- 作者: 東野圭吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/11/13
- メディア: 文庫
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奪取された超大型特殊ヘリコプターには爆薬が満載されていた。無人操縦でホバリングしているのは、稼働中の原子力発電所の真上。日本国民すべてを人質にしたテロリストの脅迫に対し、政府が下した非情の決断とは。そしてヘリの燃料が尽きるとき…。驚愕のクライシス、圧倒的な緊迫感で魅了する傑作サスペンス。
作風の幅が広い東野作品の中でも最硬派な作品。また本書は後の「ガリレオシリーズ」のような、理系作家・東野圭吾としての一面も見られる。多くの国民がその恩恵を受けながら、発電の仕組み・その安全性と危険性をよく知らない原子力発電をテーマに、現代社会が抱える問題を提起する。
読書中、ずっと考えていたのは東野圭吾の乱歩賞受賞作『放課後』よりも乱歩賞らしい作品だなぁ、という事。『放課後』は狭義のミステリだったが、本書は現代社会の抱える社会問題を採り上げつつ、広義のミステリとして驚きを用意する、という最近の乱歩賞の傾向をしっかりと踏まえている。もしかしたら東野さんは乱歩賞を想定して書いたのかな、と邪推してしまう。また、東野さんと乱歩賞の同時受賞者で、本書の解説を書かれている真保裕一さん『連鎖』とリンクするような描写があったのは偶然か必然か、も気になる点である。
作中の事件は国家からすればテロ行為であるが、ミステリとしては百点満点の魅力を持つ。巨大ヘリコプターの奪取と原発への落下、そして犯人すら想定外のヘリ内の子供。事件だけでも600ページの小説を充分に牽引できる。前代未聞の犯罪と、誘拐小説のようなリアルタイムの犯罪が読者の目を釘付けにする。
600ページの長編小説ながら作中の時間は半日しか流れない。更には序盤にヘリコプターが原発上空に静止してからは動きは極端に少ない。中盤は事故対策に追われる研究者たちの賢明な頭脳労働と、警察の地道な聞き込み捜査の描写ぐらいである。しかし最後まで一度も飽きなかった。何と言っても構成が巧みなのだ。中弛みになる寸前で犯人の名前が明かされたり、子供の救出劇があったと息をつかせない。読書中、東野さんの掌で躍らされているなぁと何度も思った。
解説の真保さんの言葉を借りるなら「過剰な演出」の回避や作者の「抑制」がよく利いている。これだけ魅力的な事件を思い付きながらも失われない理系小説としての冷静さ。また東野さん自身の原発への賛否も「抑制」されている。情報小説として適切な情報を与えながらも自分の意見を押し付けず、読者には考える事を促すだけ。いくらでもドラマチックに出来る手腕を持ちながらも安易にお涙頂戴モノにはしない、作者の揺るぎないスタンスに好感を抱いた。
作者も犯人も「考える事」を喚起する。政治的無関心からなし崩し的に成立する物事、知識の欠如・意見を持たないという無責任への警鐘を鳴らす。無視や無知は罪である、と。世界に変革をもたらす為に、犯人は計画を遂行する。利便性を追求し嫌な物を直視しようとしない国民に覚醒を促す強烈な「蜂の一刺し」を以って…。事件の鮮やかな幕引きにも「抑制」が利いている。物語の結末よりもラストの犯人の独白が一番怖い。痛みを記憶しないままの人間は再び危険を冒す…。