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犯人に告ぐ〈上〉 (双葉文庫)

犯人に告ぐ〈上〉 (双葉文庫)

闇に身を潜め続ける犯人。川崎市で起きた連続児童殺害事件の捜査は行き詰まりを見せ、ついに神奈川県警は現役捜査官をテレビニュースに出演させるという荒技に踏み切る。白羽の矢が立ったのは、6年前に誘拐事件の捜査に失敗、記者会見でも大失態を演じた巻島史彦警視だった…。史上初の劇場型捜査が幕を開ける。第7回大藪春彦賞を受賞し、「週刊文春ミステリーベストテン」第1位に輝くなど、2004年のミステリーシーンを席巻した警察小説の傑作。


膠着状態に陥った川崎市の連続児童殺害の事件捜査。犯人は9ヶ月前にマスコミに声明文を送り付けたのを最後に闇に消えた。マスコミを利用した犯人の「劇場型犯罪」に対抗する手段として警察が考案したのは、現役捜査官がテレビニュースに出演し犯人にアプローチを掛けるという前代未聞の「劇場型捜査」。一般視聴者にはテレビを通して捜査に有益な情報を集めるという名目でのテレビ捜査だが、その真の目的は舞台を退いた犯人をもう一度、劇場に呼び戻し舞台に立たせる事。犯人の千の仮面を剥ぎ取って、犯人自身の素顔を照明の下で暴き出すのだ。この「劇場型捜査」の主役に指名されたのは巻島史彦警視。茶番劇だと知りつつ巻島は「6年前」の罰を受けるように自らピエロの仮面を被るのだが…。
この上巻では「劇場型捜査」のキャスティングと捜査劇の開幕までが描かれる。主役は巻島史彦。彼は一度舞台を降板し、舞台の恐ろしさを知っている人間。本書はまず6年前のもう一つの誘拐事件の顛末を語る回想から始まり、主人公の無様な姿を観客に晒す。始まりは些か劇的過ぎる状況。主人公の巻島に孫が誕生するその日、彼は誘拐事件の現場に居た。組織として動きの鈍い県警に苛立ちながらも、彼は犯人を手の届く距離まで追い詰める。しかし一瞬の迷いから彼は犯人を取り逃す。それは彼の転落を決定付けた瞬間であり、犯人が彼の心に巣食い始めた瞬間でもあった。その日の私的と公的2つの心理的ストレスから彼は舞台上で役を忘れ、警官という仮面を落とし失態を重ねた。
このような経緯から「劇場型捜査」の特徴は二重の意味で「毒を以って毒を制す」手法が用いられている点である。一度は犯人が上がった舞台、そして担当捜査官が転落した舞台、その舞台で全ての決着が付けられようとしている。
この上巻は劇としてはまだ序盤なのに、それでもグイグイと観客を引き込む手法に舌を巻く。始めに主役・巻島の失態と誘拐事件の緊迫感を伝え、誘拐犯の底知れぬ闇を窺わせてから、いよいよ誘拐犯との間接的対決が始まる、という構成が上手い。更には巻島の大失態から6年後という舞台設定も様々な期待と不安を観客の胸に呼び起こす。巻島の6年間の想い、培われた決意、そして孫の誕生から6年…。その上、獅子身中の虫の存在も仄めかされ、一枚岩とはいかない組織の中で孤軍奮闘する巻島の未来も暗示される。上巻で描かれた様々な因縁や伏線が、下巻でどう影響していくのか緊張感が高まる。
劇全体の構成は統御されていて良いと思うのだが、一方で各登場人物の造形が疎かに思える。正義は正義、悪は悪と単純明快な配役はまるで安いドラマ。非現実的なフィクション全開でドラマチックな舞台装置が魅力なのかもしれないが、いささか大味すぎる。良くも悪くもエンターテイメントに徹した小説。

犯人に告ぐはんにんにつぐ   読了日:2010年05年06日