《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ずっと母に認めて欲しかった父の死。でも それは僕が もう一度 父を失うことでもあった。

覆面系ノイズ 17 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第17巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

ついにインストアライブを最後に活動休止に入るイノハリ。「活休中のアリスは自由」。ニノは黒猫やガールレスからのゲストオファーを受け、自分をさらに高めようとする。そして、杏への気持ちを自覚したクロが…!?

簡潔完結感想文

  • 活動休止で個々の活動は自由に。強くなって また会おう。どこかの海賊団!?
  • 一番大事なのは、目の前にいる人を抱きしめ、2人の温度を同じにすること。
  • いつだって自分が前に進むのは、負けを認めることから始まる。不器用に進め!

きしめることで伝わる想い、の 17巻。

2つの抱擁が印象的な『17巻』。絡まったものを解きほぐすのは、幾つもの言葉よりも幾つものキスよりも、目の前の人を愛おしく抱きしめることだった。自分だけの都合で現実を押しつけていたユズ、そして他人に取られたくないから愛を押しつけるように仁乃(にの)と交際したモモ。そんな未熟で不器用だった2人が、目の前の人を愛をもって抱きしめた時、本当に伝えたかったことが伝わっていく。ずっとずっと登場人物たちが成長してきた本書ですが、本当の愛の表現を見つけて、彼らは無敵になった。強くなった彼らの新しい音が奏でられることが、今から楽しみ。

抱きしめることは心に寄り添うこと。相手の心に寄り添えるだけの余裕が生まれて初めて出来る。

そして2つの曲が披露されるのを待っている。1曲はユズの曲。『16巻』でユズが仁乃に渡した、2人が一緒に歌うことを前提に作られた曲である。そして もう1曲がモモの曲。今回、ようやくモモは自作の曲を仁乃に渡す勇気と自信が持てて、彼女と曲を制作した。
作者はこの2曲をクライマックスに用意した。そして きっと その披露の舞台は夏フェス最大の会場。最高の2曲を最高の舞台で披露する、こんな幸せな場面が見られるのが今から楽しみである。

仁乃がモモの曲を歌うことをユズは非常に恐れていた。仁乃が歌うのは自分の曲だけだと ある意味で彼女を縛っていたが、ユズの視野が広くなり、そして個人的な事情からの活動休止になったために、仁乃の活動に制限が無くなる。ここで目を惹くのが、仁乃の音楽活動が飽くまでバンド「イノハリ」のアリスとして引き受ける、という条件だった。飽くまで仁乃にとって母体はイノハリであると強調することよって仁乃がモモとユズの間を行き来するような、浮ついた人間ではなくなっている。これは一種の武者修行であるという彼女の意思が示されることで、仁乃の音楽活動の信念は揺るがない。
しかもモモの曲は仁乃が単独で歌うのではない。モモのバンド「黒猫」のボーカル・深桜(みおう)とツインボーカルなのは浮気疑惑の予防線なのかもしれない。更には元祖イノハリのボーカルだった深桜が、2代目の仁乃と何のしこりもなく、プロ同士として競演するというのがドラマになっている。これは どの人物も自分の足で立つだけの実力と自負を経たからこそ出来ること。

ラスト付近は全ての要素において言えるのだが、これは「今」だから出来る曲という事実が何度も感動を呼ぶ。作曲家たちが研鑽を重ねたから良曲が生まれ、至らなかった自分に気づいたからこそ、ユズは歌声を取り戻し、モモは仁乃に自分の曲を渡せる勇気が持てた。

最終盤は作者が ずっとずっと描きたかったシーンを丁寧に描いている感じを受けて、メタ視点でも緊張感と達成感を感じる。いよいよ残すところ あと1巻。最後の歌唱/演奏を楽しみにしています。


ノハリ、活動休止前のラストライブ。
出番の直前にユズはメンバーに再開まで それぞれ足を止めないでいて欲しいと願う。メンバーを自分の曲で縛るのではなく、自由に音を楽しんで欲しい。思い切り自分に挑んで欲しいということであった。その上で、イノハリをまた始められたら幸いだ、とユズは言う。子供の頃の約束を果たすために機能した「イノハリ」という器だが、あれから7年が経過し大人になろうとしている彼らは、自立した存在の集合を理想形とする。7年でユズが声変わりしたように、変わりながら変わらないものを築き上げようとしている。
誰かを縛るのではなく、自由意志の下で、また集まりたい。それはユズの母親に対する態度にも近い。母を無理に現実に向けるのではなく、母が現実に向かい合うまで一緒にいる。その余裕がユズを大人にする。


乃は活動休止前から、半年前の自分よりも格段に大きくなっていた。ユズが もう歌えるように、今の仁乃は歌と恋を両立できるだけの器を持っている。モモはそれに気づくが、今度はモモの方に恋愛に足を踏み入れない理由があった。

仁乃に贈られたメガネによって新しい視界を手に入れたモモは自信を回復する。コンペに参加したり、男性用の曲も提供するなど挑戦を続けていた。だが、現状はモモは仁乃に曲を渡すことが出来ない。その勇気がない。

ユズはモモにも、活動休止中は仁乃が自由であることを告げていた。仁乃はイノハリ以外の活動を増やすと予想されるし、彼女への楽曲提供も多い。そして、モモからの楽曲を歌う可能性があることもユズは告げる。
これで仁乃がモモの曲を歌う条件は揃った。勇気の出なかったモモだが、イノハリのラストライブを観て腹をくくる。

舞台袖に下りてきた仁乃のカツラを取り、そして彼女の覆面=眼帯をもらう。これは仁乃をイノハリのアリスではなく、仁乃に戻すという儀式なのだろうか。仁乃がモモに新しいメガネをくれたように、今度はモモが仁乃の視界を広げ、新しいものに触れさせるという決意なのか。『14巻』で足元の包帯を取った時以降、モモの動作は何らかの儀式のような荘厳さを感じる。


うしてユズのいない学校生活が始まる。その間、イノハリの新曲は4週連続1位になっていた。

クロは杏(あん)への好意が積もるばかり。そんな彼に気づくのは深桜。彼らの共通点は2回目の恋をしていること。初恋成就が多い少女漫画の中で、2回目の恋をする2人の連帯感が可愛い。
杏を好きになりかけていたクロが彼女の周りの異性に嫉妬したように、杏はクロの周囲に異性がいることにやきもちを焼いてくれた。そんな彼女の心境を知ったクロは思わず彼女にキスをするが…。本書の、というか福山作品におけるキスは衝動的なものが多いですね。自覚するよりも早く自分の気持ちを素直に表すものなのだろう。


乃はソロ活動はしない。だが、イノハリのアリスとしてゲスト参加することには前向き。

そしてモモは事務所を通じて仁乃にボーカルを打診していた。ただ上記の理由で、ソロではなく、「黒猫」へのゲスト参加となる。

曲は深桜と仁乃のツインボーカル。深桜はそれを了承している。かつては黒猫でもイノハリと同様に仁乃の代役として わだかまりがあったが、その仁乃と歌うことを今は前向き。なぜならデモ曲をモモが聴かせてくれたから。モモがメンバーの意見を尊重する姿勢に嬉しさが生まれる。これはユズが活動休止をメンバーに相談したのに似ている。イノハリが結束して最強になったように、黒猫もメンバー間の絆が生まれつつある。


ズは2か月かけて、父が生前に親しんだ外国を見て回った。それでも母の認識は変わらないが、これまでになく母も自分も穏やかな日々を過ごす。

だが空港で、かつて父が事故に遭ったのと同じ便の飛行機が消息不明という報せを母が読み、彼女の精神は乱れる。
この状況に苦悩するユズ。そこに一本の電話が かかってくる。まるで父親からの電話だと錯覚するユズだったが、それは仁乃からであった。彼女は託されていた新曲の歌詞が出来たことを報告し、ユズを心配する。

仁乃の声でで立ち直るユズ。ユズにとって いつだって彼女の声は女神の祝福なのだ。
母の中に父が帰るまで、自分が手を引くことを改めて約束し、母を抱きしめる。頭上からユズが抱きしめた母の前に、父の遺骨が入ったペンダントが目に入る。母は それを父だと認識する。

待望の場面であったが、母が父の死を認識することは、ユズもまた父の死を改めて受け入れることとなるのが辛い。彼もまた本当の意味で父が不在であること、もう会えないことを認めなくてはならなかった。

そうして母子は父を送り出す。長かったトラウマ/トンネルから抜ける兆しが見え始めた。


2月にはユズは帰ってくる予定。イノハリの新曲は、未だにロングヒットを続けていた。

明確な日時は明らかになっていないが、この時点で1月~2月ぐらいだと思われる。でも大学の推薦入試を受けたハルヨシが、年明けに合格発表というのが謎すぎる。これだと推薦入試の学生は、それがダメだったら、そこから急遽 一般入試を考えろってことになる。そんな非情なスケジュールを学校が用意するはずないのだが。

クロと杏はキス以降、仲がギクシャクしていた。そんなクロの事情を初めて知ったハルヨシは、今すぐ告白することを強く訴える。
これは杏に謝罪しろ、という意味ではない。キスをしたならクロの気持ちは隠しようがなく、隠さなくていい状態なのだから、自分の中の気持ちを吐き出しなさい、とハルヨシは言う。
そしてクロは情緒のある放課後に、自分の気持ちを素直に伝えた…。

この日、ハルヨシのもとにきたのは2通の合格発表。1つは大学。そして もう1つは夏フェスであった。


こにきて ようやくモモは仁乃にゲスト参加の件を直接 打診する。曲は違えど長い間(『13巻』から)、彼女に渡せなかったデモ曲を聴いてもらう。

モモが仁乃の耳にヘッドホンを装着するシーン、これは『2巻』でユズが仁乃の耳にイヤホンを装着したのと意図的に似せているのだろう。あの曲で仁乃はユズの曲に魅了されたが、今回はモモ。作詞家にとって作詞は心を裸にすることらしいが、作曲家にとっても それは同じじゃないか。モモはクールの覆面を取って、初めて仁乃と素顔で、素っ裸で向き合ったのではないか。

仁乃の声に抱きしめられていたモモが、トラウマを乗り越え、今度は仁乃を抱きしめ返すような音を紡ぐ。

交際中よりも しっかりと向き合った2人。彼女の頭と心を自分の音で満たす、それは官能的な行為に思える。

コーディングが始まる。仁乃がモモの曲を歌うのは実は2回目。学園祭の『7巻』でも仁乃は歌ったが、あの時はユズの作曲ということにして事実を伏せており、初めからモモの曲と認識して歌うのは初となる。

その光景にモモは感動する。ブースの向こうにいる仁乃の姿は、まるで窓ごしに歌っていた頃の2人のようだ。この追体験は好きですねぇ。否が応でも感動してしまう。もうモモの住んでいた家は無くなり、同じことは出来ないが、同じ高さの視点で2人がガラス越しに言葉を伝えあう。終盤にきて1つ1つのシーンが、神がかってますね。

この日のことを楽しかったと素直に思える2人は一緒に並んで帰る。モモばかりが緊張してセンチになっていると思いきや、帰り道では仁乃が感涙する。もしかしたら夏フェスで同じステージで同じ曲を歌うかもしれない、一緒にうたえることがずっと続くかもしれないという幸福感が彼女を襲ったらしい。

そんな仁乃を、モモはただ抱きしめる。そうしてモモは、ずっと夢見ていた仁乃を、人生を照らす光を掴む。曲を渡すこと、彼女に歌ってもらうこと、彼女を抱きしめること、モモは全てを やり切ったのではないか。7年分の荷物を下ろし、モモは一層 自分の気持ちに素直に生きる。

覆面系ノイズ Side B」…
約束したデート(『11巻』)の帰り道の、ハルヨシと深桜の後日談。
もう この時点で深桜はハルヨシから逃れられない運命。Sヨシ先輩、好きです☆

覆面系ノイズ #001」…
ヤナと月果の腐れ縁の お話。この2人の話は内輪カップルの後付けに見えちゃうなぁ。大学時代の月果は杏ちゃんに見える。ってことはヤナと杏が出会ったら、トキメいちゃう!? クロ ピンチ!

覆面系ノイズ #002」…
軽音部の男性陣の恋バナ。イノハリよりも、年相応の男子高校生たちで◎。次作『恋に無駄口』は こんな感じなのだろうか。

僕たちが弱い自分を克服しようとするのならば、雨は上がり、新しいメガネが視界を拓かせる。

覆面系ノイズ 16 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第16巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

大雨の中の、RH・イノハリのステージは観客を増やしていく。4曲目に入ったとき、ユズの母が会場に! 母の歩み寄りに気づいたユズは、ステージを降り…!? そして迎える最後の曲「ハイスクール」。観客を感じることができるようになったニノはまたひとつ階段を上り――。

簡潔完結感想文

  • これまで一方的に自分の主張を叫び続けてきたユズ。その彼が母に寄り添う時、喉は開ける。
  • モモも仁乃からメガネを贈られ視界が開ける。ライバルと好きな人に刺激を受ける三角関係。
  • 約1年間の活動休止に入るイノハリ。その前に短期的な目標を立て、再開後の曲を用意する。

じ試みも、違う心持ちならば再放送にはならない、の 16巻。

『16巻』でバンド・イノハリは活動休止に入る決断をする。
最初は この展開に疑問を持った。なぜなら それほど前ではない『12巻』でも彼らは事実上の活動休止をしていたから。それはヒロイン・仁乃(にの)が高校1年生の年末年始に行ったライブツアー後に起こり、この時もユズの家庭の事情によって休学して、彼が戻ってくる3か月間は開店休業状態だった。
そして仁乃が高校2年生で参加した夏フェスの後、ユズは活動休止を提案した。元々、高校生である彼らの長期休みにしか活動していなかったイノハリ。それにしても1月から4月を休み、5月から夏フェスまで動き、8月以降は活動描写がないところに、11月から次の夏フェスまで休む方針が発表されるから休みがちな印象が出てしまう。しかも作中の時間では半年は活動していたが、読者としては『12巻』の空白から それほど時間を経ずに休止だからガッカリする部分も大きい。この辺は作中の時間をしっかりと認識していないと、より活動の短さばかりが気になってしまうだろう。

右肩上がりのバンドの衝撃的な決断。だが それは将来にわたって一緒に音楽を続ける布石でもある。

ただし同じ描写を割愛する賢い作者が、同じような展開をまた用意した意味も しっかりある。いや、同じことを繰り返すことによって、1回目と2回目の違いが鮮明になっている点では長所の方が大きいだろう。
見えてくるのはユズの活動休止への意識の違いである。1回目はメンバーに内密に、マネージャーのヤナにだけ伝えて、彼が休学すること=イノハリが活動しないことは事後報告だった。それがメンバー間に不安と不信感を抱かせる結果になり、メンバーがユズに どう接していいのか分からなくなっていった。
けれど2回目の今回は、ユズはメンバーに事前説明をし、彼らの同意の後で それを実行するという気遣いが見える。そして1回目では言わなかった自身の家庭の事情も詳らかに語り、自分が この活動休止で何を目標にしているのか、というヴィジョンも共有しようとしている。
その違いが バンドの結束の強さを表すものなのが良い。ここ最近は メンバー4人が自立して活動することを目標にしてきたが、夏フェス中にも彼らは1人1人成長した。そして視野が広がったからこそ、ユズは自分のことをメンバーに相談できるまでになったし、他のメンバーもユズの事情を知り、活動休止を経ても変わらないものがあると信じられるから それを了承していく。思えば7年前、ユズは全員の前から失踪し、そして年明けも何も言わずにいなくなった。仁乃だけじゃなく皆にトラウマを与えてきたユズが、今回は行く先と目的を告げている。それもまた大きな変化である。
ここでユズの提案を、ユズのためだから、それが友情というような綺麗ごと一辺倒にしないで、ちゃんと葛藤を描きつつ、それを乗り越えられるだけの信じられる彼らの信頼を表現しているのが良い。ここまでのエピソードの全てが、彼らの行動に説得力を与えている。

不安ばかりだった1回目の活動休止とは違う、前向きさが見られた。明るい未来を夢見ながら、ここで一度 別れていくという展開から少し早い卒業式を連想した。恩師であるヤナに感謝したり、活動を再開する時のための約束や準備をしたり、ユズにサプライズを企画したりと、旅立っていくユズを祝福する温かな内容であった。
ユズが仁乃に渡す新曲のデータも、制服の第2ボタンのようである。さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うための遠い約束。

これまでとは違う とある狙いのある新曲の披露が今から楽しみで仕方ない。

また、全体的に見ると、ここまでの約1年半で16巻使っているが、来年の夏フェスまでを描くにしても、あと1年ある。計算的には ここから1年で あと8巻ぐらい使うということだ。作者なら描けるかもしれないが、バンドとしてはカンストしつつあるイノハリが越えなくてはいけない壁も少ないだろう。ここまで濃密な1年半を描いてきたから、これからは重複する部分も出てこよう。そういう間延びする1年を短縮するためにも、活動休止が必要だったように思われる。


き続き夏フェスの途中から。
飛行機事故で消息を絶った父の帰還を、何年経っても信じているユズの母。その割に音楽家だった父のことを思い出し、息子が父のように消えることを恐れて、母はユズに音楽を禁じた。泣くことさえ自分に許されない凝固してしまった母の精神。
母はユズがいないと眠ることも出来なくて、ユズ以外の人間との接触を拒む。きっと第三者から現実を知らされるのが嫌なのだろう。だから父の遺した子供と、彼と暮らした家の中で同じ思い出を反芻する。

それに付き合うユズは留年した。留年しても この学校にいたいのは、ハルヨシたちとの約束のためであった。そして留年も ただ悪い事ばかりじゃなくて、これがあったから この学校で仁乃に出会い、彼女の同級生としての日々が待っていた。

ライブ中に過去に足を掬われそうになるユズを、メンバーたちがフォローして立ち直らせる。詳しい事情を言わなくても、彼らは絶妙な距離で自分を信じてくれている。その思えたユズは、母に対しての見方も変わる。

昔と違い、このところ母は音楽を、ユズの世界や交友関係を認め始めている。それは母の方からユズへの距離を縮めている、という事実でもあった。ユズは同じ地点で叫び、それに母が応える劇的な変化を待っているだけだったが、ユズが見方を変えれば、母は自分への距離を変えていたことに気づかされる。

母の方が変わっていることに息子が気づかない、というのはユズとモモの類似点だろう。確かに彼らの母は病んでしまったが、母が異常だという偏見をもって母に接しているから、母の細かい変化に気づけなかった。そして自分こそが母は病気だという認識に凝り固まっていた、と言えよう。ミイラ取りがミイラになり、世界の広さが狭くなってしまった。


うして自分もまた頑なであったことに気づいたユズに、父が祝福を与える。父はユズの喉に口付けをし、彼の胸のつかえ、ならぬ喉のつかえ を除去する。ユズも以前、仁乃に対いて同じ行為をしていたが、ここは親子で似ている所だろうか。

そしてユズは自分の今の喉が、空気を振るわせる可能性を持っていることを知る。その確信が、彼をジャンプさせる。ステージから観客席に降り、一直線に母に向かい、そして、今度は自分が母に歩み寄ることを宣言。
これからは母と一緒に悲しみと恐怖を乗り越えることを誓ったと言えよう。

その後、観客席から一瞬だけユズは歌い、イノハリの歌を仁乃に託す。


の夏フェスのステージで4人は 本番中に それぞれに覚醒したと言える。
そして これがイノハリの真の姿。その姿は周囲の者を皆 熱狂させていく。一発屋の匂いがするイノハリを批判的に見つめてきたライター・東雲(しののめ)も認めざるを得ない真の実力。彼に文句を言わせないことは、イノハリが日本で有数のバンドへ成長したことを意味するのだろう。4人の自立が重なって、バンドとしての成長に繋がった。

そして今年の夏フェスは終わる。来年は、最も大きいホライズンステージでの歌唱を目指す仁乃。ホライズンは、地平線・水平線の意味。海に向かって歌っていた仁乃にはピッタシで、自分の声を地球全体に届けるための理想のステージ。後半の展開と合わせると、このステージに立つことが最終目標になることが分かる。


イブの後は大きく時間が動くのが恒例。
夏フェスから3か月。今回は11月開始のイノハリがオープニングでタイアップしたアニメ開始の少し前へと時間が飛ぶ。どうでもいいが、地上波アニメで11月開始ってイレギュラー過ぎるなぁ。作者もそれは承知の上なのか。10月開始だと、まだ放送前は9月で季節が動いた印象が薄れるから敢えて そうした、と推測する。

モモはスランプ中。『14巻』でユズの曲に敗北を認めてから、彼もまた新しい自分の獲得に苦悩しているらしい。
そして仁乃が、腫れ物を触るように避けていた自分と、日に日に普通に会話するのが気に入らない。彼女から恋愛感情が漂白されるようで、それを認めたくない。

その日、眼鏡を踏んで壊したモモは、通りかかった仁乃に手引きをしてもらい眼鏡屋まで彼女の先導で歩く。その姿は音楽面でも彼女の方が先行しているに重なる。モモが不機嫌なのは、周囲の人がアッという間に自分を置いて成長してしまう焦燥が原因と言える。ライブでもパフォーマンスや覚悟など、全てにおいて仁乃はフェスで成長していた。もう自分が成長を待つ仁乃ではなくなっていた。

この日は11月11日でモモの誕生日。その際のモモの誕生日を祝いたいという仁乃の表情から、モモは彼女がまだ自分を好きでいてくれることを知る。だからモモも慣れないコンペに出場してみたりと、自分の力量を試し、成長を誓った。ユズとの関係が自分を前進させるように、仁乃との関係も常に刺激に溢れている。

この日からのモモの視界は、仁乃が見せてくれる世界とも言えよう。ぼんやりとしていた展望を、仁乃が引き上げ、新しい目標が出来、それに対して前進する覚悟も決まった。この日のプレゼントがメガネなのは、そういう意味もあるような気がする。

誕生日でモモは17歳。きっと18歳になったら結婚できるのに、とか考えているに違いない…(笑)

この日、モモが眼鏡を壊すのは運命的だった気がする。新しい世界、新しい自分に出会った最高の誕生日。

の翌日、仁乃がユズから告げられたのは、イノハリの活動休止だった。ここでユズが家庭の事情をメンバーたちにも詳細に語るのは読者への情報整理の意味もあるだろう。

これまでユズは、反発するように音楽を続け、そして父の死を母に押しつけて認めさせようとした。だが分かれよ、分かれよ、と苛立って母の事情を考慮していなかったと反省する。解決を焦って、寄り添う振りをして押しつけていた、これが彼の失敗か。
だから、今度は母のことを理解しようとする。そのための時間が彼には必要なのだ。ユズは父がよく滞在していたオーストリアを中心に、父の足跡を辿る旅に出るという。過去を知ると母が家から出ようとするだけで大きな前進にも見える。

活動休止に際して違うのは、今のユズなら、歌うことは出来るという点も大きく違う。これで母からの課されたタイムリミットはクリアし、今後の音楽活動も保証される。ただ それでは自己満足で終わってしまうのだろう。ユズは今、母を助けたいのだ。ここは自分の事情よりも母に本当に寄り添うユズの決意の固さが良く表れているように思う。


動再開予定は来年で、夏フェスでの復帰を目指す。1年弱活動休止するバンドに夏フェスのオファーは来ないかもしれない。そのリスクも考えた上で、イノハリは お休みに入る。もちろんメンバーに不安がない訳ではない。特に今回のフェスでバンド活動への原動力が回復し、次へのステップへの道筋が見えたところでの活動休止である。ハルヨシやクロが悩むのも よく分かる。

仁乃は、精神に負担を掛け、見ない振りをして音楽を続けるよりも、問題と向き合うことに賛成する。それに仁乃には絶望の6年間がある。例え1年以上でも、再開が約束されているなら、それを許容する。

そして仁乃は、ユズの声が戻っていることを知っている。海岸で聞くユズの歌声。それは約7年ぶりの歌声だった。変わったのはユズの声。あの男の子は男性になっていた。

この時、ユズは仁乃に新曲を渡す。それは、2人で歌うことを想定した曲だという。だから仁乃は、7年前とは反対に、仁乃がユズの喉に目印をつけて、彼の帰りを待つ。今度はユズの歌が2人を導いてくれることを信じて。


ルヨシもクロも活動休止に対し承諾したところで、仁乃は活動休止前の短期的な目標を立てる。

それが週間チャートの1位の獲得。覆面系バンドということもあり、これまではプロモーションをあまりやってこなかったが、今回は目標達成のために大々的なプロモーションに打って出る。その全力疾走で、来年の夏フェス参加の権利を射止めるつもり。

活動休止を前にマネージャー・ヤナとユズの過去編となり、イノハリの足跡が語られる。私は ここで「イノハリ」こと「in NO hurry tu shout;」の意味を初めて知った。急いで叫ばないで。これはユズからの仁乃へのメッセージだろう。イノハリは徹頭徹尾、ユズが仁乃のために作ったバンドと言えよう。
最初に送られたデモ曲で、ヤナはユズの才能を一瞬で見抜き、そして その曲でのユズの心境を一言で言い当てた。それがユズのヤナへの信頼になった。


イノハリは活動休止を公表し、最後のファンとの交流を、新曲発売を機に全国でする。そしてメンバーはユズにサプライズでCDショップでのライブを発表する。さながら卒業公演といったところか?
この一連のプロモーション活動は仁乃の発案と、ヤナの激務によって実現した。ユズはヤナに これまでの働きへの感謝を述べる。
月果(つきか)がモモの保護者となり、不器用な彼を手助けしたように、ヤナは年長のお兄さんとして、彼らの活動を愛し、彼らを見守ってきた。

ヤナがいたから、イノハリがいる。陳腐な言い方だが、ヤナは5人目(いや深桜(みおう)がいるから6人目か?)のメンバーだろう。

月果に優しい言葉を掛けられた勢いでヤナは彼女にプロポーズする。それを月果は承諾。活動休止という心の穴を、ずっと好きだった人と想いが通じることで埋めていく。モモも まさか自分より先に月果が結婚するとは思わなかっただろうなぁ。
同じことを繰り返さない作者だから、結婚はヤナと月果に任せ、作中での仁乃とモモの結婚はないのかもしれない…⁉