藍川 さき（あいかわ さき）
ケダモノ彼氏（ケダモノかれし）
第07巻評価：★★☆（5点）
総合評価：★★☆（5点）
家族のために、最後のデートをして、自分たちの恋にケリをつけた、ひまりと圭太。圭太は、家を出て母親のもとへ。ひまりは、恋を忘れるためにバイトに没頭中。でも、バイト先にいた黒田が圭太と佐伯の心をかき乱し…。佐伯はひまりに本格アタック開始!?
簡潔完結感想文
- 他の男に恋をしている君、という状況から始まる3人の男性たちの恋（またかよ）
- トラウマを植えつけた女性たちに優しい大賀見の行動原理が全く分からない。
- 何のために家を出たのか分からなくなったヒーローが浪費した2巻分を取り戻す。
読まなくてもいい巻NO.1 !? の 7巻。
ひまり も大賀見（おおがみ）も何がしたいんだよ、という迷走が続く。ひまり は大賀見に何度目かの惹かれる自分に気づきながら、何度目かの距離を置く宣言をして、行動パターンが固定されたロボットのようである。そして ようやく大賀見が『7巻』ラストで親の説得に動き出すことを宣言しているが、それが物語が動き出すことの期待ではなく徒労にしか感じられなかった。
そもそも この2巻における大賀見の心理描写が全部 変で納得がいかない。なぜか大賀見も ひまり と同じ家族愛に目覚めて、それを優先するから恋心を封印するという おかしな考えに染まってしまった。同じ家から離れることは大賀見が ひまり との恋愛の障害を一つ取り除くためだったのに、いつの間にかに目的が変化している。離れても好きな人、という大賀見の気づきがあったと作品は別居の意味を説いているが、大賀見は家族でいられないほど ひまり を好きだから家を出たのだ。もしかしたら ひまり よりも あっちこっちに行っている大賀見の揺れが作品を駄作にしていく。
そして もう一つ大賀見に関して首を傾げるのは、彼を女性不信に陥れさせた2人の女性への寛容な態度。この母親と元カノは大賀見を裏切りトラウマを与えた存在なのに、大賀見は家を出るために母親を利用し、そして元カノの窮状に手を差しのべる。甘さや優しさ、もしかしたら大賀見の言う通り、唯一の聖母・ひまり との交流によって しこり が解消したのかもしれないが、私は大賀見の心の動きが分からない。作中で元カノが同様の疑問を呈しているのに「色々ある」で片づけないで欲しい。
大賀見の両親の離婚と父親の再婚、そして今度は元カノの親の離婚といい、恋愛の障害にするためだけに多くの家庭を壊しているだけに見えた。トラウマや心の引っ掛かりに家庭環境を使っている割に、大賀見が家を出ていくことに対する父親の反応など描写が弱すぎるところがあって、作品に手応えを感じない。やはり全ては2人の恋愛の困難を演出するためだけに使われる舞台装置でしかないのだろう。
新キャラの黒田（くろだ）を含め、大賀見・佐伯（さえき）と3人の作中で女性が放っておけない男性に愛されるヒロインを描くことで、既に消化試合の様相を呈する作品に読者を惹きつける努力を重ねる。大賀見とも佐伯とも話せない状況なら、第三のNEW当て馬を用意してイケメンとの交流時間を確保するぞ、という意味があるのだろう。
男性たちの恋の端緒は、誰かに恋をしている お前を好きになった、という共通点がある。そこが むしろ男性の恋心が切ない点で、そして本書に爽やかさとは逆の ねちっこさを生み出している部分だと思う。この男性側の粘着質や陰湿な感じで思い出したのが、桃森ミヨシさん・鉄骨サロさん共著『菜の花の彼』。マーガレット連載作品は ちょっと偏執的な恋になりがち かもしれない。ヒロインが動くのではなく、男性たちにグイグイと来てもらって問題を発生させると物語が動いてくれるのだろう。
ただ『菜の花の彼』とは違い明らかな本命がいるのに、他の1人（または2人）が ひまり に執着し始めるのは、彼らの人格の崩壊を予感させる。執着が執念になって ひまり を追い詰めそうだし、友達ですらいられないぐらい嫌な しこり を残しそう（主に佐伯）。だって黒田は大賀見の予備ではなく、佐伯の後釜でしょ？
彼らの 好きな人がいる人が好き、という状況は自分が自発的に好きなのではなく、自分に振り向かせることを目的としているようで恋心から純粋性が失われる印象を受ける。大賀見と佐伯においては その関係性が成立するのは分かるのだが、黒田まで不毛な恋愛に足を踏み入るのは単純な重複にしか思えなかった。作者は こういう男性の立場が倒錯的に好きなのだろうか。
大賀見との疎遠を忘れるために空き時間にバイトを入れ、そのバイト先で新キャラ・黒田と接点を持つ。ヒロインには男性でしか補給できない栄養がある。ただし ひまり は、黒田の中に大賀見との共通点を見つけ、そこに失われた時間を見い出しているだけなのでビッチじゃなくて一途なんです。
大賀見がバイト先に訪れる。過保護だった以前とは違い今回は偶然。今の大賀見の交友関係を見ることで ひまり は距離を感じる。他の男を忘れられない人を助けるのが本書の男性像。大賀見は佐伯、佐伯は大賀見、そして黒田も大賀見。他の人を想う女性を男性はハントしたくなるようだ。
黒田は思ったことを すぐ口にするタイプなので、大賀見の前で ひまり が黒田の中に大賀見の姿を見つけていたことを発表してしまう。大賀見本人の前で それを発表する黒田に焦った ひまり は、黒田に おおよその事情を話す。後発の当て馬は全ての情報収集をするのが早い（少女漫画あるある）。黒田が大賀見を認知することで、ひまり の難しい恋を知って「アイツじゃなくて俺にしなよ」が正式に始まったと言える。
大賀見が女性と来店したことで2人は それぞれ今は近くに異性がいることを確認する。
後発の黒田も女性からモテる価値のある人間だと演出し、その上 ひまり を黒田に対して お節介ヒロインにすることで彼から一目置かれる存在とする。こうして黒田にとって ひまり の価値が生まれる。気持ちが生まれるのに必要な要件を消化が続く。
大賀見や佐伯も他の女性から人気の人物だという演出をして、それにモテるヒロイン＝読者の分身、という承認欲求を満たすことで中身の無さをカバーしていく。
大賀見を受け入れないけど他の人の物にはなって欲しくない。ひまり の自己中心的な悩みが続く。大賀見も佐伯も自分に恋をしてしまったから、作中に友達が居ないから誰にも喋れない悩みを、第三者である黒田に相談し、接近と交流をすることで黒田に情が生まれていく。
佐伯も黒田が ひまり に接近していることを焦って当て馬として復活し始める。黒田に頼るぐらいなら俺を頼れと、大賀見と距離を置いて出来た隙間に友達ポジションから初めて虎視眈々と昇進を狙う。佐伯の嫉妬の対象は大賀見ではなく黒田である。自分が ひまり にとって男性ランキング3位になるのは我慢ならないのか。
大賀見には『2巻』で登場した元カノが再度 現れる。この元カノの家庭を壊すことで大賀見が優しくするという展開にする。元カノの親が離婚することになり、同じ親の離婚による子供の痛みを知っている大賀見を頼る。子供の存在を無視する親のいる家に帰りたくないという元カノは、自分の時に少なからず助けてくれた人だから大賀見は助ける。ただ母親と同じく元カノは大賀見を女性不信にした人間。なんで そんな人たちに大賀見は譲歩するのかが分からない。母は体調不良、元カノは離婚、相手の弱さを知ると優しくしてしまうのが大賀見という博愛主義者なのだろうか。
この一件は ひまり に、大賀見がヨリを戻したという噂として届く。そして このタイミングで ひまり は大賀見宛の郵便物を彼の家に届けることになる。これは母親による義理の息子の偵察の意味もあった。
ここで ひまり は大賀見が元カノと一緒にアパートから出てくるのを目撃しショックを受ける。そして大賀見は玄関ノブに引っ掛けられた郵便物を見て、ひまり が直接 大賀見に会いたくないのだと誤解する。呆然自失とした ひまり の様子が目撃され、それを知った佐伯は ひまり の家に足を運び、彼女を呼び出す。そして ひまり は佐伯に目撃したことを伝え、彼から大賀見は別の人を選んだ、と辛い現実を直視することを勧められる。
元カノは3日間の滞在で帰宅する。けれど大賀見には想っている人がいることを確認して恋愛戦線には復帰しない。一時的な恋の障害になっただけ。作品に親まで離婚させて（確定ではないかもしれないが）、役割を果たしたら お役御免という冷たい仕打ちが可哀想。
ひまり の存在を近くに感じたことで大賀見は学校で久しぶりに ひまり に声を掛ける。だが ひまり は「彼女（＝元カノ）」に悪いという考えから、大賀見と ちゃんと距離を置く考えを示す。作中で大賀見と距離を取る、と ひまり が決意するのは何度目だろうか。飽きたよ、それ。
大賀見が反論する前に佐伯が登場し、2人の間に割って入る。ひまり も距離を取ったと自分に自信を持つが、その決意は早々に揺らぐ。大賀見が風邪を引いたことを学校で察知した ひまり は彼を気遣ってアパートのドアノブに『1巻』で命じられた大賀見の風邪用グッズ一式を掛ける。
風邪から回復した大賀見は、教室で眠る ひまり に自分の意志を語りかける（似たような状況 以前もあった）。そこで大賀見は今更 両親の説得に動くという。いや、最初から そう動くのが普通だろう。当初の考えを実行しなかった この2巻分の行動の方が謎だよ。
