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福家警部補の挨拶 (創元推理文庫)

福家警部補の挨拶 (創元推理文庫)

本への愛を貫く私設図書館長、退職後大学講師に転じた科警研の名主任、長年のライバルを葬った女優、良い酒を造り続けるために水火を踏む酒造会社社長。冒頭で犯人側の視点から犯行の首尾を語り、その後捜査担当の福家警部補がいかにして事件の真相を手繰り寄せていくかを描く倒叙形式の本格ミステリ刑事コロンボ古畑任三郎の手法で畳みかける、四編収録のシリーズ第一集。


刑事コロンボ」「古畑任三郎」に代表される倒叙形式のミステリ短編集。前述の2人が男性で独特のキャラクタなのに対し、本書は女性で、しかもキャラが薄い(「コロンボ」は未見なのですが…)。まだまだ登場回数が少ないの人物像が見えづらいだけかもしれないが、外見も口調も口癖も至って普通。多分、モノマネは難しい。普通すぎて、警察関係者以外には必ず警察官には見られないのが今の所、最大の特徴か。しかし外見で油断している犯人たちの懐にアッという間に飛び込むのが福家警部補。彼女はまず直感で犯人を見抜くが捜査は慎重。各関係者に事件背景を聴き、確証を持ってから犯人を名指しする。
作中では余り語られてはいないけれど、福家警部補のあらゆる方面での八面六臂の働き振りに好感を持った。事件関係者のありとあらゆる事を調べ上げ、事件の裏側を聴き出し犯行を確定する材料を集める一方で、事件関係者の周囲にある問題もサラリと解消するのだ。これはちょっとした福の神だ。彼女の情報収集能力の高さと人当たりの良さ、そして謎の生態が各場面で表れている。
倒叙式の面白さは何と言っても犯人との直接対決だろう。次々と逃げ道を封じられた犯人の焦燥感にこちらも緊張し、どこに決定的な瑕疵があったか語られるのを楽しみに待つ。しかし本書の場合、ちょっと犯人側に手抜かりが多過ぎるかな。両者が土俵際に何度も追い込まれるような名勝負はなくて、福家警部補が一方的にジワジワと押し出していた印象。オッカムの剃刀以外では両者が頭脳を駆使した攻防戦という意味では物足りなかった。もしかしたら要素を詰め込む分量の問題なのかもしれない。本当は中〜長編が適当な長さなのかも。
本書の犯人は皆(ほとんど)、高潔な人たちばかりである。彼らには人の命や自分の人生と同等に思えるほどの「守るべき物・者」があった。そのため殺人者でありながらラストシーンはどこか意志を貫いた者の気高さを感じさせる。
コロンボ」や「古畑」同様、シリーズが続くほどにファンならではの楽しみ方が増えていくのだろう。彼女の素顔を見せ過ぎず、でも少しずつ散りばめるという良い塩梅で今後の作品を作って欲しい。鑑識の二岡くんなど脇役キャラにも期待。

  • 「最後の一冊」…現オーナーが売却の意向を示す私立図書館で、それを阻止しようと事故に見せかけてオーナーを殺害する女性司書だったが…。徹頭徹尾、本への愛の話。こういう物語の一貫性が短編世界を美しく彩る。だけどこの女性司書、その精神性は認めるけど、実際に周囲にいたら神経質そうで嫌だな〜。
  • オッカムの剃刀」…弱みを握られていた准教授を強盗多発地帯で殺害した元科捜研主任。更に彼の計画は周到にもう一つ用意されており…。全短編中、この犯人だけは動機が保身。途中に挿まれる過去のエピソードが見事。知っているから当然の反応が出来ないのだ。そういえば現場徹底保存も福家警部補の特徴か。
  • 「愛情のシナリオ」…自らの再起を賭ける作品で、同じ役を巡りライバル関係の女優を殺した女優。自ら脚本したシナリオを女優は最後まで演じ切れるか…。真相への手掛かりの散らばし方が上手かった。ありがちな展開だけど本編もラストが良い。ただ福家の「福の神」効果も今回ばかりは皮肉な結末になってしまった。
  • 「月の雫」…窮地に立たされている自社の酒を守ろうと酒を愛する谷本は粗製濫造の巨大酒造メーカー社長を殺害したのだが…。全短編中、最もショボイ犯人ではなかろうか。福家との初対面直後に失言を重ねている。酒造りに命を懸けているからこその犯行の露見、なのは分かるが、なら犯行は別な場所で…。

福家警部補の挨拶ふくいえけいぶほのあいさつ   読了日:2009年10月28日