くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
片翼のラビリンス(かたよくのラビリンス)
第07巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
両翼の鍵をつかった都、最大のタイムリープは、高校入学式当日へ。そう、その日は都、司、大翔、華本、蛍全ての運命が動き出す日。どんなにタイムリープしても結局はみんなが幸せなれない、そのことを悟った都は、自分でみんなを幸せな方向に導かなければならないと決心する。蛍と大翔、司と自分の恋を叶えるため、孤軍奮闘するけど司の気持ちになかなか近づくことができない。しかも、どうやら親友の華本が司のことを好きなんじゃないかと思い始めてきて…。
簡潔完結感想文
恋の相談役は未来の彼氏、の 7巻。
物語の主導権をヒロイン・都(みやこ)に戻し、そして まだ描かれたことのない高校1年生の1学期を描くことによって、まるで新しい作品を読んでいるような感覚に襲われる。通常作品と違うのは、都が司(つかさ)と「運命の恋」をすることを知っていることぐらいだろうか。
しかも都は自分の死を含めたバッドエンドを理解していて、自分を取り巻く人間関係も把握済み。だからチート状態で人生に臨んでいるといえ、彼女は着々と人間関係を構築していく。そのテンポの良さは転生モノの悩みの無さに類似した点が多いのではないか。
ただしイージーな人生ほど落とし穴があり、1回目の人生を知っているからこそ油断が生まれ、その油断が新たなルートを開設してしまったのではないかということを、今回の都は悩んでいく。
面白いと思ったのは、その恋の悩みを相談するのが未来の司という点。どうやら作品は面倒臭い過去改変を二度と起きないようにしたようで、片翼のカギを使っても過去へは飛べないという設定を新たに作った。もう作品的に分岐点を作りたくないのだろう。
これは過去改変を目的としたタイムリープは、嫌な現実の逃避やエピソードのリセットや初期化など作品として後ろ向きな面があるからだろう。だから過去へのタイムリープは禁止するが、そうすると通常作品と変わらないから、タイムリープ要素を残すために、未来を利用することにしたようだ。
こうして未来の司が、まだまだ未熟な都の相談相手となるのだが、彼の言うことは真っ当すぎるほど真っ当で、これには都が人生でズルしているように見えないようにする苦慮が見え隠れした。普通の人生で抱える悩み、恋愛問題を普通に解決することが、明るい未来を開拓する、というのが作品のメッセージのようだ。
この未来の司を登場させることで、作品における「糖分補給」をしている点も面白い。まだ高校1年生時点の今の司とは両想いになっていない。けれども作品的には一度は両想いになっている。そんな遠距離恋愛のように会えない自分を好きな彼氏に会うために未来の司が上手く機能している。未来の司は大人バージョンで、高校生の時には出来なかったことや許されないことを してくれる万能な人でもある。これから時々 会えるので、その時を楽しみにして欲しい(笑)
ただ よく分からないのは未来の司が、自分がカギを創り出すことを知っていること。3年後の この司は今の司と地続きだから、パラレルワールドにいる存在ではないという理解で良いと思うのだが、30年後から来た「中年バージョン」は本書には存在しないパラレルワールドの住人で、その おっさん と3年後の青年の司は出会わないと思うのだけど…。色々と破綻している部分が見え隠れする本書だから、真面目にツッコむ気にならないし、作者も回答を用意していないだろうから、スルーするのが一番なのだろう。
(※補足)この件に関しては『9巻』で補足説明がされている。どうも指摘された矛盾を後付け設定で誤魔化している気はするが、私としては そこをスルーしなかっただけ偉い、と思ってしまった。そのぐらい本書の完成度は高くない。
あと どうでもいいけど、あらすじ の「親友の華本(はなもと)が…」という文面が気になる。同僚や身内じゃないんだから…。呼び捨てだと親友感がゼロだ。「華ちゃん」じゃダメだったのだろうか。
未来人ではない、オリジナルというべき華ちゃんと友達になった都。だけど司とは接触できないまま。そして今の華ちゃんは都の恋愛事情に興味がないから相談者には ならない。それでも司と同じように、親友の華ちゃんの知らない一面を見られることが都は嬉しい。
作品にとっても文化祭以前のシーンは無かったため、新入生のオリエンテーションなど知らないシーンばかりで新鮮。
そこから都の学校生活は都の記憶にない展開を見せる。なぜなら以前の記憶は司の陰のサポートがあった世界線のもの。今回の司は未来人ではないため、都を事前に助けることは出来ない。
それでも司は事後なら都を助けてくれる。彼は彼の本来の優しさで都のヒーローになり、彼女との接触の機会を持つ。都は既に司を好きだから気持ちに余裕があり、スキンシップや司の ぶっきらぼうな言動にも耐性がある。これが より良い未来に繋がるはずである。
ただし結果が分かっていることは油断にも繋がり、都は初めて司と喋った その日のうちに彼に告白してしまう。司にとって接点のない女子生徒からの青天の霹靂の告白で理解が出来ないが、都は それでも前進するために彼の記憶に留まろうと努力する。自分から告白するヒロインは頑張っているように見えて好感度が高い。
そんな前向きな彼女の笑顔が司の印象に残ったらしい。いつもメソメソ泣いていた都は、彼女を好きな未来の司でも苛立っていたが、笑顔はきっと好感度へと繋がるだろう。
ある日、華ちゃんと買い物の最中に司と遭遇し、華ちゃんのBL趣味が司にバレてしまう。学校一の才女の意外過ぎる趣味に大笑いする司だったが、彼は誰かに言いふらしたり、華ちゃんの趣味自体を否定したりしない。その司の誠実な反応に華ちゃんは赤面する。
これまで司に華ちゃんの趣味が露見することも今までは無かった。これは都が早く華ちゃんと友情を結び、そして都に油断があったから起こるイベント。どうやら都が動けば動くほど、未来は少しずつ形を変えていくようだ。
自分の行動で2人が男女として接近したことを都は認める。だからカギを使って2人の出会いをリセットしようとするが、その行動がバッドエンドを引き寄せることを都は知っている。だから都は苦しくても、2人の感情を ありのままに放置する。カギの使用=現実逃避という面もあるので、ここでカギを使わないことが都の成長として受け取れた。
しかし この時間の流れで初めて接触した大翔(ひろと)から、司と華ちゃん の関係を取り持ってくれないかと頼まれダブルデートが展開される。
そして都は、このデートで2人の気持ちを確かめ、もし両片想いならば、それを祝福し、自分は介入しないと決めた。
4人の気持ちはバラバラだったが、ダブルデートを続行させようと骨を折る。しかし2対2に別れて行動することになり、華ちゃんは司と行動を共にする。都の恋心を知りながら司を自分に惹き寄せる華ちゃんに疑問を感じる都だったが、嫉妬を必死に抑え込む。
一方で司は、自分を好きだと言った都が大翔と楽しそうにしている場面を見て、都の自分への好意が分からなくなり、もう自分たちに関わるなと都を拒絶する。
この絶望の状況でも、都は自分本位な動きを見せない。それが今の彼女の心の強さである。
都は華ちゃんの恋をスムーズに成就させることを目的としたタイムリープを決意する。自分の司への告白を無かったことにして、彼女の幸せを心から願う世界を望む。これは蛍と大翔の交際を最後まで認められなかったこととの対比になっているのだろう。
そこでタイムリープを試みるのだが、彼女が辿り着いたのは過去ではなく今から3年後の未来。どうやら両翼のカギは未来へのタイムリープも可能らしい。
そこで出会ったのは おそらく大学生の司。背も高くなり都と交際中で、今は映画館デート中あると推測される。都の不審な行動から司は目の前にいる都が過去からの使者であることを即座に理解する(カギの宝石の色でも見分けられるらしい)。
上述の通り、この司の知識には疑問があるが、それは無視。恋愛面では、この司は「彼女」である都に夢中で、過去人の都は自分たちのデートの邪魔者だという認識。溺愛かつ意地悪という驚くべき二面性を見せる。
都が未来に飛んだのは、司が過去には戻れないカギを渡したから。過去へのタイムリープによる問題解決は根本的な解決に繋がらないと考えた司は、未来に飛ぶことで、未来の自分たちに問題を解決する糸口を見つけてもらう、という手法を採った。そして この3年後の司は都に答えを教えるのではなく、正攻法で一つずつ問題を解決することを勧める。
で、秒で解決。テンポが良くて助かる。