八田 鮎子(はった あゆこ)
オオカミ少女と黒王子(おおかみしょうじょとくろおうじ)
第1巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
篠原エリカは見栄っ張りな高校1年生。彼氏とのラブラブ話を自慢げに語るが、実は彼氏いない歴16年…。そろそろウソも限界と思ったある日、エリカは街で見かけたイケメンを隠し撮り。自分の彼氏だと友達に紹介したが何と、彼は同じ学校に通う佐田くんだった! しかもクールな見た目からは想像つかないほど超腹黒! 弱味を握られたエリカは、佐田くんの“犬”を命じられ…!?
簡潔完結感想文
- エア彼氏に設定した男子は同級生だった⁉ 偽装交際を依頼したことから始まる主従関係。
- 主従関係から逃げ出すために本命の彼氏を探していたエリカに悲劇が!そこに現れるご主人様。
- ご主人様が風邪でダウン。自分と同じように虚勢を張っている姿を飼い犬が たしなめる。
はぁ 飽きた? 設定ありきの俺を好きになったのはお前だろーが の1巻。
「高校生活って だいたい 最初の2か月で 全てが決まるよね」
というのが本書の第一声で、主人公・エリカの弁。
それと同様に、
「少女漫画って だいたい 最初の1話目で 全てが決まるよね」
というのが少女漫画家の心境だろう。
駆け出しの作家が長期連載を勝ち取るには、与えられた話数の中でインパクトのある話を創出しなければならない。
たとえ本来の自分を偽ることになっても。
そうして忘れがたい1話目と作者の画力が相まって、
本来なら「4話で終了の予定」が「1話伸び、3話伸び、いつまでも続けてかまわないよって言われ」(16巻での作者の言葉)、全16巻の大作となった。
これは高校デビューならぬ、1話デビューに成功した一例だろう。
じゃなきゃ、ご主人様は無制限の連載なんて与えてくれない。
…まぁ自分を偽っても長くは続かないよね。
でも決して悪い意味ではない。
連載の長期化、自由に描ける権利を勝ち取った後で見えてきたのは、
作者の話の運びや、1話完結のお話作りの上手さ。
そして登場人物たちの虚勢が剥ぎ落された後の素直さであった。
ただし増築を重ねたような作品だから、主人公カップル以外の造形や長期的な展望などないので、
作品全体で訴えるテーマなど無いに等しいのだけど…。
正直に言えば、私は登場人物の誰も特に好きではない。
オオカミ少女も黒王子も作為的に創り出されたものだから。
だけどそのお陰で気軽に読書を続けられた。
『1巻』時点での黒王子の成分が強めの佐田(さた)が好きだという気持ちもまるでないから、
彼を筆頭に登場人物たちが変わっていく様子を素直に受け取れた。
完結して全巻読破したからこそ見てくるのは、本書は『1巻』時点では最低のカップルだった2人が、
やがて どこにでもいる最高に幸せなカップルに変わっていくお話であること。
「オオカミ少女と黒王子」、タイトルが全てである。
主人公の篠原 エリカ(しのはら エリカ)は入学して最初に声を掛けた隣の席の女の子が男慣れしており、
流れで そのグループに入ってしまったから、さぁ大変。
彼氏どころか初恋すらまだなのに、彼氏がいると大ぼらを吹き、
更に普通の交際では飽き足らず色々なプレイをしていると嘘に嘘を重ねるオオカミ少女になり果てた。
友人たちと違い、彼氏の写真の一枚も持っていないエリカ(だって嘘だから)。
エリカは愚かにも街で見かけたイケメンを盗撮して彼氏だと言い張る作戦に打って出るが、
なんと そのイケメンは同級生だということが判明。
嘘が露見する絶体絶命のピンチに青ざめるエリカに優しく声を掛けるイケメン男子生徒・佐田 恭也(さた きょうや)。
彼の優しさに一縷の望みを託してエリカは全てを話し、彼氏のフリをお願いしてみるが…。
黒王子の誕生です。
オオカミ少女と嘘がバレて ぼっち の高校生活になることを死ぬほど怖がっていたエリカですが、
犬になり果ててまで嘘をつき続ける生活とどちらが苦痛か見ものですね…。
恭也はドSじゃないと!という声がありますが、彼はドSというよりは腹黒ですよね。
黒王子の黒は腹黒の黒だろう。
そして本当のサディストだったら、エリカが ぼっちに なっていく様子を見たのではないか。
腹黒だからこそ、エリカに弱みがあったと分かって時点で自分の優位を確信してから強く出た。
ドラえもんのスネ夫っぽい卑怯者と私には感じられました。
そして私には恭也はMに思える節がある。
MといってもマザコンのM。
『1巻』でも母が家を出て行ったと吐露する場面があるが、
どうも彼は、自分に絶対の関係性を築いてくれる女性を待ち望んでいたのではないかと思えますね。
どんな扱いをしても自分を裏切らない母のような女性、
それを手に入れる機会を待っていたようにも思えます。
決して派手な美人ではないが、どこか母性を感じさせる女性、それがエリカだったのかも。
(後半でエリカに なかなか手を出さないのも 母のような存在で女性として扱う切り替えがうまくいかなかったからかもしれない)
母の愛を断たれても生活が荒れなかったのは恭也の強さだろう。
だが彼の内面、性格は荒れていた。
誰にも気づかれないまま荒(すさ)んでいった心が、エリカによって開かれた。
もしかしたら、それは寂しい恭也の未来を救う扉だったのかもしれない。
しかし本当に少女(漫画)はドSとか極端なキャラ付け好きですよね。
本書も恭也の設定を読者が喜んだからこその長期連載なのだろうけれど、
私にはちっとも理解できない人物造詣の一つです。
ギャグシーンのようなネタとも取れるが、エリカのケータイを真っ二つにした時点で恭也に興味が失せました。
読んでいて分からないのが、佐田がなぜ学校内で王子様をしているか、ということ。
途中、恭也の中学時代の同級生・健(たける)くん(1話の後ろ姿と思われる)関連のお話で、そんなエピソードがでてきましたが、
恭也のような体温の低い人間が、気力・体力を使うキャラを演じることなんてしなさそうだ。
少女漫画でこんなに黒目が小さく描かれているヒーローも珍しいですよね。
体型は典型的なイケメン体型なのに、この目だけで他と一線を画す怪しさが溢れています。
エリカは主人公だけれど、ひたすら没個性の造詣がされていますね。
それもこれも色々な意味で恭也の引き立て役だからだろう。
従順な犬だけれど、女性としての色気は出さない。
平凡だけど恭也の求めるような女性像であることが彼女の一番大きな幸運ですね。
性格面は当初は問題が多いが、これは作為が満載だから、ある意味被害者ですよね。
相手のペースに巻き込まれて自分を見失う おバカさんだということは十分伝わります。
読み返すと『1巻』はなかなか派手な事件が多いですね。
人を傷つけ、傷つけられる場面も多い。
これもエリカや恭也の性格をフィーチャーするための作者の創出だろう。
『1巻』に比べたら、これ以降の巻なんて童話のように牧歌的だ。
学校の王子様である佐田くんや、その彼女になったエリカを逆恨みする人は今後は現れません(そうだったはず)。
怖い人との喧嘩シーンとかも今後はない(はず)。
連載継続を第一目的にした、色々と尖っている『1巻』なのです。