《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

日付が変わっても、年が明けても解けることのない、彼を愛おしいと思う恋の魔法。

たいへんよくできました。 4 (マーガレットコミックスDIGITAL)
佐藤 ざくり(さとう ざくり)
たいへんよくできました。
第04巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

9年間ずっとぼっちな主人公・ぼたんが高校生活をがんばる物語はとうとう恋のうずまく4巻目に突入!! 体育祭で甘藤君に「俺やめた方がいい」と言われ、告白する前にフラれたぼたんはひきこもりグセ再発!! この危機を救ったのはトイレにひびいた聞き覚えのある不思議な声!? 【同時収録】たいへんよくできました。番外編

簡潔完結感想文

  • 支えを失って ぼたん に不登校再発の危機。そこに現れるイマジナリー妖精。
  • 魔法使いによって姫の姿になった ぼたん が選ぶのは王子ではなくバイキン。
  • 交際に不慣れな ぼたん は迷惑をかけるが、きっと甘藤は そこにも萌えてる。

子側にも魔法使いが現れる シン・シンデレラ、の 4巻。

展開が早い作品なので恋愛成就、交際編が始まる。あれだけ ぼたん を傷つけた甘藤(あまとう)の朝令暮改な心変わりに首を傾げつつも、本書は爆死するほど間違えることも青春の特権だから許せる。

私は恋愛成就までの道のりが好きなので『4巻』は前半が特に好きで、その中でも苺香(いちごか)と桜(さくら)の働きと描き方が好ましく思った。特に苺香との不思議な友情は『4巻』を通して描かれており、彼女が ぼたん を精神面・外見面の どちらにも魔法をかけているのが良かった。
その中でも前半の「トイレの妖精」は胸を打たれた。直接 ぼたん の前に姿を現さないのが、イマジナリーな「ぬいぐるみん」という友達と会話をしていた ぼたん と相性が良いし、ぼたん にも読者にも徐々に正体が分かってくるという仕掛けも面白い。そして前回の席替えの結果、苺香は ぼたん の隣の席で、ぼたん が学校を休むと空席が目に付くという状況が苺香を駆り立てているのも良い。自発的に手を放した ぼたん の前の席の甘藤よりも、苺香の方が ぼたん の不在の大きさを感じ取るのだろう。トイレの場面の演出などは映画をたくさん見てインプットが多い作家さんだから出来るのだろうか。隔週連載でも演出が凝っていたりするから作者は人気なんだろう。

甘藤を失っても過去の勇気が全て失われる訳ではない。目の前にいなくても心の友達がいる。

化祭でのシンデレラを基にした配役も素晴らしい。ここでも苺香は魔法使いというファンタジーな配役で ぼたん の前に一瞬だけ現れる存在だ。魔法使いがカボチャのコスプレをしているのも馬車の意味があるのだろうか。

苺香によって姫になった ぼたん が最初に会うのが王子のコスプレをした桜だった。童話では結ばれる相手で、桜は王子に相応しい人間である。でも ぼたん は王子を選ばない。ぼたん にとっては桜より口が悪くても、バイキンの恰好をしていても甘藤だけが本物の王子なのだから。

その後に桜が甘藤の前に現れて彼の背中を押すのも素敵な行動だ。桜は ぼたん が自分の告白に応えないことを答えとして、その上、甘藤がずっと愛の象徴であるミサンガを捜索していることで自分の囁きでも甘藤の心が変わらないことを見届けた。だからミサンガを返却し、ぼたん を甘藤に託す。桜は自分の欲深さを反省しているが、甘藤を応援できる時点で十分に優しい。

大きな視点で見れば、この男性2人は同じ失敗をしている。桜は中学時代に自分の立ち位置を理解しないまま ぼたん に告白し、迷惑を掛け結果的に ぼたん を不登校にさせてしまった。そして甘藤は逆に ぼたん の気持ちに応えないことで彼女を絶望させ、不登校寸前まで追いやった。苺香という存在がいなければ歴史は繰り返しただろう。
ぼたん は同じように男性から痛みを与えられながらも、それでも甘藤を選んだ。初の長期の学校生活を送る彼女にとって青春とは甘藤といる時間そのもの。ぼたん にとって甘藤は空気のような必要不可欠な存在なのだろう。

誰も彼も一度は ぼたん を傷つけているが、その誰もが優しく、一度は ぼたん を救っている。そういう世界観が とても温かい。


育祭を経て甘藤は学校の人気者になった。だが ぼたん と甘藤は完全に接点が無くなる。今の席に変わってから甘藤はずっと後ろの席の ぼたん を気にしてくれていたが、彼がもう後ろを向いて話しかけてくれることはない。こうして ぼたん は高校生活で初めて完全な ぼっち になる。

その孤独感が ぼたん に初めての ずる休みをさせる。苺香と揉めた時に学校を休んだ時は熱が出てたし1日で復活した。しかし今回は精神の不調で休む。そして それが連続する。不登校への道が開けてしまった。ぼたん を避け続けている甘藤だが ずっとミサンガを探し続けていることを ぼたん は知らない。けれど、その捜索中に桜と遭遇し、甘藤は ぼたん を支える役目を桜に託す。

不登校の危機にある ぼたん は寮の共用トイレで「トイレの妖精」に出会う。ぼたん が個室に入っている時にドアの外から妖精は話しかけ、ぼたん が抱えている悩みを聞き出し、そして ぼたん にもう一度勇気を持たせるために背中を押す。その妖精の正体に気づいた ぼたん は自分が決して一人じゃないことを知り、登校を再開し、甘藤に自分から話しかける。クラスには会いたい人たちがいる。それだけで学校に行く動機になる。一時的であれ苺香との交流は本物で無駄じゃなかったことが嬉しい。


化祭回。その準備で ぼたん は甘藤と「クラスメイト」して自然に会話が出来るようになった。恋心を持ち込まなければ成立する関係なのだ。

コスプレをすることになったクラスで ぼたん はクラスメイト女子の小道具作りに勤(いそ)しむ。それを作るだけでタイムアップになってしまうが、そんな滅私奉公をした「シンデレラ」の前に魔法使いが現れ、彼女をコネという魔法で姫ドレスを着せる。そのドレスを着て ぼたん は一直線に王子に会いに行く。シンデレラの筋立てで上手いこと配役しているのが素晴らしい。

だが甘藤は ぼたん が話しかける直前に別の女子生徒と どこかに消えてしまった。呆然とする ぼたん の前に現れたのは、こちらもクラスでコスプレをしている桜。彼が本物の王子様なのか。王子は姫に壁ドンと告白という2連コンボをして軽やかに立ち去る。

悲しいかな何の非もない(個性のない)王子様は少女漫画での配役は当て馬になりがち。

子の向かった先は甘藤の告白現場。甘藤は好きな人がいるからと告白を断っていた。桜は自分が拾っていた甘藤のミサンガを返却する。どうやら桜も利他的な行動を完遂できなくて、自分が甘藤と同じ穴の狢(ムジナ)であることを痛感したらしい。そして ぼたん の返事がないことは振られることと同義だと桜は感じていた。

甘藤は桜の言動に恨みを持つどころか感謝する。間違いを指摘してもらって人は反省し成長する。桜は そんな甘藤の率直さにも敗北感を覚えるが、桜だって結局 ぼたん の幸せを第一に考えるから彼女を甘藤に託した。2人とも同じぐらい素敵な王子様なのだ。

ぼたん は自分が桜の告白に返事をしなかったことで、自分の胸の中に甘藤の存在が大きくあり、そして友達以上の特別な関係を願っていることを思い知る。その彼女の前に甘藤が現れ、体育祭で言いたかった本当の言葉を伝えるという。だが体育祭での甘藤の発言は ぼたん にとってトラウマ。だから逃亡する。だが今回の甘藤は ぼたん を追い続ける。文化祭を一通り2人で楽しんだ後、今夜、星を見ながら会う約束をする。


暮れの屋上、甘藤は自分の未熟さが ぼたん を傷つけたことを謝罪する。そして彼女に想いを告げる。この文化祭でシンデレラは、間接的ながら友達の助けを借りた。そして恋が叶う喜びを知った。ぼたん が願っていたことが叶った夢のような一日になった。

告白の場面では2人とも制服に戻っている。姫じゃなくて素の自分で向き合うという表現か。それと同じように外見ではなく内面に惹かれたことが強調されていく。甘藤は桜に劣等感を感じ、彼を目標に自分を変えていこうとするが、ぼたん にとって どんな性格であっても甘藤自身が好きという事実は揺るがない。

ぼたん にとって未知の交際。甘藤もまた交際経験がないが、キスはしたことがあるという事実が発覚する。若き日の不意打ちのキスだったらしいが、それに ぼたん は衝撃を受ける。だが甘藤は もう他の人にしないことを誓う。一生という言葉が簡単に出てくるところが若さゆえの青臭さだが、それが青春の匂いだと思う。

交際を通じて ぼたん は自分たちが未熟だと互いに自覚するからこそ、それを補完し合える関係性を目標にする。奇跡みたいな1日だったけれど、この魔法は日付が変わっても解けない。そして ぼたん は自分を姫にしてくれた少々 口の悪い魔法使いに感謝の手紙を書く。


うして2人が恋人同士になった放課後、甘藤は ぼたん に声を掛け、一緒に過ごす。ぼたん が望んだことは彼の部屋に行くこと。勿論ぼたん に他意はないのだが、甘藤の方は意識する。途中で友人が来室して、修学旅行で一つの布団に入る的なドキドキを味わったり、彼女ならではの特権を何度も味わったり、ぼたん は手探りながら交際を堪能する。

そして あっという間に2学期が終わる。それぞれ実家に帰る2人だから、甘藤は最後に ぼたん をハグして愛をチャージする。
だが その直前に ぼたん は重大なミスを犯していた。甘藤はクリスマスを一緒に過ごそうという話を切り出していたのに、ぼたん は例年通り家族で過ごすことにウキウキしていた。甘藤という恋人がいることとクリスマスというイベントが ぼたん の中で上手くリンクしなかったのだ。

その失敗に気づいたのは地元に帰る途中。ぼたん は急いで謝罪の電話を入れるが、甘藤は彼女を責めなかった。そして ぼたん を優先するかのように、例年通りのクリスマスを楽しんでと言ってくれる。

そのクリスマスパーティーで ぼたん は恋人が出来たことを両親に告げる。娘を溺愛するからこそ父親はショックを受け、つい皮肉を言ってしまう。その言葉が年が明けても棘のように刺さっていた ぼたん だが、甘藤が ぼたん の地元まで会いに来てくれた。ぼたん は改めて自分の全存在をかけて彼に恋をしていることを確認する。

「たいへんよくできました。番外編」…
桜が中学で ぼたん に恋してから、高校で再会するまでを描く。桜の心はピアノの音色に変換される。恋を知って音に艶が出るが、自分が ぼたん の人生を狂わせたことで音が枯れる。ぼたん こそ桜のミューズで、彼女に奉仕することが桜の喜びなのだろう。

なぜ桜が この学校に来たか謎だったが、彼も ぼたん同様に自分を変革するために、追い込むために この学校を選んだようだ。逆説的な話になるが、甘藤がいなければ桜の恋は成就したかもしれない。でも甘藤がいなければ おそらく ぼたん は早々に不登校になっていたため、桜は ぼたん と再会できなかった。どんな世界線でも桜の初恋が報われる可能性は低いのである。

この後に桜は失恋をしてしまうが、おそらく中学時代と違ってピアノの音が止むことはないだろう。高校では ぼたん に出会うまで ちゃんと成長を続けてきたし、きちんと ぼたん に向き合って この恋を全うした。桜もまた幸せになってくれ、と心から願える人である。