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主に少女漫画と小説の感想ブログです

あなたはいつも 泣いてるように笑ってた。その笑顔を向ける相手がいつも私でありますように(翠)

時計を忘れて森へいこう (創元推理文庫)

時計を忘れて森へいこう (創元推理文庫)

同級生の謎めいた言葉に翻弄され、担任教師の不可解な態度に胸を痛める翠は、憂いを抱いて清海の森を訪れる。さわやかな風が渡るここには、心の機微を自然のままに見て取る森の護り人が住んでいる。一連の話を材料にその人が丁寧に織りあげた物語を聞いていると、頭上の黒雲にくっきり切れ目が入ったように感じられた。その向こうには、哀しくなるほど美しい青空が覗いていた…。


名は体を表す、ではないが、本の表紙は内容を表す。まぁ、出版社や装丁家がそうなるよう考案しているのだから当たり前といえば当たり前なのだが、本書とその前に読んだ同じ著者・光原百合さんの作品で同じ創元推理文庫『遠い約束』の表紙とその内容の違いを鑑みて、表紙の重要性を改めて考えさせられた。『遠い』では少女漫画家の野間美由紀さんのイラストが使われていたが、本書は水彩画家のおおた慶文さんの作品だ。その違いが内容の違いにもなっている。『遠い』は女子大学生、本書は女子高校生が主人公なのだが、どちらが毎日、些細な出来事にも胸をときめかせている「少女漫画ミステリ」かといえば意外にも前者であり、後者は恋に恋しているお年頃ではあるものの、どこか落ち着いて明日を見つめているように思った。そう、ちょうど表紙の少女のように…。
東京から家族で引っ越してきた主人公の高校生・翠は、この土地の森の深さに、そしてレンジャー(自然解説指導員)の護さんに魅了される。年上の男性に恋をする、というのは少女漫画の王道パターンみたいだけれど、翠と護の間にあるのは恋というより互いを思う慈しみの心だろうか。その関係性も人よりも大きな存在の自然を感じられる舞台の雰囲気に合っている。
「あらすじ」やここまでの感想文では、自然の中に生きる人の紡ぐミステリということで「日常の謎」の系譜に通ずる作品かと思われるかもしれないが、本書収録の3つの作品にはそれぞれに近しい人の死がある。それは悪意による死ではないが、各人に不意に訪れた死であり、その死の中に後悔が生まれるものであった。もう問いただせない事、言えなかった言葉など悲嘆にくれ非日常の世界に入り込みそうな人たちを、探偵役の護さんは、その慈しむ力を持って各人を日々の暮らしに戻していく力を取り戻させる。いなくなってしまった人々と、明日も生きていく自分。この悲しいコントラストと、それを包み込む力を持つ大きな、そして美しい自然の描写に深く息を吐き出す自分がいた。
表紙もそうだが、書名も大好き。護さんの浮世離れしているようで、地に足の着いた、自分の五感を信じる生き方の象徴のようである。

  • 「第一話」…校内の一室で「アタシガ、コロシタ」と独白する生徒と、その生徒の頬を叩いた担任教師。彼らの間に何があったのか…。ミステリとしては決して魅惑的な謎が創出できているとは言えない。けれどこの1つの事件において、主人公の翠や探偵役の護さん、そして学校の同級生たちの関係性を描き上げているという点で密度の濃い短編である。また自分の知り得た事をどうやって人に披露するのか、その手順や言葉の選び方にこそ探偵役の人となりが表れるが、護さんは絡み付いて解けなくなった糸を紐解くだけでなく、それを自然に編み上げて新しい明日に向かっていく力に変えていた。
  • 「第二話」…婚約中の女性が一人旅の最中に事故で亡くなる。相手の男性は女性の旅の行先と携行していた1枚の写真に彼女の本心が分からなくなり苦しむ…。120ページ余の中編。全体に悲嘆にくれた沈鬱な物語ではあるが、舞台のシーク協会のレンジャーで大阪弁を操る女性・こずえさんの存在によって明るさと動きが生まれている。主となる謎とは別に、本編でもこずえさん親子の軋轢が描かれている。婚約者たちの問題は方向性としては予想内の答えだったが、それを導き出す小道具の使い方がとても好きだった。婚約者同士なのに気持ちを言葉に出す事の出来なかった不思議な関係の2人の言葉より雄弁な物が残されていたこと。それが2人の関係の証拠となり救いになる。私は読書中、彼女の部屋にある文庫本が謎の解決に関係するかと思ったが、どうも本読みの深読みの誤読だったようだ…。
  • 「第三話」…冬場に行われるシーク主催のキャンプに参加した女性が、この夏、拒食症を発症した。彼女の心に何があったのか、キャンプを回想し手掛かりを探すが…。正直に言うと、このキャンプの内容は自意識のお化けの私は参加するのが恥ずかしく全く惹かれないんだけれど(笑)、集団生活をして交流を深めて、更には物語を作っていく中で、その人の心に秘めた事を推理していくという手法には惹かれた。本編でも、とある関係性がテーマになっており、それは本書で一番重く、扱いの難しい問題であった。護さんは心理カウンセラーのようでいて、やはり優れたレンジャーであり、全ての生物が持つ生きるための力を、回復力を信じ、不要な手出しはしていない。護さんの笑い方が目に浮かぶような小説で、私も翠と同じく、その笑顔はとても魅力的に思えた。マッサージと称して護さんの身体のラインを調べる翠はスケベ親父である。

時計を忘れて森へいこうとけいをわすれてもりへいこう   読了日:2013年06月02日