くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
片翼のラビリンス(かたよくのラビリンス)
第10巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
Sho-Comi読者圧倒的支持の「片翼のラビリンス」がついに完結! 司・都・大翔・蛍はみんなで海にやってきた。そこで今度花火大会に行こうと司と都は約束する。司は花火大会の時に自分の気持ちをはっきり伝えるというが…。司&都の時空をめぐる恋物語もついにフィナーレへ!!
簡潔完結感想文
- 両想いを出来るだけ引き延ばし、ドラマティックに演出しても これは2回目。
- 後付けの2年の片想い設定を雑に処理される蛍の不遇。ラストで大翔の念願成就。
- 物語のキーパーソンになるはずだった華ちゃんは カギと記憶の消失で一般人モブ。
少女漫画における両想いは最初で最後の1回きりが大原則、の 最終10巻。
ぶっちゃけ、『5巻』の両想いが一番で至高で、二度目の両想いの場所やシチュエーションを どんなに演出しても、それに勝てるはずもなく、予定調和の大団円としか思えなかった。
魅力の欠如はヒロイン・都(みやこ)、ヒーロー・司(つかさ)に関しても同じ。結局、読者にとってオリジナルの存在である『5巻』までの2人が読者にとって思い入れが強くて、作者は そこからの新しい2人の新たな魅力を引き出せなかったと思う。
都に関しては、散々言及してきた通り、解答を見ながら問題を解いているカンニング状態が続いていて、楽な恋愛をしているとしか思えなかった。初読では鬱屈した前半から一転する後半に爽快感を覚えていたけど、タイムリープ要素を入れるために未来の司に答えを求めたりしたことで、彼女が最後まで少しも努力をしていないように見えてきた。これによって どんどん私の中で作品の評価が低下した。
そして司。この最終『10巻』で都は過去でも未来でもなく、目の前の司に惹かれていると言うエクスキューズが用意されているのが まるで説得力がなかった。都のために人生を捧げた過去の司、大人の魅力を備えた未来の司に比べて、この司の魅力が読者に伝わってないし、伝わるようなエピソードを用意できていない。そもそもタイムリープ後の都にとっての彼は初心(うぶ)に見え、年下男子との恋のように都の 上から目線が続いているのが気になった。同級生との等身大の恋、という読者の望みが叶えられていない時点で、タイムリープの恋は作品的に失敗しているのではないか。
それに どんな状態であっても司が都を好きになるのは目に見えているから、好きな人に振り向いてもらうまでの切なさが まるで出ていないままで、淡々とイベントを消化していく印象を受けた。
司問題に関しては作者も色々 苦慮した形跡が見られる。今の司の尊厳や独立性を失ってはいけないが、これまでの司(特に都と初めて両想いになれた『5巻』の司)の存在を捨てては読者が納得いかない。だから結局、全部の司を統合させるという禁じ手を使い、ほぼ今の司を消滅させて、長年 片想いを続けてきた司が彼の中で主導権を握っているように見える。
お互いに巡り合うためにタイムリープをした、という状況は感動的に映るが、存在しないはずのパラレルワールドの自分たちを吸収し、2人は思い出を一粒残らず自分の記憶として吸収する。また。2人は自分たちでは状況を打破できなかったから、「両翼のカギ」という最強アイテムによって救われているように見えるのも良くない。このリセット機能(都に関してはヒント機能)を使って、予定調和の両想いに進んでいる感じだから全くカタルシスが味わえなかった。
また両翼のカギに関して疑問なのは、最終回の都と両想いになった司が使ってもカギが発動すること。片翼のカギは片想いが使用者の条件だったけど、両翼は両想いでも いいの?? そんな説明あったっけ? 本書は深く考える価値のある作品じゃないから、もう どうでもいいけど。
私が望んだのは、タイムリープを繰り返し、時間を縫い合わせていき未来を織っていくような構成だった。けれど本書は それが出来ずに、雑に大風呂敷で作品を畳んで、後から発見される矛盾やミスなどの穴を弥縫策として塞いでいるだけに思えた。
少女漫画で一番 重視するべき人の感情の流れも雑で、特に都・蛍(ほたる)の姉妹の心変わりの早さは、あれだけ思い悩んだ(都なんて死を選んだ)のが滑稽に見えるほどでアンバランスに感じた。
『10巻』は構成の問題から、蛍・大翔(ひろと)カップルを早めに成立させる必要があったことは理解する。でも『9巻』前後で唐突に蛍に2年間の片想い設定を後付けしたのに、2か月で早くも彼女は それを忘れたらしい。これでは蛍がバカみたいに泣いて コロッと忘れる自己陶酔ヒロインになってしまうではないか。前半の蛍は妹の恋路を知って、身を引くような聖女だったのに…。
気持ちの変化なんて個人によるけど、この姉妹は、自分では狂おしいほどの片想いをしていると言いながら、男性側から好きと言われたら あっという間に陥落してしまうらしい。それぞれ相手を見直す、惚れるようなエピソードは用意されているが、時間の経過と気持ちの切り替えが早すぎて、読者が気持ちをトレース出来ない。特に蛍に関しては もう少し長く友達期間を設けてあげる配慮が欲しい。
最初から最後まで この姉妹のウジウジした(それでいて すぐに切り替えられる)気持ちに周囲が巻き込まれているだけ。こういう人たちなら男性側が ずっと愛を訴え続ければ考えを変えるのではないか。この立ち直りの早さによって、序盤の都の失恋や、蛍の大翔との別れの選択など、彼女たちの決意が軽いものに見えてきてしまう。
登場人物でいえばタイムリープという特権を剥奪された華(はな)ちゃん は見事に宙ぶらりんな存在となり、最終巻なんてラストしか登場しない。本来は司より冷静にタイムリープ全体を見渡す存在だったはずなのに、中盤のリセット発動に巻き込まれて、ただの高慢な女に成り下がった。彼女が大翔を嫌う分かりやすいエピソードが欲しかったが、そうなると大翔の株が また下がるのだろう。
SFファンタジー作品は作者の手に余った時、設定が崩壊した時、読者を巻き込めず壮大に滑った時、凡作になることが分かった。前作『あやかし緋扇』で覚醒したかに思われた作者だが、本書は前作の成功の余波で、何となく人気作になっただけであろう。巻数だけ見てみると、次作は成功し、次々作は また滑ったような印象を受けるが どうだろうか。ちゃんと読んで確かめたいと思う。
あと一歩で司が陥落する手応えを得た都は すっかり肉食系になり、司の彼女になってイチャイチャしたいし、彼の水着姿も見たい。結果は分かっているし、急ぐ必要性が あるわけでもないのに、がっついている感じが好きになれない。
一方、都は好きな人の家庭の事情に介入するというヒロインらしい働きを見せる。都の言葉がキッカケとなり司は弟妹と仲良くなれたようだ。この弟妹との不和は ずっと司の中に大翔への遠慮があったからでもあるのだが、大翔がネガティブから解放されたことで、全てが好転し始めた。確かに司の言う通り、都のお陰なのだが、彼女はタイムリープと正解を知っている未来の司を頼る というカンニングをしているので、いまいち都の尽力とは思えない。
その大翔は2年間の片想いが終わってから たった2か月の蛍とキスを交わしている。
姉たちのキスを目撃し、欲情した都は、キスによるカギの仕掛け発動という自分の目的もあり、司からキスするように彼を誘う。だが司は流されず、都は いつまでも受け入れられない自分の状況に涙を流す。
キスを拒絶したと言っても、司は もう都が好きで、後は彼の中の手順の問題。流されるのではなく、自分から告白して その後にキスをするのが理想らしい。その理想には花火大会が必要らしく、都と行く約束を交わす。司から用意される夢のシチュエーションだが結果が分かっているので、遂に という感覚もない。中盤の刹那の両想いの方が盛り上がっていた。
予定調和の両想いになり、ここで司からキスをすれば仕掛けが発動し、司は神にも等しいパーフェクトな存在になるのだが、都(というか作品側)は正史になる今回のキスに邪念が入ることを危惧する。
そこで司本人にカギを使ってもらって、未来の自分が司に説明してくれることを願う。本当に自分で何もしないヒロインだな…。こうして都の体感では一瞬で司は事情を理解し、その上でキスを交わす。ここで『5巻』の真のファーストキスと同じような状況にするために、チョコを持ち出すのが少し不自然に感じられた。あと浴衣で教会というのもミスマッチだ。出向くのが『あやかし緋扇』の神社じゃダメだったのだろうか。
こうして司は、何十年も都を想い続けてきた彼の統合体となり、本物の両想いが成立する。
司が会った未来の都との会話は「エピローグ」に描かれている。その日は7年後の未来で、2人の結婚式当日。7年後の都は さすがに司より大人びている(司を安心させるための演出や演技でもあったようだけど)。
そして結婚式の都の姿を見て、司は この日に到達できるように自分の努力を誓う。その言葉通り、7年後に2人は結婚。少し違うのは姉と2組合同の結婚式だということ。これで大翔も結婚という大願を果たせたということか。
結局、タイムリープをしない華ちゃんは司とも大翔とも仲良くなることなく、彼らを毛嫌いしたままのようだ。華ちゃんは、作品の迷走による設定全リセットに巻き込まれて立ち位置が中途半端になってしまった。