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いざ言問はむ都鳥 (創元推理文庫)

いざ言問はむ都鳥 (創元推理文庫)

若葉萌す春、緑なす夏、紅葉の秋、枯槁の冬…、そして新生の春。植物学者は四時とりどりに忙しい。その生活に重ね合わせて、あるいは花占いの果てとも見える場景に犯罪を匂わせ、あるいは自殺志願者が遺体発見を遅らせたがった理由に植物学的考察を試みる。自然界へのオマージュが織りあげた錦繍の四編を収める、端整なデビュー短編集。


この作家もまた「一冊だけ作家」である。次の作品を読みたいと願うぐらいの筆力があるというのに次がない。植物と同じぐらいミステリも愛して!
初体験の植物学ミステリ。主人公・沢木敬(さわきたかし)は植物学科の助手(専門は分類学)で、探偵役となる樋口陽一も同じく植物生理学の助手である。そして本書は主に「日常ミステリ」系に属する作品が多いが、その謎の発端や解決への手掛かりが植物である事がこのジャンルたる由縁。
本書の特徴はその作品内に流れる豊かな時間。一冊の中で一年が巡る構成の本は数あれど、本書ぐらい季節を感じさせる描写が多い作品は少ないだろう。こんな風に人生を、世界を豊かに切り取る事の出来る人が羨ましくなる。煩雑な現代社会と距離を置き、ゆったりと、しかし精力的に生きる主人公の敬さんに好意を抱く。ただこの敬さん、結構、排他的な傾向も見えるけど。植物第一主義というか、即物的な人や社会を偏見を持って蔑視している様にも感じられた。
欠点としては植物の濃密な描写の一方で、その鬱蒼とした植物世界に自分の居場所を見失う事がよくある事。「あっ、ここまで回想だったのか」とか「その発想に至る過程が粗雑だ」とか小説としてミステリとして未熟な部分も多い。書き続ける事で作者が作家として大輪の花を咲かした時を目撃したかったのだが、それは叶わないのだろうか。まだ枯れていないのなら水をあげるよ!!

  • 「いざ言問はむ都鳥」…夏、高山での休暇を終え、久々の下界で目にしたのは早朝の道に散らばる花びらだった…。本編が一番、植物学との距離が近く、ミステリ度も高いだろう。けれど恐らく植物を使った犯罪で誰もが最初に思い浮かべるであろう事件内容だ。列車により肉体がいきなり異界から現実に戻されたように、謎と真相により精神も(厳しい)現実に戻されるという構成が素晴らしい。
  • 「ゆく水にかずかくよりもはかなきは」…オーケストラ春の定期演奏会帰りに券売機で見かけた男は切符を買い続けていた。秋、その男の死体が発見され…。早くも植物との関連性が低いかな? 小銭という共通点から『五十円玉二十枚の謎』みたい、と思ったら発想元がそこらしい。敬さんは頭が痺れたみたいな状態の時、謎に遭遇する!? 後日談がなく唐突に終わるので答え合わせは?と思ったら…。
  • 「飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」…冬の日、講座の学生の自宅が火事に見舞われる。幸い、ぼやで鎮火したのだが…。日常の中に潜む剣呑さが際立つ短編。敬さんはお人好し(探偵)助手だなぁ。研究室の椅子探偵(多分)の樋口の推理は連想方式といった感じなのだがその人物と長く付き合っている作中の人物にならまだしも、人物像を根拠にする推理としては書き込みが少な過ぎる。
  • 「むすびし水のこほれるを」…春一番が吹いた夜、男たちは卓を囲み酒を飲み交わし四方山話に花を咲かせるが、その花は棘を持っていて…!? 創元推理デビュー作ではお馴染みの連作方式。枕に置いた梅さんの化け猫話との共通項を持つ流れは淀みなかったが、事件が日常から大きくかけ離れ世界観が壊れた気がする。敬さんも真相に辿り着かせる所に名前の似ている作者の優しさを見た気がした。(似非)エコという言葉が孕む人間の偽善性は20年経った今も同じだよねー。

いざ言問はむ都鳥いざこととはむみやこどり   読了日:2010年10月27日