疑問です。


京の矢野にとって、たった一つだけ幸運だったのは千見寺の存在かもしれない。

お節介だが、事情を知っている人。
どこまでも自分を支えようとしてくれる人。

そんな彼女と水泳の授業の際に賭けをすることになった矢野。
矢野はかつて真剣に水泳に打ち込んだ過去があるので、
負けないと踏んで、千見寺の指定する泳法で勝負を受け入れる。

だが、千見寺はインターハイ出場経験を持つ水泳部。
なるほど、だから予備の水着の存在とか、罰ゲーム用の水着とか事情を知ってたわけね。

矢野は自分は諦めた水泳で結果を残した千見寺に素直に感心し、
そして人として これまで以上の好感を持ったのではないか。
だから、千見寺のお節介にも反発せず聞き入れたのではないか。

勝負に勝った千見寺は矢野に、
大学進学の夢を少なからず諦めない道を進んでもらうことを望む。

まさか千見寺も矢野への諦念を捨て去る時が近い…⁉


ってか、男女一緒に水泳の授業をやるとかセクハラなんですけどー。
まぁ、男女別じゃ賭けの話に繋がらないんですが。

…と、ここで思ったのは、この水泳の授業風景のように、
物語のそこかしこが ちょっと古い(2005年前後の学校風景だとしても)のは、
もしかして作者の年齢が高いからでは?と思い当たって検索してみた。

グーグル先生の回答が本当なら作者は 1962年生まれ らしい。

いくえみ(綾)作品との類似性を感じていたので、てっきり いくえみチルドレン かなと思っていたが、
まさかの いくえみ さんよりも年上という衝撃の事実。

闘病のことや人生観・死生観が作品数の少ない少女漫画家にしては、
妙にリアルだと思っていましたが、年齢的な理由もあったんですね。

そして作品が恋愛描写よりも、人生を描くことになっていったのも、
作者にとって より身近な議題がそちらだったからなのかな、と思った。