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誘拐症候群 (双葉文庫)

誘拐症候群 (双葉文庫)

警視庁人事二課の環敬吾が率いる影の特殊工作チーム。そのメンバーのある者は私立探偵であり、托鉢僧であり、また肉体労働者である。今回の彼らの任務は、警察組織が解明し得なかった、自称・ジーニアスが企てた巧妙な誘拐事件。『症候群シリーズ』第二弾。再び現代の必殺仕置人が鮮やかに悪を葬る。


(誘拐)ミステリの転換点とも言える、ここ10年間(90年代後半〜)の作品とそれ以前の作品とを分ける2つのアイテムがある、と思う。言わずもがなの携帯電話とパソコンである。この2つのアイテムの爆発的普及によってミステリも変容していく。例えば、クローズド・サークルを形成し外部からの完全な孤立を成立させるためには、従来の固定電話や無線だけでなく携帯電話・インターネットの使用を不可能にし、事件情報の流出を防がなくてはならない。そんな変容の中で、文明の利器を予め排除するのではなく、ミステリの新時代の小道具としてこれらを取り込もうという試みもなされる。本書もその試みの一つ、そして成功例の一つだろう。
本書のメインとなる事件は書名の通り「誘拐」である。思うに誘拐こそがこの2つの利器、特に携帯電話によって犯行方法が大きく変わった犯罪ではないだろうか。しかし本書で最も感心したのは携帯電話による誘拐ではなく、パソコンによる新しい誘拐の型を創出した点である。作者の貫井さんは単行本出版の98年時点(文庫版解説によると連載は97年の初め!)で、ウェブ日記(今で言うブログ)の存在をいち早くミステリの中に取り入れることに成功している。今(00年代後半)でこそ「1億総ブログ時代」と呼ばれているが、この時代の先読みには本当に驚いた。更に創成期における危険性の認識の低さ(個人を特定し得る情報・映像の発信)なども事件に織り込んで、新しい犯罪の種類を「症候群」と名付けている。
本書には2種類の誘拐事件が発生する。そして、その2種類は「昭和型」と「平成型」とも言える特徴を持っている。高所得者の親族を誘拐し、高額の身代金を奪略を目的とするのが「昭和型」の誘拐。一方、いわゆる庶民の子を続けて誘拐し、金額的には小口の身代金を奪い続けるのが「平成型」である。本書では「昭和型」の誘拐を托鉢僧の武藤が、「平成型」を特殊工作チームのその他3人が捜査する。「昭和型」も携帯電話という最新の利器を使っているが身代金の授受には自身を一度は危険に曝さなければならない。しかし「平成型」は銀行振り込みによって身代金を簡単に奪取する。また倒叙形式で語られる「平成型」誘拐の黒幕<ジーニアス>の徹底した匿名性も現代的である。「平成型」誘拐における真犯人は協力者である誘拐実行犯にとっても実体の無い架空の人物<ジーニアス>でしかない。黒幕は汗一つかかずに犯罪を始め、そして終わらせる。
と、新しい誘拐ミステリの形式を創り上げた本書ではあるが、終盤、ずっと「顔のない」犯人であった<ジーニアス>を追い詰める場面の興奮度はいまいちだった。私としてはミステリ的(論理的)カタルシスを望んでいたけれど、環たちの事件解決方法は結構、強引。また勧善懲悪の物語だからか、破綻後の<ジーニアス>のショボさが目立つ(愚民→犯罪の経緯も理解不能)。ただ彼の名前を最後まで出さないという徹底が、ネットを利用した犯罪には相応しかった。
余談ですが事件解決後、似た者同士の田中さんと磯村さんが不倫関係に陥らないか心配。違う意味で子供を泣かせるので、田中さん強い意志を持って!
また、本書でチームのメンバー全員が元警察官である事が判明。冷酷無情な環と武藤の間に走る微妙な亀裂。次回は倉持がメインか? その辺りは待て次巻。

誘拐症候群たいとる   読了日:2008年04月28日