
藍川 さき(あいかわ さき)
ケダモノ彼氏(ケダモノかれし)
第11巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★☆(5点)
きっぱり断った、黒田からの告白。なのに――。黒田に突然キスされて混乱するひまり。圭太にも言えずに悩んでいたら、なんと圭太が2人のバイト先に現れて――!?
簡潔完結感想文
- 黒田は佐伯の強化版。同時に大賀見の劣化版。強引なキスやケダモノ感に既視感。
- すれ違いは仲直りと関係性発展の助走期間、のはずなのに飛躍しないから徒労。
- とうとう到来した親バレなのに、またも家族を優先するリセット機能が発動。
認めるのは遅いけど、諦めるのは早い 11巻。
晩節を汚すような作品の価値を一気に下げる内容。月2のマーガレット連載だから という条件を差し引いても、本書の人の心の描けなさは致命的。作品にあるのはヒロインが巻き込まれる環境の変化だけで、心境の変化は描き込まれていない。ここまできても少しも恋心は積み上がってなどいなかったし、交際しても相手を信じられていないのであれば、この恋は終わって当然だ。この展開は作品がハッピーエンドの道を閉ざしたとしか思えない。
今回の ひまり様による恋愛リセットは、『8巻』からの両想い編とは何だったのか と全読者に徒労感を与える最悪の展開だった。しかも その前に ダラダラと半分以上を占める100ページに渡って すれ違いを描いて、そこから2人の愛を確かめ合い、ひまり は大賀見(おおがみ)の全てを受け入れる性行為への覚悟を見せたのに、その次の回では捨てたはずの世間体を大事にして大賀見との別れを選ぶんだから開いた口が塞がらない。
作品側としては2人の別れの危機、というクライマックスを用意したつもりなのかもしれないが、完全に悪手。読者に見放されるような自爆としか思えない。全13巻という未来が同じならば、ここから2巻分、親を説得し2人で未来を切り拓くという展開の方が何百倍もマシだった。自分で交際を言う勇気は無いのだから、バレたことに乗っかればいいのに、千載一遇のチャンスを見送ったヒロイン様の迷走は続く…。


嫌な気持ちになるのは、交際がバレた父親の反応を知った ひまり が自分一人で決めてしまうこと。ひまり にとって大賀見と言う存在や恋愛・交際の意味は何なのか本気で分からなくなる行動で、ひまり は考え方が大人になった大賀見に不相応な相手だと思わずにはいられない。
そして それは ひまり を大事に想ってくれた佐伯(さえき)と一応 黒田(くろだ)に対して大変 失礼なことだということを彼女が自覚しないのも本当に腹が立つ。ひまり は大賀見と両想いになる際、佐伯を自分が傷つけたと自覚したから もう逃亡劇を止めようと観念した。なのに こんなにアッサリと諦められる恋愛をしていたのでは、あの時の反省が全く見られない。それは つまりは作品の全てを否定するような愚かさである。
少女漫画界に幼稚なヒロインは多いけれど、ここまで男性たちを傷つけるヒロインは滅多にいない。大賀見は ひまり と一緒にいて何か良いことがあるのだろうか、と本気で心配になる。純情だから初恋をこじらせているだけに見えて、今一度 冷静になって ひまり を評価して欲しいと思う。どう考えても本書の恋愛加害者は ひまり である。
結局、高校1年生3学期は親を騙して両想いの同棲を楽しんだだけ。ひまり は大賀見の好きな女子生徒たちの気持ちは無駄に出来ないと大賀見が貰わないという意思表示をしていたバレンタインチョコを勝手に引き受けて大賀見に渡すよう良い子ちゃん。だけど自分の立場を守るため大賀見を好きな女子生徒に嘘をついて彼女に希望があるかのようにWデートを引き受ける悪女(『10巻』)。交際前から分かっていた ひまり の自己本位な部分だが、それは大賀見との交際や注がれる愛でも何も変わっていない。
作品が それを欠点として扱い、ひまり が自分の恋心を貫く勇気を持てば その変化が物語の到達点になるのに、彼女のスタンスは不変で永遠に成長しないヒロインのまま。読者に自分に置き換えたくない と思わせた時点で ひまり はヒロイン失格。もう羨ましくもないし可哀想でもない。ここまで読んできた読者に こんなことを思わせる悪い意味で歴史に残る作品になった。
恋心を自覚した途端 グイグイくる黒田に突然 キスをされた ひまり。思えば両想いになる前の大賀見とのキスも不本意なものだったし、キスに良い思い出がない。このキスの一件を大賀見に言うか逡巡するが、結局 何も言わない。ひまりさん は大事なことを人に話さないで有名な人だもの。そんな ひまり の不自然な態度に大賀見は気が付く。
けれど この場で言わなかったのは悪くない選択だと思う。ここで正直に言っていたら大賀見が黒田をボコボコにして暴行事件になりかねず、それにより両親が警察に呼び出され、芋づる式に自分たちの関係を話さなくてはならない、という展開に なりかねなかった。でも そうした方が大賀見のケダモノ感が出たかもしれない。彼氏になる前後から大賀見は以前のような粗野と紙一重のワイルドさが足りない。かといって黒田に それを感じるかと言えば否。彼は ただマイペースで他者の評価を気にしない人。ネジが取れたロボット的な印象を受ける。
黒田はキスを謝罪しない。それが自分の気持ちだし、自分との恋愛の方が ひまり の幸せになると(一方的に)考えている。それは自分が身内に恋をした経験があるから。自分の恋は苦しいばかりで成就しなかったから、好意を持ったからこそ ひまり を救いたいのだろう。
ひまり の悩みに対して行動するのは いつも大賀見。バイトとしてファミレスに潜入し黒田の接近を阻止しようとする。ファミレスは不特定多数の人が来店する場で、そこで大賀見や黒田のイケメン演出が しやすいという面も垣間見られる。
大賀見は ひまり のためにバイトを掛け持ちしているようで疲労が重なる。その彼を見て ひまり は黒田に諦めてもらおうと しっかり断る機会を持つ。
しかし どれだけ言っても黒田は諦めない。ひまり に呪いのように今の恋愛は上手くいかないと繰り返し、自分の性暴力であるキスさえ脅迫材料にして ひまり の心を揺さぶる。そして ひまり が言わないでと懇願したキスのことを自分からバラす。大賀見は激昂するもバイト中だったため大事にはせず、次回はないと警告に止めた。
ひまり の様子が変な原因を理解した大賀見は彼女の口から改めて真相を聞き出そうとする。ひまり は告白の時と同じく追い詰められてから ようやく自白する。大賀見が「気持ちの入ってないキス」を許すのは、この問題で黒田を責めると、自分が過去に ひまり にした了解のないキス(『2巻』)の一件もまた罪になると思ってのことかもしれない。同罪の過去があるから大賀見は黒田を責められない。
こうして秘密を打ち明けることで距離が縮まり、2人は一気に燃え上がる。異性間のトラブルを自分たちの恋愛の燃料にしている。
今回も乱入者によって するする詐欺で終わるが、現場の目撃者は大賀見の父親で なし崩し的に2人の関係が露見してしまう。
ここでも説明するのは大賀見。ひまり は自分の存在消失を願うだけで何もしない。大賀見に乗っかる形で ようやく発言し、父親に一方的に加害者扱いされる彼を擁護する。ひまり は大賀見に精神を落ち着かせられる。突然の事態ではあるものの、以前 一度 覚悟を決めた問題なのに、結局 自分では何もしていない。
しかも翌朝、冷静になった父親に2人の親として認められない、と言われて あっさりと引き下がる。どこまでも家族を壊したくないらしく、泣き出す ひまり だが、大賀見の想いを受け入れたお前には何の説得力もない。2人に恋を終わらせる意思があると見た父親は妻である ひまり の母親には黙っていることにする。


だが未成年者2人の同棲状態は許されず、母親が この家に戻される。恋人状態解消のまま2年生に進級し、クラス替えで2人はバラバラになる。
話し合いをせず自分だけの判断で大賀見との距離を決めた ひまり は彼の顔を正面から見られない。交際編になってまで以前と同じメンタルで1mmの成長も見られない。それでいて自分が被害者みたいな言い分をする。
大賀見の親友ポジションで佐伯が久々に登場し、2人の現状を聞かされ、自分の惨めさを滲ませることで大賀見に喝を入れる。そして黒田は、嫌なことをバイトで忘れようとする ひまり と久々にシフトが重なり、彼らが別れたことを知り…。
