- 作者: 北森鴻
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2005/01/20
- メディア: 文庫
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東京は下北沢の片隅にある骨董品屋・雅蘭堂。店主の越名集治は実は相当の目利きなのだが、商売はそれほど上手くない。おかげでいつも回転休業状態。それでも、ひとたび人々の記憶や思いのこもった骨董品をめぐって事件が起きると、抜群の鑑定眼と推理力で謎に挑む。ベトナム・ジッポー、鉱物標本の孔雀石、江戸切子、様々なモノと謎が今日も雅蘭堂を訪れる…。
北森さんの得意分野であり、私も大好きな古物商ミステリ。ただし同じ分野であっても歴史的骨董品を扱った「冬狐堂シリーズ」とは違い、本書の古物は誰かの日常的な愛用品だった物が多い。そこには人の記憶が残されていた…。
ゲスト出演だった『狐闇』で先に初対面を果たした雅蘭堂さん、こと越名さん。騙し合い・化かし合いが横行する骨董業界で、生き残り続ける眼力は確かなもの。しかし問題が一段落した後は彼の人間として商売人としては甘い所が見える。しかしそれは欠点ではなく魅力である。扱うジャンルは違えど本書でも冬狐堂シリーズと同じく、骨董品に魅入られた人々の(悲しい)顛末が描かれている。しかし古物に魅入られているのは越名も同じ。一歩間違えれば身の破滅を招くこの業界で生き抜くスリルを実は楽しんでいる。それはもう普通の感覚ではない。
美しさは不変であるはずの古物も付けられる価値や価格は時により変動する。ある者は品を金に換え、ある者は金で品を集め、またある者は品そのものを偽造しようとする。ある意味で金が物を言う世界。日本ではある時期、骨董品の価値が激動した。幾つかの短編ではそれが犯行の契機として描かれていた。
- 「ベトナム ジッポー・1967」…女子高生・安積が万引き(未遂)までして祖父に贈りたかったジッポー。そこには祖父の苦い記憶が刻まれていた…。謎解き後も未だ本人に深く刻まれたままの傷。けれど、その傷こそ物にとって人にとって生きた証とも言える。越名の物への深い愛情と観察眼が分かる最初の一編。
- 「ジャンクカメラ・キッズ」…近頃、壊れたカメラを好んで買う若者たち。だがその裏にはある後ろ暗い目的があるようで…。同業者・調査員・警察官、暇な雅蘭堂の来訪者たちは皆、只者ではない。彼らと渡り合うときの越名も、その時だけは只者ではない。剣呑な事件と対照的に安積の無邪気さが一層、輝いている…!?
- 「古九谷焼幻化」…兄の代役で金沢のさる家の蔵開きに参加した越名。しかし、その参加者の中には業界の裏の世界での噂の多い「狸」もいて…。舞台装置の役割、そして本来、価値を損なう欠点がその証明となる2つの反転が見事。登場回数は少ないが強烈な存在感を残し、謎の多い兄の物語も読んでみたい。
- 「孔雀狂想曲」…既に他の客が買っていった特別な価値のない鉱物標本に執着する男。彼はなぜ鉱物に執着するのか…。表題作、なんだけど作品の切れ味はいまいち。眼は細いが神経は図太い越名。今回も容疑者のち探偵。
- 「キリコ・キリコ」…一族数人での食事の席で、何者かが資産家の祖父の皿に異物を混入した。だが犯人・証拠は見つからず…。ガラス同様に脆く壊れやすい関係に決定的にヒビが入った事件。不幸な人は自分が一番不幸だと思い込む。様々な思い込み・先入観を払拭していく事が事件の解決に繋がっている。
- 「幻・風景」…高額な値が付く絵画は本来二枚で一対だったという。「狸」から行方不明の一枚の捜索を依頼された越名は…。事件の真相は単純明快。しかしだからこそ、それを見抜けなかった時の代償は大きい。『共犯マジック』でも思ったが、昭和史と北森作品は相性が良い。そう遠くない過去だけに怖い。
- 「根付け供養」…越名が一時的に預かっている元禄期の細工師・英淋の根付け。だが英淋の正体は現代の作家で…。今回は倒叙ミステリの形式。越名が如何にして、それが古物ではないと見破るのが見所。誰かの愛用品だった古物を扱う越名らしい着眼点を感じられる一編。にしても安積は毎度やってくれる…。
- 「人形転生」…越名が市で魅入られた陶器の人形にはある秘密があった。やがて、その人形を巡って事件が起き…。人生をも狂わす骨董品の魅力と魔力。今回は越名自身が生贄に。人が作りし人の形をした物、そこに人の想いが注がれない訳が無い。今回、越名暴走の抑止力となった安積。これで今までの損失分はチャラかな? 彼女を店に置いたのも越名の眼力の賜物か、ただの好みか(笑)?