くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
片翼のラビリンス(かたよくのラビリンス)
第09巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
「両翼の鍵」の力で、入学式当日までタイムリープをし、自分の力でみんなを幸に導くよう奮闘する都。大翔と姉の蛍を結びつけようとするものの、実はなんと姉には別に好きな人が!ショックで失踪する大翔。大翔を探し、実らぬ恋と知りながら思い悩む蛍を励ます都と司。大翔と蛍の心の傷を癒やそうと四苦八苦するうちに2人の気持ちの距離もぐっと近づいてきて…。そんな中、未来の司が「両翼の鍵」に関する衝撃の事実を都に伝える。
簡潔完結感想文
- タイムリープ作品の終盤なのに伏線回収なんてものはなく、新設定で矛盾を補修。
- 中盤に両想いになったのに終盤まで片想い状態という不満足を埋める、エロい未来。
- 最終盤に大翔を思いっきり漂白して大団円の布石とする。この姉妹は よく似ている。
未来の彼氏は全知全能で ほぼ神様、の 9巻。
タイムリープ要素が非常に邪魔である。作中のループは最後のループで間違えることは出来ない。そうして作品に緊迫感を出しているが、同時にタイムリープを全く使わないことは作品の特徴を消すことになる。最後のループではカギ自体が消えて、タイムリープ禁止でも良かったと思うが、そうすると作品から特徴が消えるし、グッズ化したアイテムが使われないと読者の不評を買いそうである。
だからタイムリープを作中にノルマのように入れるのだが、ヒロインの都(みやこ)が助けを求めるのが未来の彼氏という設定が良くない。この彼氏は、現在 片想い状態の司(つかさ)と地続きの存在で、彼に会う=絶対に片想いが成功する という意味で、都の奮闘のスケールが小さくなる。『8巻』でも書いたが、誰と恋をするかが分かっていても、その過程を楽しみたいのが少女漫画読者なのに、その楽しみを半減させるのが未来へのタイムリープによる未来の確定ではないか。
非常に相性の悪い設定なのに繰り返し利用され、そして都は困ったことがあると男に頼るという一面が悪い意味で強調されていく。『9巻』後半でも人探しも答えを知ってから、都は指示通りに動くだけ。それは「解答を見ながら問題を埋めていく作業」に似ている。解決が約束された問題を読んで読者が楽しいと思うのか、作者は分からないのだろうか(デートっぽくして読者の需要に最低限 応える内容にしているけれど)。
また気になるのが『9巻』で付与された未来の司の設定。今のループにおいてカギの存在を知っているのは都だけなのに、この世界線と地続きな未来の司はカギの知識を有している、そして そもそもカギが生まれるという矛盾を『7巻』の感想文で書いたが、それへの回答が今回 用意される。
未来の司がカギの存在を知っているのは、この両翼のカギには、タイムリープを経験した様々なバージョンの司の経験と知識を付与する、という仕掛けが組み込まれていたから。だから司はカギを創った自分も、何度もタイムリープした自分も知っている。ただし知っているだけで同化していないから司のオリジナリティは失われない、というのが本書の言い訳らしい。
同時に、これまで都を溺愛してきた司は完全消滅したのではなく、司の中で(知識として)存在している というエクスキューズになっている。都が消したくなかった号泣したり赤面したりした あの司も物語から消えた訳ではないのだ!!
く、苦しすぎる言い訳。そして別世界の自分が30年かけて開発したカギの知識まで手に入れている未来の司は もはや神のような存在ではないか。どう説明しても、結局 これまでの司の統合体で、彼だけ数十年長く生きている状態だ。この状態は神ではなく仙人か。
都のことを好きになり、ある条件を満たした瞬間、司は数十年の純情と知識を備えた最強のヒーローになる。分かりやすいヒーローの覚醒だ。両想いになった瞬間、都と司は、この世界で2人だけのタイムリープ経験者で、その知識も有する最強カップルとなる。それは主役の特権と納得するか、2人だけチートスキルがあって不平等と考えるかは読者次第。私は どちらかというと後者で、都のために世界があるような印象を受けて作品世界が好きになれない。
ただし未来の司だから描けることはあると思う。
それが交際後の2人の様子を先行公開できるというメリットだろう。中盤で1回 両想いになったものの、すぐに引き裂かれてしまった2人。そして全10巻の9巻終了後も まだ片想い状態。
だから未来の司との映画館デートや同棲(≒肉体関係)は今の時間軸では描けない内容で、読者が読みたい部分を先出しして、ここで満足感を引き出しているように思えた。これは前作『あやかし緋扇』で前世の2人で肉体関係があることをハッキリを描いていたのと同じ手法だろう。3年後の未来では色々な意味で大人の関係である、ということがタイムリープによって確定している。
それにしても司が性欲丸出しなんだけど、これは今の司じゃないからセーフという感じなのだろうか。何十年分も都を想い続けていたし、もしかしたら普通の人の一生分 女性に触ることのない人生を歩んできたから、初の恋人と若い肉体と旺盛な性欲が合致すれば こういう感じになってしまうか…。
終盤になって いきなり姉・蛍(ほたる)が秘めていた恋が明かされる。タイムリープ作品なのだから こういうところで伏線があれば そこを面白いと思えただろう。しかし途中で最初の設定を全部捨てたようになっている本書に そんな伏線を張る余裕もなく、急に以前の都と同じ境遇にさせていることが唐突に思えた。
これが蛍が大翔(ひろと)との恋愛や交際に対して やや淡白な部分があるように見えたことの説明にはなるのかな、と思った(完全に偶然の産物だろうけど)。
唐突な設定だけど、蛍も失恋経験者にすることで全員が ほぼ等しく痛みを抱えることになったし、蛍の恋を大翔が応援することで、どうしても自分本位な印象が拭えなかった大翔の漂白化にも成功していると思う。そして これにより今まで不明だった、蛍が大翔に惹かれていく様子が穴埋めできるものになった。華(はな)ちゃんが毛嫌いする大翔に、物語前半の聖女であった蛍が好きになる理由が これまで存在せず、蛍の男を見る目の無さに繋がる部分もあったが、今回、大翔が完全に良い人になることで、蛍の幸せも確約された。
まるで最終巻のような表紙は『9巻』を経て本物の幸せを手に入れた大翔と蛍の姿なのだろう。
都は、自分が知らなかった姉・蛍の恋を探るために、姉の高校に司と潜入する。この学校潜入で都は、この学校に通う中学の同級生を介して制服を借りる。これは「珍しく」伏線が機能している場面か。
2年も片想いしているらしい蛍は、このループでの都の頑張りに刺激され、自分の恋を大事にするようになったのだ(だから大翔は振られた)。姉が所属する吹奏楽部での活動を見ただけで都は姉が誰に恋をしているのか その表情で理解した。蛍の片想いの相手は顧問の男性教諭。都が大翔への恋を2年間黙っていたように、蛍は先生への恋を2年間 秘していた。都と同じ恋の悩みを蛍にも付加したということか(後付けで)。
失恋後の大翔は1週間も休み続けており、責任の一端がある都は初めて大翔の家を訪問する。
そこで知る大翔の家庭事情。大翔の家にいたのは昼間から酒を飲む男性で、都は その男性に家の中に引きずり込まれそうになるが、司が助けてくれる。彼も大翔を捜し続けていたからこそ、この場面で都のヒーローになったらしい。
男性からの性暴力未遂に都は泣き続け、人目を気にする司は都を自宅に連れていく。ちなみに今の司の家は家族仲が あまり良くない、司がタイムリープで修復する前の家庭である。
そこで大翔の家にいたのは彼の母親の男だということが明かされる。母子家庭の大翔の家は母親が厄介な男を連れ帰り、その度に大翔は司の家に避難するのが日常。ただ今回は大翔はコンプレックスを爆発して司との関係も悪くなったため、彼が どこに行ったのか分からない。
それから都も大翔を捜しに司に同行するが、居場所が分からないまま不明から2週間近くが経過する。その状況を打破するのは未来の司。都は自責の念から、未来の自分の恋人を頼ったのだ(最後まで自立しない人だなぁ…)。
未来の司はパンイチにTシャツ姿で都の隣で寝ていた。明らかに2人は肉体関係があり、目を覚ました司は都の身体を気軽に求める(大人というか ちょっと言動が下品)。今回、都がタイムリープした場所は2人が同棲している部屋ということを知り都は赤面。司は過去の初心(うぶ)な都をイジメるのが好きみたいで、今回も からかって遊ぶ。
そして未来の司は、これまでに恋人の都から自分がタイムリープした回数や目的を聞いているため、過去の都に何をアドバイスすればいいのかが分かっている。前回(『7巻』)では恋愛相談に乗らず、都自身に乗り越えさせたが、今回は大翔の家庭の事情ということもあり、司は具体的なアドバイスをして、大翔に明るい未来が到来するように準備を整えてあげる。
そして同じく『7巻』で私が指摘した司の連続性の矛盾について、ここで補足説明が行われる(上述)。カギの仕掛けの発動条件は、このカギを持った状態で司からキスをする、というもの(カギが どう判定するんだよ…)。これによって以前のタイムリープ中の反応が可愛い司も吸収されて完璧な大団円を迎えるのが狙いなのだろう。
都には大翔を上手に救い出すこと、司からキスされることの2つのミッションが与えられる。
大翔の人生を救い出すため、都は未来の司から教えられた手順で動くのだが、どうも解答を見ながら問題を解く、みたいな感じで冒険感がない。そして手順通りに蛍を呼び出して、再会した彼らは友達から関係性を始める。
ここで蛍が新しい恋に踏み出せないと言うのは、慕っている先生が実家に帰るから、告白が出来ないままで、次に進む踏ん切りがつかない。これはオリジナルの人生における都と同じパターンだ。この姉妹は よく似ている。
蛍に先生との恋を諦める必要はないと訴えるのは、蛍を想う大翔本人だった。自分の失恋を後押しするような発言だが、自分よりも蛍のことが大切というメッセージでもあり、確かに蛍の心を打った。
一方で大翔は自分は蛍以上に好きになれる人には出逢えないから、ずっと待っていると、惚れてもらえるよう努力すると訴える。いかにも若者らしい思い込みの強い発言だが、大翔は実際に8年間も蛍を想い続けたのだから説得力が出る(作者が この効果を意識してのエピソードじゃないだろうけど)。
こうして大翔は都を先生の送別会の会場に連れて行き、彼女に告白を完遂させる。結果は好きな人がいると振られてしまった。けれど これで蛍は前を向ける。
ただし大翔の現実は何も変わらない。大好きな人に振られたし、家には知らない男がいる。でも都を通じて蛍の連絡先を入手し、彼には希望がある。こうして大翔は他者を思い遣る心を手にして、これまでは無かった優しさを身につける。
今回の失恋は司と大翔の友情を本物にしたと言える。大翔のために2人で出掛けた都と司が、クラスメイトから熱愛だと揶揄された時も大翔が事実を説明し、司を守った。司に対して鬱屈を抱えることなく、100%の友情を向けられるのが大翔の変化だ。
そんな大翔の強烈な恋心と変化を見て、司は自分が都に抱く感情が そこまで強くなく、何なら都に好かれて舞い上がり、流されているだけだと自己分析していた。それでも自分の中に確かな変化があるまで、友達でいて欲しいと赤面させながら都に伝える。都にも希望はある。