あなしん
春待つ僕ら(はるまつぼくら)
第14巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
恭介の切ない片思いに、竜二が大事にし続けていた気持ち。そして、あやちゃんが心に秘めた想い。今まで語られていなかった、男子たちの尊すぎる想いが初めて明かされる──!! 雑誌のみの掲載だった特別番外編も一挙収録! 大ヒット!笑えてトキめく青春ラブコメディー☆尊い番外編がたっぷり詰まった本当に最後の第14巻!
簡潔完結感想文
- 年長組の2人が どちらも年上の女性を見そめるのは美月の唯一性確保のため!?
- 竜二カップルは、美月たちが動けない時に動いてくれる優秀なスペア(失礼)
- あの時の美月と同じ弱さを抱え、あの時の亜哉と同じ秘密を抱える最終キャラ。
今は宙ぶらりんの俺の愛を注ぐのは、ヒカル、君へ、の 最終14巻。
身も蓋もない言い方をすれば少女漫画は内輪カップルの製造工場である。特に本書は どのキャラにも幸福が訪れる傾向が示されている。
例えば本編中で恭介(きょうすけ)にも相手がいることが匂わされていたし(その話は番外『14巻』で)、瑠衣(るい)も折られたと思われていた ある人とのフラグが結局 立っていたことが判明する。全員を幸せにするということは失恋者が次の恋を見つけるということであり、永久(とわ)に恋をしていた女子バスケ部員のマキも、そして亜哉(あや)に恋をしていた女子マネージャーも最後に幸せを見つけている。
さて、ここで問題になるのが超大物失恋者・亜哉である。
当て馬だけは最後までヒロインを好きでいるべき、というルールも少女漫画ならではのだが、どのキャラも幸せにしたいらしい作者の嗜好を考慮すれば、亜哉の相手は もう登場しているのではないかと考える。
推測ではあるが、それが亜哉の番外編で出てきたヒカルである。このヒカルには2人の登場人物の過去が重なっている。
1つは美月(みつき)。小学生の頃に亜哉が出会った美月と同じように、ヒカルは人間関係に悩んでおり、そして周囲に心配をかけまいと気丈に振る舞おうとしている。弱さと強さが同居するヒカルに亜哉が美月を重ねるのは不思議ではない。


そして2つ目が亜哉である。ヒカルは小学生の亜哉と同じ秘密を抱えていた。この真実に亜哉が気づいているかは不明。作中で全知全能の亜哉だから気づいているような気もするし、過去に亜哉が美月にしたことを仕返しされるという展開の方が面白い気もする。
とにかくヒカルは亜哉が守ってやりたいと思うような性質と、彼の愛を受け入れる性別であることが判明する(性別は愛に関係ないが(多様性へのフォロー))。
このヒカルの特性に、作者のカップリング願望を加えると、かなり高い確率で亜哉の相手はヒカルではないかと思われる。これは永久たちの高校が おそらく高校バスケ界で快進撃をする予感と同じ。その材料だけ描いて、未来は想像の中としている。
あっ、そういえば私が予想したインターハイ予選の結果が この『14巻』で明らかになっていた。やっぱり予想した通りで、作者が そう読めるように描いていることは、未来は その予想に沿うという一つの例になった。
ということは亜哉が次に愛を注ぐ、いや次こそ同時に恋をするような相手はヒカルだろう。今はまだ子供としかいえないヒカルだが、美月への想いが消えない亜哉が、次の恋に動いても良いと思うのは随分先だと思われるので、この年齢差で正解なのだろう。
今回のタイトルにしたが、亜哉とヒカルの関係は、光源氏と紫の上のそれに近い。でも そうなると難しいのは亜哉がヒカルに美月を重ねていると絶対にバレてはいけない、ということだ。自分の背後に別の女性を重ねていることを知って平気でいられる女性は少ないだろう。ヒカルが その未来を回避するためには、次に亜哉の前に出ていくまでに魅力的な人間になってなければならない。それがヒカルの目標だろう。
恭介や竜二(りゅうじ)の恋愛を含めて、本書の男性キャラは本当に一途で、人生を賭けた恋をしている。全員が彼女のために努力を重ねるタイプで似通っているのは欠点でもあるか。瑠衣の恋を進展させて、ちょっと毛色の違う恋愛模様を見せても良かったかもしれない。
そして男性たちに比べると女性側の恋心が弱く見えてしまう。美月は意味のない足踏みをしていたし、ナナセや今回登場の新キャラは しょうもない嘘をついて1回 相手を傷つけている。その障害をイケメンが乗り越えくるところに面白さがあるのかもしれないが、恋愛エピソードが重複している部分もあって、目新しさを感じなかった。
次の作品では重すぎない恋愛感情でいて欲しいが、書名的に無理かもしれないけど…。そして次回作ではヒロインを お姫様ポジションに置かないように祈るばかりだ。
雑誌掲載だったミニ番外編も手を抜かずにクオリティが高いのが素晴らしい。作者は絶対に手を抜かない。そこが信頼できる。
「extra period.1 初恋」…
恭介の初恋は姉の親友の翔子(しょうこ)という3歳年上の女性。服装に統一感がない人で最初は苦手だったが、やがて それが お嬢様の「男避け」であることを恭介は理解する。政略結婚を目的に好きでもない男との お見合いをさせられることが証拠は嫌だったのだ。その彼女の運命から彼女を救うことが恭介の目的となる。運命と呼べるものに立ち向かうのは永久と似ている。そして年上の女性に恋をしている設定は竜二に似ているし、学校の恋人がいるかもしれないという恐怖も竜二と被る。勘違いからの大逆転も一緒で、何だか既視感ばかり受ける。


『13巻』の感想でも書いたけど、永久以外の男性3人が学校外に好きな人がいるのは美月の姫ポジションを守るためのような気がいてならない。特に上級生である恭介と竜二が揃って年上の女性に惹かれるのは、美月が妹ポジションを失わないためのように思える。美月を特別性を守りたいという作者の願いが、同じような構図を繰り返す原因ではないかと勘繰ってしまう。
良かったのは恭介と竜二の上級生コンビが真面目に恋バナをしている場面が見られたところ。そして これまでは恭介は恋愛の神様であったが、今は竜二の方が先輩。長年 想い続けてきた初恋を成就した竜二から恭介は当たり前で新しい観点を授かる。竜二が恭介に影響を与えている場面は番外編だからこそ描ける内容だと思った。
そして同じ年上の人に恋をする設定を使っているけれど、その2組のカップルの関係性が正反対というのは意図的に仕組んだものだろう。ナナセは竜二に対して年齢差や経験差が気になって一度は拒絶した。一方、翔子は恭介が恋愛遍歴を重ねていくことに胸の痛みを覚えるが それを促したのは自分だったことで二の足を踏み続けていた。そして「男避け」を続けた結果、自分が男性との交流方法を体得できず、恭介との恋愛偏差値が どんどん開くばかりになった。それを恭介が飛び越えてきてくれた。そして ここから翔子に見合う、彼女の家に許される社会的地位を手に入れることが恭介の努力となる。恋愛は自分を高めてくれるもの、その基本は本書で徹底されている。
紆余曲折あった2組だが両想いの際に胸に去来する感情は同じなのである。
「extra period.2 夏休み」…
美月&永久、ナナセ&竜二の2組のカップルによる海回。『4巻』では却下された提案が ここで実現する。この海回は美月の提案によるもので、交際後も いまいち押しの弱い竜二と そこに寂しさを抱いているナナセのためにセッティングされた。美月たんマジ天使。
これはナナセが気にする年齢差と経験差を一気に埋めて、今後のカップルの交際が上手くいくための話となっている。そして美月と永久では まだ描けない性的な場面を描くためにある。経験差も埋められるし、本書初のシーンも描ける一石二鳥である。こういう時に友人の恋枠は便利である。
「extra period.3 ありがとう」…
亜哉視点のエピソードゼロとエピローグ。日本を発って3か月。亜哉はアメリカ生活に順応していた。そんな亜哉に母が9歳のヒカルという子供にバスケを教えて欲しいと2人を引き合わせる。ヒカルは昔の亜哉と同じで、違う環境に放り込まれて順応できていないらしい。それを乗り越えた経験を持つ亜哉に母親はヒカルを託し、そのキッカケにバスケを勧める。
ずっと喋らなかったヒカルだが自分の親が自分に何を望んでいるのか分かっている聡明な子だと分かる。そこで亜哉は自分と美月の交流について話す。亜哉は その時 弱くて本当のことを喋れなかったが、美月に見せた虚勢を本当にするために努力を重ねた。そして自分の中の美月を心の指針にして亜哉は邁進した。
そして願い通り美月と再会するが、その時には亜哉の帰国から1年が経過しており、美月の隣には永久がいた。そこから美月と亜哉の物語が亜哉視点で語られ、小学生の時と同じく倒れた美月を運んだことで、亜哉は自分が昔の自分とは違うことを実感した。美月を守る自分になるために研鑽を重ね、その結果 美月を本当に守ることが出来た。それが亜哉の努力が結ばれた瞬間である。亜哉は自分の間違いが今なら分かる。出会う順番が違っても その自分を美月は選ばないという予感もある。
その話を聞いてトイレに立つヒカルに対して亜哉は、その行為でヒカルが泣きに行っていると見抜く。亜哉の話を聞いて泣けるだけの優しさを持ち、親を心配させまいとヒカルは気丈に振る舞っている。それはまるで昔の美月である。そんなヒカルに刺激され亜哉も再スタートを誓う。
だから2人は友達になった。そしてヒカルは過去の美月であり、過去の亜哉でもあることが判明する。なぜならヒカルは学校でスカートを履いているから。全知全能の亜哉には お見通しだったかもしれないが、私は勘違いした。永久に似ているというのもミスリードだったのだろう。
最後に本編最終『13巻』の後の美月との再会が描かれる。そこで亜哉は変わらない美月への愛を示す。ただし上述の通り、これから将来的に亜哉の愛は、あの頃の美月と同じ優しさと自分と同じ弱さを持ったヒカルに注がれるような予感もする。
ちなみに やっぱり永久たちは このインターハイ予選で優勝したようだ。美月を好きな男たちは やはりスペシャルな人間なのだ。でも今回の優勝は、永久が美月の笑顔を ちゃんと守っていることを確認できたので亜哉にとって安心材料だろう。美月の笑顔が この世界に美しく咲いていれば亜哉は それでいい。
~描き下ろしおまけ漫画~「これからも僕たちは―…」…
本編でも番外編でも恋を成就しなかった瑠衣の相手が ほのめかされる。本書は失恋した人を放置したりしないから(例:女子バスケ部員マキ)、もう一人の失恋者が相手になるのは幸福な世界を完成させるためには当然の措置か。
最後の最後は3ページだけ美月たちの卒業の日を描く。次も、その次も彼らは同じ歩幅で春を迎えるのだろう。