小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
はじめは嫌いだった矢野(やの)の、ときおり見せる優しさにひかれ、好きになった七美(ななみ)。何度もあった気持ちのスレ違いを乗り越え、お互いに想(おも)いを深めていく二人。そんな折、矢野が東京に行くことになり、二人は再会を約束する。---時は流れ、大学卒業を前にした七美のとなりに、矢野の姿はなく……!?
簡潔完結感想文
- 見送ったホームの先にいる5年後の自分。しかし見送った人を見失ってしまった…。東京編はじまる。
- 竹内 5年ぶり2回目の告白。まだ心に棲む人と一緒にオレのところに来い。気分は未亡人との再婚か。
- 少しずつ明らかになる矢野の七美への接触履歴。東京での彼に一体何があったのか、のプロローグ。
あの日 君に投げた 声に復讐されてる 9巻。
矢野との連絡が途切れたという衝撃的な事実がラストで語られた『8巻』。
『8巻』では高校2年生の冬だった季節も、
『9巻』では大学4年生の初夏となっており、
七美(ななみ)は就職活動に勤しんでいる様子。
地元の主な登場人物では矢野(やの)の消息不明で、
竹内(たけうち)とは同郷の良き男友達として交流している。
しかし竹内は、あの日 矢野が地元を離れてから4年半以上、
七美への好意も表に出さなくなったらしい。
それだけの時が流れた、と七美が思っていた頃、関係性が動き出す…。
どうやら大学で知り合った友人は、そのまた友人が東京での矢野との高校の同級生らしく、
そこでの学校生活の様子は知っているらしいが、どうも七美の耳には入れたくない話らしく…。
表向きは竹内との恋愛を描きながら、
その裏で矢野の情報を小出しにしていく手法が上手い。
恋のトキメキと、構成のしっかりした物語の二段構え。
読者の心を掴んで離さない。
まるで七美の中の矢野のように…。
そんな宙に放り出されたような状態で生きる七美。
定期的に会う関係の竹内くんが誘い出してくれたのは、本書で3度目の夏祭り。
夏祭りといえば矢野よりも竹内くんですね。お祭り男です。
夏祭りだけは矢野より活躍できる日かもしれません。
そして この日は事故死した矢野の元カノ・奈々(なな)さんの7回目(?)の命日。
そこで竹内は、七美に過去との決別を促し、
そして これまでずっと表にも出さなかった七美への好意を表すのだが…。
私は消息不明の矢野と5年余り1度も再開していない七美の現状を知って、
そういえば金城一紀さんの小説『対話篇』の中で
「会わなくなった人は死んじゃうのとおんなじ」という台詞があったなぁ、
これを感想文に組み込もうと考えながら再読していたら、
本編中の竹内の台詞に
「会えないってことは 残された人間にとって 死んでしまった人間と どこが違うんだろう」
という台詞があったことに驚いた。
ちなみに対話篇の出版は2003年、本書は2006年です(偶然に決まってる)。
矢野と会えないことは彼の死とほぼ同義であり、
今度は七美が好きな人に残された側になったことが竹内の言葉で浮かび上がる。
かつて奈々のことを忘れられない、生きてほしかったと願う矢野を非難した七美が、
今度は誰よりも、当時の矢野の心の痛みを理解する存在になっている。
しかも当の本人の矢野がいないという現実を生きることで…。
私には七美と矢野にそこまでの「絆」は見受けられるようには思えないが、
それは矢野と奈々の時も同じ。
大事なのは何も言わずにお別れしてしまったこと。
そして一人 残された事実なのだ。
今は七美がかつての恋人に憑りつかれているような状態。
これからは竹内が「矢野の存在ひっくるめて 七美さんをもらいます『めぞん一刻』」状態なんですね。
竹内との(初めての?)キスの途中、
竹内の顔が近づいている中、七美が矢野の名前を呼んでいるのは、
なかなか竹内にとっては厳しい現実ですね。
しかも作中に出てくる2回目のキスでも七美は矢野のことを思い出している。
これは竹内には決して夢中になっていない、という七美の冷静な心の表れですかね。
七美は夏祭りの日に竹内に ほぼプロポーズに近い告白をされても、
夢に出てきた矢野が束縛したために、一度お断りしている。
裏切りを許さない矢野の怨念は すさまじいですね。
そして文字通り、七美が夢中になっているのは、未だに矢野なのかもしれない。
ただ、何といっても前言撤回の女王・七美さんですから、
「竹内くんとだけは つき合えない」といえば、竹内くんと つき合うことになるフラグです。
ということは、高校のクラス会の夜、竹内くんと手を繋ぎながら、
「この人を 裏切ることだけはしたくない」と誓ってしまったということは…⁉
七美さんの逆予言は絶対なので、竹内くん、残念。
相変わらず、ナンパされた七美を守るナイトではあるんですが(通算3回目)。
矢野がいない現実を受け入れた七美は、
パソコンの中に保存していた、かつて矢野から送られてきたメールに1通ずつ目を通し、削除していく。
七美にとって矢野のいない世界で生きることを決める葬送の儀式かもしれませんね。
その1通1通に矢野の東京での生活が滲み出る。
完読後にまた読むと行間の後ろにある矢野の厳しい現実まで見えてしまって辛いところ。
また作者がこの時点で物語を構築していることが うかがい知れます。
本書の後半から、空白の5年弱が視点を変えながら埋められていくことになります。
竹内は七美の中でも正式に「付き合っている」状態になっても、
簡単に一線を越えようとしない。
まぁ、竹内も長期戦覚悟での4年以上ぶりの告白だったんでしょうが。
かつて七美と矢野との間にあったような絆を育むまでは お預けか。
これもまた行動が遅かった、と後悔しなきゃいいんですが。
ってか、竹内くんはこの間も誰とも付き合ってないのでしょうか。
まさか彼も純潔を守ることで純愛を貫こうとしているのか…⁉
合コンも行ってるし、後の話では、逆ナンパされてホイホイと付いていくぐらいなので、
身持ちが固いわけではなさそうですが。
そんな竹内との新たな関係性が生まれた夏、
大学夏休みに入り七美が実家に帰った際には2つの事実が明らかになる。
1つは七美が大学に入学してすぐに、矢野から実家に電話があったこと。
そして その事実を告げた竹内が3年前(電話と同じ年)の夏に矢野と会ったことを告げる。
その事実は矢野に口止めされたらしいが。
果たして連絡が途絶えた高校3年生の夏前後から1年後の夏まで矢野に何があったのか…。
それを語るには、時を戻そう。
連載4回分収録の『9巻』のラスト1話は矢野が東京の学校に転向した直後のお話。
語り手は七美と同じ出版社に内定した千見寺亜希子(せんげんじ あきこ)さん。
まず内定者の懇親会(?)で、先に千見寺の存在を出しておくのが構成の妙ですよね。
矢野の東京での高校時代を知る人物と七美が繋がったことで、
読者がこれから知ることは、七美も知り得ることで、物語が動く予感させる。
そして語られる矢野の物語があまり愉快ではないことも仄めかされており、一層 緊張が増す仕組みになっている。
矢野の高校編@東京は、始まったばかりなので感想は次巻に回すとして、
どうしても気になったのが、矢野の転校した学校のこと。
まずは、あんなに引っ越しの決断が遅かった矢野はいつ編入試験を、どういう方法で受けたのかということ。
3学期の初日には正式な制服を着て学校に登校している。
それに間に合うような転入手続きをいつしたのか。
そしてもう一つは学校のこと。
住まいは川崎市で学校は都内らしいが、これは私立高校ということなのだろうか。
それとも転入生の特例で住居と学校所在地が別の公立高校なのか(そんなことが可能なのか)
ただでさえ苦しい家計の中から学費が高い私立校を選ぶとは思えないが、
田園調布に住む才色兼備の千見寺や、新しい高校の登場人物たちは何だか金持ちそうだ。
ちなみに千見寺は髪色を薄くすれば七美にそっくりだと思い、
まさか千見寺を七美の代わりに⁉などと邪推したが、
それは単なる描き分け能力の問題っぽくて一安心。
描き分けといえば、気になったのは、時間経過を表そうと
大学生の七美の髪を巻いたり、化粧をしたりして大人っぽくさせていたのが、
早くも巻の後半で息切れしていること。
就職活動のオンと、地元に帰ったオフの差もあるんでしょうが、
結局、描きやすい手が覚えた高校生の頃の顔に戻っている気がした。
もっと時間が経過した最終巻でもそんな感じなので、
やっぱり描き分けの努力が長続きしなかっただけかも…。