《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

創作の秘密? フフ、そうですね、リア充爆発しろ が わたしの原動力です。

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遠山 えま(とおやま えま)
わたしに××しなさい!(わたしに しなさい! または わたしにバツバツしなさい!)
第14巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

ドキドキ…してしまう…わたしの心はいったい…。
久しぶりに再会した雪菜と時雨。すれちがっていた時間をうめるように、二人の気持ちがもう一度かさなりはじめる…。命令からスタートした二人の気持ちが、ついに…⁉

簡潔完結感想文

  • 夏休み遠距離中の時雨のもとに。二人の心の距離は近づくのか…⁉
  • 満天の星空の下で語り合う二人。最終回はまだ先らしい。ゴールどこ?
  • 氷雨の秘密。不器用、裏腹、マミ一筋、キレやすい、ピンの秘密、そして…。


その心に、その唇に届きそうで届かない14巻。

ここから最終巻まで、ずっとクライマックスという感じです。
ただし良くも悪くも。どんどんゴールポスト自体が動いているような気もします。
歯痒く感じる部分と、肩透かしと思う部分と一長一短の後半戦。

氷雨に強引に連れてこられ雪菜は久々に時雨と対面し面と向かって話をする。
時雨の別荘近くの海で小説の構想が入った携帯電話を落としてしまった雪菜に時雨は「オレがとってくる!!」と海の中を進む。
そのまま時雨の姿が一向に現れなくなってしまい、雪菜は携帯電話よりも大事な存在に気づく…。

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ケータイ(小説)よりも大事な存在は何かに気づいた雪菜だった…(完)
その後、満天の星空の下で自分たちの過去を語らい合い、今の自分がどう成り立ったか、幼い頃の自分にとって重要な出来事をお互いに披露する二人。
「こうしなくてはいけない」という自分たちから解き放たれ、真の自分の姿が現れた時、二人は顔を寄せ合う。

うーーん、この最高のシチュエーションの中で時雨はまたもキス未遂。
雪菜と正式な交際はまだだという手順の問題なのか?
そうか、そもそも雪菜はまだ晶の彼女なんですもんね。
今後は事後処理が行われるのでしょうか。
割と好戦的で反抗的な晶が別れることを拒み、今度は暴力から刃傷沙汰になったりして…。
両親を失ったボクにはもう雪菜ちゃんしかいないんだーーーッ!!と刃物を振り回す晶。『なかよし』NGですね。
『なかよし』的にはキスこそ最終行為なので、キスがそう簡単には交わされないのは分かるのですが、こうも未遂が続くと歯痒いですね。
その気持ちが生まれている時点でもう充分に私の心は漫画世界に漬かっているんでしょうけど。


星空の下で時雨は、病弱な母のために目指した医者という道と、その母の医者との再婚によって自分が後継者になったこと、そしてこれまで猫を被っていたのは母親の幸せな生活のためで、この家に居させてもらうためであった過去を語る。
雪菜以外は皆、家庭の事情を抱えて性格が形成されていったのですね。
序盤の雪菜と時雨が強気だったのでその雰囲気のまま読んでいたけれど、実はシリアスな話でもありますね。
雪菜も晶の両親のことは大きな出来事だったんだろうけど、彼女に心がないのはちょっと説明の出来ない怖さがありますね。


物語後半を牽引する氷雨は、その存在感の裏で間違え続ける男だ。
この辺は雪菜と本当によく似てますね。
思い通りにならないこと、間違えることには青春の香りがしますね。
でも例え間違っても許容してくれるのが若さという柔軟性かもしれません。

時雨という邪魔者を排除すればマミの気持ちが自分に向くと思っていた氷雨
しかし世界はそんなに狭くない。
マミは「時雨のこと わすれたいなんて思っ」てなく、晶の存在も時雨の代替ではないという。
その上手くいかないストレスをマミにぶつけ、そしてスマホの中の世界で発散する。

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素直になってみた氷雨は素直になり過ぎてマミを傷つけてしまう。
ここで氷雨最大の秘密=ドルチェが明らかになる。
これはまさかまさかの展開でした。
乱暴者の氷雨にこういう役割が与えられるとは思いませんでした。

上手くいかない氷雨を慰め続ける雪菜は彼の精神的支柱でありながら、最大のライバル。
またしても複雑な関係性が生まれて、今後の展開も気になるところ。

ドルチェの創作力の源は、現実の自分へのダメ出しでしょうか。
いつも意地悪ばかりしてしまう自分の理想の姿が小説内では展開される。
現実がほろ苦いからこそ、反対に物語がとっても甘くなる。

この創作方法は自分の実体験をもとにして感覚的に小説を作るユピナとは正反対ですね。
ただどちらにしろ現実の体験(失敗や官能)が必要なのかもしれないので、巻き込まれる人たち(マミや時雨)には迷惑極まりないですけど。

ドルチェは自分が幸せになってしまったら、小説家としては終わってしまうんですかね。
リア充は才能の枯渇が始まり、不幸だけが電脳世界での幸せの鍵になる。
どちらかしか選べないし、現実の幸せの見込みはあまりない…。不憫すぎるぞドルチェ先生。