- 作者: 連城三紀彦
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2005/11
- メディア: 文庫
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記録的な大雪にあらゆる都市機能が麻痺するなか、汚職疑惑の渦中にある大物政治家の孫娘が誘拐された。被害者宅の至る所に仕掛けられた盗聴器に、一歩も身動きのとれない警察。追いつめられていく母親。そして前日から流される動物たちの血…。二転、三転の誘拐劇の果てにあるものとは!? 連城マジック炸烈の驚愕ミステリー。
もどかしい、歯痒い、じれったい。本書を読みながらずっとそんな感情が胸の中に渦巻いていた。けれど同時にそれは期待の表れでもあった。この感情の先にはどんな素晴らしい真実が、カタルシスが待っているのだろうか、と…。
まず読者の心を鷲掴みにするのは数ある誘拐ミステリの中でも特異であろうその設定。誘拐犯の盗聴器による被害者宅の「音」による監視(監聴?)と、それによる警察への連絡阻止・被害者宅への侵入防止である。被害者の母親は隣人に手紙で事件発生を報せ、そこから犯人と隣家に潜り込んだ警察との「音」を巡る頭脳戦が繰り広げられる。この「音」のみの世界が文字のみの小説世界と非常に親和性が高い。「百聞は一見にしかず」で人はやはり視覚情報の優先度・信頼度が高い。この現場を直に見られない状況への苛立ちは読者と警官たち共通のものになる。「壁に耳あり」の孤立無援の状況に憔悴する母親、そして焦燥する警官たち。比較的元気な様子の子供よりも、実は「音」による柵で作られた檻に入れられた大人たちがストレスを感じているという逆転の構図が見事。
また隣家という檻の中では捜査陣がそれぞれにストレスを感じ互いに疑心暗鬼になっていく雰囲気作りは読んでいてとても不快なのだが上手かった。この誘拐自体が狂言なのではないか、檻の中にも同業者(警官)の共犯者がにいるのではないか、焦りは焦りを呼び、疑惑は膨張する一方。張り詰めた空気が誘拐劇の緊張感を更に高めていた。そして終盤、状況設定というよりも登場人物たちの状況認識が本当に二転三転するのはエキサイティングな読書体験だった。
しかしこんなに面白いはずの本なのに、やっぱり私の感想はもどかしい、歯痒い、じれったいでしかない。誘拐劇の中に被害者・警察側の群像劇を織り交ぜたような構成だが、結果的にただでさえ多い視点の切り替えが更に多くなり読み辛いだけだった。更にはそうやって多くの人物にスポットを当てているのに、肝心の犯人の動機が十全には理解出来なかった。思い返してみれば印象的なシーン(犯人が都内で車を徐行させた場所)など動機の一部は所々で書かれているのだが、ラストの犯人の大き過ぎる決意とは釣り合いが合わない。ずっと2軒の家での攻防が描かれていたのに唐突に話が大きくし過ぎてしまった感がある。印象的なラストシーンは美しく怖いのだが…。設定と終盤までの展開は面白いのに残念。
また作者が表したい世界観を発田に序盤から言わせているのが気になった。最初から人間を動物に譬えたいが為にやや強引な文章表現とその反復が目立った。作者はもっと流麗な文章を書くと思っていたので、そのしつこさに戸惑った。